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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 28話

 ヤマトと別れた後、八俣寺の縁側でシュンスイは佇んでいた。

 自分はヤマトにクサナギを託した。対するホムラの手にはハバキリが握られている。

 この寺の人間として、この国の星巡りを担当する星術師として、彼らの兄であり、弟である自分として、これが最善の手かわからず、結局この後もどうしていいかわからず、和尚との話を終えて呆然と夜の月を眺めているしかなかった。

 この国で王よりも強い存在は自分くらいしかいないと弟弟子の僧も感じているのか、このように佇んでいるシュンスイに話しかける者は和尚と他もう一人くらいしかいない。

「シュンスイ」

 佇んで地面を歩くアリを眺めていると、頭上から声がする。

 声の方にぼんやりとした表情で顔を上げると、自分とそっくりだが、緩み切ったシュンスイの表情とは違い、厳粛した顔の男がシュンスイを睨んでいる。

「これはこれは兄上。兄上も共に月見と洒落込みに?」

「何を呆然としている。シュンスイ。ヤマトを明け渡せ」

 シュンスイは、彼を見下しているホムラに対しても余裕の表情で見つめ返す。

 ふと視線を感じたので、そちらに目線をやると恐らくホムラを呼び出した僧の一人が彼ら二人に怯えるように覗き込んでいる。

 シュンスイは億劫だなと溜息を吐く。

 その様子にホムラは眉を細めた。

「申し訳ないなぁ。兄上。ヤマトには逃げられた」

「嘘をつくな。貴様がいて逃げられるはずがないだろう。逃がしただろう」

 ホムラの目はさらに険しくなる。その様子にシュンスイは刀を持っていないところに後悔した。兄は臆病な人間だ。自分よりも戦闘力だけなら強い自分が臨戦態勢に入れば話をスムーズに終わらせることができるのだがとシュンスイは考えた。

