今日は厄日だ、こん畜生!
すこし遅れました…すみません
「いつまで見ているのですか」
「ああごめん。…ってなんで私の考え分かってたの?」
「そうですよね?最初に聞くところ今言うのですか。…理由なんて単純ですよ。声に出てましたし。独り言の大きさでしたが…ってどうしたのですか」
「今すぐその記憶を消し去りたい…」
「怖いのですが!?」
リオンのツッコミは無視して、気持ちを切り替える。黒歴史も同時に消したい…げふん。
自分でも分かるぐらい真っ赤な顔を隠して尋ねる。
「自分の主人の婚約者が逃げようとしてどう思った?」
「無理だよなーって笑ってました」
「ガキめ。ぶっ殺すぞ?」
「いえ、どう考えて俺の方が年上ですしマリーベル様の方がガキでしょう。」
はっと口元を押さえた。
そうだった。相手が前世より年下でも、今の私は六歳なんだ!
…待て、今私のことガキって言ってなかった?おい、相手が誰か知っているのか?ううん?
「ねぇ、なんでちょこちょこ敬語抜けるの?私公爵令嬢だよ?」
「えー、だけど貴族って感じしないよ?…それとも…」
跪き、リオンは私の手を取った。ちょっと何が起こっているのかわからない。
そのまま私の手の甲にキスをした。
「こうして欲しいのですか?マリーベル様。」
その目は怪しく輝いており、気分が乗せられそうに…
「…キモい」
ならない。間違ってもない。
ついでに、怪しく輝いてもなかった。ただのノリだ。
「ねえ、君が敬語を使えっていったんだよね?何で俺が責められてるの?」
瞬時に手を払いのけ、ドレスで口付けされた手の甲を擦る。若干ショックを受けたような顔をしていたが、主人の婚約者に色仕掛けとか自殺行為だ。自業自得である。
引いた。普通に気色悪い。私が言ったけど、リオンに敬語は似合わん。
「分かった、変に敬わなくていいから。むしろ素でいて」
「なんか敬語を使いたくなる言い方ですね」
「マジでやったろか?」
「だから何故隠しナイフを持っているの?君令嬢なんだよね?」
もっともな質問だが、人生何があるか分からない。それに屋敷内には兄貴もいるのだ。護身として常備しておくぐらい問題ないだろう。
と思いながら構えていたナイフを仕舞う。リオンのジト目が気になったが、前世からの習性なのだ。…中二病って言うなよ!
「取り敢えず出てけ」
「はいはーい」
ふぅ、素直な所は良いね。それ以外は残念だけど。…小学中学年くらいに見えるけど、良く曲がってないな。嘘。曲がってた。それはもうに。
変なところが素直なのかな。ツンデレか?…あれはツンとは言わんから違うわ。
「…あれ?なんかアイツ用があったんだじゃないの?…まあいいや。どうせつまらない事だろうし」
***
「……あっ、要件言うの忘れてた。」
同じ頃、リオンも思い出していた。
しかし少しの間考えている素振りをすると、笑顔になった。
「うん、まあ王太子殿下の美貌に気をつけてというだけだったし。別に平気だよね。」
そう呟くと【跳躍】を使って屋根を渡っていった。盛大なフラグを残して。
***
「…お嬢、ディルドで御座います。」
ああ、今来たのか。…会話聞かれてなかったよね?
そうそう私は我儘令嬢として君臨していたが、この頃の態度のおかげで他人思いの麗しいお嬢までに進化した。…普通に生活しているだけなのに。何故だ。
息を吐きながら部屋へ通すと、いつものように無表情のディルドが見つめてきた。特に照れることはない。私はイケメンが好きなのではなく、一途に愛してくれる男が好きだからだ。正直見た目は四割ぐらい。
…え?それは少し低いだけだって?いや、私のリアナは“男なんて顔が八割”って言ってたよ?それに比べるとマシでしょ。ちなみに後の一.五割が財力で、残りの少しが性格諸々だ。
「…随分雰囲気が変わられましたね」
「へ?」
話しかけてきたディルドを見る。まさか聞いてたかと思ったが、どう考えても空気が違う。ひとまずは大丈夫だとこっそり息を吐いた。
だが、私の危機は終わらなかった。
「その気の抜けたような返事も。全ての言動が変わってらっしゃる。少し前までは異なる噂が流れていたというのに。…前の貴方様に戻ってくれないのですか?」
「…どういう事?」
本当に何を言っているのかわからない。
しかし、彼は僅かに眉をひそめて不満げに見てくる。正直、公爵と同等以上の貴族としての教育がなければ分からないだろう。
「私はその姿を見たかった。命令されたかった。ですのに…何故、急変してしまったのです?」
「あの、何を言いたいの?」
「私は…」
ゴクリと息を飲む。たとえその言葉がどんなに衝撃的であろうと、私は驚かない覚悟で聞く。乙女ゲームに転生したこと以上に勝る衝撃などないだろうから。
口の動きがスローモーションに見える。
「…私は、貴方様に理不尽な命令や暴力をされたかったのです」
……は?
「そのキツそうな目に冷たく睨まれたい。もっと早く動けとしばかれたい。私はそんな思いで応募しました。…来てみたら全然違いましたが…」
ふぅと溜息をついているディルドに叫びたい。
――君ドMだったのかよ!?
こんな感情をどこかに忘れてきたような男がドM!?…はぁぁぁぁ?
脳が全力で認めたくないと言ってる。事実、さっき何をいったのか忘れそうになっている。…それができたらどれだけ便利なことか…。
心のショックを整理するのに忙しい私は、固まった表情で恍惚の顔をしているディルドを見つめる。
……この世界、攻略対象たちを中心に変態しかいないのか!?マトモな人は居ないのか!?
「…え、本気?」
「私は貴方様に支えたい。ですのに…何故変わってしまったのです?」
「…私は人を見下して嗤う自分が嫌だったから、心機一転しただけよ。」
これ自分で言ってて痛いな。
色々な意味で精神的ダメージを受けていると、またノックをする音がする。
「…何でしょう?」
もう面倒は連れてこないでよ?
「マリー、王太子殿下が予定より少し早く着いた。今から迎えに上がるから、マリーも来なさい。」
「…はい。」
のぉぉぉぉぉぉお!
外で叫ばないから心の中で叫ぶよ!?…今日は厄日だ、こん畜生!
ヤケクソ気味になりながら、玄関へ向かう。すると、そこには目深に帽子を被った少年と、リオン。そしてあちらのお国王と王妃と、その他がいる。多分、怪しい少年が王太子殿下なのだろう。
最上の礼をとり、挨拶を済ます。
「「……。」」
二人とも無言だった。しかし、私を見ている目はさほど冷たくない。多分だが、私を見定めている。まあ、大事な婚約者だから、性格の悪い令嬢なんて嫌だよね。
次に多分私の婚約者を見る。
ゆっくりと帽子が外される。
私は呆然とした。その人とは思えない美貌に。キラキラと光を反射する紅眼と白銀の髪に。
「……。」
「お初にお目にかかります。イグルイ・リゾークフィルです。」
ニコッ
お互い微笑み…
バタン
私は倒れた。
「お嬢様ーー!!」
ディルドが叫んでる。珍しく慌ててるなーって現実逃避気味に考えた。だけどさ、無理だろ!あんなイケメンを見て失神しない方が無理だって!
視界の端には、少し傷ついたような少年と、頭を抱えているリオンの姿。それを見て私はこんな時でも、貴族の前だからしっかりしろと言いたくなった。




