変わる関係
「遂に…来てしまった…。」
ゴクリと息を飲む。
ガタガタと、馬車の音だけが響くこの空間。私は嫌いじゃない。だって一人で考える時間が与えられるのだから。
今現在、私たちは王城へ進行中だ。
馬車内には、家族全員が揃っている。家族団欒のとっても和やかな──
「「「「………。」」」」
雰囲気ではないです。正直にいって、とても息苦しい状況です。
お母様とお兄様がいると、途端に空気が重くなるのは何故でしょう?
しかもお父様もお母様がいるので、ちらちらと気にするように見て、とても会話できる状態じゃない。
初恋で戸惑っている少年か、お父様。
お兄様は相変わらず冷たい目をしていますね。ご令嬢様が逃げちゃうぞ☆
「……」
すいませんでした!
からかいを少し、ほんの少し含んだ目で見たら絶対零度の瞳が返ってき、慌てて目をそらす。
その流れで『何でもないですよ?』と、居心地の悪さを誤魔化すように窓を見た。
見えた先には立派な城が見えている。
まるでシ○デレラ城のようだ。一度は行ってみたかったなーなんて思っていると、似たようなものを見た覚えがあった。多分、前世で最後に見たもの。もしくは印象深いもの。
思い出さない方がいいと思いつつも、外観の特徴から記憶を探る。
白い壁に、大きい建物。
それだけで十分だった。
大雑把な情報だけで脳裏に前世の記憶がよぎり、同時に処刑の光景がフラッシュバックした。
人々のざわめく声、信じられないという目、冷たい視線。
白い城壁があの処刑場に似ていて。あの忌まわしき台が奥にあるような気がしてきて。
まるで前世に戻って来たかのような感覚に、指先から冷たくなっていく。
私は殺される?今から、悪いことを、人を殺したから?
私は悪いことなんてしていない。
私はただ正しいことを行っただけ。何も間違ってなんていない。
私を愛さなかった貴方達が悪いの。
私をないがしろにし続けた貴方達が悪いの。
私は何も間違ってはいない。
間違っているのは、私を無視し続けた、お前ら――
――お前らって、誰までだ?――
冷や水を頭から被さったかのように、一つの言葉を境に急速に頭が冷静になる。
かつて、一人の上司に言われた言葉だったはずだ。その時も今のように、言葉にできなかった。
だって、お前らというのは対象なんて限られてなく、無視して蔑ろにする者すべてに当てられた言葉だったから。
だから、言葉にできなかった。
誰まで、なんてないから。
私は、誰かといないとダメだから。
全てを否定することは、私は独りにさせるから。
だからこそ、この問いは冷静にさせる。
矛盾からの思考。
ほぼノータイムで至るため、私を取り戻す。
半ば条件反射。しかし、それに気づいたのは治す余地もなくなってから。
まさか今世でもついてくると思わなかった。
軽くため息を吐きかけるが、そんな場合ではない。
自分でもコントロールできなくなった感情の手綱を握ったのを感じ、城から視線を無理やり外す。
──違う!それは幻だ!いつまでも前世にとらわれるな!変な妄想をするな!今、目の前にあるものを見ろ!
洗脳をするように自身に言い聞かせる。
それでもまだ不安で、頰を叩くと、同乗していたお父様が驚いた顔をする。この音にもお母様は反応せず目を伏せており、お兄様は一度視線をくれたが、すぐ窓に戻した。
「マ、マリー?」
「…大丈夫、今回は大丈夫。」
お父様の声がどこか遠くに聞こえる。
深呼吸をすると、五感が元に戻る。視界の端に移る景色は、この世界の物。間違っても処刑場ではない。
…狂う原因は無い。私は何もしてない。大丈夫。だから、落ち着け。
「マリー?具合が悪かったら帰るかい?」
「!」
本気でうんと言いたかった。だって行きたくないし。王太子に会いたくないし。
だけど、私は行かなければいけない。せめて挨拶だけでも。
「いえ、大丈夫です。それよりもお父様、私の格好は変ではありませんか?」
「変なわけがないさ!パーティの全員が見惚れてしまうほど美しい。…あれ?そうしたらマリーを連れて行かないほうがいいのか?」
え、この人何言ってるの?
最近思ったことなのだが、あの日以来お父様の溺愛が加速した気がする。何で?
心の中でぼやいていると、お父様が真剣な表情で見てきた。
…いや、その表情をお母様に向けたれ。お母様、今私のことを睨んでるんだからな?お父様が私たちにばっかり構っているから擬音がつきそうなぐらいの勢いで睨んできてるからな?
「──マリー、今からでも帰らないか?」
「それはダメでしょう」
思わずツッコンじゃったよ。
しかし、誰も気づいた様子がない。あれ、もしかしてスルースキルカンストしてます?
カンストしているに違いない。だってお父様は聞いてもいないかのように、振舞うのだから。…大丈夫か、この当主?
「お父様、それではヒルディア家の名が立ちません。参加はさせてもらいます」
「…それは長居はしないということでいいかい?」
「……」
無言を突き通した。それぐらい分かるだろう。
止めるか?いいだろう、仮病してでも突き通すからな!
