アール登場!
「いたた…旦那、本気で殴らないでくださいよー」
呆気に取られていると、アールの口からそんなのんきな声が紡がれた。余りにものんびりしているため、もしかして衝突したこと自体が幻だったのかもしれないかと思ってきてしまう。
「……」
いや、夢じゃないわ。壁にはばっちりクレーターみたいなの出来てるわ。マジでこの人よく無傷だったな。
白目で抉れた壁を見ていると、お父様がまたまた深いため息をした。そんなに溜息をしてると幸せ逃げますよ。
「…お前は私が本気で殴っても死ぬことは無いだろう。たとえアダマンタイトの刃で切り裂かれても擦り傷で済むその身体が、ただの拳で命を落とすわけがない」
…マジで!?
アールってそんなに化け物なの!?
アダマンタイトは世界で一番硬い金属の事。つまり、この男の皮膚はそれよりも頑丈ということで…。
いや、ガチもんの化け物じゃん!
かなり引いていると、アールと目があった。すぐに逸らす。だってそんなやばい人と仲良くなんてなりたくない。幸い私たちは顔を合わせたことがないから、分からないはずだ。だから私に関わるな!
しかし相手はそうは思わなかったらしい。不思議そうな、それで興味ありげな表情で私を見ている。
「旦那、このお嬢さんは誰ですか?」
アールがそういうと、お父様の表情が鬼気迫る感じになった。怖い。
「まさかマリーのことを知らないのか!?こんなに愛らしく天使をそのまま写し取ったような、このマリーを!」
「無茶言わないでくださいよ!肖像画も見たことがなく、この部屋からほぼ出ていない私に分かれなんて無理な話ですって!」
おお…この人お父様を相手に一歩も引いてない。ある意味凄いかもしれない。
ある意味感心していると、私の左右から不穏な空気が流れてきた。
「…マリー様を知らないなど、なんということ…今すぐこの場で存在を消してやりたい…」
「…お嬢のことを分からないなど言語同断。そのまま絞殺を…」
そこでリアナとディルドは顔を見合わせた。どちらも怪しげな笑みを浮かべている。
「ほう。なんだか気が合いそうですね」
「そうですね。折角なので協力しましょう」
「うん、二人ともやめようか」
二人とも落ち着けー。私を知らないだけでやられるなんてアールさん可哀想だぞー。
どうどうとなだめ、なんとか抑え込む。この二人、さっきまでバチバチだったのになんでこんなに意気投合しているの。しかも内容が内容で物騒すぎる。
「…さてマリー。こいつについて改めて紹介する。名前は――」
「どうも、アールです。主に秘書役をしています。よろしくね、お嬢様」
「…お初にお目にかかります、マリーベルです。よろしくね」
割り込むように自己紹介をしてきたアールに戸惑うが、その動揺を隠して私も挨拶を返す。
すると、お父様の手がアールの顔面を掴んだ。アールの身体が宙に浮かぶ。
多分ミシミシと何かがきしんでいる音は気のせいに違いない。
「…さてお父様、今日参りました目的に移ってもよろしいでしょうか?」
「勿論だ」
「あの、私のこと気にして…イタイ!骨、骨があああ!」
「実は…私に影の存在が出来ました」
お父様が笑顔で固まった。
「…ごめんマリーもう一度お願いできる?よく聞こえなかった」
「私の影の存在が出来ました」
もしかして小さくて聞こえなかったのかな?そんなに小さく言った気はしなかったのだが。
「…アール、これ私の耳がおかしいのかな?なんかマリーに影が出来たって聞こえているんだけど。夢だよね?」
「旦那、その前に放してくれませんか?なんか骨の形状が変わりそうなのですが」
ちなみに全員スルーしているが、今もアールはアイアンクローされている。大丈夫そうだからそのまま無視続行。
「そうか。夢か。そうだよな、マリーにそんな奴らがいるわけないもんな」
「取りあえず我が主。現実を見ましょう。そしてその反応はマリー様の仰っていることを戯言と言っていると受け取ってよろしいでようか?」
「よし、マリー。最初から話してくれないか?」
既視感のある流れでお父様は話を聞く気になってくれました。お父様、現実逃避していたのですね。
そうして話し始めたのだが…終わったころには私を除く全員が頭を抱えていた。
「…暗殺者と戦闘?複数人を相手に?」
「…もうツッコみたいところがありすぎて逆にツッコめない…」
唯一分かりやすく反応したのはアールだった。
話している最中も「え!?そこでどうやったら正面から行く発想になるのですか!?」「暗殺者に勝ったんですか!それも複数人を相手に!?」「そこから紫音を支配につながるってどんな状況!?」「え、いいの!?その少年それでいいの!?」とか。
途中からやかましくなったので沈ませておいた。あ、顎をグーパンだよ。手が粉砕するかと思った。お父様も殴ってたから、きっと同じようにうるさく思ったのだろう。だから私は悪くない。
「あ、あのお父様…?」
先ほどから無言でぶつぶつ呟いている。
「いや、いつかはこんな日が来るだろうと思っていた。私の支えがなくても自分の力だけで生きられる時が来ると。だが、だが…」
そこでお父様は私を見た。
「いくら何でも成長が早すぎる!?」
「そこなの!?」
もっとあるでしょ!
