第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 2話
キャンス王国を出て数日。いつものようにコブラたちは川沿いを見つけてそこに落ち着いて食事を摂ることにした。
「ロロンさん。すみません。みんなの分の容器お願いします」
「はい」
ロロンはアステリオスが言うとほぼ同時にアステリオスの鞄から器を人数分取り出している。ここ数日彼女はアステリオスの行動を手伝い続けているからこそ、段取りよく動くことが出来る。
「アステリオス―。とりあえず食えそうな果物を見つけてきたよー」
キヨが両腕にいっぱいの果物を抱えて来る。
「ありがとう。ここに置いておいて」
「食べれるかどうかの判断は私にお任せください」
ロロンがキヨが持ってきた果物を手に取り、凝視している。
彼女がメンバーとして入ったコブラたち四人の生活でもっとも変化したのは食べ物の安全性であった。
伊達に800年以上ドラゴンととしての生活をしていた彼女は魚や果物、植物の有毒性などに精通していた。彼女は何度も苦しみ一人で洞窟でもがいた経験もあった。
故に彼女が食べ物の安全性を確保してくれているので、以前のように突然ヤマトが腹痛を起こして旅を止めねばならぬことや、キヨが高熱を出すようなことはほぼなくなった。
「よっしゃ魚も大量じゃあ!」
叫び声と共に籠に魚を入れて持ってきたコブラも集まり、全員一か所に集まる。
「こんだけ集まっていればまた数日は大丈夫だね」
「果物の方は全部安全ですよ」
「ふふん。私も伊達に数十年森育ちじゃないわよ!」
「えぇ。キヨさんはその年齢でとってもしっかりとされていると思います」
ロロンは本当に落ち着いた女性としてコブラ、キヨ、アステリオスのサポートをしっかりとしてくれている。
元はドラゴンとしてキャンス王国の風習に囚われていた彼女であったが、アステリオスが彼女と共に行きたいと彼女を連れだした。毎日洞窟とキャンス王国のみの行動をしていた彼女はこの旅の日々をいつも笑顔で過ごしていた。
コブラとキヨはここで数日旅してきて既にロロンに懐いていた。
コブラはニヤリと笑ってロロンの背中を指でつつく。
「ひゃ!」
「ちょっとコブラ!」
「悪い悪い。ロロン背中が弱いってのが面白すぎて」
「あまり揶揄わないでください。コブラさん」
「ロロン。たまにはドラゴンに戻らなくていいのか?」
コブラは自身の腰に手を当てて心配そうにロロンを見つめて首を傾げる。
「そうですね。人の姿を保つのも多少の精神力を使いますが」
「ここには俺達以外に人はいないし、あそこの川、結構深かったし、冷たいから気持ちいいと思うぞ」
「そうですか。では、お言葉に甘えましょうか」
「おう。アステリオスが飯作り終わるのも結構時間かかるだろ?」
「そうだね。ゆっくり水浴びしなよ。ドラゴンの状態で浴びるのも気持ちいいでしょう?」
「では」
ロロンはゆっくりと衣類を脱ぐ。キヨは二人が覗かないかと二人を見たが、そういったところはしっかりとしているのか二人はロロンに対して背を向けていた。
衣類を脱ぎ捨てて裸になって川の中へと浸かってゆく。
しばらくするとロロンの身体が光輝き、巨大なドラゴンの姿に代わり、ドラゴンは気持ちよさそうな表情をして川の水を浴びていた。
キヨは二人に、ドラゴン態になったことを報せると二人はお互い作業に戻る。
アステリオスはご飯の用意をして、コブラは刃物などの手入れを行う。
キヨは水浴びをするロロンがあまりに美しいと感じ、すぐに画版を取り出す。
「キヨ姫にもしっかりと見せてあげないとだもんねー」
最近のキヨは絵を描く前にキヨ=ジェミニクスから貰った腕輪を撫でてから書くようにしている。こうすることで彼女にこの絵を送っているような気になれるのだ。
「なぁ、アステリオス」
「なんだい?」
