突然の訪問
お父様が初めて真剣な目つきになった。
初めてと分かったのは、明らかに纏う雰囲気が変わったからだ。
多分、私の考えを理解してくれようとしている。
ゆっくりと口を開く。その口が何を言うのか。ドキドキしている心臓に、無意識にドレスの裾を握りしめた。
…シワシワになったのはリアナに後で謝ろう。
「…マリー、君は自分が我儘に育つのを恐れているのかい?」
「自分に恐れている…というより、そのせいで誰かが傷付いてしまいます。それが、怖いんです」
乙女ゲームの“マリーベル”は周りを威圧して、我が物顔で王太子殿下の隣に立っていた。
毎日のようにドレスを買い漁って、王太子殿下はモノだから。だから他の男もモノにしようと、何人もの男と遊んで…。そして誰かが傷付き、涙を流す。“私”はそんなことしないを断言できる。
だけど…“マリーベル”はどうだ?甘やかされたらそれだけ調子にのる“私”は?
「…マリーは本当に人が変わったように優しくなったな」
ふっとお父様が微笑む。
「違います、私は優しくなどありません。…何でも自分の事を優先してしまう、醜い子です」
そうだ。誰かが傷付いくのを恐れるのは、後で自分に返ってくるのが怖いから。誰かに恨みの目を向けられるのが怖いから。
「私は、当然のように人を傷つけてしまいます。どれも私の為に。他の人の都合を考えもしないで、好き勝手やって。」
次々と言葉が溢れる。それはまるで懺悔する前世の私のようで。乙女ゲームの“マリーベル”の事を謝っているようで。
混濁した私の言葉に、お父様は優しい笑顔を向けてくれた。
――私にそんな顔を向けないで!私が“それ”をもらってはダメだから!
さっきまでとは矛盾しか思考が私の脳内をかき乱していく。
「マリー君は優しい。たとえ自分のためであろうと、人を傷つけるまでそれまでずっと耐えてきたという証だ。その間何も叫ばず、何もせず。相手を思って。それは殺人でもそう。我慢していたから追い詰められたんだ。だけど、その根源は相手への思いやりなんだ。だからマリー。君は優しい。」
その私を気遣う甘いあまーい言葉に…
――いや、それはおかしいだろう。
一瞬で涙が引っ込んだ。
「…お父様、いくらなんでも殺人は許されることではありません。何故私が責められないのですか?」
「だって、私の可愛い愛娘だ。絶対に悪者になんて出来ないさ。」
少しの間唖然とした。
――この人どっかズレてるんじゃないのか?
その後もひたすらまでに私を持ち上げる。やれ、世界一に可愛いだとか、才色兼備だとか。
……いや、おかしいだろ。それと子供に色気なんてないわ。
お父様はネジの一本を落としている。
私は冷静にそう結論付けた。先程までのシリアスな空気が嘘のようだ。
「…それでお父様、用件は?」
「…何だか冷たさも持ち合わせた気がする。ゴホンッ、私が自ら出向いた理由は――来週のクリス王太子殿下の誕生パーティに誘われた。マリーも参加することとなる。」
「………あぁ。」
私は思い当たる事があった。確か…ヒロインと王太子殿下の出会いイベントだった気がする。全く覚えていないが。だって推しじゃないし。出会いなんて薄っぺらいし。(全国のシナリオライターさんごめんなさい)
「知っているのか?」
「いえ、そういえば来週は王太子殿下の誕生日だったな、と」
「そうだ。マリーは去年も会っているから顔は知っているはずだが…」
「………そうですね。」
すいません、覚えてません。ここ最近の一気に取り込んだ前世の情報のせいで、押し出されるように以前の記憶が一部消え去っちゃったんです。
「ですが、これだけではないのでしょう?わざわざお父様が伝える必要などありませんし」
「察しが良くて助かる。実はな…そのパーティという名の戦の後に、リゾークフィル王太子が来られるそうだ」
「なんですと!?」
「マリー?」
思わず口元を隠した。いかんいかん、素の口調が出てしまった。
慌てて笑顔の仮面を付ける。“マリーベル”は無駄に優秀だから完璧な仮面だ。その優秀さを他にも生かせれば良かったのに…。
「いえ、何でも。…何故殿下はいきなり来られることとなったのでしょうか?」
「何でもあちら側が会わせろと言っているらしい。そうしないとリケイル王国を襲うぞと言っていた。分かると思うが、我が国はあちらの国よりも兵力が劣っている。陛下が真っ青になってすぐに迎える準備をした結果、八日後となった。」
「素晴らしい働きぶりですね」
何故いきなり面会を求めたかは知らないが、グットタイミングだ。婚約解消するにも、王太子殿下の協力が必要だ。きっと相手だって解消をしたいと、そう思っているに違いない。傲慢な印象の私と婚約だなんて嫌だろう。そうに決まっている。
