第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 27話
コブラとハヤテは山を登る。
「おい、これはどこへ向かっているんだ」
ハヤテはコブラにそそのかされるままについて歩き続けているので、苛立ちを覚えてコブラに対して吠える。その様子もコブラはケラケラと笑う。
「落ち着けって任務用の喋りとやらが抜けているぞ」
「あまり拙者を揶揄うな」
「そうそうそういう喋りでいいんだよ」
さらにケラケラと笑うコブラはハヤテの目線など気にせずにずんずんと歩いていく。
今ならコブラを捕らえられるのではないだろうかとハヤテは強く地面を踏んでコブラに掴みかかる。しかし、コブラは彼の地面を踏む音を察知して、大きく飛び跳ねてハヤテの手を躱す。
「だから無駄だって、俺はお前から逃げきれないし、お前は俺を捕らえることは出来ない」
ハヤテの様子に彼の後ろから爆笑しているコブラに、ハヤテは腹を立てて頬を膨らませる。
「貴方、これほどの身体能力を持っているのです。元の国ではさぞ有名な兵だったのではないですか?」
嫌味っぽくハヤテが答えた。実際、コブラがレオ帝国の人間であったならば、それこそ補佐や、自分が行っている隠密部隊隊長になることは容易であろう。
「俺は元々いた国では孤児で家もない浮浪者だったぞ」
コブラの言葉を聞いてハヤテは目を丸くする。レオ帝国で育った彼にとって、コブラほどの男がなんの使命を与えられていないどころか、まともな生活を与えられていないことが信じられなかった。
「貴方の能力なら、兵役でもなんでもやって出世も可能でしたでしょう? それに、王が貴方を放っておいていることがおかしい。その身体能力を活かさない国が間違っている」
「それは褒められているのかね?」
コブラは驚いているハヤテの前に移動して、またずんずんと歩いてゆく。ハヤテもそれについてゆく。
「えぇ。私が王なら、例え身分がどうであろうか、あなたを重役に据えますよ」
「自分が王だったらと来たか。ちょっとは自覚が出来たか?」
「い、いえ。今のは言葉の綾でござる。拙者ならば、少なくとも隠密隊長の座を譲ろうと思えるほどの逸材でござる。コブラ殿は」
ハヤテが少しうつむき声が小さくなったのをコブラは気づき、後ろのハヤテに振り返る。
「隠密隊長はおめえの方がいいぜ。俺は誰かの上に立つのは向いていない。好き勝手やっちまうからな」
「そうでござるか」
「さて。そろそろつくな」
コブラは前方遥か先を見つめる。
「結局。どこへ向かっているのでござるか?」
「だから、お前が行きたいところだって」
「アジトと言ってござったが、そこにヤマトの兄様がいると?」
「わからねえが、そこで待っていれば来るだろう」
ハヤテは言ってみたものの、改めてヤマトとの再会が近くなると、戸惑いで目が泳いでしまう。
「なぁ。ハヤテ」
「なんでござるか?」
「さっきお前は、俺の能力ならば、身分もなく重役になれるっていったな」
「えぇ。コブラ殿が不当な扱いを受けていると感じました」
「その気持ちは嬉しかったぜ。やっぱりお前は王に向いている」
ハヤテはコブラの言葉に首を傾げたが、視界の先に見える一軒の建物に意識を奪われる。
「あの建物は?」
「あぁ。俺たちのアジトだ。いくぞ」
アジトと言っても小さな民家のようであった。
コブラはその扉をどんどんと強く叩く。
「ヤマト、帰ったのですか?」
扉を開けたのはミコトであった。コブラとミコトが面と向かい合う形になる。
しかし、ミコトが目を丸くして見つめているのは目の前のコブラではない。その奥に立っているハヤテのほうであった。
「ミコト殿……なぜコブラ殿たちのアジトに? それに、今ヤマト兄様の名を――」
