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閑話 母の秘密


誕生祭が終わってから私の謹慎が解け、屋敷内なら出歩いていい許可が下りた。

どうやら私がご機嫌で帰ってきたので外出させた方がいいと血迷ったらしい。


アール情報によると、お父様は言った後に訂正しようと思ったのらしいがすぐにというのは流石に不味いので撤回できずに終わったらしい。


ちなみにあの社畜はちょっとずつ部屋から出れるようになってきたらしい。

おそらく誕生祭が控えていたから忙しかったのだろう。ピークは過ぎ去ったという訳だ。


なのになんでだろう…見るたびにあの人のクマが濃くなってるんだよね…。


思わず引き攣った笑いになるのは仕方ないと思う。


そんな数日経ったある日、私はばったりお母様とぶつかった。


…比喩ではないです。残念ながら。


角を曲がった瞬間「ドーン」とぶつかりそのまま二人仲よくしりもちをついてしまった。

鳩尾に幼女の頭を打ったお母様と軽いから良く吹っ飛ぶ私。

落下した際に背中を打ち付けて、いたた…と顔をしかめる。


衝突とはまったくもって予想外だった…まさか受け身をとることが出来ないとは。

お陰で余計なダメージまで受けてしまった。後で痣が出来ていないか確認しておこう。


内心では対応できなかった自分に怒りながら立ち上がる。


そしてお腹を押さえ蹲っているお母様の方に歩み寄る。


「お、お母様大丈夫、ですか?」

「……!」


無言のサムズアップ。

どうやらあまり状態はよろしくないらしい。


顔を引き攣らせ、直後に掌を向け早口に唱える。


「【ヒール】」


どうでしょうか?


恐る恐る青白い光に包まれたお母様の様子を伺う。


少し身じろぎをする。

お腹から手が離れる。

顔が上げられ、髪の毛がさらりと流れる。

穏やかな笑みが僅かに見えた。

そして光が完全に消えた時には優雅に立ち上がっていた。


…よ、よかったあ!


危うく実の母親であり公爵夫人を()った罪で捕まるところだった。

ブルブルと盛大に震えてもらい気持ちは心の中の自分に押し付けて、元気になったお母様に笑顔を向ける。


「お母様、どうやら治ったようで良かったです」

「……」


おや、どうして笑顔で固まっているのですか?


何故か笑みを浮かべてから眉一つ動いていないお母様の顔を覗き込む。

見上げると、形の良い唇が開かれた。


「…マリーベル、貴女魔法…それも光属性の回復魔法を今使った?」

「え?はい」


それがどうしたのだろう。何か変なことをしただろうか?

記憶を呼び戻して先程の言動を振り返る。


…うん、何もおかしくなかったね。私は至って普通だった。異常な点など何一つない。


振り出しにもどったなぁとちょっと遠い目になっていたらふと思いつく。


あれ、光って珍しいんだっけ。


ぽんっと立ち直った心の中の自分が手を叩く。


そうじゃん、光属性って(レア)だった。

いやぁ当たり前の事ってつい忘れちゃうんだよねぇ。身近なことほど気付きにくい、灯台下暗しとはよく言ったものだ。


「お母様、私が光属性で驚いていると思いますが、ルイも光属性だったりするので、(レア)感が割とないですよ」

「…それも驚きだったけれど、それよりもマリーベル、貴女もう魔法が使えるのね…」


驚愕の表情で見つめてくるお母様に首を傾げる。


あれ、魔法を今の時点で使えることっておかしいの?

だって魔法って特に年齢制限的なものってなかったよね。誰でも使えるはずだから、特異点はないと思うんだけど…


でもお母様の顔って絶対に何かあるんだよなぁ。


とうとう唸り始めると、溜息交じりに答えが言われる。


「…普通魔法の属性は教会で測ってもらってから分かるもの。魔法を六歳で使うなんて普通ならあり得ないわ」

「あ」


そういえばリオンから前にその辺の説明受けていたような…


…バッチリ説明されてましたね!はい、私の馬鹿ぁ!


そりゃあお母様が言葉を失うぐらい驚くわけですよ、当たり前だよ一年も早く…いやそれ以上に魔法を使うなんて信じられないよね!


というか何故こんな重要なことを忘れていたのだろうか?

戦闘の際とてもよく使っていたから感覚的に普通だと脳が認識したのかなぁ。その片は詳しくないから分からないけれども。


ども!


