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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 15話

 タウラス民国は平和な国であった。もし、悪さをするものがいれば鉄拳制裁。しかし、それ以上は何もない。民それぞれが自分で決めて、自分で解決する。

 だからこそ、アステリオスも何度も育ての親に殴られた。けれど、それで死ぬものはいない。

 タウラス民国の人間が死ぬ場合は、病気か、国外で獣に襲われる場合、後は寿命のみだ。

 獣に襲われると言っても、タウラスの男たちは集団で行動をするためそれで死ぬことも滅多にない。病気か、寿命でしか死なない。だからアステリオスは真の意味で死を体感したことはなかった。

 シュンスイの刀をへし折った。その経験は彼に自信を与えるものではなく、恐怖を与えるものであった。彼は今も、鍵を握り締めながら震える腕を必死に隠して、目の前の侍たちを睨み返す。

 喧嘩は気持ちで負けちゃあダメなんだ。

「君! 抵抗はやめなさい」

 侍たちの一人がアステリオスに説得を始める。彼らは決してアステリオスたち四人を殺すように命令されているわけではない。一瞬負けそうになる気持ちをアステリオスは首を横に振るう。

「先ほど、ハヤテ様と闘っているものから受け取ったものをこちらへ渡しなさい!」

 他の侍がさらにこちらに歩みよる。既に刀を向けてる。あの刃先に触れれば、自分の皮膚は斬れて、血が流れる。それだけじゃあない。下手をすれば腕や脚がそのまま切り裂かれる可能性もある。

 鼓動が早くなる。タウラスの喧嘩は一対一が基本である。

 故に目の前の敵さえ見ていればよかった。予選の集団戦も、全員が全員を倒そうとするから今回の例とは違う。目の前の4人の男たちは確かにアステリオスを睨んでいる。

 アステリオスは生唾を飲み、手の中の鍵をさらに強く握る。

「これは渡さない」

「貴様!」

 侍の一人が痺れを切らして刀でこちらを斬りかかりにきた。

 アステリオスは必死に呼吸を整えて目の前の男の動きを見る。大丈夫。シュンスイよりも遅い。水のようにしなやかに掴めない動きをするシュンスイに比べたら目の前の男の動きは単調だ。

 アステリオスは籠手で侍の刀を止める。衝撃もシュンスイに比べたら大したことはない。しかし、それでも、これが当たっていれば自分の腕が切り裂かれると想像すると、アステリオスはすぐに男たちから距離を取るように後退する。