「コブラ、貴方なぜハヤテをここに連れてきたのですか!?」
慌ててコブラに向かって怒鳴るミコトの様子にハヤテはさらに困惑した。
「おうおう、なんだミコトちゃん。珍しく動転して――、おや。これは久しぶりなら、我が末の息子よ」
さらに民家の奥からミコトたちの様子を見に来たムサシとハヤテの目が合う。
ハヤテは何が起こっているのが理解できず立ち尽くして声を震わせていた。
「まっ、コブラが連れてきたのもなんか訳があんだろ。ハヤテ、上がっていけ」
戸惑っているハヤテの肩をコブラが軽く叩き、彼は民家に入っていった。
ハヤテもそれに続き中へ入っていく。
「コブラ、お帰り!」
コブラの姿を見たキヨが彼に駆け寄ってきた。コブラは部屋を見渡す。
アステリオスもコブラに気づいて手を振っている。ロロンはいまだに弱った様子で布団に寝転んでいたが、コブラと目が合って軽く会釈をしている。
「ヤマトは?」
「ヤマトなら出かけているよ。少ししたら戻ってくるんじゃないかな」
アステリオスの言葉の後、外から大きな音が鳴り始めた。雨の降る音だ。
「おっ、コブラたちは運がいいな。もう少し遅かったらびしょ濡れになるところだったな」
ムサシとミコト、その後ろからハヤテの三人も部屋に戻ってくる。
キヨはハヤテの姿を見て驚くように目を丸くする。
「ハヤテ! どうしてあなたがここに!?」
「ぼ――拙者は……」
「悪い。俺が逃げきれなかったんでな。そのまま連れてきた」
コブラはヘラヘラと笑ってキヨに謝罪する。
「逃げ切れなかったって。こいつにアジト知られたら意味がないじゃない」
「まぁ、そういうなって」
コブラは疲れたのが身体をぐったりと、部屋に寝転んで大きなため息を吐いた。
その様子にキヨも呆れたように息を吐く。
「ミコト殿。なぜあなたが彼らとともに?」
ハヤテはじっとミコトを睨みつける。その目は怒りや警戒を孕んでいた。
「成り行きよ。私は個人的な目的でキヨちゃんを殺したくなかったから。彼女の治療をして、彼女をここに送り届けたの」
嘘はついていない。
「それでも、こやつらは現在追われている身。ならば、捕らえてホムラ様に届けるのが使命では?」
「それはコブラを捕らえられなかった貴方も同じでは?」
「――。貴方なら、この国最速の貴方ならここにいる全員を捕らえられるでしょう!」
その瞬間だった。キヨがハヤテの背後を取って、彼の首筋に刃物を向ける。
「脅しているのでござるか?」
「えぇ。今の発言で、貴方は敵。ここの場所をホムラに知られるわけにはいかないの」
「キヨちゃん。落ち着いて」
「ミコトさんの身も危険になるんですよ。簡単に返さない」
キヨの行動を静止しようとしているミコトとキヨを交互に見つめて、抜け出す方法を模索するハヤテをコブラはじっと見つめている。
「キヨ。離してやれ。そいつはヤマトに会いにきたんだ。俺が責任を取る」
コブラの言葉を聞いて、キヨは不服そうにハヤテから離れた。
それでもハヤテはミコトを睨み続ける。
「ミコト殿。ハッキリお聞きします。貴方は、王を裏切るのですか?」
「…………」
ミコトは言葉に出すことはできなかった。
彼女自身。ヤマトとの決着をつけたかっただけである。その決着もついた。彼女自身の目的は既に完遂している。ハヤテの言う通り、ヤマトを裏切り、ここにいる全員を捕らえてホムラに差し出すことも可能である。
しかし、差し出した後のことを考える。ホムラは今日の一件を消し去りたいだろう。故に、捕らえられたヤマトやキヨは確実に殺される。それは嫌であった。
「そうですね。ハヤテ、申し訳ございません。私はホムラ様を裏切ることになります」
その言葉の直後、ハヤテが懐からクナイを取り出して、ミコトに放つ。あまりの速さにミコトは対応出来なかった。