それとこれは別。もっと物事はしっかり覚えないとって転生してから何回も確認しているはずなのに、何故色々忘れるのだろうか。

ひょっとして私は鶏なのでは?


「百面相しているところ悪いんだけど、」


何も悪くないですよ?むしろ指摘してくれて感謝しかないですよ?


言われた途端真顔に戻る私に苦笑すると、お母様は廊下の奥を指す。

その指先はなんの変哲もないただの壁。だけど、何となく記憶にあった。


あそこって確か…お母様が壁から出てきた謎空間の場所じゃなかったっけ?


「もし時間があったら少しお茶でも飲まない?もっとお話を聞きたいし、紹介したい人物もいるの」

「喜んで」


あれについてのご説明もよろしくお願いします。


***


壁の前にたどり着いたが、やはりそこは普通の壁だった。

他と同じ壁紙にカーペット。空いた空間が寂しく見えぬように置かれているであろう机と花瓶。何も変な点はない、と思う。


最近おかしくないと思っていてもおかしいということが多いから全く自信がない。


確認のためにペタペタ触ってみるも特に奥にいくということもなく実態のあるものだった。


「お母様、ここって前にお母様が出ていらした場所ですよね?」

「あら、よく覚えているわね。そうよ。あの時は慌ててしまって説明できなかったけれど、今日は中で説明するわね」


じゃあ見ててね、と茶目っ気たっぷりにウインクをするお母様。まるで公爵夫人さを感じられない。


…時々さ、お母様って転生者じゃないかって疑う時があるんだよね。


多分言動的に違うとは思うんだけど…既に兄貴も存在するから怪しい限り。

今のは昔ヤンチャだったから~の名残だと思うんだけど、そもそも普通の令嬢がそんな木登りとかするか?


いや、他国の令嬢様だから多少は文化の違いとかあるんだろうけど、流石にあり得ないとは思う。


そんな貴族がサルの真似をするのが普通だったらその国は近いうちに滅亡すると思う。


…まぁそれ以外特に転生者らしい要素がないから確率は相当低いんだけど。


と、考えていたらお母様の手が壁に触れる。

ゆっくり愛しいものを撫でるかのようなその動きは、無機物に対してというより生き物に対してに近い感じがした。


ふと手が止まり、綺麗な声が響く。


「【我が命の友よここに(エントラッスング)】」


壁が歪んだ。


決して比喩ではなく、まるで平面がねじれていくように机も花瓶も壊れることもなく引き伸ばされていく。

途切れることなく歪み続け、やがて反時計回りの渦が出来上がった。


非現実的な、物理的な法則をガン無視した光景に瞠目していると、更に渦の中心から黒いものがにじみ出てくる。


流されるままにそれは広がっていき、やがて人一人分ぐらいの高さがある渦が出来上がった。


あっけに取られていると、お母様の足が踏み出され私を見て暗闇に沈みこんでいった。


「…え?」


どういうこと?これは一体何が起こっているの?


…一回整理しよう。


確かにさっきまでは普通の壁だった。

だけどお母様が確か…ドイツ語の解除等の意味のある言葉を唱えると、謎の渦が現れた。


「うん、意味が分からん」


一人呟く。


何となく恥ずかしくてすぐに口を閉じた。…誰も聞いていないといいな。


お母様私に何も説明せずに沈んじゃったんだよね。

何一つ知らない状態で道の場所に乗り込むのは流石に怖いよ?


入っていいかどうかは、直前に視線をくれたからいいと思うんだけど…。


いや怖すぎよ?


でもここで躊躇っていたらお母様を待たせちゃうよね。


…よし!


「度胸だあ!」


目を閉じてジャンプして…


カツン


足が石畳の上に着地した。

強く瞑っていた目を開けてみると、目の前に黒のうさ耳の獣人がいた。


いや、獣人とはまたちょっと違うかもしれない。

何故ならこの人?この生き物は――


「いらっしゃいませ、お嬢様」

「ああああああ!?喋るんですか!?」


思考をコンマにも満たないぐらいの速度で切り、脇を猛スピードで走り奥に逃げる。


しかし、黒のうさ耳を持つこの生き物はありえないぐらいの跳躍力ですぐに追いついてくる。


「ひっ」

「どうしたのですか?そんな化け物に会ったかのような反応をして」


いやあなたが化け物なんですよ!?


しかしそんな相手を傷つけるようなことは口が裂けても言えない。

ていうか逃げてるから叫ぶ余裕がない!


