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前世と今世

そう思ったところで私は目覚めた。

寝ていたのであろう。目を開けるとそこには、()()()()()()()()()天井。


夢で見たことが脳内で処理しきれなくて、呆然と天井を見つめる。


「…今のは?」


感じたことを確かめるように呟くと、思いがけず反応があった。


「お嬢様!目が覚めたのですか!?」

「え?」


聞き覚えのない声に、首を傾げる。

ふと隣を見ると、知らない顔(・・・・・)があった。


「貴方は…誰?」


回らない頭でも分かる。

寝ていた私に寄り添ってくれたという事は少なからず親しいはずなのだが、このような人は見たことがない。


「…お嬢様、今何と?」


お嬢様?違う、私は普通の市民で…ううん、それこそが間違っている。私はお嬢様であっている。

だけどこの人は…誰?


「いいえ、知っている。この人はリアナよ。…あれ?でも、そんな人いなく…私は誰?ううん、私はマリーベル私は…。」


混乱する私に、メイドの姿をした女性…違う。侍女のリアナは、私の頭を撫でた。

慈しみの手に目を細めそうになるけれど、すぐにまた赤の他人の顔に見えて、自然に体に力がこもってしまう。


それが見て取れたのか、女性は手を離すと姿勢を直した。


「病み上がりで混乱しているのですね…少しお休みください。今、旦那様方をお呼びします」


旦那様…っていうことはお父様?

理解すると、割れんばかりの頭痛が襲いかかった。頭を抑えたいのを堪え、笑顔を見せる。


「…ごめんなさい、少しの間一人にさせてもらっても良いかしら?」

「分かりました。…何か、様子が違う?」


最後の言葉はよく聞こえなかったが、そこを突っ込む前にそういってリアナは去ってしまった。


完全に一人。静かで時計の進む音しか聞こえないけれど、今頃は私が目覚めたというニュースが屋敷中に広まっているだろう。


次あったときどう対処するかと、冷たい(・・・・)お父様を思いながらベッドから降り、姿見を確認する。


どうしても、この放ってはおけない感覚が気になるのだ。


私であって私ではない、この分裂した意識と記憶。この正体が。


「足がとても短い。違う。いつもと同じ。…小さい身体。いや違う。いつもと同じだ。何を、私は思い違っているの?」


矛盾した考え。何かが混ざりかけているような感覚。絶対に異物が入り込んでいるのに、見つけ出すことができないもどかしさを感じる。


そんな風に自分を観察していたが、突然違う誰かに見えてしまう。瞬きをしたらすぐにその感覚は消える。でも、何度も向かい合っているはずの自分が、何故?


「……」


腰まで届く髪は白金に輝き、つぶらな瞳は青く瞬いている。六歳の年相応の身体つきはとっても柔らかく、まるでマシュマロの様。


どこか他人事な感想を思い浮かべながら鏡に手をつき、じーっと見つめる。


「…私は誰?ううん、私はマリーベル・ヒルディア。この国の公爵令嬢。今まで過ごしてきた記憶もある。だけどさっきの夢も記憶にある。…一旦整理しましょう」


混乱した頭ではよく考えられない。一旦離れよう。

本棚からノートを取り出し、羽ペンを手に取る。


「あれは私の記憶。愛が欲しかったけど、親を殺して処刑された時代の。だけど年齢も容姿も世界観も全てが合わない。だけど、記憶にある。ではあれが私だというの?…いいえ、私はマリーベルよ」


ループする考えに頭がおかしくなりそうだ。

頭を押さえながら、必死に夢について書いていく。


「少女の名前は…分からないわね。ううん、さして問題でもないから大丈夫。死因は処刑」


声に出しながら書いていく。そうでないとまた混乱しそうだった。

数十分間そうしていた。夢で見たこと、私の物だと思われる記憶を忘れないように、急いでまとめる。


一気に書き終え羽ペンを置き、屈伸した。


「…取り敢えず色々書いてみたけれど、先ほど夢で見たことが全て。記憶とも一致する。だけど、私はこの世界で生きていることは間違いない」


時間系列が違うことが起こりえるはずもない。そもそもが世界が違う。魔法の存在概念はあの少女の世界では存在がなかった。違う世界という解釈が正解だろう。


そして、あり得ないことを起こす理由として、一つだけ可能性があるのは――


「…転生って事かしら?ふふっ、本当に転生なんてあるのね。知らなかった」


要はそういうことだ。

息を吐き、ベッドへ潜り込む。


「…高熱にうなされて前世を思い出すってどこの物語よ。数作品しか読んでいないけれど。でも、どこぞの恋愛小説に出てくる悪役令嬢…み、た…い」


え?


ブワンと新しい情報が頭に入ってくる。

それは中学校の記憶だ。純粋に愛が欲しくて、期待されて、嬉しくて、裏切られて…その間の時間。

私は――乙女ゲームをしていた。

確か、かつて友人だった人からの紹介だったはずだ。愛という名前が付くものすべてが欲しかった私は見事にハマって…全クリした。


「いや、思い出すのはそこじゃない」


情報が更新。


登場人物やストーリーがまるで目にしているかのように思い出す。

一部欠けていながらも、大まかな事を思い出した時、私は呆然とした。


「…え、私の名前ってマリーベル・ヒルディアだよね?あの乙女ゲームの悪役令嬢と同じ名前…」


再び鏡をガン見。そうだ、あの乙女ゲーの『マリーベル』もこんな髪色で眼で…。

バサリと膝から床に崩れ落ち、重いドレスが広がる。


「『恋音』…登場人物の容姿も名前もよく当てはまる…。設定もまんま一緒だ…」


人殺しの罰なんだろうか?