「おいおい、女に刃物向けるな。ハヤテ」
そのクナイからミコトを守ったのは、ムサシであった。
「父上も同じですか? ホムラ兄様を裏切り、この者たちに与すると?」
「俺はどっちの味方でもない。こいつらに宿を貸してやっているだけだ」
「なぜですか? それを兄上に報告しない?」
「ハヤテ、俺はもはや国民でもなんでもねえ隠居爺だ。俺だけはホムラの命令を聞かなくてもいいし、奴に助けられることもない。それにホムラもヤマトも俺の息子だ。だったら、先に頼ってきた方を手助けしちまうのは仕方ねぇだろう」
ムサシの言葉を聞いても、ハヤテは納得した様子を見せなかった。
「まぁ、ハヤテ、お目当てのヤマトがいないのは仕方ねぇし、座って待っていようぜ」
緊迫した空気の中、コブラだけが呑気に寝転がっていた。
「あんたねぇ。大体、あんたが引き起こしたってのに」
欠伸をするコブラに水を差され、ミコトはハヤテから離れ、ロロンの様子を見に向かい、ムサシも座り込む。コブラ、キヨ、ムサシで囲んで座っている一面が空いている。
ハヤテはそこに座って、落ち着かない様子できょろきょろと見てまわっている。キヨはまだハヤテを警戒しているのか、彼をじっと睨んでいる。
「なぁ。ムサシのおっさん」
「なんだ? コブラ?」
「王に勝った奴が王なんだよな?」
「あぁ。そうだな」
「ってことは国の在り方とかを変えることも出来るのか?」
コブラが意外な質問をしてきたので、ムサシは驚いて彼の質問に答えるのに時間がかかった。
「あぁ? まぁー、そうだな。俺も文句があるやつは直接来いって言っちまったせいで毎日毎日誰かが俺に文句を言うようになった。ホムラなんかは逆に、元々あった王の任命制度をさらに強固にして、自分で完全に管理しきっちまっている。だから根本的なものは変わらないかも知れねえが、王になって色々弄ることは可能だな」
「なるほど……。そしてムサシはキヨの親父に負けて王を辞めたんだよな?」
「あぁ。そうだ。まぁ、外部の奴に負けても、結局そいつが出ていった後、後任としてまた王になる可能性もあるが、俺はホムラに譲った形だな」
「その場合、当然勝った新しい王に権限があるよな?」
コブラがニヤリと笑みを浮かべる。
「そうだな。ヤクモはそういったことを言及しなかったが、もしヤクモがホムラに王は務まらないと言ってしまえば俺の方からホムラを王にすることは出来なかった」
「なるほどなるほど」
コブラは腕を組んでニヤニヤしながら何度も頷く。その様子にキヨが嫌な予感がして疑わしい目でコブラを睨んでいる。
「コブラ殿。なぜ今、そのようなことを父上に?」
「ん? いやな? この儀式、挑戦者は一応俺だから。俺がホムラをボコボコに殴って儀式達成だ。そうなると、俺がホムラを倒したことになる」
そこまで行って、キヨが気づいたように「あぁー」と小さく声をあげた。
「あんたが王になっちゃうわけね」
「キヨ、そういうことだ。だが、俺たちは次の国へ行かねばならない」
「い、行かなくても良いんじゃない? ほ、ほら。この国はいい国だし」
「キヨ様、なぜか声が震えていますよ?」
寝転がっているロロンが様子のおかしいキヨに思わず失笑している。それにつられてアステリオスとミコトもクスクスと笑う。
「お前さては次のヴァル皇国が怖いのか?」
「うっ」
「大丈夫だろう。ヘラクロスの冒険内の話だし、それでも怖いならヤマトと入れ替わりで抜けるか?」
「……意地悪。行くわよ。ついていく」
キヨは少し拗ねたように顔を反らしていった。
コブラはその様子を無邪気そうに笑った後、ハヤテの方を見る。
