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第五章 レオ帝国剣客拾遺譚 13話

 朝になり、獅子城にはホムラ、ミコト、ハヤテの三人がいた。

「二人とも。今日は我が国の罪人。ヤマト=ヘラクロス処刑の日である。ミコトは俺の護衛を、そしてハヤテは処刑が順調にいくように警備にあたってくれ」

「シュンスイの兄貴は?」

「遅刻だ。処刑の時間までにはこちらに向かってくるそうだ。あれでもあの寺を代表する僧侶だからな。人の死を弔うためにも来てもらわないと」

 ヤマトの死を弔うつもりなどないであろう冷たい表情でホムラは二人を見つめる。

 二人も、王に対して何も言うことはなく、話の内容に承諾したように小さく頷く。

「では、部下にヤマトを運ばせる。念のため、私も同行する。先日この国に来た奴らが閻魔橋のことを知っているとは考えづらいが、念には念を押しておく」

 そういうとホムラはハヤテとミコトに背を向けて部屋を出ていった。

 ミコトはやはりホムラを出し抜くことは不可能だと心の中で溜息を吐く。

「ミコトの姉さん。昨日はすみません。あのコブラって奴らを見つけることが出来ず」

「いいのよ。ハヤテ、もしかしたら私が伝えた情報に間違いがあったのかもしれないし」

「そんなことはないですよ。あれは僕ら隠密部隊の失態だ。今日、奴らは兄さんを助けにきますかね」

「どうでしょうね」

「俺、少し悩んでいます。ずっと会えなかったヤマト兄さんを処刑するなんてって。けど、しっかりこの使命をやり遂げてみせますよ。それが隠密部隊隊長としての役目ですから」

 ハヤテは覚悟を現すように右手をぐっと握りしめた。

 そんな彼の手には何か握られているのをミコトは見逃さなかった。

「それは?」

 ミコトが疑問を浮かべるとハヤテは手を広げてそれを見せてきた。

「これっすか? これはヤマト兄さんの枷に付けられた鍵です。先ほど王に渡されました。兄さんが死んだ後に、手錠を外すためのものだそうです」

「そう……」

 ミコトの言葉を聞いた後、その鍵をぐっと握りしめて懐にしまう。

 ハヤテの表情からはこの仕事を全うしようと言う意思を感じられた。

 ミコトはつくづくホムラ=オフィックスという男の周到さに戦慄した。

 警護の都合上、ヤマトが死ぬ瞬間をハヤテは見ることはない。死体を見ることもないかもしれない。それでは、ハヤテがヤマトを殺すことに加担したことを突きつけることが出来ない。

 しっかりとヤマトの死体を、ハヤテに見せつけるつもりで鍵を渡したのだ。

(何がその後のケアをよろしく頼むよ。本当に血の冷たい人)

 ミコトは表情を一切変えずに心の中で舌打ちをする。

 彼女が補佐になった日にも、ホムラは似たようなことをした。自分が回収したタケルの死体を見せられた。

 王国補佐となったミコトの最初の仕事は、罪人がどうなるかを知ることだったのだ。

 きっと試したかったのだろう。この程度で狼狽えるやつかどうか。結果ミコトは合格した。

 友の死にも眉一つ動かさない少女として彼女ミコト=ツクヨミはホムラ王の補佐をしている。

 本当は絶望してただ呆然としていただけのようにミコトは感じていたのだけれど。

「では、我々も職務を全うしましょうか。ハヤテ」

「えぇ。しっかりと罪人の処刑を行うでござるよ」

 そしてミコトとハヤテは、閻魔橋へ向かう。




 竹林に挟まれた石階段を下りるシュンスイ。彼の手には新調された刀が握られている。しかし、それは先日持っていたような2m越えのものではなく、一般的な刀と大差のないものであった。