「いいよ!喜んで送るよ!」
「いいのですか!?」
ヤバい。この人、人脈を作っておけとか、世情を知っておけとか、今のうちに慣れておけとか、社会に大事なことを娘に教えない。いや、私的には嬉しいよ?社会的にどうかとは思うけど。
そう思っていると、お父様がとてもいい笑顔を向けてくれた。…だからお母様に向けたれ。
「だって、よからぬ輩が寄らないで済むんだ。むしろ全て欠席しよう!」
「最低限は参加致します」
「そうかい?そうと決まれば、私も協力しよう」
「…お父様は挨拶があるのでは?」
「……あ」
うん、そんな捨てられた犬みたいな顔しないで。無理やり忘れていたところを私が呼び起こしたことぐらい分かっているよ。……義務を果たさないことだけは勘弁してくれ。
「あの、従者に待ってくれるよう頼みますので、私は大丈夫です」
「……俺が待っていよう」
「え?」
突然横に座っていたお兄様がこちらを向いた。話聞いてたのか。意外だと思うのは私だけでないはずだ。
四つ上の兄は、怠そうに足を組み替えた。
「に、兄様も挨拶が──」
「それはマリーベルも同じだろう。俺も今日はさっさと帰りたいしな。こんなかったるい場などやってられるか」
……兄様ってこんなキャラだったっけ?
私の記憶では、冷たい印象だったのだが、今見ている兄様は怠慢野郎だ。
もしかしたら“マリーベル”がそう思っただけで、違うのだろうか?それとも気まぐれ?
いや、でもなぁ…
…早く帰れるに越したことは無いか。
「お兄様が良いのでしたら、ご一緒させてもらっても良いでしょうか?」
「……ああ。」
ほっと息をついた。うん、緊張した。お兄様怖い。
「………」
お兄様が何か言いたげにこちらを見ている。もしかして、私の変化に疑問でも持った?
というか、それよりもお母様の視線が痛い。「お前誰だよ」って言いたげなのが凄い刺さってくる。
再び無言の時間になる。私は更に居心地が悪くなった。
しかし丁度従者が「着きました」と言い、どうにか沈黙を避ける。ナイスタイミング!
「…おぉ。」
流石は王城。かなり大きいと思っていた私たちの屋敷が小さく思えてしまう。…末期だな。
「エリィ、行こうか」
「…ふん」
エリィとはお母様のことだ。本名はエリーナ。ツンドラなような女…だと思っていたが、どうにも違うらしい。
最近分かったことだが、お母様はツンデレだ。本当はお父様に構ってもらいたいくせに、ツンツンしている。だから私をさっきも睨んでいたのだが…中々にお父様は鈍感だ。
今も頰を薄ら染めているのに、お父様が気づいた様子はない。気付いてあげて!
「ではマリー、ルーク、私たちに付いてきて。」
「分かりました。」
「……。」
兄様は黙っていた。怠慢野郎というのは、どうやら私の勘違いのようだ。相変わらず青い目には、冷え切るような冷たさが備わっている。
お父様とお母様に連れられ、私は初の登城をした。
***
さて、今私は何をしているでしょう?
チクタクチクタク…
はい、正解は、王太子とダンスをしているところでした。そして口説かれてます。…何で!?
「…輝く瞳はまるで宝石のよう。いや、それ以上に綺麗だ!つり目だが、それがマリーベルの美しさを醸し出していて──」
いや、六歳に世辞を教え込んだヤツ誰だよ。ぶっ飛ばすぞ。…社会的に。
でも本当に殴りたい。六歳がこんな臭いセリフを言うと思うか?居たんだよ。驚きすぎて、何も言えない。
あと私のことをさらっと呼び捨てで呼んでいる。ねぇ、私たちさ、まだ数回しか会ってないよね?
流されるままに踊っていると、やっと曲が終わった。
自然な流れで私はすっと抜けようとした。
しかし、それは叶わなかった。
「…何をするのですか?」
青の澄んだ目が見返してくる。
その腕は私の右手を掴んでおり、離さないという意思表示をしている。
溜息をつきたくなるのをこらえ、必死に無表情を保つ。
「ねぇ、もう一度僕と踊ってくれないかい?」
「……分かりました。あと一回ですよ。」
王太子の要望には逆らえない。なんて悲しい世界だろう。
げんなりした気分のまま、もう一曲踊る。
音が途切れると、私は挨拶もろくにせずに去った。
馬車の所まで早足で歩いていたが、段々と面倒になり、廊下は走り出した。
「もうっ…!兄様が行っちゃったらどうするのよ…!」
愚痴を呟きながら全力疾走。え?廊下は走っちゃいけません?…しーらない。
しかし小さい身体は体力もなく、直ぐに立ち止まってしまった。
「はぁ、はぁ…この身体体力なさ過ぎ…。」
体力をつけようと決意した瞬間だった。
突然、傍から人影が飛び出た。
ドスンッ
「っ…!」
運悪く私は衝突してしまい、尻餅をついた。
文句を言おうと目線を上げたが、絶句する。
「いたた…って、マリーベル様!?」
「り、リオン!何でこんな所にいるの!?」
なんと、ぶつかった相手はリオンだった。