あの人
「またね」
煙に巻かれて消えた友人を見送り、シルフは指を鳴らした。
パチンッ
音が鳴ると同時、一人の音が姿をあらわす。
細身長身で一見鍛えてなさそうに見えるが、漆黒のローブから覗く腕は引き締まり、そうでないことを語っている。
突然現れた男は静かに口を開く。
「……やっとマリに会えて良かったな。」
「うんー!貴方も姿が見れてよかったでしょ?青龍。」
青龍。そう呼ばれた男はフードを取った。
黒から青にグラデーションをしている髪、狐のように細い目。この男こそが青龍であり、竜をまとめる竜王だ。
青龍は整った顔立ちを笑みに変える。
「あぁ。これでもかなり気にしていたからな。」
「ふふっ、リュウとして出てきても良かったのに。」
「それだと混乱するだろう。マリはしっかりとオレの場所を調べられる。その時にネタバラシと行こうじゃないか。」
「マリ怒るよ?」
「案外そんなことはなかったり。」
二人はしばらくの間談笑していたが、ふとシルフが真面目な顔になる。
「…ねぇ、マリは転生したって言ってたよね。それってーー」
その言葉に青龍も苦々しいと言う表情になった。
「…オレからもあの人たちから話を聞いてみる。転生は、神が何百万という中から選ぶからな。どんな意図をもってか、聞かなければ。」
「私もそうするつもり。」
シルフがすっと立ち上がり、夢の世界からマリーベルと話をするために出した椅子らを無くす。そして、自身を纏っている衣装を変えた。
露出の高かった服はまるで巫女のような赤と白のドレスになり、髪はサイドテールにまとめ上げられる。
「さて、そろそろ仕事しますか。」
シルフがちらりと視線を向ける。青龍は言いたいことはわかってると頷いた。
「お互い…」
「「死なないように」」
コツンとぶつかったこぶしを最後に、シルフの作り出した夢の世界は消え去った。
***
私はむくりと起き上がり、目を細めた。
「……。」
部屋が明るい。
無言で窓を見ると、輝かしい朝日が挨拶をしているように覗き込んでいる。太陽に顔を幻視した私は多分末期だ。
というか私どんだけ寝てた。
「…はぁぁぁ…絶対お父様心配したよ。あっでも誰か見に来たかな?」
ということを祈ろう。この物騒な世の中ではすぐに誘拐と勘違いされてしまうから。ほんと、生きづらい世界である。
「まあそれは置いておいて…」
私は夢を思い出し思わずニヤケてしまう。シルフが言っていた“あの人”。それは私にとってもシルフにとっても尊敬する方。…いや、今は知らん。だってシルフ神だし。
っていうのはさておき。あの人についてだ。
コードネーム“リュウ”
私が前世て初めて敬愛した方。同時に暗殺者の才能を持つ方。
前世誰とも関わらず、更に態度も雑だった私を懇意にしてくださった神のような…うーん、神父様のような人だ。いや、やっていたことは考えないでだよ?血に塗れた神父なんて怖いから。
なんて暗殺者界では不動のボス、また二つ名“暗闇”の名を持つ人間のような人間じゃないような人なのだが、人格は仲間を大切にするという本当に神様だ。
多分…というか十中八九シルフが言ったのはリュウ様だ。
しかし…
「…シルフ、リュウ様のこと青龍って言ってなかった?あと竜王とも言ってなかった?」
まさかとは思うけど、あの人まで神側なの?
…忘れてたけど私夢の神ーーモルペウスの使徒だっけ。
「うん?これ知られたらすぐに捕まらない?」
絶対囲われる。神の加護を受けた人を国が逃すはずがない。下町で暮らすなんて…無理だ。
自分の顔が青ざめていくのが分かった。
普通に暮らしたいのになんでこうなった。
「…いや、うんどうにかしよう。バレなければいいんだ。バレなければ。」
取り敢えず、本気で隠そう。
「あとは青龍についても調べよう。」
それで会いに行く。何があるかわからないけど。すごく嫌な予感がするけど!
一息つき、シワシワになったドレスを見て見ぬ振りをして部屋を出る。先程から空腹感がひどいのだ。
まっすぐ
だが食卓には誰もいなかった。
「…おうふ」
どうしよう。流石に昼まで…最悪おやつまでお預けは無理だぞ。
ちょっと固まった後、私は一つの場所を閃いた。
「そうだ!厨房行こう!」
少なくとも料理長はいるだろう。
踵を返して早足で歩きだす。貴族が住む家では、食堂から厨房までは少なからず距離があるのだ。そのせいで猫舌が増えたらしい。なんかの本で読んだ。
それより胃が痛くなってきた。あと少しで音がなりそう。それだけは耐えなければ。
階段を降りて一階の廊下を歩く。数々の扉を通り過ぎたところで、一風変わったアルミのような素材の扉が現れる。何も書かれていないが、ここが厨房だ。
緊張で息を飲み、ぐっと扉を押す。
お願い!私の希望は君たちにかかっている!
開けた瞬間私の視界にはーー
「…よっしゃ!」
我らの料理人がしっかりいた。後片付けをしているのを見るに、運び終わってすぐあとだろうか。
「…え?お嬢様?」
「今日視察に来るってあったか?」
「いや、それより…あのお嬢様がこのような場に…」
困惑した料理人たち。そして、その中でも若い方の青年が呆気にとられたように私を見ている。
微笑んで中に入ると、途端に厨房内が騒がしくなる。そりゃいきなり仕えている家の令嬢が来たら驚くわな。
「こ、こんな場所にマリーベル様が来るなんて!」
「床にある水を誰か拭け!」
「で、ですがお嬢様がいるので〜」
「あの、お願いがあるのですが…」
『なんなりと!』
うわぁ大人が一斉に頭を下げたぁ。すごい光景だなぁ。
思わず現実逃避してしまったが、本当に胃がピンチなんでここら辺でやめておこう。
「…実は、朝食を取り損ねてしまったので何か作って欲しいのですが…」
「………お言葉宜しいでしょうか?」
若い青年ーー料理長がおずおずと手を挙げる。ん?何だ?
「いいわよ。」
「その、お嬢様は席についていらっしゃらなかったのですか?」
「…そうよ。だから早く作ってーー」
ぐうぅぅぅ
誰かのお腹のなる音。だが、今このタイミングで当てはまる人物など一人しかいない。
全員と視線が私に向いた。さっと逸らす。きっと顔は真っ赤になっているだろう。
「……。」
「わ、分かりました!…おいお前ら今日の朝食のメニューをお嬢様に作れ!」
料理長の指示を下す声。私はあまりにも恥ずかしくて俯いてしまった。
ーーああああああ!穴があったら入りたいーー!!
この日一番の羞恥感を味わった。
長き待たせて短くてすみません…