狭いこの空間。ぐるぐると部屋の中を回る鬼ごっこが始まった。

でも長くは続かない。体力面じゃなくて、精神的な方で。


ずっと追いかけてくる化け物に終わりが見えなくて、段々と涙目になってしまう。

…もう無理。本当に、無理なんだよ。


いやだあ!追いかけてこないでええ!?


「お母様ー!どこですかー!?」


自棄になって叫ぶと、奥から「ここよ~」と声がする。

同時に、扉が出現する。

…最初から用意してほしかったな。


取りあえず何も考えないで取っ手を回して扉を開ける。


バタンッ!


「うわあぁえ!?」

「きゅっ!?」


なんで倒れた!?


何でかドアノブを回したはずなのに前方に倒れていった扉は私の眼下にあり、一緒に飛び出てきた化け物とともにふわりと身体が空中に投げ出される。


…既視感があるこの光景!


しかし今回は受け止めてくれるルイのような人はいなかったのでべしゃりと私は落下した。


***


「ではまず、こちらは私の精霊『ラビ―』よ。そしてラビ―、私の娘のマリーベルよ。二人とも仲良くしてね」

「……精霊ですか?」

「精霊よ」


ウフフとほほ笑むお母様ですが、ごめんなさい。正体を言ってもらってもまだ化け物に見えます。

椅子の後ろに隠れこっそり『ラビ―』を見る。そしてすぐに頭を引っ込んだ。


私がなぜこんなにも警戒度Maxでいるかというと…ラビ―の外見(・・)にある。


ふっさり生えた綺麗な黒うさ耳。そして執事服。ここまではいい。あの赤龍の集い?の中にもいて見慣れてるしおかしくもないから。ちょっと怖いぐらいにキャラ被りがしているけど。


だけど、()()()()は怖すぎる。


顔が兎なんよ。二次元だと全く怖くないのに、三次元だとこんなに怖いのか。

更に恐怖を倍増させているのがね、首から下は人間が人間の体の事。

肌色の五本指が後ろで綺麗に組まれ、ズボンの隙間からはやはり人間の肌が覗いている。


こんなの確実に化け物じゃん。キメラだよ。

なのに正体は精霊だなんて信じられない。というよりも信じたくない。


え?何属性?化け物属性かな?


「以後お見知りおきを、マリーベル嬢」

「…こちらこそよろしくお願いします」


ないです。全然よろしくないです。むしろトラウマになったので見たくないです。


緑色の目がすっと細められて人間でいう笑ったような顔になる。

それを見てちょっと緊張がほぐれ、とりあえず椅子に座る。いつまでも立ったままではいられないし。


私が着席するとラビーも後に続くように座る。

お母様は私たちが座ったのを確認するとお茶を入れ始めた。


コップの中が紅茶に満たされていくのを見ながら一つ質問する。


「お母様、この空間はどういうものなんでしょうか?」

「そうねえ…まず私って魔法が使えないのよ」


ん?


注ぎ終わったティーカップに伸ばしかけていた腕が思わず止まる。

そうして思考に集中できる状態にして推測を始める。


お母様は今魔法が使えないと言ったよね。

だけど精霊と契約しているし、なによりそうするとここが誰が作ったのか不明に…いや、それはならないか。


ラビ―がここを作っているのはほぼ間違いない。

こんな異次元のような場所を作り出すにはどうやっても最終的には魔法を行使することが必要不可欠であるから、契約しているラビ―ならきっと代わりに魔法を使ってくれるだろう。


しかし、お母様は隣国だけれども貴族だ。

貴族は魔法を使える。これは世界共通の認識だ。


生まれつきなのか、何かのきっかけなのか。


…これ以上は考えられなさそうだ。

精霊との契約の条件も知らないから、ひょっとしたら魔法のできるか出来ないかは関係ないのかもしれない。


思考をやめ、ティーカップを自分の方に持ってくる。


「魔力はあるんだけど何故か生まれつき魔法は使えいらしくて。医者には魔力の通る道がないと言われてしまい、七歳でもうお嫁には行けなくなってしまったわ。運よく旦那様に拾ってもらったけれど…もし拾われなかったら今頃生きていなかったんじゃないかしら?」


軽く言っていますけど、生死に関することですよ…!

