狂人
ずっと一人だった。
だから誰かに執着していた。
だから誰かに愛されたかった。
だから――
人を殺した。
目の前には口から大量の血が溢れ出した両親。
殺人に対しての後悔はーーない。
私は笑っていた。
「…え?」
今のは――?
***
私の名前はマリーベル・ヒルディア。この国の公爵令嬢だ。
リケイルと言うのが国の名前。国王は48代目だった筈。
お父様が宰相を務め、兄様が次期宰相。あと数年でもしたら代替わりだろう。
え?私は何をまっとうするかって?
それは決まっている。ずぅっと前から。
――他国へ嫁ぎ、貿易を盛んにすること。
相手の顔は見たことがない。一つだけ聞いたことは、当人の人格などの噂一つさえ流れない不思議な王太子だと言うこと。
だけど私は意義を唱えなかった。
一度も会ったことがないのに結婚するのはおかしいか?否。それが私の役目だから文句などない。
それに、貴族なら政略結婚など当然――だと思ってたのだが…。
しかし、最近は少しの不満があった。
理由は後ほど分かる。
現在六歳の私は、流行りの病にかかった。
大事な駒が倒れて、我が国は大混乱。世界で一番の腕を持つ医者を呼び、やっと治ったのだ。
その眠っている時に、私は夢を見た。
親に見向きもされないで、天才の兄と比べられていた少女の夢。
少女は十歳程だったが、やけに大人びていた。
しかし、私はこの夢に違和感を持った。
最初に見覚えがあるなと感じたのは、小学校のテストを返されていた時だ。
何故か点数を見て、まただ…という焦りを覚えた。
そして自分に疑問を持つ。
今私は何を思った?と。
次におかしいと思ったのは家族でご飯を食べている時。
少女の量はやけに少なかった。
私が思ったことは何だった?
哀れに思った?それとも同情?
違う。
ああ、そうだったな。私は出来損ないだから当然だな。
ここでも私は首をかしげた。
何故私は記憶にあるというような感想を持ったのだ。
場面が切り替わり、少女が中学生になった。
その時、兄は死んでいた。
自殺らしい。なんでもイジメがあって、耐えきれなくなったと。
その後、有り余るほどの期待は、当然少女に向いた。
――私たちの娘だからきっと出来るわ!
――学年のトップぐらい余裕で取れるさ!
少女は嬉しかった。救われた気がした。兄が死んだことを神に感謝した。
だがーーそんなものは一瞬だった。
何をやっても中途半端に終わる少女に、両親は段々と少女を冷めた目で見るようになる。
――あぁ、私たちの娘は出来損ないか
と。
少女は絶望した。
なんで?完璧でない自分がいけない?
――分からない。わからない、ワカラナイ!
段々と少女は狂っていった。
睡眠時間を削って、文字通り血反吐を吐くまで努力を重ね、僅か一年ほどでやっと完璧になることに成功した。
だが…一番欲しいものは手に入れることができなかった。
愛だ。
これでも少女には少数ながらにも友人がいた。
謙虚を人間にしたような少女の事情をよく知っている友人たちは、突然変貌した少女が気味悪くなり避けていった。
愛がほしい少女は追いかける。それこそどこへでも。
“元”友人らは更に嫌気がさし、本格的に無視をして、絶縁した。
全く埋まっていないパズルの様な少女は、こうなった理由が分からない。分からなかったのだ。
何故自分は愛されない?何故自分は天才でないのだ?
――愛されるにはどうしたらいい?
その答えが出ることはなかった。
何故か。それはその前に少女が死んだからだ。
いや、それとも答えを出すことさえ忘れたのかもしれない。
そして、私は死因を知っている。
――殺人罪で処刑された。
一人になってしまった少女は、愛されようと更に必死になった。
しかし、何をやっても愛されない。なら自分が存在する意味は?
ない。
少女は狂人と化した。
いや、死に物狂いで努力した時からかもしれない。
全部自分のしたいようにして。死ぬ気で励んでいた勉強も捨てて。
だけど親や教師はそんな姿をみて、勉強を強いた。
教師は嘆いた。どうしてだ。君は学校の優等生だったのに、と。親は自分の娘だから恥ずかしくないように振る舞いなさいと。
愛と自由を求めた彼女にとっては、強要が何よりも苦痛で発狂した。
それから時が経ち、少女は社会人になった。
だが精神は成長せず、勉強もまともにできなかった少女は次々に会社をクビになった。自分は何故できないのかという疑問を持ちながら。
ある日少女は母親の誕生ケーキに毒を盛った。違う。目薬を差した。
目薬には、人間が飲んだら毒になるものが入っている。 少女はわざわざ調べて、実践してみたのだ。
結果は大成功。
親は苦しみの中、死へと沈んでいった。
苦しませる存在がなくなった少女に対しては、最初の内は可哀想な子、という評判だった。密室殺人事件。そう
思われたからだ。
人々が心配する中、少女は笑うのに必死だった。全員が滑稽に見えて。自分のしたことに愉快な気持ちを覚えて。
だが、警察が調べ、毒殺ということが判明する。
そこから更に調べられーー少女とばれた。
その後はご察しの通り、少女は殺された。
処刑の日、最初は恐怖で震えていた少女は、笑った。
そう、笑ったのだ。
だって、愛をくれる親を手に入れたのだから。
自分の手で殺した。
それは自分の物になった。
手に入れたのだ。
親を。愛の象徴を。
今から自分は死ぬ。しかし、求めていたものは手に入った。
愛は、手に入ったのだ。
笑いながら処刑台に上っていく姿はその場にいた全員に恐怖をもたらした。
まさに狂人。狂った思考の持ち主。
その笑い声は、視界が暗転するまで響いていた。
…これが私の見た夢だ。
私は愛されたいから親を殺した少女の視点でずっと見ていた。
だから分かった。
――これは私の前世だ。