そう思ったのは私だけじゃないらしく、リアナとディルド、そしていつの間にか復活していたアールが「そこじゃない!」というような表情で見ている。
「…ふう少し混乱していたようだ。つまり、マリーはそいつらを飼うための資金が欲しいのかな?」
「あ、それは私の宝石を売ろうかなーと思って――」
「よし、それに関しては私が出そう」
話聞いてよ。
「いや、じゃなくて」
「そしたら食べ物を用意させるために誰か料理の出来る人を派遣させるか。あとは…」
だから話聞けや。
「あの、お金については私の所持物を換金しようかなと」
「そしたら武器も調達しよう。誰か腕の立つ職人を探して…」
話聞けやこの野郎!!
…諦めよう。なんか私が何も言わなくてもどんどん話が進んでいるみたいだし、しかも私の思い描いていたことをしているみたいだから問題ない気がする。まあ…うん、結果さえよければいいや。
「…じゃあお父様、お願いできますか?」
「任せておけ。マリーが飼いたいと言ったんだ。できる限りのことをしよう」
「ありがとうございます」
にっこり笑いあっていると、リアナたちがすごい勢いでまくし立てていく。
「いやいやいや!まず、怒る場面でしょう!勝手に行動するなとか、屋敷を出るなとか!」
「なんで暗殺者を撃退できたのだとか!あの紫音を配下に入れるなんてどうやったらできるんだとか!」
やはりこの二人仲いいんじゃないかな。今もこんなに息ぴったり。
「二人はいいコンビだねー」
「「そうじゃない!」」
ほら。
私がどや顔をすると、頬を掴まれた。痛い、分かりましたからやめてください。
私たちのやり取り、初めて気づいたというように手を叩くお父様。
「そういえばそうだ」
「まず先にそちらに気付きましょうか」
げんなりとした様子のリアナに激しく同意する。私も、最初は怒られるかと身構えていた。なのに注意のちの文字も見えなかったからかなり拍子抜けしたわけだ。
まあ、教育的な方面は教えてくれないお父様なので、特別不思議ではないのだが。
だけど流石にここまで気づかされたので何かしら言われるかなーと思っていたら。
そこはお父様スタンス。何も言われない。
「いや、子供のうちに伸び伸びとするのはいいことだろう。マリーには好きなように好きなことだけをして生きてもらいたいんだ」
まて、私的にはそっちの方が気になる発言だぞ。何その働かなくてもいいんだよ的な言葉。
それは人として…いや、今更だけど、人間として終わってるからね!?働かない人間ってそれニートだから!前世の行いをただすためにも、仕事はしたいのですが!
この発言に、当然すぐさまリアナがツッコミを――
「それはそうですけど、マリー様自身を守るためにも、少しぐらいは公爵令嬢の自覚や…あ、これは無理かも知れませんが、もっと危機感をもってもらうためにも、旦那様の口から何か言ってくだされ!」
そこは突っ込まないんかーい!むしろ同意してるー!
ていうか、貴女さらっと私に公爵令嬢の自覚をもたせるのは無理って言ったね。私だってそれは自覚して…あれ、してないかも。一般市民の感覚でいたかもしれない。
……転生者にその自覚を求めるのは間違っていると思います!!
心の中で謎の主張を立てていると、リアナに便乗するようにディルドが私への注意を促す。
「少しぐらい言わないと、お嬢はきっとご自分の価値を分かってくれませんよ!」
「ううむ…だが、マリーだって反省しているだろう」
いいえまったく。反省しているのはリアナに対してだけです。
ただし、そんなことを言った日には外出禁止令が出されるので
「はい。これからはこんな無茶をしないと約束します」
今からするけど
「それなら、今回は咎めなしだ。…マリーを叱るなんてできるわけがない。嫌われたらどうするんだ」
これ絶対にあとの小声が本音だな。
ま、今日の目的は無事達成されたことだし私はここらで退散しますか。
「ではお父様、私はこれで失礼いたします」
「分かった。折角だから送っていきたいところだが…申し訳ないが今日分の仕事が終わって無くてな。…アール」
「流石に今少しでも休むと終わらなくなります」
「だよなあ」
すっごい残念そうな表情。そんなに送りたかったのか。
なんだか捨てられた子犬を連想させる顔に何とも言えないでいると、リアナが一つの提案をした。
「…今週の日曜は、旦那様もマリー様もお休みです。折角なのでお出かけされてはいかがでしょう?」
「いいわね!お母様も誘いましょう!」
ここぞとばかりにツッコむ。最近お父様とお母様は挨拶のレベルまで上がっている。お母様、頑張りましたね。顔を見た瞬間に逃げだしたのと比べると、凄い進歩です。
ではこのイベントを利用して、夫婦の仲をさらに深めてあげましょう!
お母様は小説内では描写されていませんが、陰でコツコツ毎日マリーと一緒に、お父様と会話できるように頑張っています。




