犬と犬
「だーから、あいつをしばきたいんだって!」
「それでもマリー様が行く必要はありません!私たちの姫様をあの輩のところに行かせたくないのです!」
「依頼も兼ねてるんだって!偵察を送ってから竜王に会ってみたいの!だから今回はその人たちに」
「ひいい!この国を滅ぼしたいのですか!?」
現在、兄貴を完全に見捨てた私はリアナともめていた。原因は紫音だ。
約束通り私はリアナに行くといったのだが、案の定というかなんというか反対された。
今回はしっかり主張を言ったのだが余計に反発される始末。一体どうしたらいいんだろう。
いや、理由は何となくわかってるんだけどね?竜王のもとへ行くなんて大蛇を踏むような真似だから。
「あ、そうだ。お父様に報告を入れないと。これからのことを考えると、言った方がいい気がする。お金もドレスも一回着ただけのものを全て売って、公爵家の懐からどうにか借りないようにーー」
「待ってください!何を考えてるんですか!?そんなに肩入れする必要はないですよね!?」
必死の形相のリアナにストップをかけられた。ていうか肩入れではなく、ただ面倒を見るだけなのだが。これ私が最初に首を突っ込んだことだし。
そしてお父様には遅くなったが一応報告を入れるつもりだ。
あいつらを飼うためには、給料の提供が必要。正直そこについては、有り余っているドレスや宝石を売りさばく気でいるから問題はない。
だけど勝手に売買するのは気がひけるので、お父様に言うという訳だ。
「そうと決まったらさっそく行こうかな。リアナ、付いてくる?」
「勿論そのつもりですが、その前に話を聞いてもらえませんか!?」
頭を抱えだしたリアナをそっと撫でる。うん、疲れているんだね。
「…あーもう、分かりました。ですが条件として、私も連れていくことの許可をください」
「分かった」
それぐらいでいいならお安い御用だね。
「ごめんなさい、旦那様。私ではマリー様を止められなかったのです…」
ちょっと嘆いている声は聴かなかったことにした。
***
さて、さっそく向かった私たちなのだが、従順な犬が一人増えた状態でいた。うん?比喩なのかな、これ。よくわからない。とにかく、あのマゾなディルドが増えた。
「あなたが付いてくる必要はないから早くどっか行け」
「それはこちらのセリフです。貴方は専属といっても、優秀なので他にも仕事が任されてましたよね。私は仕事を終わらせたのでどうぞ、そちらを優先したらどうでしょう?」
「んな!…マリー様、この男はやはり追い出しましょうよ!耳障り目障りです!」
「いえ、するなら仕事が残っているリアナさんの方でしょう。安心してください、私だって十分に護衛できますから。ね、お嬢。」
なんでもいいから静かにしてほしい。
げんなりとしながらも、後ろで言い争っているであろう二人の光景が自然と脳内に浮かび上がってしまうので余計に答えづらい。
ちなみに私の頭の中では、犬と犬が吠えあっている図になっている。おかしい。リアナの見た目は狐よりのはずなのに。
二人とも駄犬だけど。なんでだ。
「…いいから二人とも静かにしてくれない?仲良くできないんだったらまとめて別の場所に配置するけど」
脅しまがいなことを言うと、すぐに二人は黙った。いいね、静かなの。静寂LOVE。
そんなこんなで書斎の前についた。扉をノックすると、中にいたらしく返事があった。良かった、いない可能性もあったから。
「失礼します」
入ると、書類に向き合っているお父様がいた。そして、知らない青年が一人、隣の机で寝ていた。長い水色の髪と線の細い輪郭だからか、ぱっと見は女性に見えてしまいそうだ。
…あ、私はそこらへん鍛えてるから目は確かだよ?絶対にこの人は男だ。
いや、それよりもこの人誰。そんな人、この屋敷で見たことないんだけど。
「あの、お父様。入室して突然申し訳ないのですが、このかたはーーーー」
