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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 18話

 川を下っている途中でヤマトはロロンを背負って船を下りる。アステリオスもそれについてゆく。

「すみません。私が貴方を助けようと思っていたのに」

 ロロンは船の上で今までドラゴンの身体で闘い続けていた身に限界が来たのだ。船の中でぐったりとしたのであった。

 彼女の疲弊した姿をよく見ると、右腕は焼けて傷が塞がっているが痛々しく火傷している。そこ以外にも小さな切り傷が多い。ドラゴンとして暴れている時も見ていたが、多くの侍たちに攻撃されていた。ヤマトの手を取っていた時は気づかないふりをしていたのだろうが、ヤマトを救ったと言う達成感から緊張の糸が解けたのだ。

「ごめんね。流石に身体の大きさ的僕じゃあ難しくて」

「いや、いいさ。こちらは動けなかったが故に体力が有り余っている。むしろ助けてもらっておいて、何もしないなんておんぶにだっこは許されない。せめておんぶくらいさせてくれ」

 ヤマトはアステリオスの方も見下ろしている。彼も身体に擦り傷が多い。自分を救うために彼らはかなり無茶をしたのだろう。合流出来ていないコブラとキヨのことが心配になり、ヤマトの目が泳ぐ。

「あの二人ならば大丈夫だよ」

「アステリオス。そうは言ってもだな」

「それより、僕らもあまり呑気に歩いていられない。路地などを経由しながら人に見つからないようにしないと」

 先ほどの騒ぎが功を奏したのか、侍たちはこの辺りにいない。この辺りの町人は状況を理解していないので、ヤマトやアステリオスが歩いていても、彼らが処刑されるべき罪人であり、それを解放した反逆者であるとは思ってはいなかった。

 家と家の間の路地を中心にアステリオスが導くようにヤマトとともに歩く。

「本当は屋根伝いに移動する方が楽なんだけれど」

「流石に人を背負いながら登ることはな」

「すみません。私が空を飛べたらもう少し楽に戻れたのですが」

「それは言わない約束だよ。ロロンさん」

 アステリオスが優しい声色でロロンを励ましていた。ヤマトはその様子を見て誇らしくなった。自分が出会った少年は自分と接していない間に多くのものを学んだのだなと感じたのだった。

「そうだ。アステリオス。これからどこへ向かおうと言うのだ?」

「竹林にある古民家さ。そこに僕らの協力者がいる」

「協力者?」

 ヤマトは竹林地区のこと思い出した。あそこに住んでいるものは限られている。

 山奥にあるクサナギなどのこの国の宝が納められている八岐寺くらいのものである。

「済まない。まさか寺の者が私の解放を協力してくれたのか?」

「違うよ。協力ってほどじゃあないけどね。場所を貸してくれているんだ」

「誰だと言うのだ」

「君の父、ムサシ=ヘラクロスさ」

「っ!?」

 ヤマトは目を見開いた。この国にやってきてすぐ、ホムラに捕らえられたヤマトは、自分の父が生きていたことすら知らなかったのである。

「そうか。父は今竹林で隠居をしているのか」

 言われてみれば、自分が幼い日、ホムラに王の座を譲った後、どこかで隠居していると言うが、幼いヤマトはどこに住むことになったのかすら知ることはなかった。先代王の住む場所は、継承した王のみが知る機密情報だったのだ。

「そうか。父と再会するのか。変に緊張してしまうな」

「ヤマトはお父さんと仲が良かったのかい?」

「んー、父はよく私を可愛がっていた記憶はあるが、何分ここでの生活はオフィックスに辿りつく頃に忘れてしまったからなぁ」

「よほど辛い思いをしたのでしょうね」

 ヤマトに背負われているロロンが呟いた。

 辛い記憶を消さなければ

「そうだな。だが、逃げて良いものではなかった」

 ロロンの呟きに答えながら、アステリオスの指示に従って歩いてゆくヤマト。

「山道に入ってきたね。こうなっていけば追手もいなくなってくるだろう。ふぅ」

 アステリオスは緊迫してヤマトを案内していたのだろう。山道に入り、人の気配が完全になくなったのを把握すると、安堵の息を大きく漏らす。

「もうすぐだよ、ヤマト」

「あぁ。そうだ。ロロンさん。今のうちに聞かせていただけないか。貴方が仲間になるまでの経緯」

「そうですね。では、お恥ずかしながら語らせていただきます」

 山道で人の気配がないからこそ、アステリオスも先ほどのようにきょろきょろと辺りを観察せずにゆったりと歩いている。ヤマトもそれに合わせてゆったりと歩く。

 ロロンはそんな静かな空気の中で彼女とアステリオスの出会い、そして自身が星巡りの儀式に関わっていたこと、ドラゴンとして800年洞窟の中で生きてきたこと、それをアステリオスが否定してくれたこと、ロロンがどれほどコブラ、キヨ、アステリオスに助けられたかを嬉しそうに語った。

