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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 24話

 目を開くと、ミコトとキヨがヤマトの顔を覗き込んでいた。

 二人の顏は安堵に頬が緩んだ。

「ここは?」

「ツクヨミ邸よ」

「えへへ、お隣さんですね」

 声の方を向くと、寝転がっているマコトと目があった。

 ヤマトは理解した。ミコトのところへ行く前にいたマコトの部屋の隣に、布団を敷かれ、そこで寝かされていた。

「貴方は、私の攻撃を受けすぎて出血が多くて倒れたのですよ」

 正座してこちらを見下ろしているミコトが冷静に伝える。ヤマトは状況を理解して大きく呼吸をする。傷口に響いて少し痛くて顔を歪ませる。

「大丈夫ヤマト!?」

 身体をゆっくりと起き上がらせる。

 身体を見ると、上半身の衣類は脱がされ、いたるところが包帯で包まれていた。

「頑張ったのね。ヤマトくん」

 隣のマコトさんが問いかけてくるので、ヤマトは恥ずかしそうに髪を掻いて彼女に笑いかけた。

「えぇ。まぁ、その……はい」

「頑張りすぎだよ。ヤマト。本当に死んでもおかしくなかったんだから」

「済まない。しかし、やはりツクヨミ家の治癒技術は凄いな」

「豊穣を願う巫女の家系ですもの。人の命を救う力も生み出していかないと」

 マコトはほほ笑んで答える。

 マコトが中心となって、傷口を塞ぐ薬草や病気の治療などの研究を行っているとミコトはヤマトとキヨに対して語った。

 ヤマトはツクヨミ家の治癒技術に救われたことに感謝して自分の身体をゆっくりと擦る。

「さて、ヤマト、目が覚めてすぐですが」

「あぁ」

 ミコトが冷静にヤマトの方を見る。

「ミコト? お友達が目覚めたのよ。もっと心配してもよろしいのではなくて?」

「姉様は黙っていてください。ここからは大事な話です」

「まぁ。先ほどまで泣きそうな表情をしていた妹とは思えない言葉ですわね」

 ヤマトは驚いた様子で目を丸くしてミコトを見つめる。

 キヨは思わず失笑しそうになるのをこらえてミコトから顔を反らす。

 ミコトは少し恥ずかしそうに顔をこわばらせてヤマトと目が合った後、マコトを睨みつけた。

「姉様。そのようなことを言いふらすものではありません。タケルのこともあるのです。友人が死ぬかもしれぬ、それも自分が傷つけたことによってとあれば、あれほどの狼狽は当然です」