 シュンスイは緩みきった表情を固めてまっすぐとした目でホムラを睨む。

「王よ。否、兄上よ。次兄として、いくら兄と争っていても、弟を可愛がってしまうのは性ではないでしょうか?」

「奴は刑罰から逃げた大罪人だ」

「私は僧侶です。罪人にも平等な対応をするものですよ」

「奴はなぜここに来た?」

「兄上、貴方が我が師である和尚からハバキリを借り受けたではないですか」

「あれは代々王が使用を許された剣だ。当然の権利である」

「えぇ。ですからね? 兄と弟の喧嘩を平等にしようかと思いましてね? 貸しました」

 シュンスイの歌うように語る言葉にホムラは苛立ちを覚え、眉を細める。

 わかりきっているが、ホムラは問いかける。

「貸したとは? 何をだ?」

「クサナギを――」

 その瞬間だった。

 ホムラの刀の鞘から炎が漂い、シュンスイの身体を包む。

「熱い!」

 シュンスイは慌てて燃えている衣類の炎を消すために地面に身体を転がす。

「貴様。それは俺への反逆と思って良いよな?」

「おいおい、兄上。ムキになるなよ」

 ホムラはさらに苛立ちを覚える。雨に濡れた地面に転がったせいで燃えた後や泥で汚れているシュンスイは表情も変えずに、こちらを見上げている。ホムラは刀を抜く。

 その刀こそハバキリであり、刀身は炎を纏っている。

「兄上、否、王よ。拙僧にその刀を向けるのですか?」

「あぁ。お前ははっきり、この俺を裏切った。王への裏切りは国への裏切りだ」

「弟に力を貸しただけで裏切りか、それとも相手がヤマトだったからか?」

 シュンスイが言葉を言い終えてすぐであった。シュンスイの左肩から血が噴き出す。

 シュンスイは目を丸くした。

「それ以上言ってみろ。今度は斬り落とす」

「神聖な場でそういう言葉は言わないでもらいたいねぇ」

 肩から流れる血を抑えて震えた声で言う。

 シュンスイは心を落ち着かせるために深呼吸をする。

「シュンスイ殿!」

 影から覗き込んでいた若い僧たちがホムラとシュンスイの間に割って入る。

「シュンスイの弟弟子共か。邪魔だ」

「なぜですか王よ。なぜシュンスイ殿を斬った」

「奴はこの国の脅威に加担した。処罰する」

 ホムラは再び刀をしゃがみこむシュンスイに向ける。しかし、それでも若い僧たちはシュンスイを庇うようにホムラの前に立ちふさがる。

「お前さんら。あんまり王に逆らっちゃいけねえぜ。今のは拙僧の失言だ。血を止めるものを持ってきてくれるかい? 後、痛み止めと、薬草を」

「か、かしこまりました」

 若い僧たちはシュンスイの態度に戸惑い、去って良いものかとホムラとシュンスイをちらちらと振り返りながら寺の中へと戻っていった。

「悪いね。兄弟水いらずのところに邪魔させちまって」

 出血で息が荒いシュンスイはゆっくりと立ち上がり、縁側にゆっくりと座る。

 ホムラは一歩も動かずに、仁王立ちで、シュンスイを見下ろしている。

「兄貴。俺は最強を目指した。ここに刀があればあんたにも負けない自信がある。ここで腕を斬り落とせば、あんたの王位は安定だ。力で負けている相手の戦力を一気に削れるんだから。あんたも結局は母さんの子なんだ。すぐに行動はできない」

 シュンスイの口調が変わっていた。僧としての自分ではなく、弟としてのシュンスイはホムラを見ている。

「シュンスイ。やはり貴様は我が手元にいるべきだ。クリカラの使用が許されているだろう。それを以って俺と共に獅子城を防衛しろ」

 クリカラとは、数本ある星術が織り込まれたこの国の国宝である刀の一つである。

 王が使うことを許された炎を纏いし力の刀ハバキリ

 ヘラクロスがネメアの獅子を退治した際に使った凪の刀クサナギ

 神事に使われ、この国の最高位の宮司のみが使用を許された神事の刀ムラクモ

 その他にもいくつかあるが、その全てはこの八俣寺に奉納されている。

「兄貴、ムラクモはあくまで雨乞いの舞を奉納する時の模造刀だ。役に立たない――」

「嘘をつくな。あれは水を操ることは俺も知っている。何者にも侵されぬ水の流れを生み出す刀。それを扱うのもまた水の流れのように舞い踊ることが出来る者のみ。そのために、お前はここで修行をしていた。そうであろう」

 シュンスイはホムラの顔を見ることが出来ない。事実である。ホムラの持つハバキリが炎を生み出す刀であるならば、ムラクモは水を生み出す刀である。しかし、その水を宙で川を描くようにきれいな線を描き、舞わねば力を発揮しない。流れるような刀さばきの者でなければならない扱うことの出来ぬ至高の刀である。

「その通りだ。そしてその修行はほぼ完了している。だが、俺は兄貴の指示に従わない」

「なぜだ?」

「兄弟喧嘩に割って入るようなお人よしじゃないんだよ。俺は」

「兄弟喧嘩? 違う。これは粛清だ。国から逃げ、刑から逃げた愚か者が、我が国を脅かそうとしている。それを排除するための粛清である。その大義に己の身を捧げようとは思えないのか?」

「あぁ。思えないね。あんたは結局弟に負けたくないだけなんだから」

 シュンスイはこのまま続ければホムラが何をしてくるかわかっていた。けれど言葉を止めることは出来ない。

 これはヤマトのためでもある。そしてホムラのためでもある。

 何よりも、自分のために、ここで、どちらかに屈してはいけない。

 自分は、どちらの味方もしてはいけないのだ。

「生憎俺は家族のことなんてどうでもいい。国のことなんてどうでもいいからこそ、この寺でひたすら修行している呑気な僧侶なんでね。さア兄貴、否。王様。お帰りを――」

 挑発するように見上げてホムラを睨むシュンスイにホムラは冷めた目をしていた。

 その目は、母の死体を見ていた時にしていた目と一緒であった。

 ヤマトが逃げたと知った時にしていた目と一緒であった。

 ホムラが、自分に必要ない者だと判断した時にするゴミを見るような目であった。

「そうか。お前の刀の舞が見れないこと。残念に思う」

「あぁ。俺は兄貴がボコボコにされる様が見れなくて残念だったよ。母さんの死を悲しまなかったこと、ずっと許してねぇからな」

 ホムラは刀を振り上げる。この男は危険だと、判断した。

 シュンスイは自分よりも武力のある男であった。そんな男が国に関わらない僧の道を選ばせたのは、変な向上力を持たせぬためであった。そして何より自分に反旗を翻す気がないと判断したからだ。

