本戦に向け、いざ!
私の問いかけに、二人は顔を見合わせた。
好条件の取引。しかも庇護下に入ることによって、絶対の安全。頷くほかないだろう。
しかし、これだけで「はい」というような暗殺者がいたら世も末だ。裏がないか、代償は何か。私の言っていないことまで気を使わなければならない。
男が警戒心丸出しで口を開く。
「…何を望んでいるのですか」
はい、よくできました。しっかり教育されてますねー。
…私何様だろう。後で刺されないかな。ちょっと心配になって来たぞ。
「うん、その赤竜っていう組織の情報を全て欲しいの」
「……欲張りだなあ」
唸っている男は無視し、ジト目で見てきたグリムだけを相手にする。己の立場を理解しない馬鹿は嫌いです。
だけど未だに「うん」ということはないからなぁ。こいつ、さては馬鹿のふりをした天才だな?
マジで滅びろ。
「どうする?もし嫌だって言うんだったら、口を割るまで拷問するよ。それでも言わなかったら容赦なく殺させてもらうけど」
生存欲を揺さぶる。
少しは傾いたのか。目を泳がせる。やがて、深いため息をついて私を見た。
「…いい性格してるな」
それはどうもありがとう。絶対に誉め言葉ではないだろうけど。
「で、どうするの?」
再度尋ねると、グリムががっくり肩を落とした。
「…今回はこちらの負けだ。傘下に入る」
よしっ!
心の中でガッツポーズをする。
実は、先ほどまでのことはハッタリだ。私は実際に人を殺さないし、痛めつける趣味もない。完全なるでまかせだ。
そうでもしなきゃ絶対に味方にならなそうっだし。
ほっと息をつくと、もう一人の男が騒いだ。
「お前、ミライ様を本当に裏切るのか!」
「うっせ!俺らは負けたんだ。俺は生き残ることだけを考えるんだよ!」
「あんなに厚意にしてくださったのにか!?」
「駒として大切にしてくれたの間違いだろう!」
…どうやら、男はそのミライ様とやらを裏切ることに抵抗があるようだ。かなり慕っているのかな。その問題点を除かない限りは、引き込むのは難しそうだ。
そしてグリムとの言い分の差。
駒。厚意。矛盾している。
…気になるかな。
今回の件で、赤竜は消すとする。これは紫音全体で決まっていることだ。
だが、もしも殺さずに、団が合体したら?
「…よし、二人とも私を赤竜っていう組織のもとに連れていって」
「は?誰がそんなことをーー」
「分かった」
「グリム!?」
なんと、グリムが二つ返事で受けてくれた。これには私も驚き、思わず目を見張る。
「いいの?」
聞くと、鼻で笑われた。なんかムカつく。
「はっ自分から言ったのになんで驚いてる。さっき配下に加わると言ったしな。男に二言はない」
おお。なんかかっこいい。
なんとなく私が感激していると、続けるようにグリムはにやりと笑った。
「それに大きくなったら絶対絶世の美女になる人に仕えたい」
とりあえず殴った。
…下心しかないじゃん!チャラ男か!私の感激を返せ!
壁の破壊音と叫び声が聞こえたが、自業自得である。私は悪くない。
「…で、そこの貴方はどうする?」
手をはたいて振り返ると、男はいまだに私を睨んでいた。怖い怖い。
という茶番はさておき、こいつなんて言ったら納得するかなあ。
ミライさんを殺さない?いや、裏切ることに変わりはない。その行為自体に男は拒否反応を示しているのだから、この言葉には何の意味もない。
「…裏切ることなんて俺には出来ない」
…あああああもう!
「もう!まどろっこしい!」
突如叫んだ私に、二人がぎょっとした。
もともと考えるのが嫌いな私がなんでこんなに考えなきゃいけないんなんだ!