「素直に心配だったと言えば良いのに」

 マコトは呆れたように大きく息を吐くと、布団を深くかぶり、ヤマト達に背を向けた。

 ミコトは場を整えるために一度大きく咳込む。失笑をこらえていたキヨも、驚いて目を丸くしていたヤマトも気を取り直して彼女の方を見つめる。

「これから、貴方はどうするのですか?」

 ミコトがヤマトを睨む。ヤマトは布団の横に置かれた刀をそっと撫でる。

「……八俣寺に向かうつもりだ」

「八俣寺?」

 ヤマトの言葉を聞いて、ミコトはぎっと彼を睨みつける。言葉の意味をわかっていないキヨだけが首をきょとんと傾げている。

「キヨちゃん。八俣寺っていうのはこの国にある国宝や、この国のお墓があるお寺なのよ。そうね。貴方の国だと……墓地と神殿が一か所にある感じかしら」

 背を向けていたはずのマコトが困っているキヨに解説している。

 ミコトは怒りを孕んだ瞳でヤマトを睨みつけている。

「貴方、ここでこれほど傷だらけになったのに、八俣寺に行くとはどういうことですか?」

「……クサナギを拝借する」

 ミコトが地面を思いっきり叩く、その音に驚いてキヨが肩をビクつかせる。マコトがキヨを誘導して自分の方へ来るように手招きする。

 キヨは恐る恐るマコトの方へ移動して、睨み合う両者を心配そうに見つめる。

「巫女である私を前に、国宝を盗むと豪語するのですか」

「盗むのではない。拝借するのだ。兄もやっていただろう」

「……ハバキリのことですか」

 キヨはミコトの言葉でホムラが持っていた刀のことを思い出す。

 ハバキリ。この国の国宝にして星術が組み込まれた炎を自在に操る刀。

 その刀の力でホムラはロロンの炎を飲み込み、逆にロロンを炎で焼いた。

「確かに、星術を組み込んだハバキリに対抗するには、同じく星術を組み込まれたクサナギで対抗するのはわかります。ですが……」

 ミコトは自分の立場から両手離しで賛同することは難しく頭を悩ませた。

「大丈夫だ。君は来なくていい。これは私の決着だ」

「だからこそ心配なのです。今の貴方は治癒を完了したと言ってもボロボロです。それに」

 ミコトは言いづらそうに目を泳がせる。ヤマトはそんなミコトをじっと見つめる。

「あそこにはシュンスイ様がいらっしゃいます。あの方が簡単に貴方にクサナギを渡すとは言えません」

「そうだな。兄上はむしろ国宝を守るためにあそこに置かれていると言っても過言ではない」

 ヤマトも苦しい顔をする。キヨだけはそんな二人を交互に見て首を傾げる。キヨはシュンスイのことをあの獅子城でしか見ていないのだ。

「シュンスイ様は、基本的にあの八俣寺から出ることはありません。でしたら、シュンスイさまとの闘いは避けた方がよろしいと私は判断しますが?」

「だが、クサナギがないと、我々が束になってもホムラ兄さんには勝てない」

「あの、シュンスイって人はそれほどに強いのですか?」

 二人の態度を見てキヨが恐る恐る問いかける。彼女も、獅子城での彼が放った殺気から只者ではないと言うのは理解している。しかし、それだけならば、このミコトやヤマトだってよほどの強者だとキヨは判断する。その二人が頭を悩ませている状況に疑問を抱いたのだ。

「せっかくだから私から説明するわね。キヨちゃん」

「マコトさん」

「シュンスイくんはね? この国最強の男なのよ。あのホムラくんよりもね」

「あの王よりもですか」

 炎を自在に操り、初めて見たドラゴンにもひるむことのなかったホムラよりも強い。マコトのその言葉に、キヨはシュンスイへの恐怖心が芽生えた。

「あぁ。私も小さい頃、よくシュンスイ兄さんと組み手をしたことがある。一勝も出来なかったよ。彼に勝てるのは父さんくらいではないだろうか。否、王ですら、負けないことは出来ても、勝つことは出来ないのかもしれない」

 ヤマトがマコトの言葉に続けてシュンスイの説明をする。

「だからこそ、今の傷だらけの貴方が彼と対峙するのは危険だと言っているのです」

 ミコトは真剣な眼差しでヤマトを睨みつける。彼女をヤマトを止めたいのだ。

 どうにか、シュンスイ、ならびに八俣寺を経由せずにこの星巡りを達成する方法はないのかと頭の中で必死に考えるが、ミコト自身その答えを見いだすことは出来ず、言葉を続けることは出来ない。

 ミコトの同様からヤマトは押し切ることが出来ると判断して、ゆっくりと立ち上がる。

「決まりだな。やはり私は八俣寺に行く。ミコトたちのおかげで身体は動く」

「ヤマト! 私もやめておいたほうがいいと思うよ」

「キヨ……」

「もう少し休んでからでも」

「ダメだ。時間が経てば、ミコトやマコトさんが一時的とはいえ、私の味方をしたことが兄に気づかれる。そうすれば兄はどうするかわからない」

 部屋に掛けてあった衣類を着るヤマトは身なりを整える。その背中を見て彼を止めることが出来ないと判断したミコトは小さく溜息を吐いた。

 彼の背中は、大きくなっていた。小さな頃、自分と同じようにタケルの後ろをついていっていた弱弱しい少年はもうどこにもいなくなっているのだなと、少し寂しい気持ちになっていく。