「おおマリー!今日はどうしたんだ?なにか気に入ったドレスでもあったのかな?」
鬼のような速度で抱きしめられた。
う、苦し…
「旦那様。マリー様の顔色が悪くなっています」
その一声で、私は解放…ではなくお父様と向かい合った。
た、助かった…
「え!?それは大変だ!どこが悪いのかいってごらん!」
唾が飛びそうな勢いに、相変わらず暑苦しいな…と若干現実逃避気味に考えてしまう。
しかも肩を掴まれて揺するというおまけつき。そんなおまけいらんわ。受け取り拒否します。
「も、もしかしてのどが痛いのか!?」
「いえ、身体はどこも異常はありません。安心してくださいませ」
お前の所為だよ。だから私の肩を揺さぶるのは止めてくれ。
結構本気な私の思いは届き、生きて帰れた。生きてね。ふふっ、酸素が足りなくて倒れそうだよ。
「ふ~」
「マリー様倒れないで下さいー!」
意識が遠のいたと思ったら、気が付いたらリアナの腕の中にいた。
「ありがとう、リアナ」
お礼を言い、息を整える。本当は水を飲んだ方が意識がはっきりするのだが、ここにはないので残念。こんど水筒作ろうかな。
頭の中でビジョンを立てながら、自身の足で立つ。
「…さて、今日訪問した本題に行こうと思ったのですが…その前にあの方について尋ねてもいいですか?」
「あの方…?」
「そこで寝てらっしゃる方です」
視線を向けると、お父様がやっとわかったというようにうなずく。
「ああ、アールの事か。あいつは私の秘書だ。普段もここで毎日書類を手伝ってもらっているから、マリーはまだ見たことなかったな。よし、自己紹介させよう」
秘書なんだ。うん、そりゃあ見たこともないかな。
ていうか。え、折角爆睡しているのに起こすの?放置した方がいいんじゃない?
「あの、なんだかよく眠っているのでそのままそっと――」
その瞬間、怒声ともとれる大声が空気を震わした。
「アール、起きろーーーー!!」
私は耳を塞ぎ、思わず目もつむってしまう。五月蠅いとは言わない。だって親だから。
だけど頭はいたい。
うるさーーーーーい!!
「起きろおおお!…はあはあ」
声が止んだので、耳から手をどける。そして愕然とした。
「えー…起きないの、これで?」
そのアールという青年はまだ夢の中にいた。MAZIDE?
偶に耳元で叫ばれても起きない人種がいるというが…実際に見るのは初めてだ。というか過大な迷惑を振りまいてない?その天才的能力
お父様が深い、それはとても深いため息をついた。ストレスたまってるの?
「はああああ…こいつは一度寝ると三時間経過するまで絶対目が覚めないんだ。そこからは確率で起きるのだが…五時間が経過しても今のでは起きなかったみたいだ」
つまりは最強なのか。だけど、それ簡単に暗殺されるんじゃ…
私の疑問は、代わりにリアナが聞いてくれた。
「それは寝ているときに刺客を送られると不味くないですか?」
お父様は首を振った。
「いや。なぜか本気の殺意には、時間関係なく気づくらしい。だから生半可な殺意だと起きない。試したことは無いから知らないが」
そんな人間がいるんだ。しかもその身体のつくり、完全に暗殺者のそれだぞ。
半目になってみていると、お父様がずかずか歩いていく。何をするのかとみていると…
「さあ!起きろ!」
「ぐっふぉ!」
「え!?殴るの!?」
いきなり殴った。
そして壁まで吹っ飛び、轟音を立てて激突。うめき声が聞こえたので目的の起こすとういのは達成できたのだろうが、私は心配でたまらなった。
言っておくがお父様はかなり強い。肉弾戦なら、そこらの騎士には負けなしレベルだと、侍女たちが言っていたのを聞いたことがある。怖いですね。
その拳を受けて、果たして彼は無事なのだろうか。秘書なので、きっと体力はないように思える。
慌てて駆け寄り、怪我の具合を確かめに行く。
しかし、身体の状態を見て驚いた。
「あれ?どこも怪我してない」
アールは頭を押さえて蹲っているだけで、ほぼ無傷だった。




