クッキー。否、チョコクッキー。
何故か登校も下校もルイと一緒になることが決定した今朝。
玄関のドアを開けたらリゾークフィル王国の馬車があったのは軽く絶句したのだけれど、何か問題点も感じられなかったから素直に乗せてもらった。
まだ早朝というのが救いだった、のかな?
「…待って、いつからルイは待っていたの?」
「ゆうて三十分前とかだ。流石にこんなに早くマリーが家出ると思わなかったが、予想が外れたか」
へえ予想を外すとは珍しい。人間らしいところもあって何よりで…
「…六時から待っていたの!?」
「ワンテンポ遅れてからくるのか。言い換えたらそうだな」
「それは御者さんが可哀想じゃないかな…」
朝から駆り出されてかなりの重労働に思えます。
私だったら眠くて断固拒否なんだけれど。
自分でも相当だと思うほどのジト目を送ったが、ルイは違うと言いながら首を振った。
「ちげえよ。彼はこの時間帯の仕事を担ってんだ。だからこの仕事が最初じゃなくて最後になるんだ」
「あ、夜間勤務の人なんだ。それなら良かった」
カタカタと響く馬車の音がなんだか軽くなった気がした。
少しほっとしていると、ルイの視線が上から下へ行き来していることに気付く。
と言ってもじっくりという訳じゃなくてさらっという感じなんだけど、こういうことは珍しくて少し気になる。
「どうしたの、そんなに見て。なんかついてる?」
区切りがいいから尋ねてみると、ばつが悪そうに顔を背けた。
気付いたのはあまり良くなかったのかな。でも無言で見られるのは少し居心地が悪いから許して欲しい。
「いや、そういう訳じゃない」
「じゃあどうして」
手を伸ばして顔を正面に戻そうとしていたら、丁度振り向いたルイと至近距離で視線が合う。
驚いたような瞳は硬直した私を映しており、徐々に悪戯っ子のように歪められていく。
長年の経験からあ、これあかんやつやと思った瞬間逆に伸ばした手を強い力で引かれ、叫び声をあげる間もなく気が付いたらルイの膝の上に座らされていた。
当然ながら先ほどよりも近くに顔があるため、頭の中が真っ白になった。
…なんでさっきの流れからこうなるの!?
「ルイ、どうし…!」
「んー?」
若干パニックになって急いで降りようとしたが、向かいあっているこの態勢では難しくさらに腰に手を回されたことにより腕の中に閉じ込められてしまう。
こうなると脱出など不可能。ただでさえ力で勝てないのに身じろぎをするのも困難であると絶対に無理。
…非暴力を唱えたい。そう、あの某インド人のように。
「ルイ!?あの、降ろして欲しいんだけど…」
「駄目」
なんで!?
ありえないぐらいの速さで却下されて数秒飲み込むのに時間がかかった。
「……いやいやダメな理由ないよね絶対!」
いつもの調子で言い返すと
「…駄目だ。可愛すぎる」
「理由になってないのと、そういうの反応に困るからやめて!」
そうギャーギャー騒いでいる今も全力で脱出しようともがいているのだけれど、割とがっつり抑えられていて無理だと悟る。
諦めて抵抗をやめたら、よしよしと頭を撫でられて無性にイラっとした。
「…子供じゃないのですけれど」
「そうだな。前世があるんだったな。でも可愛いのは可愛いから仕方ない」
「~~っ!」
久々に飛び出てくるマシンガンに反論の言葉も出ずパクパクと口が動くだけ。
この人頭はいいハズなのになんで語彙が限られてるのかな。
か、か…かわ…あああ!脳内で口にするのすら恥ずかしいわ!
なんで軽々しく言えるのかな?恥ずかしいの気持ちは?どこで置いてきたの?
幼少期からこれだから例すら思い浮かばないのですけど。
「顔真っ赤だけど大丈夫か?」
「気のせいです!」
指摘しないで!
何となく自分でも熱が集まってるなーとか思ってたけど、それに気付いたら負けだと思ったから必死に考えないようにしたのに!