 これが、自分で道を選んだ少年が辿りついた姿かと、ミコトは感じた。

「わかりました。あなたは八俣寺へ行くのですね。私にしてほしいことなどはありますか?」

 ヤマトは振り返り、ミコトをじっと見つめる。ヤマトはミコトの表情に、幼い頃、自分とタケルが我儘言って困っているが、それでもなんとかしてあげようと諦めている時のミコトの表情そっくりで彼女は昔から何も変わっていないと感じて思わずニッカリと笑ってしまう。

「済まない。特に思いつかない。君は君の好きなようにしてくれたまえ」

「私はついていこうか?」

 キヨがヤマトに覗き込むようにいった。確かに八俣寺の敵はシュンスイだけではない。キヨがいれば心強いだろう。しかし、ヤマトはゆっくりと首を横に振った。

「君は父上の屋敷に戻ってくれ。コブラが戻ってくるかもしれない。それに、アステリオスたちが心配している。私が向かったことを彼らに教えてあげてくれ」

「うん。わかった」

「そうだ!」

 皆で今後の段取りをしていると、マコトが何か思いついたように両手をパンと叩いた。その場にいた全員がマコトのその突然の行動に驚いて彼女の方を見た。

「キヨちゃん。せっかくだからムサシさんところに沢庵持っていってもらえる? 後、必要な薬物があれば言ってちょうだい。用意させます」

「えっと、じゃあ、火傷に効くようなものってありますか?」

「えぇ! あるわよ。とっても良く効くものが、用意させますので、少し待っていてね」

「では、私は先に失礼致します」

「ヤマト」

 ミコトが静かに背を向けるヤマトに声をかける。ヤマトは振り返らずに彼女に返事をする。

「なんだ? ミコト」

「良い。失敗してもいい。死なないでね」

「あぁ。それだけはわかっているさ」

 ヤマトは部屋の縁側へ歩いてゆく。靴もしっかりそこに置かれていた。

「貴方、一応侵入者だから、屋敷の者も貴方の存在を知っている者と知らないものがいるので、ここに靴を置いておきました」

「マコト殿。かたじけない」

 そういってヤマトは背を向けてツクヨミ邸を後にした。

 キヨは自分もついていかなくてよかったのだろうかと不安そうにヤマトの背を見つめる。

 ミコトはそんなキヨの肩に優しく手を置く。

「大丈夫ですよ。ヤマトは死にません。死んだら私が呪いますので」

「さぁ! キヨちゃん。お薬準備するので、貴方も帰り支度を。ミコト、送って差し上げて」

「えぇ。姉様」

 そして三人は話しながら、帰り支度を始める。

 ヤマトは入ってきた入り口と同じ塀をよじ登ってツクヨミ邸を後にした。



 水は炎を消すことが出来る。父、ムサシがシュンスイを褒める時によく使っていた言葉だ。

 その言葉の通り、シュンスイは誰よりも強かった。下の子だったにも関わらず、兄に剣の勝負で勝った。父はシュンスイを何度も褒めた。

 母、ソラノもそんなシュンスイを何度も褒めた。シュンスイは他のことでは兄に勝つことは出来なかったが、剣の腕だけはホムラを凌駕していた。ホムラだけじゃない。父にもあと一歩で届くと言うところまで力をつけた。

「母上!」

「あら、シュンスイ。また傷だらけ泥だらけ。どうしたのですか?」

「特訓をしておりました!」

 お腹が膨らみ、腕には幼いヤマトを抱えた母にシュンスイは近寄って嬉しそうにはねた。

「それは偉いわね。シュンスイ。貴方の剣の腕は父を超えるかもしれませんね」

「えぇ! 僕が最強になって、母も、兄も、ヤマトも、そしてハヤテも守るんです」

「あら、王は守らないの?」

「王は国を守るから。僕が家族を守るんです」

 幼いシュンスイの言葉にソラノは感心したように驚いてみせて、シュンスイの頭を優しく撫でる。

「貴方が守ってくれるなら、頼もしいね。貴方が家族だけじゃなくて、みんなを守れるほど強い人になってくれたら母は嬉しいです。いいですか。水は何だって流してしまう強い力です。しかし、それと同時に、全ての者を癒すが出来る優しいものです。貴方もそういう子になってくださいね」