 だが、こちらに牙を向けるなら別である。ホムラは振り下ろす刀に躊躇はなかった。

 自分よりも武力の高い者が、自分に敵意を向けた。ならばそれは排除するのに十分な理由であった。

 気に食わなかったのは、抵抗することもできずにいるシュンスイが、こちらを見上げて嘲笑うようにヘラヘラと笑っていることであった。

 刀が振り下ろされる。シュンスイの胴体を一閃。刀が斬る。

 ホムラは刀についた血を振り払う。炎を纏っていた刀から熱気が立ち込める。

 ホムラは何も言わず。刀を鞘に収め、シュンスイから背を向けて八俣寺を去ってゆく。

 シュンスイはそんなホムラの背を見つめたまま気を失って倒れ込んだ。

「しゅ、シュンスイ殿!」

 シュンスイに頼まれたものを持ってきた若い僧たちが気づく頃には、既にホムラの姿はなく、僧たちは必死にシュンスイを寺の中へ運んだ。




 ハヤテは獅子城に戻ると、気が抜けたように溜息を吐いた。

「敵の本拠地まで尾行して、何が目的でござるか。コブラ殿」

 振り返り、何もない所に声をかける。

 するとケラケラと笑いながらコブラが物陰から出てくる。

「いや、さっきのお前の啖呵が気に入ってな。俺はヤマトじゃなくてお前に付くことにしたから」

 コブラはバンバンとハヤテの肩を叩く。ハヤテはいまだに状況が理解できずに唖然としている。

「あ、貴方は星巡りの挑戦者ですよね?」

「あぁ。だからここの王様をぶん殴らないといけない」

「拙者は貴方たちから王を守るのですよ? 矛盾しませぬか?」

「あぁ。矛盾するな」

 コブラは飄々とした態度で答えるも、その様子にハヤテはさらに戸惑う。

 そんな二人の元にハヤテの部下がやってくる。

「ハヤテ殿。帰られていたでござるか」

「あぁ。少々てこづってな。正直、収穫はなかったが」

「何を言っておられますか。そこの男を捕らえているじゃないですか」

 部下の男が不思議そうに首を傾げている。ハヤテが振り返ると、コブラはハヤテに捕まっているかのような態度を取っている。

「い、いやこれは――」

 ハヤテは部下にコブラのことを説明するのが億劫になって、大きく溜息を吐く。

 コブラの手の平で踊らされている気がするが、このまま自分が捕まえたことにして話を進めることにする。

「あぁ。この者を牢に入れて、脱獄犯ヤマトを誘き出そうと考えている。王は?」

「王でしたら、随分前に、ヤマトが八俣寺に現れたと報告があったので、王はそちらへ向かいました。まもなく戻ると思われるのですが」

 コブラはヤマトが捕まっているのではないかと不安になり、苦虫を噛むような表情をする。

「王が戻るまで、いかがいたしましょうか?」

 部下がハヤテに指示を仰ぐ。

 コブラは興味深そうに、ハヤテの様子を見つめる。

「今日の閻魔橋の件で国民たちはきっと混乱しているでござろう。壊れた民家などもある。皆で国中を巡って、市民の手助けをするように。資材は格納庫からいくらでも使っていい。状況を説明された場合は、脱獄犯のメンバーを一人捕らえているから、事態が収束する可能性はあるが、城が襲撃される恐れがある故、城下町からはなるべく離れるように伝えるでござる」

「かしこまりました」

 部下が頭を下げた後、さっと走って去ってゆく。

 ハヤテは特に悩むことなく指示をしていることにコブラは賞賛の口笛を吹く。

「なんでござるか」

 怪訝そうにコブラを睨みつけるハヤテにコブラは思わず失笑する。

「いや、やっぱり俺のみ込んだ通りだな。と」

「コブラ殿がいなければ拙者も町へもう一度向かうのでござるが」

「だろうな。悪いな。俺がいて」

「拙者にはコブラ殿がなぜ拙者に付くと言うのかわかりかねるでござる。その言葉が本当ならば、コブラ殿はヤマトと闘うことになるでござるよ?」

「あぁ。俺とハヤテでヤマトの奴を倒そうぜ」

 ニカっと笑うコブラにハヤテはさらに戸惑った。

「その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「んー、ちょっと俺もヤマトと一戦交えたくなってな。あっ、でもお前に付きたくなったのは本当だぜ。王を倒した奴が王になるのがこの国のやり方なら。王になってほしい奴に味方するのも一つの手だろう? 喧嘩ならヤマトに勝ってほしいが、あいつは王の器じゃない」