あと拾われたっていうか、お父様は普通にお母様が良かったのだと思います。


ラビ―も同じ気持ちなのか、こめかみを押さえている。…多分。

見えた途端速攻で目をそらしたから細かくは見えなかった。


「だけど、流石に魔法が使えないというのは外聞が悪いから、精霊と契約することでどうにか誤魔化すことになったの」

「あ、それでですか」

「とは言っても我はすぐに契約したわけじゃないんですよ」

「そうそう。全力で拒否されたわねえ」


確かに。自分の事我って呼んでるぐらいだからプライドが高くて、なかなか同意してもらえなさそう。

…一人称我か。まじか。


「どうやっていいよと言ってもらったのですか?」

「ゲームで勝ったのよ」


端的にまとめすぎでは?


溜息を吐いたように見えるラビ―が半目の私に説明をしてくれる。


「断っても何日も、何週間も言いよって来るので最終的にゲームを我と主のタイマンで決めることにしました。それで主が勝ったら契約を結ぶ。我が勝ったら今後話を持ち掛けない事としたんです。それで主が勝ったので今のような形になってます」

「なるほど」


確かにそんなにしつこく来られたら一気に勝負を決めたくなる。

だけど、まだその時は子供だっただろうから頭脳戦とかはかけられなかったよね?

身体能力もさっきのを体験したから絶対に勝てないだろうし。


一体どうやって勝ったんだろう…?


心の動きと連動して首が傾げられると、今度はお母様が私の疑問をくみ取ってくれる。


「ゲームの内容はね、ジャガイモの大食い競争」

「…は?いえ、何でもありません」


おっと思わず本音が。


「あの時の内容を聞いた時の我の絶望。一応兎の姿ですから、ウサギの性質になるのでね。まさか芋が出されるとは…」

「そこは私が調べたのよ」

「それは初耳です。…まぁ結果オーライですが」


話の最中も特に不満を見せないので、言葉通り結果的にラビ―としては良かったらしい。

そこは安心だと思いつつ、お母様のえぐい詰め方にちょっとだけ戦慄する。


調べて食べ過ぎると兎の身体に悪い食べ物を用意するとは本気度がうかがえる…!


どうやらお母様は腹黒い一面も持っているらしい。


私のジト目に気付いたのか悪戯っ子のような笑みをしまい、続きを話し出す。


「そんな感じで私たちは契約を結び、私はラビーに代わりに魔法を使ってもらい事となったの。ラビーは土属性だから私は土属性として扱われているわ」

「そうだったんですか…ちなみにこの空間は…」

「土属性の一つ、【緊急脱出】よ。避難所として別次元の同じ座標に空間を作ることができるの。入口事態は普段隠れていて解除の魔法を唱えると次元がつながって行き来できるようになるのよ」


…ちょっと頭痛くなってきた。情報量が多すぎ。


「つまり、ここは別次元と?」

「ええ」

「はい」


本当に頭痛が痛い…あ、本当に頭やばいかもしれない。


目を遠くにやっているとお母様がティーカップを置いて立ち上がる。

どうやら話は全て終わったらしい。非常に申し訳ないけれど、これ以上情報が出されなくて安心している自分がいる。


私も椅子から降り、どこかに時計はないかときょろきょろする。


「今は17:15でございますよ」

「うえ!?ど、どうも…」


うさぎさぁん、気配消して話しかけるのやめてもらえませんか?


ブルブルしていると、入った時と全く変わっていない私を見てお母様が苦笑する。


「仲良くは出来そうだけどマリーベルが慣れるまで少し時間がかかりそうね。いつでも来て大丈夫だから、暇なときに立ち寄って頂戴。いつでもラビーが歓迎するわ」

「そうですね、時間があいたら…」


絶対に空けない。死ぬ気で予定を詰めこむ。


心の中で硬く決意しながら、帰ろうしている背中に最初から持っていた疑問を投げかける。


「…お母様、何故私に話してくれたのですか?」


あの時も本当はこれを聞きたかった。

なのにいざ言おうと思うと、心臓がひやりとしてやめてしまった。


私の質問にお母様は振り返ると、ちょっと考える素振りをする。

はっきりとした理由が見つからないのか、首を傾げながら答えた。


「優しくて大切な娘には言わないといけないと思って、かな?」


お母様は自分の出した結論に満足したのか頷いた。

そして私は深く、九十度に限りなく近いぐらい深く頭を下げる。


「…話してくれてありがとうございます」

「ううん。こちらこそ聞いてくれてありがとうね、マリーベル」


――少しの間、私は顔を上げれなかった

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