 あの長身の刀はシュンスイが己の強さを追及して自ら打った特製のものであった。

 あの少年アステリオスに折られたことが彼にとって不服そのものであり、一人で歩いていると言うのに小さな溜息を溢した。

「おうおう。貧相な刀を握っているねぇ。天下の最強剣士様」

 そんなシュンスイに声をかける男が一人。

「あんた……なんのつもりだ」

 シュンスイは自分よりも下にいる男を見下ろして舌打ちをする。既に手は刀の鞘を掴んでいた。

「なぁに。ここは俺の領地だからな。領地内なら王の言葉がない限りなんでもしていいってのが、隠居爺のルールなんでな。ちょっとばかし、息子に稽古つけてやろうと思って」

 そういってムサシは二本の刀を抜いた。一本はシュンスイも持っている通常通りの刀。そしてもう一本はそれの半分ほどしかない小さな刀であった。

「ヤマトの処刑を邪魔するつもりかい?」

「お前さんは何もしないんだろう? 見ているだけで。なら邪魔じゃねぇさ。親孝行と思って、一勝負。承ってくれないかい?」

「……あぁ。いいぜ。弟が死ぬところ見るよりは数倍気分が良さそうだ」

 シュンスイも刀を抜く。

 二人は互いの間合いをどう詰めようか腹の探り合いをして、一歩も動かない。二人を包む小さな風が笹の葉を揺らした。




 コブラたちは民家の屋根から閻魔橋を見つめる。人だかりが出来ており、ヤマトの姿がよく見えない。

 レオ帝国の民家は基本的に平屋作りなせいで、屋根から隠れてみるには少々見つかり易く、全員が寝転がり、じっと閻魔橋の方を観察する。

「あれだな。ホムラと、ミコトと、あのハヤテって忍者の姿が見えた」

「あまり顔を出すとバレちゃうわよ」

 キヨが不安そうにコブラに話しかける。

 全員ムサシのおかげで和装をしているが、髪色はどう足掻いても誤魔化せない。

 頭巾をかぶって隠すこともできるが、そんなものたちが近づいてきたらホムラはすぐに気づくだろう。

「まっ、そこはおいおい考えるとして……ん?」

 コブラは何かに気付き、さらにその場を注視する。それはハヤテの姿であった。

 ハヤテは人ごみの外側でコブラたちが見ていないかと辺りをチラチラと見ているが、なぜか胸元に手を当てている。まるで、何かを守ろうとしているようだ。コブラはニタリと笑みを浮かべた。

「よし、作戦は決まった!」

 そういうとコブラは突然こそこそと移動して、屋根から飛び出していった。

「ちょ、ちょっと! コブラ!」

 キヨは小さな声で突然どこかへゆくコブラを呼び止めようとしたものの、既にコブラの姿はなかった。

 その直後であった。何かが飛んでくる。キヨはすぐにそれを躱す。それは矢であった。

 矢が飛んできた方を見つめると、既にミコトが矢を構えていた。

 ミコトが矢を放ったことで、野次馬も、侍たちも、緊急事態であると理解し、動揺して慌てふためいている。

「ほぉ、もう来たのか。奴ら。土地勘を持つ協力者でもいたか」

「いかがしますか。ホムラさま」

「ミコトはその場で奴らを牽制しろ。皆の者! 静粛に!」

 ミコトが矢を放った直後に慌てふためいている国民をホムラは一喝する。彼の威圧感に国民たちも、侍たちも一気に固まる。

 キヨは驚いた。あの一瞬の混乱をたった一言でまとめ上げた。あれがこの国の王であるホ、ムラ=ヘラクロスの実力かとキヨは震えた。

「場を混乱させるには、あれしかありませんね。あそこは幸いにも河原ですし」

 ロロンは何かを思い立ったのかミコトに攻撃されないように気を付けて民家の屋根を下りてゆく。

「ロロンさん。何をするつもり!?」

「……大丈夫です。アステリオス。いざとなったら貴方が守ってくれるのでしょう?」

 そういって彼女は民衆の元へと走ってゆく。彼女の淡い緑の髪はすぐに国民たちの注目を浴び、侍たちが警戒する。

 ホムラの目にも留まる。彼女は先日、コブラたちを逃がした女であると確信する。

 彼女は高く飛ぶ。およそ常人には飛べない高さを、それだけで国民たちは慌てふためき、侍たちは刀を構えた。

 ヤマトも上空へ飛ぶ彼女を確認するも、ヤマトにとっては見ず知らずの女性であり、一体何が起こったのか理解できずに事態に混乱している。だが、不思議の心が安心した気がした。