「まっ、てなわけで王になってもすぐに外に出ちまうから、王の権限勿体ないなぁと。なんかいい感じに利用して外に出てやろうかと」
「そんな無責任な!」
「そうだ。俺は盗人コブラ様だからな。無責任でいいんだ」
そう言いながらコブラの中では王になった後のビジョンが見えているのが、ニヤニヤしながらそれ以上言葉を続けることはなかった。
「ここにいる物は皆、兄さんの敵と言うことでよろしいですか?」
沈黙が続いた後、ハヤテが言葉を発した。全員がハヤテの方を見た。
「少し違います。ハヤテ、私たちはヤマトの味方なのです」
答えたのはミコトであった。ムサシが彼女の言葉に続ける。
「ハヤテ、ヤマトに会いたいと言うことだが、お前も好きに選べ。ヤマトの味方をするか、ホムラの味方をするか。これは国の儀式も巻き込んだ兄弟喧嘩だ」
ホムラの言葉を聞き、ハヤテはぐっと歯を食いしばる。
兄の言うことを無視して逃げたヤマト。そのヤマトの周りにはこれだけの人がいる。
確かに、兄には死んでほしくなかった。ホムラとヤマトが和解して、ずっとここで四兄弟一緒にいることがハヤテにとって望みであった。ハヤテは、ヤマトにもう一度兄と話し合ってほしかったのだ。そのために間に入るつもりであった。
「コブラ殿」
「なんだ?」
「ヤマト兄様は、貴方と同じ考えなのでしょうか? この儀式が終われば、また出ていってしまうのでしょうか?」
「あぁ。そうだな。あいつはきっとそれを選ぶ」
「そうでござるか。もう一つ。コブラ殿」
「なんだ?」
「コブラ殿は、王になった後。ホムラ兄様はどうなりますか?」
「そうだな。少なくても俺は次の王にしない」
ハヤテはその言葉に歯を強く食いしばった。ホムラの采配は完璧だ。国民はみな笑顔で過ごせている。苦労などない。ホムラが人をしっかりと見て、それぞれの役割を与えているからだ。コブラは、そのような兄から王位をはく奪しようとしている。
「コブラ殿。ヤマト兄様に会うのはまた今度で良いでござる。雨も降り出した故に」
ハヤテはそっと立ち上がった。少し様子が変わったのをその場にいた全員が気づいていた。
「拙者は、どこまでいってもホムラ様の忠実な忍でござる。例え補佐のミコト殿が裏切ろうと、ヤマト兄様が王を恨んでいようと。拙者は王に仕えます。ヤマト兄様にお伝えください。
『王と共に師子城で待つ』と。では、拙者はこれで――」
その言葉と共に背を向けて、ハヤテは民家から去っていってしまった。コブラは彼が怒りの表情を一瞬見せたのを見逃さなかった。
その怒りが何に起因するものなのかもわかっていた。
「なぁ。キヨ」
コブラも立ち上がる。突然呼ばれたキヨは驚いて拍子抜けした返事をする。
「悪い。さっきの伝言ヤマトに代わりに伝えといてくれ。そしてもう一つ、俺からの伝言だ。
『俺はハヤテにつくことにしたから、よろしく』って伝えとけ」
「えっ!? ちょ、ちょっとコブラ?」
コブラはニヤリと笑ってそのままハヤテを追っていた。
民家にいる全員呆然と去っていったコブラに対して唖然としていた。
「ハヤテにつく……。とはどういうことでしょうか?」
ミコトが首を傾げて開口一番の言葉を発した。
「ってことはコブラ敵になっちゃうってこと?」
アステリオスが戸惑いながら答える。
その様子にキヨは溜息を吐く。
「はぁ。せっかくヤマトが戻ってきたっていうのに、あいつは……」
「でも、よくわかりませんが、ちょっとコブラさんらしいですね」
みながみな感情を吐露している中、ロロンが思わずクスクスと笑っている。
その様子にムサシは豪快に笑う。
「まっ! 今後どうするかは主役が帰ってきてから話そうや!」
ムサシはそういってまた魚を焼き始めた。
その魚が焼き終えた頃にヤマトは帰ってきた。。
腰にクサナギを携えて――――。