双子
「まぁ、こんなことがあって、貴方達は私の影となりましたー!」
パチパチパチパチ!
私が拍手をすると、ギィは呆気に取られたような表情から一転、すぐに無表情に戻った。
そしてズカズカと近寄ってきてーー
「あいたっ」
いきなり頭を叩かれた。
なんでだ!
文句をいいたく顔を上げると、返り血で赤黒くなった手が私の頬を掴んだ。
「な、なにひゅんひょ!」
「なんでいきなりそういうことになっているの。頭おかしいんじゃない?」
「おかしくないから!」
慌てて逃れながら叫び、ゼーゼーと息をする。
こいつ、力強い。全然振りほどけなかった。
…え?なら何で出れたかって?そんなの魔法で強化したに決まってるでしょ。決して私がゴリラという訳ではないんだよ!
本当だよ?
「…それで、何で傍若無人な兄さんが膝をついてるの?なんかのギャグ?」
その声とともに、ギーアが立ち上がる。
「ギャグなわけないだろう。これは忠誠だ、忠誠」
「…やっぱりギャグか。」
「違うって。まじめだって」
「…高いけど、頭誰かに診てもらう?」
「おいギィ。兄に向ってそれはないだろう」
…はっ
「…二人とも、少し待って。色々気になる発言がありすぎてツッコめなかったけど、兄さんって何。」
ガチで脳が止まってた。
さっきから会話がツッコミどころしかなくて頭がフリーズを起こした。ギィがギーアを兄さんと呼んだのが自分でも驚くぐらいにダメージだったのか。
でも謙遜不遜という点はゲームでもよく見たので同意できる。それに今の会話もそうだし。
だけど兄さんってなんだ。
私の心からのツッコミに、ギィが「…知らない?」という。頷くと、僅かに瞠目した。
「君のことだから知ってると思ってた。オレたちは双子で、兄さん…ギーアが先に生まれたから兄になったんだ。…オレの方が早く生まれたかった。」
「私はストーカーじゃないから、何でもかんでも知ってると思うなよ」
「ストーカーってなんだ?」
軽く反論するが、心の中では別のことを考える。ギーアの質問は無視だ。この世界でストーカーは駄目だなんて、絶対なんないだろうから。
だけど質問をスルーっしたら私に覆いかぶさって来たのは止めてほしい。
無言でべしべし手を叩くと、ひっこんだ。
それでギィの最後の本音は、きっと今まで苦労してきたんだろう。下の子が上の子を羨ましがる、あるあるですね。
でも顔は全然似てない。
「二人の顔が似てないのは?」
そう聞くと、ギィの顔が分かりやすく歪められた。感情がある、だなんて喜べない。ギーアの表情も心なしか硬くなったように思える。
…しまった。余計なことを聞いた。
不味いことを聞いたと質問を撤回しようと思ったが、それより先にギィが答える方が早かった。
「…オレは母さん似、兄さんが父さん似と聞いてる。」
「そうなんだ」
こんなに美形な子供を産むんだから、きっときれいな人たちなんだろうな。
そう明るく考える。
…だけど
俯いたギィの表情は見えない。
ギィは捨て子。ギーアも設定では捨て子だ。
そうなると二人は、親の顔も名前も知らないのだろう。きっと記憶も。
でも、捨てたという事実は深い傷になっているに違いない。
そして、設定では公開されていなかったが、物心ついてすぐに捨てられたに違いない。
…なんて、ひどいんだろう。
地獄だ。
私とは違う意味での、地獄だ。
私の顔は今どんな表情を映しているのだろうか。だけど、あのギィがわざとらしく肩を竦めたりしたから、相当なものだったのだろう。
「…オレたちは大丈夫だから、なにも気にしなくていい。とっくに過ぎたことだから」
思わず、ギィの顔を凝視した。こんなにも『大丈夫』という言葉が信じられなかったことは無い。
強がるギィは全然大丈夫そうには見えない。
…まだ小さいのに。親の愛を貰えないからきっと普通が分からなくなってるんだ。
隣ではギーアも、注意してみないと気付かないぐらいに肩が震えている。
「…なんで、なんで俺らを…!」
込められた感情は、きっと怒りだ。次に続く言葉は『なんで捨てた』、そんなところだろうか。一見平気そうに見えても、心の傷は癒えない。
…私では、きっとこの子たちの心までは救うことはできない。
なら、せめて。せめてーー
二人を抱き寄せ、両腕で包む。
ビクッと双子が震えるのを感じ、囁くように私の最大の言葉をかける。