私は普通の暮らしを願っているんだ。王太子妃なんて荷が重いし、国のトップなんて全然のんびり暮らせない。出来れば平民で生まれたかったと思うのは、やはり神様が私に与えた罰なのだろうか。
確か『恋音』では、『マリーベル』はヒロインがハッピーエンドで追放。
…あれ?そしたら私、ヒロイン虐めて追放endが良いんじゃないか?いや、流石に危険か。
「…ということだ。マリーも構わないか?」
「えっ?あっ、はい。」
よく聞いていなかったが、多分会うことの許可だろう。全然OKだ。だって婚約解消する説得したいし。
にこやかにお父様を見送り、私は先程思い出した記憶を整理しようとノートを取り出した。
***
私はリケイル王国の公爵のダリル・ヒルディア。同時に宰相でもある。
悩みなどなく、なんでもそつなくこなし、最愛の娘と息子を愛でる。これが日常だったのだが、ある日いきなり娘のマリーが変わった。
いや、変わったと言っても良い方にだ。だが、私は何故だか誰か知らない人に見えた。
流行りの病にかかり、私は死ぬほど心配した。毎日毎日見舞いに行った。花瓶の花も自分が変えると言い、なるべく側にいるようにした。
よりによって目を話した瞬間だったのは複雑だったが。
…妻はこなかった。仕方ない、あの人とは政略結婚だ。これが普通だ。
そして、マリーが一週間後に目覚めた。もう、涙が出るほど嬉しかった。だが、娘は変わっていた。
私たちを信じられないという目で見て、なんと専属メイドのリアナを誰かと問うたらしい。
治ってからは我儘もめっきりなくなり、ドレスをねだってこない。
心配になりながらも、話しかけることができなかった。今なら分かる、怖かったんだ。自分が知らない娘のようで。違う大人のようで。
だが、話さなければならないようが出来た。
一つは来週の殿下の誕生パーティへの参加と知らせ。これは喜んでこれるだろう。何故って、マリーは殿下をとても気に入っていたからだ。ばんばんアタックしている。殿下は迷惑そうに見えたが、多分照れ隠しだろう。頑張れ、マリー!
そして、私が自ら話す理由。それはマリーの婚約者が訪問する事。
あのマリーを奪ったリグルイ王太子殿下が、ついに痺れを切らして、マリーに会わせろと脅してきた。
ゴツい見た目に反してチキンな陛下は、私に相談をせずに許可を出しおった。
――あのジジィ覚悟しろよ…!
そんなわけで、今までの誘いを全て断っていたツケが回ったきたのか、会ったら求婚の約束付きの面会が行われることとなった。
マリーの扉をノックする。
「どうぞ」
深呼吸をして、いつもの会話を思い出す。大丈夫だ、何やら忙しく動いていたが、私を避けていたわけではない。
すぅーーー
バンッ!
勢いよく扉を開ける。
そこには驚いた表情のマリーがいた。
……これも以前まで見なかった顔だ。
「やぁ、可愛い私の娘!今日はとってもいいお話があるよ!」
「…お父様。」
ポツリと呟き、すぐに表情を仮面へと変化させる。美しい顔がつくられると、まるでお人形をお見ているかのような錯覚にとらわれる。
「…何用でございましょう?」
冷たく言い放つマリーは、どこか壁を感じる。初めて見せられた拒絶するような態度に心が折れそうになるが、どうにか立て直す。
「釣れないなぁ。ここ最近マリーは変だよ?」
「いえ、少し前の私がどうかしていたのです。で、何しに参りました?」
「やっぱりマリー、おかしいよ。…愛が足りなかったのか?もっと愛せばいいのか?」
愛が足りないと他人を拒絶するか、執着するかの二択だと聞いている。まさか…マリーはその性質なのだろうか!
だが、マリーが呆れた目で見てきたので、すぐにその可能性を消した。
「あの、十分お父様が愛してくれているのはわかっています。そういう問題ではなく、私はちょっと痛い子でした。自分を中心に世界が回っているなどおかしい考えです。」
「…私はマリーが世界を回していると思うが。」
言い切ったら、突然マリーが頭を抱えた。
慌てて駆け寄る。
「マリーどうしたんだい!?頭でも痛いのか!?すぐに医者を…!」
「いえ、大丈夫です。信じたくない現実を目の当たりにしただけです」
マリーはジト目でこちらを見た。
私は機嫌が悪くなってしまったのかと慌てる。
「そ、そうだ!マリー、今期の新作ドレスが出たんだ。どうだい?買ってやるから機嫌を直してくれ」
しかしマリーは首を振る。
「いえ、私はこの量で十分で御座います。」
視線の先には大量のドレス。どれも私が買い与えたものだ。
新作を毎回ねだってきたので全てを買ってしまい、こうなってしまった。
故に喜んでくれるかと思ったのだが…まさかのいらない。私は一体どうしたらいいんだ!?