…あーもうやーめた。もう突っ走ろう。あとはどうにでもなーれ。
「よし、グリム。取りあえずは赤竜の元へ案内して。そして、その間に今回の作戦を話して。後は知っていたら配置されている人数、場所をお願い」
「おいおい、正気か?かなりの人数がいんのにどうやってやるってんだよ」
何を言っているのかな?さっき私の最大の力を見せたのに。
「ん?魔法をぶっ放すだけですが?」
連射でもすれば崩れるでしょ。
私の言い分に、グリムの目が遠くなった。きっと素晴らしい作戦に感動しているんだろう。
「…うわあ考えるのを放棄した計画ほど怖いものはないなあ」
あとは男だが…これはもういいや。何も喋らなそうだし。
「んじゃあんたは好きにして。戻るなりついてくるなりしていいけど…」
ずいっと顔を近づける。推定三十前半の男は、びくっとした。
「…殺される覚悟はした方がいいと思うよ」
男は固まってしまった。
体勢を戻し、グリムの方を振り返る。苦笑いをしていた。
「…行くか」
「効率重視でよろしくね」
私たちは紫音を飛び出した。
戻ってきたリアナが男に肉を食べさせて、無理矢理連れ出して私たちを追いかけたのはもう少し後の話。
***
タタタタタタッ
屋根を走る靴音が響く。
必死に食いつくように走っている私の前を行くのは、余裕そうなグリムだ。
グリムから聞いた話では、まず一か所に少人数を集めおびき寄せる。当然、隠れたまま。だが、少しだけ気配を出すのだ。
そしてその隙を狙う紫音を、更に後ろからという、典型的な囮作戦だ。
勿論、これがうまくいく可能性はほぼ低いだろう。
紫音の方に更に伏兵がいる方が高いのだから。
だが、これを二つの場所で行うとなったら、大変だ。
グリム情報によると、赤竜の集いは紫音の数倍の人数が所属しているらしい。
私たちに勝ち目がないのも同然だ。
だが、ギーアが戦闘を仕掛けた?ということは、勝ち筋はあるのだろう。
それでも厳しいということに変わりはないので、此奴らと同じようにミライ様という頭の部分を潰しに向っている。
数倍の人数を相手にしてられるか。
そうして全力疾走しているのだが…
恨めしくて、ついつい文句を言ってしまう。
「ちょっと、少しは私に合わせてよ」
「そんな小さい体に合わせてたら、到着がかなり遅くなるけどいいのか?」
ぐうの音も出ない。
それは、場所が場所で、拠点が何キロか離れたところにあるという豪邸らしい。キロ単位ですよ?幼女の身体で行けるものか。
そう反論したんだけど、返ってきた言葉は「え?案内しろって言ったよな?嘘だって言わないよな?」という何とも憎たらしい返事。煽ってきやがった。
まあ今更引けないので「当然でしょ」と言いましたが。
だけど思ってたよりもきつかった。
スピードはどうにかなる。ただ体力が。体力がね!?
軟弱なこの身体は、身体強化をしてもわずか三キロで悲鳴で上げている。あと何キロあるんだろう…
「そんなんであと七キロ持つのか?」
ここは地獄だった。
気合で耐えきって見せたいけど…少し無理かもしれない。
私が改めて体力不足を痛感したとき、横から爆音が響いた。
舞い上がる煙に目を細める。前では、グリムも足を止めて、警戒したように見ている。
しかも、なかなかその煙が晴れない。まるで人工的に生み出したもののよう。
そして、ここは住宅街だ。こんなふうに破壊音がするわけがない。
…何か確実にある。
「…降りよう」
「ああ」
魔法の力を借りて、苦も無く飛び降りた私をグリムが羨まし気に見ていた。
そして、路地裏に足を着いたのだが…まるで霧の中にいるようだ。さらに煙が濃くなった気がする。果たしてまだ煙と言えるかは謎だが。
だが…何人もの気配がある。ひょっとして…
「ここが一つの地点?」
「そうだ。確かこっちはそこまでいなかったはずだ。確実に落とされるから、とかそんな理由」
それ考えた人絶対策士だ。捨て駒まで考えてる。
…ちょっと戦力として欲しいなって思ってしまったのは秘密だ。
でも絶対に可愛くないんだろうな。腹黒系はもういらない。癒し系がいい。
…あれ、待って?私の周りにいる人たちって癒し系の人いなくない?大体病んでるから、ほんわかしてなくない?えーーー
「…ペット欲しいって言ったらお父様くれるかな」
「あのーここ戦場だよ?分かってる?」
全然関係ないことを考えていたらグリルにツッコまれてしまった。ごめんなさい。多忙な毎日で息抜きがしたいんです。
「…取りあえず、この煙を少しでもましにしますか【ライトアロー】」
三本の矢を放ち、煙をはく。視界に人影はなかった。
即座に避けた?いつ?魔法の詠唱したとき?
…敵はなかなかに強敵なようです。
その頃のルイとリオン
「ちょっとマリーのところへ行く」
「待ってください。色々終わってないのにどこ行こうとしているのですか。それにいきなりいかれてはヒルディア嬢も迷惑でしょう。もしかしたら出かけているかもしれませんし」
「…十キロほど離れた地方の“サンライ”」
「…うん?」