「…大丈夫、私は絶対貴方達を捨てたりしない。愛梨の名に懸けて」
だから安心して。
心の中で付け足す。微かに、肩が濡れたのが感じた。
「…っうぇ…ぇ」
静かに嗚咽を漏らすのを聞き、私はギィたちの年齢を思い出す。ヒロインの三歳上だったはずだから、今は十歳か九歳だろうか。
…小学四年生。
その年でよくこの最悪な環境に耐えてきたと思う。いや、強制的に精神が硬くなっていったのか。
…なんにせよ、精神年齢は無理に上げられたんだろうな。
何にも考えない、子供のころの時代はとても楽しいから味わってほしかったと思うのはさすがに無理、か。
そう考えているうちに、二人は間もなくして顔を上げた。
泣いていたはずだから目の周りは赤くなっただろう。それを誤魔化すように、ゴシゴシと目をこすってる。やがて顔が完全に見えた時、その表情はなんだかきまりの悪そうな感じだった。
「……」
「…ありがとう。あと、服汚して――」
「気にしなくていいよ。それにもとはといえば私が首を突っ込んだしね。最後までは面倒を見るよ!」
元の調子で私が言うと、ギーアもいつもの不敵な笑みになった。
「それはそれは。公爵令嬢からそう言ってもらえるとは頼もしい。是非、我らの援助を――」
「ギィ優先だけどね」
「おい」
「でも、ギーアはギィの家族だから優遇するよ」
「おまけ扱いは嫌だが…まぁいい」
ひねくれてるけどギーアはギィの双子の兄だからね。他の暗殺者たちより大切にするつもり…ん?ちょっと待って。ギィたちが双子ってことは…
「うん?てことはギーアを引き込んだらギィもついてきた…?」
あれ、冷静に考えればそういう事じゃ…
「そういうこと」
やっぱり?
「先に言って欲しかった」
わざわざ組織ごと取り込む必要なかったじゃん。
私の気持ちを読み取ったらしいギーアが肩を竦めた。その表情は悪戯っ子の顔をしている。
確信犯かよ。君は何がしたかったん。
「それに、リーダーも殺す必要なかったじゃん」
「そこは俺の独断で」
「おい」
そうホイホイ人は殺してはいけません!
ってなんで暗殺者たち頷いてるの。何、当たり前みたいな空気になってるの。ギィも全然気にしてないし。なにこれ、私が間違ってると思ってしまうじゃないか。
「…取り合えず、兄さんがリーダーになったってことでいいのかな?」
黙っていたギィがやっと口を開いた。その目元が赤い気がするのは気にしちゃいけねいね、うん。
「兄弟っていうのは初耳だけど、そういうことらしい」
「…はぁ」
凄く嫌そうに息を吐いてる。
「…そしたらオレ、凄い無茶な仕事任されるじゃん。今までも大変だったのに…」
大変だったんだ。
だけど、嬉しいことにそんなことはもう怒らないよ!
私が伝えようとすると、ギーアの方が先だった。しかも言い方がストレート。
「あっそうだ、お前暗殺業クビだから」
何を言われたのか分からないという表情のギィ。なにやら不穏な空気に、「やっべ」と悟った私。
バッとギィの視線が向いた。急いで逸らす。
ずいっと近づいてきた。
「…何をしたの」
「いやぁ?ちょっとギィに仕事を任せるのはやめようねって言っただけだよ?」
私は何も悪いことはしていない!…ハズだ。
「余計な事」
ぐふっ
冷たく言い放つギィは、いつも通りだ。
「…そういって人を突き放つのは良くないと思う――」
少し文句を言おうとしたが、何故かギィが顔を明後日に向けていることに気付く。しかも僅かに頬が赤いような…。
不思議に思い見ていると、
「………でも、俺を救おうとしてくれたのはありがとう。さっきも安心させようとしてくれて、ありがとう」
ぶすっとした表情で、かすかに耳を赤くさせながら聞こえるか聞こえないかでつぶやかれた声。だが私は聞き逃さなかった。
「っ!?」
思わず口元を覆った。
この子が…!感謝の言葉を言った。あの、道具になりかけていた子が、『ありがとう』といった。さっきでさえ無言だったあの子が!
多分これが、これこそが我が子の成長を喜ぶ母親の気分だ。
「…うーーん!可愛いなぁ、このやろー」
うりうりと抱き着くと、ぺいっと引き剥がされた。ぺいっですよ、ぺいっ。今のは私が悪いにしても少しひどいと思う。
ギィが「こいつ何なの」という目で見てきた。
「大丈夫?そろそろ本当に頭、心配なんだけど」
あっ違った。「キチガイやん」だった。そんなに私の行動おかしかったかな?
