手が滑ってナイフが飛び出ちゃった☆
「マリー?」
「いえ、何でもございません」
この台詞何回目だよ。
内心ツッコミながらも、少し見えてきた記憶を引っ張り出す。
今日は、確かヒロインと暗殺者の出会いイベントだ。まあ、選んだら、だけど。
…ヒロインちゃんよ、まさか暗殺者を選んだわけではないよね?よね?ギーアルートは周りをかなり巻き込むから切実に入っていないことを祈ろう。
脱線したけど内容だ。まず、まだ市民であるヒロインが、頭から流血しているギーアを見て、手当をする。嫌がっていたがヒロインは押し切り、ギーアの命を繋ぎ止める事に成功した。
さっすがヒロイン!医者なんて必要ないぐらい手当てが上手ですね!
んでそのあとギーアは礼を言って去り、ヒロインは知らない少年の美しさに、見惚れていた。
という具合だ。私はヒロインを尊敬する。大量の血を流している人を簡単に介護して助けるって、どんな特技だ。
あと美少年だったから惚れるって単純だって。チョロイン過ぎる。
だけど、本当にこのイベントが起こっているのか気になる…。誰かに頼むか?そうするか?
…………よし。覚悟を決めよう。
「…お父様、私部屋に戻ってますね。」
「ああ。二時間後に我が屋敷に来られるらしいから、それまでに準備をしていてくれ。」
あと一時間欲しかった。王太子殿下来んの早いて。
***
「…リアナ、お願いがあります。」
部屋に戻るなり、そう切り出す。
暗殺者――ギーアとの出会いイベントの確認は、私はリアナに任せるとした。というか他にそれぐらい信頼できそうな人がいないし。
「何でしょう?」
「今すぐ誰にもバレずに下町に下りて、誰か倒れている人がいないか見てきて欲しいのです」
誰にもバレないで…というのは難しいかもしれないが、私が一週間のうちに見つけた通路を使えば、そんな問題も解決だ。リオンとの出来事で、少し私も考えたのだ。偉いだろう?
だからそれも含めて説明したのだが、リアナは頷いてはくれなかった。
「そう致しますと、お嬢様をお守りする人が…」
「護衛は“ディルド”に任せるわ。彼、武術が得意らしいじゃない。」
ディルドは最近新たに入った私のお気に入りの執事だ。まだまだ若い青年であり、よく侍女達が黄色い声を上げているのを聞く。
まあ、イケメンあるあるで、全然女性に興味がないようだが。クールでも素敵と騒ぐ神経は全く理解できない。
ちなみに武術が得意というのは、お父様情報だ。護衛にぴったりだからという理由で採用されたらしい。今回は脳筋でなかったから良かったものの、もうちょい執事としての能力も見て欲しい。本当にそうして欲しい。
それから熱烈なプレゼンをし、先にリアナが折れた。
「分かりました…そのような者が居ましたら、連れて来れば良いのでしょうか?」
「いえ、何もしなくていいの。何か起こっているかだけ確認して欲しい。ああ、いなかったら構わないわ。そっちの方が都合がいいし。」
「…お嬢様、何か隠されてますね?」
…なんで分かったの!?
「な、なんのこことかしら?」
「凄いどもってますよ。…普段ならお気になさらない些末な事を、今日は焦っているように見えるのです。で、何を隠されているのですか?」
…さて、どうしようか。
じっとこちらを見つめているリアナを見返す。
…多分、今後一人で調査したりゲームのフラグを折ることは不可能だ。
同じ時間に、いくつかの出来事が起こる。一人では無理。
協力者が必要。
そして、リアナには言ってあげたい。私が私でないのだと。
言ってあげないと、最も慕ってくれているこの人に申し訳ないじゃないか。失礼じゃないか。
少しの沈黙の後、ゆっくり口を開く。
「……リアナ、これから私が何をいっても信じてくれる?」
「勿論でございます」
…なら、話そう。
少しまだ迷っていたのが吹っ切れ、深呼吸をして心を落ち着かせる。
「……リアナ、貴方は転生を信じる?」
「さあ?私は教会とてきた…相性が悪いので…」
「驚かない…は無理か。私は、その転生者なの。」
「え?」
「信じる?信じない?」
「いえ、お嬢様のことなら全て無条件で信じますが…」
それはそれでどうなんだろう。
そう思いながらも、私は乙女ゲームについて話し出した。
***
話を聞き終わると、リアナの顔は初めて見る驚愕の表情をしてた。なんか新鮮だね。
「…嘘…と疑っているわけではないですが…そんな事があり得るんですか…」
「それがあるらしい。私本人も信じられないぐらい、突拍子もない話だよね。まあ、だから私は貴方達が知ってる“マリーベル”じゃない。…ごめんね。」
しかし、リアナを首を振っていきなり強く私を抱きしめた。
…いや待て、呼吸できないのですが!?
「…私にとってはお嬢様はお嬢様です!少し変わられても、心優しいところは変わっていません!」
うん、すっごい嬉しいこと言ってくれているところ悪いけど、そろそろ息が…!
