拾い子と主人
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とりあえず私はあの後すぐに家に帰った。門限があるわけではないだけど、何時間も空けているとまた誘拐と思われ”影”が出されてしまう。勘違いで出動は可哀そうだ。
そんなわけで全力ダッシュで帰宅したのだが…リアナがいた。
「…お嬢様。何をしていらしたのですか?そんなにお召し物を汚されて」
「……」
ちなみに私の格好は血まみれだ。正直もう使い物にはならないぐらい。
勿論、血痕はギーアが飛ばした元リーダーのだが、当然リアナが分かるわけではない。
冷や汗をだらだら流しながら、身振り手振り誤解と伝える。
「いや、あのこれは返り血で――」
「何をしていらしたのですか?」
全て洗いざらい吐かされました。
リアナ、怖い
紫音が私の配下に加わったことまで全て話し、聞き終わったリアナは悲痛そうな顔をした。
「…だから何故、貴女様はその様な危険を冒すのですか…?私共は、もしもお嬢様が怪我でも何でもされたら、私たちは…!」
「…ごめんね」
謝ると、リアナからぽろぽろと涙が落ちていく。
「…前にもそう言ってくださりました。なのに、その身を盾にして…どれほど御自身に価値がありと思いで!?」
…絶対に失ってはいけない公爵令嬢。だから私は、自分を大切にしないといけない。それは分かってる。分かってるけど、守らないといけない。
ギーアとギィを守らなければいけない。
「…ごめんなさい」
「また謝るのですか!?それで抜け出して、どれほど心配をかけるのです!?」
私が何も言えないでいると、ふとリアナの表情が悲しげになった。
「…私はお嬢様の最大の秘密を共有しています。それでも何も言えないぐらい、そんなに私は頼りないのですか?」
「違う!」
気付いたら叫んでいた。
違うんだ。リアナは頼りなくない。誰よりも、そう、誰よりも信頼している。これだって反対しないのであれば相談するつもりだった。
だけど、私は反対をされた。これは信頼云々ではなく、意見の違いだ。
…いや分かっている。リアナの方が正しいのだと。貴族の令嬢としての立ち振る舞いなどでは、リアナの方が正しいのだと。
今私がしているのは子供のわがままなのだと。
「何が違うというのですか!?私のことなど気にもしていないのに!…誰よりも貴方様に尽くし、お役に立ちたいのに、まだ信用に値しないというのですか!?」
そんなことはない!
私は心の中で叫び続ける。口に出す暇がない。唇を強くかみしめ、通り道を閉ざしてしまっているから。愚かな自分は、泣きそうな感情を堪えている。
でも、それでも何か言わないと。私はそんな風に思っていないと主張しないと。誤解は、されたくない。
震える口を無理やり開き、息を吸う。
「…違うの、リアナ私は誰よりも貴女のことを信頼している。だけど今回は、リアナが賛成してくれなかったから一人で行動しただけよ」
「でも!それでもそんなに執着する必要はないですよね!?何か理由でも――」
リアナの言葉がすとんと腑に落ちた気がした。
…執着。これは執着、か。
そうか。うん、しっくりくる。私がすこしの事で感情が波打つのはそういうことか。
内心納得し、私は極力まじめな顔でリアナを見る。
頭の中で言いたいことを整理しながら、ゆっくりと話し出す。
「…一人の少年を、あの地獄のような場所から連れ出してあげたかったの。リアナ、私はどうしても助けたかった。ううん、『助ける』ではないかもしれない。だけどね、どうして私は見捨てることが出来なかったの」
言い訳がましことしか言えない私。リアナはなんていうのかな。もしかして、『公爵令嬢としての自覚をもっともて』っていうのかな。
だがリアナは私の想像の斜め上を言った。
「…知ってますよ。本当は誰よりも優しいのなんて、会った時から知ってます。だけど、それよりも私は自分の大切な存在を傷つけられたくないのです」
あははと笑うリアナの表情は見えない。手で覆ってしまっているから。
だけどそれよりも内容の方が信じられなかった。
「…誰よりも、優しい?初対面の時から知ってた?大事な存在?」
もしかして違う人物のことでも言っているのだろうか。
私のそんな疑問を感じ取ったのか、寂しさを感じさせる笑みを私に向けてきた。
「…いえ、それは今はいいですよね。そうですか。…それは、少し、いえかなり心苦しいのですが、仕方ない感じがありますね」
…え?