ニヤッと嫌な笑いをして聞いてきたルイにふんっと顔を背ける。
しかし敵は逸らした視線の先にチョコサンドクッキーを持ってきた。
「…これは?」
「クッキー」
それは知ってる。
「いや、そういう事じゃなくて」
「あ、間違った。チョコサンドクッキー」
誰が正確に言えと言ったか。
「私が聞いてるのは何でこれを出したのかで」
「知ってる。分かってた上で言ってた」
「……」
年々ルイの性格が悪くなっているのは気のせいだろうか。
まさか私の意図を察したうえでコントみたいなのを見せられているとは思わなかった。
「…で、これは?」
「あ、これはクッk」
「そのくだりはもういいです」
疲れるだけなのでカット
若干不服そうな顔をしているけれど本当に私にそういうの求めないで。
私はノリとか全然分からない人種なので。
「…では改めて。はい、これで機嫌直してくんないか?」
「今の空気ガン無視するのは予想外だったかな」
いや確かに機嫌は悪かったけれども。
だけどそれは私が最初に聞いた時点で言うセリフだと思うんだ。
脈絡と言うかなんというか。我が道を行きすぎているルイに少し頬が引き攣るのが抑えられない。
まあこれらのこと全てを飲み込んで、
「…貰います」
ありがたく貰っておいた。
だって食べ物は無駄に出来ないし。食べなかったら生産者に申し訳ないし。
そう、食品ロス問題。この世界であるのかは分からないけどきっとあるだろう。
自分の中で納得させてクッキーを口に運ぼうとして――
「な、一つお願い聞いてくれねーか?」
「?いいけど」
ルイの声に止めた。
何かと目を向けた瞬間、手元のクッキーの一部が欠けた。
否。何故か知らないけどルイに食べられた。
「……」
半目でルイを見る。
美味しそうに食べているルイは「ん?」と言った感じで小首を傾げた。無駄にイケメンなだけ様になるのが悔しい。
再び無言で歪な三日月形のクッキーに目を向ける。
…これは元からこの形だった。これは元からこの形だった。これは元からこの形だった。
自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返し唱えていたら、ニヤリとルイが笑ったのが見えた。
「…え、なんで笑うの?私食べられなくなったんだけど」
「食べれるぞ」
心境的な問題なんだよ。
か、か、間接キ……アレになってしまうんですよ。この人は何をしてくれてるんだろうか。
いくらルイが相手でも限度がある。多少は許せるけども、こういうことは駄目だ。
ていうか今の今まで婚約破棄のこの字もない。おかしいな。なるべく拒否感は出してるつもりなんだけど。
取りあえず突き出す。
「返します」
「んじゃ今回は諦めるか」
意外にも素直に受け取ったルイを少しだけ変に思ったけど、特に心に留めることなく流していく。
…待って、今普通にスルーしてしまったのだけれど確信犯の台詞が聞こえたような気がする。
「…ルイ、諦めるって――む!?」
口を開けた瞬間、ルイの手にあったクッキーが入れられた。
甘い香りとチョコの味、クッキーのサクサク度合いに頬がほころぶ。
「美味しいか?」
「うん、美味しい――じゃない!」
段々と状況を把握するのに比例して顔に熱が集まっていく。
…今食べさせられたのって私がルイに返した奴だよね。
それで、その返したのはルイに謎に食べられたものだよね。
…うわあああ!死にたいィィィィ!今だけは本当に死んでもいいいい!
きっとさっきの食レポもどきは現実逃避だった。もう、今はそんな余裕ないから!本当に完全無欠のパニックなんですけど!?
顔を俯けて手で見られないよう隠す。本当は降りたかったけど、無理なものは無理。
さっきまで、さっきまでアレになるから嫌だ!言っていたのに、なんか強制的にされたのですけど!?
この人分かっててやったよね!?なんで!?
「マリー、顔赤」
「言わないで!?」
全力で叫んで指摘を阻止。
しかし、敵の攻撃はこれだけではなかった。
いや、正確には私の反応がルイの何かに触れたのかもしれない。
今の私にそんなこと考える余裕なんてないんだけど。
「なぁ、顔だけじゃなくて耳まで真っ赤だぞ?どこが具合でも悪いのか?」
「っ!分かってて言ってるでしょ!」
「間接キスだけでこれだと、身体が持たないぞ?」
「~~~!」
声にならない叫びが漏れる。
この人、意図的に私が一番恥ずかしがる言葉を使ってきてる!
性格悪い!極悪人!えっと、あとは…あ、あ、あ…
語彙力無さすぎでは私!?
一人であばばばばしていると、がたんと馬車が止まった。
「きゃっ…!」
「おっと」
衝撃でルイの腕が一瞬緩くなり、そこに丁度体重がかかり落ちかける。
流石に少し気が緩み過ぎた。危ない、感じたけどパニック状態では上手く対処できず落ちかける。
落下寸前、受け身の体制を取ろうとしたときルイがブレザーを掴んだ。
グイッと上半身が一気に持ってかれ、なんとか落ちないですんだ。
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして。どうやらついたみたいだな」
窓のカーテンを開けると、確かに学園の塀が見えた。
結構時間はあったはずなのだけれど、色々あったせいかあっという間に感じられた。
なんとなく気まずそうな御者さんと目を合わせないようにしつつ、ルイに手を引かれながら降りる。
じめんに降りて去っていく馬車を眺め、大きなため息をついた。
「あ、朝から疲れた…」
私、これからなのに大丈夫なのかな…。
みかねたルイが手のひらを向け、
「お疲れ様。回復かけるぞ」
パァァと輝く自身を見ながら内心でルイが原因なんだけど、と突っ込む。
まあ…そんな気力もないんですけどね、ははっ!…はぁ