 シュンスイは母が大好きであった。ハヤテが生まれてから、母ソラノの体調が少し悪くなった。シュンスイは剣の特訓を毎日して、空いた時間は母と一緒にいることを選んだ。

 強くなってみんなを守る。だからもっと強くなければならない。

 この国は力が全ての国だ。だったら一番強いかもしれない自分がもっともっと強くなって、国民を守る大きな水になろう。あの川のように、滝のような強さを以って、僕らの生活に欠かせない水のように、静かに皆を守る存在になるんだ。

「お前は誰よりもキレイな剣筋をしている。流れるようで、掴めない。俺はお前の攻撃をいなすことが出来ても、もうお前に切り込むことは難しいな」

 ハヤテも大きくなり、シュンスイも青年と呼べるほどに成長した頃、父に言われた言葉だ。

「もうすぐ、俺も超えられてしまうな」

 この頃には、もうホムラが次期王になるために補佐をしていた。力だけのシュンスイよりも、力もあり、全てをそつなくこなし、さらに兄であったホムラが王になるのは当然であった。だからこそ、シュンスイはそんな兄すら守れる強い男になろうと決めた。

 ヘラクロスの冒険に出てくるあのドラゴンすら倒すことの出来る力を求めた。

 先祖が倒したのだ。子孫である自分たちに出来ないと言う理屈はない。

 その力があれば、皆を守ることが出来る。

 シュンスイはさらに剣の修行を続けた。

 それからしばらくしてだった。母、ソラノが亡くなったのである。

 シュンスイは頭が真っ白になった。きょとんとしているハヤテ、泣いているヤマト、そして冷静に母の死体を見ているホムラとムサシに対して怒りがこみ上げて、彼らに吠えた。

 けれど、シュンスイが吠えたのは二人にではなかったのだ。

 どれだけ最強を目指しても、母は死んでしまった。いなくなった。

 母の言葉を胸に、皆を守る力を求めたシュンスイであったが、その実、彼は母から褒められたかっただけなのだ。母を守りたかっただけなのだ。

 自分がどれだけ強くなっても、失う者は失う。シュンスイは絶望したが、それでも彼は自らを強くすることしか出来なかった。

 強くなれば、この悲しみも、怒りも、いつか乗り越えられるはずだと、母の言葉を背負って、彼は強くなることのみに集中した。

 そして、シュンスイはこの国の墓場であり、強者が集う場。八俣寺の門を叩いた。

「……母上。ヤマト、どうやら死ななかったらしい。先ほど王の使いの者が来たよ。あいつは愛されているねぇ。仲間が必死に守っているみたいだ。まだもう少し、お一人の時間を満喫してください」

 八俣寺の中にある墓石の前で両手を合わせて目を閉じてじっと黙祷するシュンスイ。

「俺もヤマトを守る側につくべきでしたかね? 俺は、国の側に立つべきか、弟の側に立つべきか迷ったあげく、父親とチャンバラやっていたら表舞台に立てませんでした。情けない息子で申し訳ございません」

「そういえば、ヤマトの奴、自分が死んだら魂はオフィックスへ行くでしょう。なんていうんですよ。寂しいことを言うと思いませんか。母上。だったらあいつは死んでも母上や俺達の元へは帰らないと、言うんですよ……。あんなに貴方にべったりだったヤマトがね。寂しいものですよ」

 シュンスイは少し震えた声でそう答えて、顔を上げて墓石を見つめる。ヘラクロス家が入る墓。王の墓の前であった。シュンスイは心を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。

 シュンスイの頬を一粒の水が当たる。

「……雨かい。いやはや、せっかく母上に捧げた酒も、流されちまうな」

 そう言いながらシュンスイはその場を後にしようとする。

 その時であった。僧兵の一人がシュンスイに駆け寄ってきた。

「シュンスイ様!」

「ここは墓場だぞ。もうちょい静かにしろ」

「申し訳ございません。シュンスイ様に、お客様が、それが……」

「お客様がどうした? 新しい門下生か? それとも、祭事か?」

「いえ、ヤマト様がお越しになられまして」

「そうか。わかった。俺が対応しよう」

 そういってシュンスイはヤマトがいる八俣寺の門へと向かう。その身体がゆっくりと強くなってゆく雨にさらされていった。


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