 幸い、ここは路地、目の前の男たちも狭い通路のせいで一斉に襲いかかるのに抵抗があるようだった。アステリオスはリズムを整えるように深呼吸を繰り返す。

 手に握られたものは鍵である。コブラが思いついたという作戦は、あのハヤテと言う少年が持っていた鍵を盗んでヤマトの手錠を開けることだったのだと考える。

 それが自分の手にある。ならば、これをヤマトの所へ届けなければならない。

 侍がまた一人こちらに突進を仕掛ける。振り下ろしてくる刀を籠手で防ぎ、空いた侍の懐に身体を滑り込ませて服の袖を掴み、彼の腰を自身の腰でぐっと上空へあげる。

 脚が地面から離れた侍は動揺しているのもつかの間、そのままアステリオスに投げつけられ、背中を地面に叩きつけられる。

 アステリオスがヤマトにされて敗北した技だ。相手を背負いこんで投げる技。

 ヤマトはタウラス民国にいるキドウと言う老人から学んだと言っていた。

 自分がカラクリを以ってあの国の力に対抗しようとしたように、力の及ばないものが力を超えるために編み出された技術。そして自分がヤマトに学んだ力であった。

 侍はあまりの衝撃に握っていた刀を離す。

 アステリオスは咄嗟にその刀を奪った。

 見様見真似で侍たちと同じように刀を構える。しかし、その時だった。

 刀が震える。意外と重かったからではない。人を殺すことが出来る武器を今、自分が手にしている事実に震えているのだ。

 料理で刃物を使うことはある。しかし、それを人に向けたことはない。この刀で目の前の男たちを殺すことが出来る。そうすればヤマトの元へ駆けることが出来る。

 だが、それをするのはあまりに恐ろしいことであった。

 刀を握った腕が震えているのを見て、侍の一人が呆れたように溜息を吐く。

「君。大人しく投降しなさい。君のような小さな子どもが王に逆らってはいけない」

 侍は優しい目をしていた。子どもである自分が怯えている。だから助けてやらねばならないと言う気持ちであろう。しかし、彼の後ろの侍はいまだにアステリオスを警戒して刀をこちらに向けている。震える手でしっかりと刀を掴む。

 路地の奥から、ロロンの姿が見える。ロロンはドラゴンの姿になって、ホムラと対峙している。彼の他の部下たちも矢を放ち、ロロンを攻撃している。当たれば死ぬかもしれない。この籠手のように頑丈なロロンさんも、人を殺す力であんなに囲まれたら死ぬかもしれない。

 けれど、彼女はそれでも、闘っている。いや、闘っていたのだ。

 800年間。人に傷つけられながらも、自分は人を傷つけないように、殺さないように。必死に足掻いてきたのだ。

 自分は何もわかっていなかったとアステリオスは後悔する。

 ロロンはこんなにも恐ろしいことを800年も続けてきたのか。

 改めてアステリオスは彼女を尊敬する。震えていた手が少しだけ落ち着く。

 その時だった。頭上に何か人影が通り過ぎたのを感じる。アステリオスはすぐにそれが何かわかった。アステリオスは握っていた刀を支えに籠手を使って刀をへし折り、自分の後ろに捨てた。

 自分にはいらない。人を殺す道具はいらない。

「確かに、僕はどうやらあまい子どもだったみたいだ。貴方の言う通り、刀を握るだけで怯えてしまう臆病者さ」

 もう一度呼吸を整える。まだ怖い。けれど、この恐怖はいつか克服していかないといけない。

 自分が守ろうとしていた者は、自分が想像していた以上の恐怖を経験していた。彼女を知るためには、自分もこの恐怖に寄り添わないといけない。ロロンが目指した平和を理解しないといけない。

「僕は貴方たちを殺さない。貴方たちの血は見ない。喧嘩は心でするものだって、僕の尊敬する人は言っていた。どんなに力があっても、命を奪ってはいけない。同郷の者を殺すことに躊躇のない君たちの王を、僕は受け入れることはできない!」

 籠手を構える。侍たちも自らの王を侮辱され、眉を細める。

「そうか。では、強行策に出よう」

 刀を奪われた男も含めた侍4人はアステリオスに襲いかかる。アステリオスは必死に籠手を盾に、相手の動きを予測し、攻撃に対処する。路地をさらに奥に進み、タイミングを見て、侍の刀を籠手で挟んでへし折る。

 一本。また、一本。シュンスイの刀を折った時の感覚を思い出し、へし折っていく。

 折った刀を持つ手を払い、刀を落とさせる。アステリオスはそのまま侍たちの懐に入って、彼の鳩尾を思いっきり掌底で打つ。

 小さい頃から、相手に勝つために、力以外で勝つためにどこは鍛えづらいか、どこがその人にとって痛いかは勉強してきている。

 少年の小さな突きで呻き声を上げ、膝をつく男を見て、他の3人も同様している。

 アステリオスは今のうちだと言わんばかりにバックステップで彼らから距離を取る。

 背を向けて走りたいが、そうすると、彼らの方が早く、とびかかられて捕まるわけにもいかない。

「待て!」

 まだ刀を持っている優しく話してきた侍がアステリオスに向かって走ってくる。

 もう彼の目はアステリオスを子どもとは認識していない。ここでアステリオスが何も抵抗しなくても、アステリオスを切り捨てるだろう。この国の人間は、敵であると判断すれば、簡単に命を奪うことが出来るのだと、アステリオスは失望した。