「り、リアナ…くる…し…」
「あっ、ごめんなさい!大丈夫ですか?」
「なんとか…」
巨乳、危険。
私の中に一つの箇条が生まれた瞬間だった。
「あっ、転生して以前の記憶がなくなったり…」
「それは大丈夫。過ごした記憶はあるの。」
「…なら、私との出会いの時も覚えてますか?」
真面目な顔で切り出される。
…え、出会いエピソードって…ナニ?
「リアナ…流石に幼すぎて覚えてないわ…」
「…あっ。」
よくよく考えてね?私、六歳。貴方…何歳?
……今気付いたけど、私リアナの事何も知らない。好きな色も本も、動物も人も歳も誕生日も。
「…リアナ、あなたの誕生日っていつ?あと何歳?」
「お嬢様、レディに歳を聞くのは…って冗談ですよ!だからそんな泣きそうな顔をしないで下さい!…今年の二月二十日で、二十歳になります!」
「わっか!?あと、誕生日まで一週間しかないじゃん!」
前世含めると私の方が年上だ!若いなぁ。
でもそんなに変わらないんだよなぁ。ついでに言うと、大体同い年の人と主従関係にあるんだよね…うわぁ嫌だなぁ。でも…これが普通の世界だからなんも気にしちゃいけないんだよねぇぇ!
しかして、次の誕生日で成人とな。これは盛大なサプライズを考えなければ…!
「いえ、お嬢様の方がどう考えても若い…って前世を入れると私より年上…なんですっけ?」
「そういうことよ。…まさか、まだ大人になっていなかったんなんて…」
衝撃の事実だ。
しかし、リアナは首をぶんぶん振った。
「やっぱ記憶大丈夫じゃないですね!?成人は十五歳ですよ!」
「あっ、そうだった」
そうだ、この世界はデビュタントは十歳。そして、十五歳で成人と見られる。成人扱いになったらそこで学園に入る。成人になってから学園何て色々おかしいが、そこは乙女ゲームの都合だ。気にしてはいけないのだ。
それに十五歳で大人。ここから全ておかしくなってるから、仕方ない。
それはともかく、一度常識をまとめ直しておこ。どっかでとんでもない間違いをしそうだ。
「…さっきから気になっておりましたが、今の口調が素なのですか?」
「そうだよ。公爵令嬢らしくないって怒らないでね?私の気質は一市民なんだから」
年を押すように言うと、何故かリアナは声を殺して笑った。どこかのツボに入ったみたいだ。どこが面白かったのか、全然分かりません。
「す、すみませっ…」
「…で、こっそり下町に“視察”へ行ってくれる?」
「勿論です」
切り替え早い。表情を変えるのが得意なのだろうか。…ひょっとしてどこかの令嬢だったとか?いやまさかね。流石にないか。
「私がお嬢様の側には、ディルドを遣わしますので。」
「お願いするわ。」
リアナが退室するのを確認して、私は最後の身だしなみチェックをする。うん、今日も可愛いな、この悪役令嬢。
そういえば、私の方針まだ決まってなかった。結構曖昧だったから、今のうちに決めておこう。
取り敢えず今世の目標は一つ。普通に暮らすことだ。手としては、婚約破棄をして一生を地味に過ごす。ちなみに一番の要望だ。まあ、公爵令嬢である以上許されないか。
もう一つの手は、前提を崩す。ヒロインを虐めて、庶民へ転落。だけどこれはリスクが高い。行きすぎると処刑コースになってしまう。
とすると、何が良いかな?
「誰かと駆け落ちをして逃げちゃえば?」
いや、それはダメだ。それは相手が可哀想過ぎる。まあ、逃げるというのはアリだと思うけど…
待って、今誰言った?
既視感を感じて窓を振り返る。そこには案の定いたずらな笑みを浮かべたリオンがいた。
「…ねぇ、勝手に忍び込むのやめてくれない?一応レディの部屋だから。もしも私が着替えていたりしたらどうするの。」
「自分で一応っていうのには笑えますね。自覚していたのですか?あと、万が一でもあり得ません。ガキの身体に興奮するほど困ってないんで。」
…こいつさあ、本気で殺したい。
「うっさい、毒舌従者。」
「…マリーベル様ってそんな辛辣でしたっけ?」
「あんたが素を見せたらって言ったからだよ。で、なんか用?」
「ああそうです。忘れてました。いやあ、マリーベル様と居ると一緒にバーー!?」
刹那、リオンは前に飛び出して受け身を取った。その頭上を一つのナイフが飛んでいく。
「手が滑ってナイフが飛び出ちゃった☆」
「明らかに殺意がありましたよね!?あと、なんでそんな扱いが上手いのですか!どう考えても令嬢の腕前じゃないですよ!」
「私普通の令嬢だよ?ナニイッテルノ?」
「全国のご令嬢に謝ってください!」
ぜーはー呼吸をしているリオンの様子は貴重だ。珍しい。
観察していると、ものすごい目で見られた。ちょっと目付きが怖かった、うん。