コブラとアステリオスは互いに自身の作業に目を向けながら会話を始める。
「レオ帝国まであとどんくらいだろうな?」
「んー、川が近いってことは二、三日もしたらつくと思うけどね」
「そうか。ヤマトの奴。レオ帝国にいるかな?」
「……そうだね。キャンス王国にはいなかったし、ロロンさんの話では、ヘラクロスとヤマトの容姿は似ているらしい。そしてレオ帝国はヘラクロスが興した国だ」
「ヤマトって確かあの『ウロボロス』が出来る前にオフィックスにやってきたのよね?」
キヨが絵からは目を離さずに会話に入ってくる。
「あぁ。らしいぜ。どうやら貴族様に拾われて養子になったんだと」
「ふーん。じゃあ、もしかしたらレオ帝国がヤマトの故郷ってこと?」
「その可能性は高いね」
「じゃあ普通に実家に帰りたくなっただけじゃねぇのか?」
コブラは気軽に答えるも、アステリオスはそれに返事をすることは出来なかった。
この中で唯一、アステリオスはヤマトの『影の姿』を見ている。憎悪に支配された恐ろしい人斬り。ジェミ王国で出会ったヤマトの姿は、アステリオスの良く知るヤマトとは正反対であった。
しかし、ジェミ王国の双子迷宮は本人のあったかもしれない姿。見ないようにしてきた自分の側面が出るとジェミ王国の占い師であるポルックスとカストルが言っていた。
「ヤマト……無事だと良いけれど」
そこから会話は止まり、それぞれに作業を再開させる。
「良い水浴びでしたぁ」
ロロンが衣類を纏い、髪を拭きながらこちらへ向かう。
アステリオスの料理も既に終わり、キヨも自分の絵を完成させていく。
コブラは火が起こっている薪火の前で火の温もりを感じていた。
「お隣失礼しますー」
ロロンはコブラの隣に座って同じく火で暖を取る。
「火、足しましょうか?」
「ほどほどで頼む」
コブラの言葉を聞いてロロンは吐息程度の炎を薪火に放つ。
過去これで一度失敗して炎を暴発してみなを仰天させたこともあった。
「あの時はすみません……」
「ははは。あんときは面白かったなぁ」
謝るロロンに対して笑うコブラ。ロロンは性格上少し突いてやると申し訳なさそうに謝り、それがコブラにとって面白くてついついこういった意地悪をしてしまうのだ。
「みんなご飯出来たよぉ」
アステリオスが作った飯を皆で頬張る。
「美味しい? ロロンさん」
「えぇ。とっても」
「よかった」
アステリオスは彼女の言葉を聞いて暖かい気持ちになる。
「見て、ロロンさん。これ」
キヨは描き終わった絵を見せる。絵は川の中で身体を丸めて水浴びをしているロロンの姿であった。
「いつ見てもキヨの絵は綺麗ですね」
「ありがと」
ドラゴンの絵だと言うのに、描かれている絵からは暖かさが感じられ、キヨが、そして他の皆がドラゴンである自分に一切の恐怖心がないのが伺えてロロンは嬉しかった。
ロロンに褒められて嬉しかったからか、キヨは微笑みながら自分の絵を見つめる。
ロロンはふと何かを思い出し、彼女の髪をそっと撫でた。
「どうしたの?」
「いえ、そういえば、キヨに話しておかないといけないことがあるなと思い出して」
「ん? 何?」
「せっかくだ。飯の肴に聞かせろよ」
コブラは焼いた魚を頬張りながらロロンを見つめる。
「えぇ。キヨ、あなたの父の名はヤクモで間違いないですか?」
「うん。私の父の名はヤクモだけれど」
「やっぱり!」
キヨの答えを聞いて満面の笑みを浮かべるロロンに食事中の三人は首を傾げる。
「どうしてロロンが私の父を知っているの?」
「貴方の父も私の試練を受けたのですよ。王位継承の儀として」
「えっ!? そうなの!?」
「えぇ。私の咆哮。攻撃にも畏れぬ強き人でした。それに彼が連れていた仲間たちもまたそんな彼を信じる良き方々でした」
「へぇ。ヘラクロスだけじゃなくてキヨの親父とも知り合いだったとはなぁ」