「マリー、君はそんな子じゃなかったはずだ。もっと我儘を言ってくれ!」
「そうしたら私はダメな子になってしまいます!!」
――何を言っているんだ?
私は本当に分からなかった。ダメになる?
「…マリー、どういうことだい?どうしてマリーがダメになってしまうんだい?」
「えっと、それは…」
言葉に詰まっているマリーは、視線を彷徨わせている。そんな姿も可愛いというのは本人は知らないのだろう。
「マリー、何故だい?」
「…ダメな子というのは、傲慢な子です。小さい頃から全てを許容されてしまうと、自分の思い通りに全てがうまくいくと思ってしまいます。私も少し前までそうでした。だけど、それで誰かが傷ついたりするのは違うと思って…えっと、つまり…私は、そんな女性になりたくないのです。」
私は愕然とした。何故、この子は大人のようなことを言うのだろう?どれほど自分が素晴らしいのか、価値があるのか分かっていないのか。
そのような女性にマリーがなる訳がない。だって、マリーはとっても素晴らしいのだから。
「…マリー、君は自分が我儘に育つのを恐れているのかい?」
「自分に恐れている…というより、そのせいで誰かが傷付いてしまいます。」
私はあまりの美しさに息を呑んだ。
太陽の光に照らされて光る白金の髪。儚げな表情で目を伏せる姿は、まるで今すぐ消え去ってしまいそうな精霊のよう。
「…マリーは本当に人が変わったように優しくなったな。」
思わず頰が綻ぶ。
そんな私の言葉に、マリーは頭を振った。
「違います、私は優しくなどありません。…何でも自分の事を優先してしまう、醜い子です。」
違う。マリーは――
「私は、当然のように人を傷つけてしまいます。どれも私の為に。他の人の都合を考えもしないで、好き勝手やって。」
優しい。
「マリー君は優しい。たとえ自分のためであろうと、人を傷つけるまでそれまでずっと耐えてきたという証だ。その間何も叫ばず、何もせず。相手を思って。それは殺人でもそう。我慢していたから追い詰められたんだ。だけど、その根源は相手への思いやりなんだ。だからマリー。君は優しい。」
私は微笑む。だが、マリーは再び冷たい表情へと戻った。
「…お父様、いくらなんでも殺人は許されることではありません。何故私が責められないのですか?」
「だって、私の可愛い愛娘だ。絶対に悪者になんて出来ないさ。」
「…それでお父様、用件は?」
「…何だか冷たさも持ち合わせた気がする。ゴホンッ、私が自ら出向いた理由はーー来週のクリス殿下の誕生パーティに誘われた。マリーも参加することとなる。」
マリーは口に手を当てて、思案するそぶりを見せた。
「………あぁ。」
「知っているのか?」
「いえ、そういえば来週は王太子殿下の誕生日だったな、と。」
「そうだ。マリーは去年も会っているから顔は知っているはずだが…。」
「………そうですね。」
私がまだあるーーと言おうすると、マリーが微笑んだ。
「ですが、これだけではないのでしょう?わざわざお父様が伝える必要などありませんし。」
一瞬言葉を失った。この子はこんなに聡かっただろうか。
「察しが良くて助かる。実はな…そのパーティという名の戦の後に、イグルイ様が来られるそうだ。」
「なんですと!?」
「マリー?」
何だか今平民のような口調が聞こえたような…。
「いえ、何でも。…何故殿下はいきなり来られることとなったのでしょうか?」
マリーがそういうなら気のせいなんだろう。
「何でもあちら側が会わせろと言っているらしい。そうしないとリケイル王国を襲うぞと言っていた。分かると思うが、我が国はあちらの国よりも兵力が劣っている。陛下が真っ青になってすぐに迎える準備をした結果、八日後となった。」
「素晴らしい働きぶりですね。」
皮肉めいたその言葉は陛下に向けていって欲しい。私も本当にそう思う。
私はイグルイ様と結婚していいのか最終確認をした。
話をしている間、マリーは何やら考えているそぶりをしている。多分、本当に良いのか考えているのだろう。
「…ということだ。マリーも構わないか?」
「えっ?あっ、はい。」
マリーがいいのなら、私も腹を括ってその方向で進めよう。
退室し、私は陛下の元へと向かった。