「ここがあのヘラクロスの建てた国だなんて、正直傷ついたよ」

 アステリオスは彼の一振りを見切り、刀をへし折り、彼の鳩尾に向け思いっきり掌底を放つ。

 侍はあまりの痛みにその場で気絶して倒れた。

 アステリオスはようやく自分の闘い方を理解出来た気がした。自分の後ろにミノタウロスがいるような気がした。

 カラクリのミノタウロスに表情が変わることはないはずなのだけれど、それでも自分の後ろのミノタウロスは笑っているような気がした。

【それでいい。先生はこれから強くなるぜ】

 きっと自分がそう思いたいから聞こえた幻聴であろう。

 アステリオスは腰に携えていた彼が残してくれた重石を意識する。

 ジェミ共和国で出会った自分の分身ミノタウロス。彼もきっとあれだけの力があっても人を殺したことはないだろう。なんとなくわかる。力は人を守るためにあると自分は彼からも学んだのだ。

 また立っている二人が刀を奪われたからか、一人は応援を呼びに去っていった。もう一人はアステリオスをじっと睨んでいる。隙はここしかないと感じたアステリオスはあえて男に向かって走りぬける。睨んでいた侍もまさかアステリオスの方から襲ってくると思っていなかったのか、一瞬行動が遅れた。彼がアステリオスを捕らえようと伸ばした手をアステリオスはしっかりと見切り、その腕を思いっきり引っ張りぬける。伸ばした力をそのまま流されて、勢いがついてしまい、上手くとめることが出来ずに侍は地面にこける。

 アステリオスは今のうちと言わんばかりに走り抜け、侍たちから姿を隠すとすぐに屋根を上っていく。登った先の屋根で辺りを見ると、まるで閻魔橋を中心にぐるぐると回るように駆けていたであろうキヨを見つける。

「キヨ!」

 キヨの名を叫ぶ。すると閻魔橋の方から矢が飛んでくる。アステリオスは必死に屋根に飛びしゃがみこんで避けた。今の声に反応してミコトが矢を放ってきたのだ。

「すごいなぁ」

 寝転がり、ミコトの攻撃から隠れていると、向こうの方からキヨが走ってくる。

「キヨ! これを受け取って!」

 アステリオスはキヨと目が合ったのを確認すると、彼女に鍵を見せて、手を伸ばした。

 キヨは何も言わずに、ミコトの方に矢を放ち、彼女が矢を躱す隙にアステリオスの手に捕まれているそれをパシッと掴んだ。

 キヨはそれが鍵であることをすぐに理解する。

「任せて!」

 キヨはアステリオスに向かって叫び、そのまま走り去っていった。一カ所にとどまっていると、ミコトに射抜かれるのだ。

 自分もこのままでは危ないと、ゆっくりと屋根を下りようとするが、既に路地には侍たちが自分を探している声がする。

「……急がば回れ。この騒動だ。どこかに誰もいない倉庫があるはず」

 アステリオスは屋根から屋根でゆっくりと移動する。

 アステリオスは鍵を渡した。ならば次にやるべきことはヤマトがあの手錠から解放された後のことだ。自分にしかできない闘い方。自分にしかできない守り方を考えて行動する。

 キヨは走りながら、ミコトとホムラを観察する。ミコトはこちらをじっと睨みながら矢を構えている。一瞬でも隙を見せれば放ってくる。受け取ったこの鍵をどうするか。

 どのようにすれば良いか作戦を思案させる。

(アステリオスが必死に守ってくれたんだもんね。これをヤマトの所へ届けなきゃ)

 キヨは腰に携えた矢筒から一本の矢を取り出して、攪乱のためにミコトに放つ。

 ミコトはその矢を躱して、こちらに矢を放つ。やはり、ミコトには隙が無い。

 キヨは走り続けている疲れを振り払うように首を横に振りながら、受け取った鍵を一度懐にしまい込む。


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