 呆れたような溜息を吐いているコブラをハヤテは真剣な眼差しで見つめる。

「コブラ殿は王と言うものに特別な思いがあるご様子で」

「あぁ。俺は王様ってのが嫌いなんだ。だからこそ、こういう王様だったなぁとかはあるわけさ。んで、ホムラはダメ。俺から言わせれば落第点。ヤマトは……まぁ。無理だろうな」

「ホムラ王は国民を導いています。各々が優れた能力を発揮できる采配を振るって、国民が難なく働けるようにしているでござる。拙者も己の才能を活かした仕事が出来て感謝している。そんな王の何が問題だと言うのだ」

「王が全員を見ていることだよ。それもあんたたちの目を借りて、違う。国民たちは自由であるべきだ。そしてあのホムラは、人を全員見ているんじゃない。人なんか見ちゃいない。そいつが出来ることしか見ていない。管理して自分を脅かさないものを集めているだけだろう」

「そんなことはないでござる!」

 ハヤテはコブラの言葉に激昂して怒鳴った。それでもコブラは驚かない。

「俺はあいつの言葉尻から国民一人一人をしっかりと人として見ているとは思えなかった。いくら良い国の統治をしていても、そこに国民たちへの愛情がなければ意味がない。少なくともあんたの兄貴と、俺の国にいた髭親父は、国民のことなんかしっかり見てねぇよ」

 ハヤテはコブラの言葉の重みに、王への侮辱に対する怒りよりも、コブラの言葉を受け止めようと心に、ずしんと来るものがあった。

「まっ、そんな俺がお前のことは気に入っているんだ。お前が王だったら少しはマシだろうな。と思ったわけさ。だから俺はあんたに付く。ヤマトとちょいと俺も喧嘩したいしな」

 コブラがそういうと獅子城の扉が開く。

 コブラとハヤテが扉の方を見ると、そこにはホムラの姿があった。

「王よ。お帰りなさいませ」

 ハヤテは膝をついて、ホムラに敬意を表す。コブラもこれに倣う。

「貴様はコブラだったか。なぜ貴様がここにいる。貴様は俺を殴るのではなかったか?」

「えぇ。ですが、ヤマトに対して些か遺恨がありまして。私は星巡りの儀式として貴方様にもう一度勝負を仕掛けますが、その前に、儀式の邪魔になるヤマトと貴方の因縁を片付けてしまおうと思いまして、奴は恐らくこの城にやってきます。その際、私がぜひ捕らえて見せましょう」

 ホムラは疑わしく、コブラを睨みつける。コブラはそれでも頭を下げ続けて彼に対して敬意を示す。

「ふん。良いだろう。仲間になって俺の油断を誘うつもりだろうが、それでも俺はお前の拳を防ぎきるぞ」

「えぇ、存じています。俺は堂々とあなたと勝負しますよ」

 ホムラはそのような態度のコブラにまだ警戒心を持っているが、彼の恭しさに思わず嘲笑した。

「いいだろう。この後にくるであろうヤマトを捕らえてみせよ」

「ははっ」

 ハヤテはホムラに頭を下げているコブラの態度に違和感を抱いている。

 ホムラはそのまま獅子城の上まで上がっていった。

「コブラ殿。本当に何を企んでいるんでござるか?」

「ん? お前の説得」

 コブラはニカっと笑うも、その意図もハヤテには読み解くことができなかった。

「さて、今日は夜も遅いし、この国の寝床で寝かせてくれよハヤテ。俺、寝床にもうるせえんだよなぁ」

 そういってコブラはハヤテの頭をわしわしとかき乱す。

 そしてヤマトを救う長い一日は終わる。


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