「えぇ。キヨは王位継承で来たわけではないのですよね?」
「一応。そのつもりだったけれど――」
「俺は何も聞かされていない。キヨもあんたやアステリオスと同じように途中から仲間になったからな」
「えぇ。それは……キヨの姿と今の状況で何となく察します。あれほどの勇者が奸計に落ちたと言う事実にショックを受けざるをえません」
「でもさぁ。もし、全ての星巡りを終えてキヨがオフィックスに戻ったら王位はキヨの手に渡るんじゃないの?」
アステリオスは素朴な疑問を浮かべてキヨの方を見る。
「いや、それも微妙な線だな。恐らくその星巡りの儀の重要性をわかっている連中のほとんどがあのクソ髭親父にやられているだろう」
コブラは気に入らないミッドガルドのことを思い出して舌打ちをする。
「まっ。どっちにしても、全ての星巡りを終えてからね」
キヨも深刻に考えることをやめてアステリオスが切ってくれた果物を頬張る。
「では、あまり深刻ではない方の質問なのですが……」
「ん? 何?」
「その……キヨの母は、リザベラではないですか?」
そう質問するロロンは少し恥ずかしそうに頬を染めている。
キヨも突然の言葉に動揺して目を丸くする。
「えっ、母はイズモという名だったけど......」
「あら、そうでしたか」
「えっ、どうしてロロンがリザベラを知っているの?」
「知っているも何も、リザベラもまたヤクモさまと共に私の前に現れた勇者の一人です」
「へぇ、そうだったんだ」
「キヨが知っているリザベラはどういった方なのですか?」
「私のお世話係のメイドでした。私に品がないとかどうとか」
「ふふっ。あのリザベラ様がですね」
ロロンは自分の祠で出会った粗暴な口ぶりのリザベラを思い出して失笑してしまう。
「ねぇ! リザベラって昔はどんな人だったの?」
キヨは身を乗り出してロロンに問い詰める。キヨは幼い頃からリザベラのことを好いていた。なんだったら親よりも好いていた。そんな彼女のことを知っている人にこんな意外なところで遭遇して興奮している。
ロロンは説明のためにリザベラを頭の中で浮かべる。
「そうですねぇー。あっ、コブラのような方でした!」
「お、俺か!?」
「へぇーそうだったんだ。確かに、油断したらちょっと口が悪かったもんねリザベラ」
キヨはそれを聞いてさらに嬉しそうにケラケラと笑った。コブラは自分の知らない人物に似ていると言われ、釈然としない気持ちのまま歯に挟まった魚の骨を取り出す。
「みんな、紅茶を淹れたんだ。これを飲んで、今日はゆっくり語ろう。多分明日か明後日にはレオ帝国につくと思うし」
「ありがとう。アステリオス」
アステリオスから暖かい紅茶を受け取ったロロンは身体を温めるためにゆっくりと啜る。
「もっと聞かせて! ロロン私のお父さんたちの話」
「と言っても私も一日だけしかお会いしていませんけれど……」
「それでもいいの!」
「では、代わりに皆さんも改めてヤマトさんについてお聞かせください」
そして彼らは薪火の光に包まれながら誰かが眠たくなるまで語り明かす。
ロロンはみなが語るヤマトと言う人物に対しての印象は、みんなに愛されているというものであった。
コブラは悪態をついてはいるが、彼のことを心配しているのが伺えた。
キヨにとっては父のような兄のような存在なのだろう。よく怒られたと言う話を楽しそうにする。
アステリオスはどうやらこの旅に参加するきっかけをくれた人物だそうで、尊敬の眼差しでロロンに語っていた。
皆が寝静まり、最後に炎を消す。真っ暗になった森の中でロロンは目を閉じる。
三人がこのように語るヤマトと言う男に会ってみたい。そして自分もヤマトの仲間であると、伝えなければならないと考えた。
コブラたちはレオ帝国にいるかと考えているらしいが、いるならば、早く会ってみたいと思いを募らせて、ロロンは眠りについた。