「それはよかった。格好良いな。アステリオス、私も見習わなければ」

「あまり茶化さないでよ。こうやって聞くとすごく恥ずかしい。ほら、ついたよ」

 アステリオスが指さす方を見ると、小さな民家を見つける。あの民家こそが、自分の父にして、先代王のムサシ=ヘラクロスが住む家であると思うと、ヤマトは少し緊張してしまった。

 アステリオスが戸を開く。ヤマトも中に入る。

「おっ、アステリオスにロロンちゃん。お帰り。それに……」

 ヤマトは目を丸くした。目の前の男は確かに父であった。

 幼き日に見た父の面影ははっきりしなかったが、自分に良く似た容姿の男がっしりと座っている。

「ヤマト、お帰り」

 ヤマトはロロンを降ろすと、すぐに胡坐をかいているムサシの前まで行き、膝を曲げて頭を地面につける。レオ帝国に置ける敬意を示す土下座であった。

「お久しぶりです。父上。我が友を庇ってくださったと聞きました。なんと感謝をして良いものか」

 土下座をしているヤマトの頭をじっと見おろすムサシ。

 アステリオスは布団を用意してそこにロロンさんを誘導し、眠らせながら彼らの様子を見守る。

 ムサシはニカっと笑って土下座しているヤマトの頭をわしわしと撫でた。

「ったく! お前は国を出てもクソ真面目なところは抜けてねぇな!」

「父上、その、やめていただきたい!」

「堅苦しいことを言うな! 父として、お前が生きていて嬉しいのは本当のことなんだから」

 いまだにわしわしと頭を撫でるムサシに恥ずかしさからヤマトは顔を上げて、彼の手を払う。

「10以上離れていたので、お気持ちはわかりますが、私も大人ですので、子どものような扱いは――」

「あぁ、そうかそうか。悪い」

 ムサシは閑話休題と言った様子でこほんと咳込む。

 ヤマトも姿勢を整えてムサシの方をじっと見る。

「まず、無事に帰ってきてよかった」

「ありがたきお言葉です。私のような逃亡者に」

「逃亡者でも反逆者でも俺の子だ。誇れ」

「はい」

 二人が放つ重々しい雰囲気にアステリオスは飲み込まれる。ムサシさんは飄々としているが、やはり元は王なのだ。目つきが変わればそこにいるのは親と子ではなく、王と民であった。

「さて、ヤマト。お前さんに伝言を頼まれている」

「伝言……ですか?」

「あぁ、ミコトからだ。ついさっき来たんだ」

「ミコトですか!?」

 父とミコトがつながっているとは思えず、ヤマトは驚く。ミコトは本気で俺を憎んでいた。

「ヤマトが閻魔橋で処刑されることを教えてくれたのは、ミコトさんなんだよ」

 アステリオスが驚いているヤマトに語った。ヤマトは動揺した。

「ミコトは、私を救うために裏工作をしてくれたと言うことか?」

「それもちょっと違うんだよなぁ」

 ムサシが溜息を吐きながら頭を掻いた。その様子にアステリオスも首を傾げる。

「あの娘はお前を憎んでいるよ。俺は聞いている。ホムラが殺さないなら自分がヤマトを殺すってな。あの目は本気だったね。お前さんよっぽどのことやったんだな」

 ヤマトとミコト、そしてタケルのことをそこまで詳しくないムサシは呆れた様子でヤマトを見つめる。そしてミコトが味方ではなかったとアステリオスは驚いていると一つの真実に辿りつく。

「あ、あの! ついさっきってことはミコトさんここに来ていたんですよね? き、キヨは?」

「キヨがどうかしたのか?」

 アステリオスは慌ててムサシに問い詰める。

 その横で状況を掴み切れていないヤマトが首を傾げている。

「キヨはミコトさんと闘っていたんだ。僕がコブラから預かった鍵をキヨに渡すとき、ミコトさんが放つ矢から逃げるようにキヨが走り合わっていた」

「そして、そのキヨさんが放った鍵のついた矢を私が受け取って、ヤマトさんに渡したのです」

 疲弊しているロロンもアステリオスの言葉に続く。

「そういうことだったのか。ということは、キヨとミコトが一緒にいなければおかしいのか。キヨが逃げ切った可能性もあるが」

「一緒だったよ。ボロボロでね」

 ムサシが答えた。その言葉に三人は彼の方を見つめる。

「キヨちゃんの方が傷だらけでね。出血も酷い。応急処置はしていたが、ミコトはここでは完治が難しいからっつって、自分ちで面倒見るって言っていたよ」

「自分の家……となると、ツクヨミ邸ですか?」

「あぁ。んで、こっからが伝言だ。キヨを返してほしくばツクヨミ邸に来い。だとよ。キヨの衣類とか諸々を取りにここを寄ったらしいが、あんたを探すよりも、あんたに来てもらうほうが早いと判断したんだろうな」