でも今はそんな辛口の言葉さえ、微笑ましく感じられる。
そう、この子はきっと――
ツンデレの猫なのだ!
うんうんと一人で頷いていると、何故かギィが引いたように見てきた。解せぬ。
「なんでそんな目で見てくるの」
「いや普通にキモ――」
取り合えずキックした。避けられたけど。
そんな私たちの会話を呆気に取られた様に見ている人物がいる。
「…え、ギィが、あのギィが誰かと軽口を言い合ってる。」
その小さな声は強化をしていない私には聞こえなかったが、ギィには聞き取れたらしく、嫌そうに眉を潜めた。
「軽口じゃない。そもそも此奴はお節介さん。それ以上でもそれ以下でもない」
地味に突き刺さるその言葉。ギィの声は淡々としているから、余計に冷たく感じる。
少しばかりのショックを受けていると、ギーアがにやにやした笑いになる。何でだろう。
「いいや、少なくとも俺の眼には楽しそうに見えたね」
「だから違うって」
「ふふふ、そんなマリー様の側近なんだぜ、俺。羨ましいだろう?」
「さっきから何?うるさい。あと全然羨ましくないし」
「うん、勝手に側近っていうのはやめようね?」
いつそんなの言った?
私のツッコミは見事にスルーされ、ギィの眉がピクリと動いた。
「…ま、オレには関係ないけどね」
ツンッと顔を背ける姿はまるで猫のよう。幼いころからこれはどうかと思うが、ありです。…可愛いなぁ!
これにギーアがにやりと笑った。嫌な予感がする。
「うりゃあぁ!」
「!?」
ギィに飛び交った。
おいいいい!?
背後から体重がかかり二人は仲よく転んだ。
ギィがすっごく怖い。ハイライトの消えた瞳でギーアを見ている。
「…兄さん、何するの」
「兄弟の仲がいいところを見せようかなと」
そういって私を見た。うん、こんなの考ええるまでもない。
にこっと笑う。
「仲が良いのはいいと思うよ」
「別に、そういう訳じゃーー」
「そうそう!俺らは仲がいいんだ!」
「兄さん、勝手に言うな」
睨んでいるギィに対してギーアは飄々としている。なんとも正反対な二人だが、とってもお似合いだ。例え顔が似ていなくても兄弟と言われたら納得できるぐらいには。
のほほんと兄弟の微笑ましいじゃれつきを私は見守った。
………
……
…
あれ?この光景すっごく既視感あるんだけど。
私は暫くして心の中に突っかかりを覚えた。
どこかであるといえば『恋音』だろうけど…ギィなんてキャラーー
「…あ。思い出した」
「急にどうした」
乙女ゲームのストーリー中にある、一人の暗殺者にあうイベント。あの暗殺者、ギィだ。絶対ギィだ。髪の色、目の色全て同じだ。
それに思い返せばこんな会話もあったよ。
『ほら、うらやましいだろう』
『煩い。あと全然うらやましくないから』
まるで先ほどの会話をリピートしたような感じだが、全然違う場面だ。
うん、今のようにギーアが突っかかって、あしらわれさらにじゃれていた。街中ですぐに戦闘を始めそうになるから仲が悪いのかなと思てたけど、このイベントを見て驚いたんだっけ。
それにしても、こんなところにも登場人物…モブだけど、まぁいたかー…
…いや、色々繋がりありすぎじゃない?私の周り、大体乙女ゲーム登場キャラが出てくるじゃん。
いやまぁ、ヒロインの近くで、その世界だからいるのは当たり前…という訳ではないけど、自然だけどさ。
「…なんで君たちいるのかなぁ」
「さっきから一人でしゃべってるぞ?大丈夫か?」
「兄さん、この人は会った時からだから諦めて」
「大丈夫、頭は正常だよ。だから主人にそんなことをいうのはやめようか」
何気に失礼な双子に窘める言葉を言いつつ、でも心の中では『らしい』と感じた。
変に敬語使われるのは嫌だ。対等な関係が一番望ましい。
ギィたちの関係も、このままであってほしい。
兄弟…それも双子だからこそ、葛藤もあるけど、分かりあえるところの方がはるかに多い。
同じ問題に行き当って、一緒に解決をしたらなんて素敵なんだろう。
何よりも、ギィとギーアの仲が良くなり、何でも言い合えるその関係がいつまでも続いて欲しいと思いながら、私は二人の仲裁に入った。