また…また、誰にも愛されないキャラに転生させるなんて。


***


というのが三日前だ。

私は三日間の間に、本当に『恋音』…正式名称『恋の音は美しい〜愛に染まる花園〜』がこの世界なのかを確認した。

ネーミングセンスは私に言わないで欲しい。私だって意味も何も分かっていないんだから。


そう、そしてその間に私は一週間も寝ていたことが判明した。身体が痩せこけていなかったのは魔法や薬をフル活用したかららしい。まあ、大事な駒のためだから必死になるわな。


兎に角、私はキャラ設定と現実を調査した。


結果は幾つかを除いて、全てが一緒だった。こうも同じだと不気味に感じてしまう。


まず、メイン攻略対象の『クリス・リケイル』だけど設定通り王太子。双子の弟がいるというのも同じだ。何でも出来る完璧超人で、金髪青目と、容姿も完璧というのが売りだ。

前世では、そのテンプレな見た目と完璧超人とあり、ダントツで人気だった。一定の好感度に達すると、ヤンデレ化する。


次にクリスの弟、『キース』。双子の兄へ劣等感を抱いている。こちらの世界とまんま同じだ。兄弟の仲の悪さは国内では有名過ぎて、早くも派閥が分かれている。大丈夫か、この国。


いろいろ言ったが、キースは赤髪赤目、やる気のなさそうな目付きが売り。攻略すると甘々になって、前世で私が好きだったキャラだ。最初からヤンデレだけど許す。可愛いから。


そして暗殺者の『ギーア』。強欲を意味する名前の通り、彼はヒロインの全てを独占しようとする。

最終的には病むのでめっちゃ怖い。私はとっても苦手だった。多分、このこのゲームだけじゃなくて、愛の中で唯一苦手だった。


いや、ね?愛されているのは分かってとても良かったんだけど…攻略難易度の高さ故に、とってもバッドendが多い。ゲーム画面が真っ赤に(多分血しぶき)によく染まって、前世の私は悲鳴を上げていた。グロいのは苦手だったのだよね、私。


ちなみにこれは調査できなかった。だって暗殺者だから。無理無理。


あと三人いた筈なのだが…よく思い出せなかった。名前さえ出てこない。隠しキャラも含めると、総勢七人の攻略対象がいる。当たり前だけど全員美形だ。


「じゃないでしょう。驚いたのは私に既に婚約者がいる事ね。」


これだ。これがゲームと違っている。


ゲームの中の『マリーベル』は、六歳の時はまだ婚約者がいない設定のはずである。

何故いるのだろうか。特別な理由?それとも見初められた?…ってそんな訳ないか。転生する前の行動はゲーム通りの筈。

確かに、まだ幼いから過激なイジメ…それこそ毒とか殺人とかはしてないけど、蝶よ花よと育てられたから、自分でも認めちゃうけどかなり傲慢だった。


「でもゲームよりは幾らかはマシなような…ううん、自惚れるのはダメ。後が辛くなるだけ。前世で学んだはずよ」


時間が経つにつれ、経験や感覚が戻ってくる。それは辛いものばかりで、考え方が前世へと引っ張られる。


正直、私はもう愛に執着していない。私は愛されないから、そういう運命なのだから仕方がない。下手に求めて痛い目にあうのはもうゴメンだ。


…前世仕事の為に極めたナイフの扱い方とか身のこなしとかが、衰えてないのが気になるが。気にしない気にしない。私は今六歳なのだ。


「ふぅ、屋敷内の人は別人だと騒ぐし、父様と兄様も気味が悪いという目で見てくるし…嫌だわ本当に。」

「何が?」

「ひゃい!?」


突然声がかかり、文字通り飛び跳ねる。

声がした方を振り向くと、黒髪緑目の、私より少し年上であろう少年がいた。

…いや、緑じゃない。翠だ。

というかそこじゃないわ。

現実逃避気味に考えていると、侵入者は人懐っこい笑みを浮かべる。


「ねえねえ、君ってこの家のお姫様なの?」

「そうね、この家では姫よ。令嬢だけど。で、不法侵入で貴方を捕まえていい?」


私はにっこり笑顔を返す。少年も笑顔になってくれた。


「きゃ――――!どろぼーーむぐっ。」


叫んで助けを呼ぼうとしたら、慌てた少年に口を塞がれる。


ちょ、レディの口に軽々しく触れないの!


「ちょっ、叫ばないで!」

「むー!むー!」

「お嬢様!?」

「チッ、一旦ここを離れるか。」


少年は顔を歪めると、開いていた窓から飛び出した。

危ない!と叫びそうになったが、生憎口は塞がれている。いや、うん。すっかり忘れてました。


しかし私の心配などよそに少年は音を立てずに着地した。

…いや、それって人が出来るの!?

絶句してしまう。口を塞がれているのを忘れて、マジマジと少年を見てしまう。何モンだ。


「っ――!っ――!」

「だから暴れないで!何かするわけではないから!」


いや、流石に無理があると思うよ?かなり苦しい言い訳だよ。

ツッコミを入れている私は疲れているのだろう。状況を考えようよ。

…自分のコトダケド。


少年は外を走っていると、壁へ向かって腕を振る。袖から出てきたロープが屋根の突起部分の箇所に巻きつくと、たまたま開いていた窓へと入り込んだ。

…忍者ですか!?最早人を超えてません!?


盛大なツッコミを内心でしながら、私たちは床へゴロゴロ転がった。

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