 ムサシは話しながら立ち上がり、魚を串に刺して焼き始める。

 その話をヤマトはぐっと下唇を噛みしめながら俯いて聞いている。

 ツクヨミ邸。ミコトと初めて出会った場所。ヤマトとタケルが初めて冒険した場所。

 そして、タケルとヤマトが国外に出る時に、向かうべきだった場所。

「さてヤマト。お前に一つ問いたい。これは父として、そして……元王としての問いだ。しっかりと答えろ」

 焼けてゆく魚を見つめながら問いかけるムサシの静かな声が民家に響く。

「なんでしょうか」

「お前はこの後どうする? 星巡りの儀式として、現国王ホムラと対峙するのか?」

 ヤマトはすぐには答えなかった。自分の中にある感情を必死に整理している。

 その様子にアステリオスとロロンは見守る。

「星巡りの儀式も大切ですが、それはコブラの仕事です。ですので、私は……この国でやり残したこと。10年以上の想いを、我が兄弟、そして……ミコトと、タケルに捧げようと思います」

「と、いうと?」

 ムサシは焼き魚からムサシに目線を動かす。

「自分の手で、自分の過去との決着のために、兄、ホムラを討ちます」

「言うねぇ。今の王は強いぞ?」

「えぇ。それは存じております。幼き日より、ずっと見ていましたので」

 ヤマトは王国補佐をしていた時代を思い出して兄の強さを思い出す。彼はそもそも勝負を発生させないほどに圧倒的な力を追い求めた。鍛錬は欠かさない。そして勝負にならないように全ての人間を把握している。最強の男であった。故に自分は絶望し、彼に挑むことなく、逃げる形でこの国を出た。

「王に何かモノ申したいときは、王に直接挑む。それがこの国のルールですので」

 ヤマトはまっすぐとした目でムサシを見つめる。ムサシはそんな彼の目に満足したのか、ニタっと笑みを浮かべる。

「そうか。ホムラが王となって最初の挑戦者は実の弟にして、国を逃げた罪人。それも、処刑から逃げおおせた反逆者ときた。これはそそるカードだね」

 ムサシは焼き魚を火から遠ざける。

「さて、魚も焼きたてはあっちあちで食えないからな。ちょいと冷めるまでの余興と行こうか」

 ムサシは立ち上がり、竹刀を三本取り出す。自分用の二本と、ヤマトに渡すための一本。

 放り投げられた竹刀をヤマトは慌てて掴む。

「王に挑もうってんだ。予行練習は必要だろ。元王である俺なら、役者として上々だと思うんだがね?」

 ムサシの目は座っている。アステリオスは思わずムサシが放つ殺気に身震いした。本気の目である。アステリオスが憧れていたウラノスが喧嘩相手を睨んでいた時の目に似ている。

「しかし、早くキヨを救いに行かねば」

「ミコトちゃんもキヨちゃんを殺そうだなんて微塵もねぇよ。急がば回れだ。それとも……俺と闘うのが怖いか?」

 ムサシは鋭い目つきでヤマトを睨みつける。

 ヤマトは戸惑いながらムサシと、自身が握っている竹刀を交互に見つめる。

「……。そうですね。貴方に勝てないようでは、兄さんたちにも、ハヤテやミコトにも勝てやしませんもんね」

 ヤマトは竹刀を掴み、ゆっくりと立ち上がる。

「よし、道場行くぞ」

「はい」

 二人がゆっくりと歩いていく。

 アステリオスはどうしようか迷っていたが、ムサシが振り返り「アステリオスは嬢ちゃんをしっかり見てやんな。後、魚、冷めすぎたらまた焦げないように焼いといてくれ」と軽い様子でにっこりと笑って答えた。しかし、言葉を終えてこちらから目線を外すとすぐに険しい顏になっていた。アステリオスはその変貌ぶりに思わず息を飲んだ。

 静かに道場へ向かったヤマトが戸を閉める音がピシャリとなった。

 道場で向かい合う両者はそれぞれ竹刀を構える。

「頭上か、腹部、後は肩だな。一発でも当てたらヤマトの勝ちでいいぜ」

「父上と手合わせなど、いつぶりでしょうか」

「そうだな。だが、本気で来い。これは俺が、お前の覚悟を試すものだということを努々忘れるな」

 ムサシの殺気が跳ね上がる。ヤマトはぐっと生唾を飲む。

「では、始めるぜ」

 二人は呼吸を整えて、一斉に互いに斬りかかりにとびかかった。


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