 あの女性は味方だ。ヤマトは理解し、ホムラを警戒しながら、自分の命を諦めずに、逃げる方法を模索し続ける。

 ロロンは地面に着地する。アステリオスはロロンがやろうとしていることをすぐに理解して急いで彼女の元へ駆けつけるも、その途中で警備の侍に気づかれ、道を塞がれる。

「くそっ!」

 アステリオスは籠手を構える。

「ヤマトさん! 私は貴方を救います」

 ロロンがそう叫ぶと、身体が光り輝き、膨張していく。

 その姿はドラゴンの姿に代わり、国民たちは慌てふためき、走り逃げ惑った。

 侍たちの中にも腰を抜かすものもいるが、皆刀を構える。

 ロロンはさらに場を混乱させるために咆哮する。野次馬たちはぞろぞろと逃げていく。

 ドラゴンの姿となったロロンにハヤテは呆然と見上げていた。

「ど、ドラゴンだ……」

「隙あり」

 その瞬間をコブラは見逃さなかった。ハヤテの懐に手を伸ばし、そこに隠されていたものを奪い取った。

「あっ! 鍵が!」

 コブラはすぐにハヤテから逃亡し、掴んだものを見る。それはハヤテの言った通り鍵であった。

「ほぉ、もしかしてこれは……ヤマトの手錠の鍵か」

「返すでござる!」

「っ!? 流石は隠密部隊隊長か!」

 コブラは慌てて鍵を懐に隠した。予想していたよりも近くにハヤテがいたからである。

「とれるもんなら取ってみな!」

 コブラがハヤテをからかう。しかし、その背後に既にハヤテがいて、懐にあったはずのものがなくなっている。

「ふっふーん。この国最速を舐めてもらっちゃ困るでござる」

 鍵を取り返し満足げにコブラを見下ろすハヤテにコブラは舌打ちをした。


 ロロンは再び咆哮する。

「全員で迎え撃て!」

 ホムラの言葉に発破をかけられ、腰を抜かしていた侍たちは覇気を取り戻し、ロロンに襲いかかる。ロロンは彼らが近づけないように炎を吐く。侍たちは足を止め、ロロンに近づけないことに腹を立てている。

 その光景を看守は呆然と見つめている。その隙をヤマトは見逃さなかった。身体を倒し、転がるようにその場から逃げようと試みる。

「逃がすと思うか、ヤマトよ」

 ヤマトに刃を向けるホムラ。しかし、彼はすぐにその場から退いた。

 突然彼に向けて矢が放たれてきたからだ。矢の方角を見ると、既にそこに人はいない。

「矢を打った直後に移動して、場所を特定されないようにしているのですね。なるほど、キヨ様ですか」

 ミコトも走るキヨを目で追って矢を放つ。

 ロロンがホムラに対して炎を放つ。たっぷりと放つためにため込み、他の者が怯えて逃げてゆくのを待つ。ホムラがよそ見をしているうちにヤマトは必死に身体を転がして逃げてゆく。

 ロロンが炎を放つ。ここは河原だ。もし燃えてしまったものが出ればすぐに水をぶっかければ良い。人を傷つけるのは嫌だが、自分はヤマトを救わねばならないのだ。

 炎を放つ。侍たちはロロンの皮膚を傷つけようと刀を放つ。

 ミコトは炎を躱すために一度大きく駆けてその場から逃げる。国民たちも逃げる。

 ヤマトは川に転がり込んだ。

 炎はホムラを飲み込む。

「ほぉ。ドラゴンか。ヘラクロスの冒険にも出てきていたな。確か。いいだろう。ドラゴン征伐。成し遂げれば国民はさらに俺を崇めるだろう」

 ロロンは驚いた。ホムラの身体は燃えていない。それどころか、傷一つついていない。

 彼が抜いた刀が、炎を吸い上げているのだ。

「星術が刻まれたこの剣はありとあらゆる炎を飲み込む。あの時、獅子城で床を叩きつけた時の君の手から、君がドラゴンの可能性を考えて持ってきておいてよかったよ。我が国宝、ハバキリを」

 ホムラはそう答えて、その剣先をドラゴンとなったロロンに向ける。

「皆の者! 我が弟の処刑はこのドラゴンを征伐した後だ! 全員武器を取れ!」

 炎をも退いた王の言葉は、全ての者を勇気づけた。侍たちは吼えて、刀を構え、ドラゴンに突進を仕掛ける。ロロンは地面を叩きつけて、地震を起こし、侍たちが近づかないように抵抗する。

 その間もコブラははハヤテから鍵を奪い返していた。キヨはミコトに牽制され、ホムラに矢を放つことが出来ずにいた。

 アステリオスも籠手で侍たちの攻撃を防ぎながら、逃げるしかなかった。

 ヤマトは上手く動かない両手両足を使って、川で溺れぬように逃げる。

 こうしてヤマト救出の闘いの火ぶたが切られた。


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