「どういうこと?」
「…貴女様は偶に誰かを必死に助けようとしていましたね。どれも旦那様に訴えて、保護してもらえると言われた時毎回嬉しそうな顔をしていらして。その者たちの共通点は…ないのですが、誰もが親に捨てられ道端で倒れていた子供たちでしたね。」
…あぁ覚えがある。
私はなんとなくだけど、前世のことを思い出しかけていた。といっても何に違和感があるとかなくて、思考の一部に組み込まれた必須のプログラムみたいなものだった。
日常へ支障をきたすこともなく、普通に生活して、ほぼマリーベルとして過ごせていた。
でも、何故か倒れていた子供を見捨てることが出来なかった。きっと、これもギィに向ける感情と同じだ。
この世界ではよくあることだから、突然泣きながら一人の見すぼらしい少年を連れて家に帰った時は本当に驚かれた。
こんな子をわが家に入れるわけにはいけないと、家長を筆頭に散々言われた。
取りあえずはお父様が許してくれたから収まったのだが、“私”の少しの人格と自己中心な傲慢な”私”が混じって、見かけたら拾うようになったのだ。
家臣たちが偶々お父様に許容するのをやめようかといっていたのを聞いたことがあるが、その人たちは次の日公爵家からいなくなっていた。どうなったのかは考えたくないので、知らないふりをしている。
そんなわけで私の拾った子供はどんどん増え、今では五十人ほどだ。多すぎると改めて感じたのだが、なんだか活き活きと我が屋敷で働いているようなので、偶に顔を出して、状況を見ている。勿論給料も出ている。
ちなみに殆どの人が厨房で働いている。
あとは私たちの持つ店とか農園にいて、お父様も助かってると言っていた。
びっくりしたのがそれに加え、衣食住もついているのだ。私たちの家は本当に最強だ。
そんなこんなでよくやっている子たち。きっとリアナはそのことを言っているのだろう。
だが今回は訳が違う。下手したら命も危なかった相手だ。リアナがいい顔をしないのもわかる。だけど、だからと言って私が優しいという訳ではない。
苦しいんでいる姿が自分に見えて辛くなるから。過去を思い出すのが嫌だから。
「リアナ、それは優しいって言わない。ただのエゴ。それだけ」
「それでも私にとっては救いでした。誰よりも尊敬しています」
尊敬。私に全然似合わない名誉だ。
リアナはさらに言葉を続ける。
「私も同じように、道で倒れていたところを助けていただきました。感謝しきれないほど感謝しています」
…本当、思い出すことが多い
そう、リアナも拾った子だ。それも血まみれの状態で。
推測でしかないが、戦闘の後だったのだろう。当時よく理解の出来ていなかった私は、いじめられたのかと慌てて引き込んだのだ。
それも三年前。
この短い期間で、リアナは専属次女になっている。実力でもぎ取った地位は誰にも崩すことはできない。
そんな感じだが、本来なら『元居た場所にすぐ帰せ』というはずだ。
拉致してきたようなものであり、勝手に連れてきては行けなかったかもしれない。もしかしたら、私の側にいることも嫌なのかもしれない。
だけどリアナはそんなことないというばかり。本当かどうかとても気になる。
「…ねぇリアナ。私の選択は正しかった?」
あなたをあの時連れてきたのは、間違っていた?
そう遠回しに聞くと、花が咲いたような笑顔が返ってきた。
「――はい。私はいまここにいれてとても幸せです。」
「…なら、よかった」
ほぅ…っと息をつく。私は間違わなかった。選択したことを後悔する必要はなかった。
その事実に過剰なぐらいの安心感を抱いて、身体の力が抜けるのを感じた。
「…お嬢様。私はお役に立てているのでしょうか」
ポツリと呟かれた声が、やけに私の脳に響く。
…そんなの考えるまでもない。
「リアナ、私は貴方という存在に支えられきた。十分に私の役に立ってるよ。」
リアナの顔がくしゃりと歪んだ。