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第9話 ドラゴンから逃げたいんですけどどうすればいいですかね?

「ああああああ……し、死ぬ……。重い……。寒い……のに暑い……。」


俺の頬から垂れた汗が一滴、乾いた地面にしみ込んでいった。


――ピラー高原。高原でかつ整備された道だから気候的には非常に涼しいし進みやすいがやたらめったら重い俺の背中の荷物と木陰の無い地形とが格段に歩みを遅くしていた。成程この量の荷物を持ち運びしながらドラゴンから逃げ切るなんてのは到底無理な話だろう。商人共が手を焼くハズだ。


「死ぬなんて大げさな。ただ荷物運んでるだけじゃないですか。」


俺の隣で相変わらずのデカい鎧と盾を着けたエドがため息混じりに呟いた。


「街より空気薄いからしんどいんだよ! ってかテメーらがちょっとは手伝ってくれりゃ解決する話じゃねぇか!」


「一番移動系のスキルもってるのジャックさんじゃないですか。それに僕は装備品あるから手が塞がってるしルークは……荷物もないのにご覧の有様ですから。」


と言いながらエドが指さした先にはスライムもとい蕩けきったルークが倒れ伏していた。


「うぇ……寒いのに暑いし空気薄い……。」


「それはもう全部俺が言ったよ! ってか荷物も持ってないのに何でお前はへばってんだ!?」


どうやら引きこもりに山登りはしんどかった様だ。

行きはロバルト発の馬車でピラー高原を迂回していけたから気が付かなかったが、そういえばコイツ前の洞窟ダンジョン潜った時もグロッキーになってたな。


「な、なぁジャック……そろそろ休憩にしない?」


汗を拭き拭き、ルークが手ごろな岩陰を指さして言った。

出発して割と時間が経っているからもうちょっと進みたいところではあるが……それにしても疲れた。やっぱ休憩しよう。うん。右肩が痺れて感覚無くなってきた。


「……そうだな。うん。そうしよう。俺はまだまだいけるけどルークがどうしてもというから休憩にしようか。」


「えぇ? もう休憩にするんですか? 僕はまだまだいけますけど。」


空元気でも無さそうな感じでエドが不満げに口を尖らせた。


「何で逆にお前はそんな体力有り余ってんだ。」


多分訓練量と食ってるものの質が俺らとは違うせいなんだろうけど。

俺の言葉にルークがうんうんと頷いた。


「子供は元気なもんなんだよ。」


「あんまり子供扱いしないでもらえます? 特にルーク。貴方僕より断然自立できないタイプの人間じゃないですか。」


とエドはしばらくブツブ文句を言っていたが俺とルークが我先にと岩陰に倒れこむのを見て仕方ない、と言いつつエドも俺の隣に腰を下ろした。


「ふう……一旦腰おろすと一気に疲れますね。これだから休憩したくなかったのに。」


「それ疲れに気付いてないだけだからなぁ。まぁいいじゃねえか。疲れに気付かず大事な場面で急にぶっ倒れちまうよりも断然。」


「まぁそれもそうですね……。あ、水いります? ルーク。」


言いながらエドがへばって動かないルークに水の入った小瓶を差し出した。

ダラダラ汗を流しているルークが無言で小瓶をひったくると口の端から水が零れるのも構わず一息に飲み干す。


「面倒見いいんだな。……ナイスおかん。」


俺がサムズアップするとエドがちょっと照れたように無言で俺の肩を叩いた。

力が強くてものすごく痛い。これが暴力系ヒロイン……? いや男だが。


「誰がおかんですかだれが。……まぁ昔からルークの面倒よく見てましたからね。放っておくとすぐ研究に明け暮れて体調崩しちゃうんでこの人。」


エドがルークをジトッとした目で見つめながら言った。まぁオカンからすると子供が何かに熱中しすぎるってのは怖いものがあるんだろうな。わかるわかる。


「まぁ熱中しすぎる癖があるのは否定はしない。だが俺は研究もやめたくはない。」


ルークが開き直るように言った。いや研究者気質なのはいいんだけど作ってるの爆弾なのはいい加減やめない? もっと人類の発展に貢献できるような研究テーマないの?


「っつーより何で仮にも一国の王子のエドと研究者のルークに付き合いがあるんだ?」


いやそれでいったら半分お尋ね者の俺とエドに付き合いがあるのも他人から見たら謎だろうが。

なんも言わないから聞いてないけどエドって何故か冒険者やってたり結構謎が多い。


「あーそれは……うちの兄貴がエドの父親にお世話になっててな。」


と、ルークがなんでも無さそうな顔で言った。


「お世話になってるって……家族ぐるみで? そりゃ凄いな。」


という俺の言葉にエドは力なさげに首を横に振った。どうやらエドにとってはそうではないらしい。


「とんでもないです。寧ろグリフさんにはいつもうちの不甲斐ない父がお世話になってて……。」


どうもルークの兄はグリフという名前のようだ。どっかで聞いたことのある名前だが今一つ思い出せなかった。けど家族ごと王家の世話になっている辺りさぞ高名な人物なんだろう。ポンコツながらなんだかんだルークもかなり優秀な人間だ。きっと優秀な一族なんだろう。ルークはポンコツだけど。


「まぁそんなこんなで幼馴染なんだよ。……まぁジャックもそのうち会うことになるかもな。ウチの兄貴に。」


言いながらルークがおもむろに立ち上がった。どうやらもう完全回復したようだ。


「よし、ルークも復活した事だし日が暮れないうちに行くか。なんだかんだ今のところドラゴンとやらにも会ってないしな。遭遇しちまわない内にとっとと高原抜けようぜ。」


「「了解!」」





「うぇ……寒いのに暑いし空気薄い……。」


十数分後、ルークが再びスライムの様にドロッドロに蕩けていた。さっきより更に蕩けるペースが上がっている。全然回復してねぇじゃん。


「……というよりドラゴンが出るって言いだしたの誰なんでしょうね。さっきからドラゴンの気配どころかモンスター一匹出てこないですけど。」


と、エドが若干不満そうに言った。

どうやらドラゴンとの戦闘を楽しみにしていたらしい。俺からしたらドラゴンなんて戦えたモンじゃないから絶対に嫌だがドラゴン種なんて少年からしたら憧れの的だしな。気持ちはわからんでもない。


「……確かにな。っていうかホントにドラゴンなんているのか? さっきからモンスターの痕跡すらも無いぞ。」


と、ルークが地面を眺めながら言った。

確かに体重の重いドラゴンがいるならその痕跡がどこかしこに残っていてもおかしくはないと俺も思うんだが如何せん本当に何も無い。道は若干荒れてるものの整備されたままの状態だし草原も踏み荒らされた様子は無い。


「もしかしたらドラゴンなんて最初っからいなかったんじゃないですか? 幽霊の正体見たり枯れ尾花なんて昔から言いますし、他のモンスターをドラゴンに見間違えたとかあるのでは?」


「いやまさかあの意地汚くて用心深い市場の人間共がそんな見間違えるとは思えんが……それにしてもあのバカデカいドラゴン種のモンスターがこうも見つからんなんてことあるのかね。」


なんて話をしながら歩いていると、唐突に俺の足に何かが引っ掛かり蹴っ躓いた。


「おっとっと……。なんだぁ?」


「……がおー。」


俺が躓いた何かがかわいい声で鳴いた。どうやら小型のモンスターに足を引っかけてしまったらしい。

モンスターといってもここいらに生息している目線にも入らないレベルの小型モンスターは基本的に草食の穏やかなモンスターしかいない。別に焦る程の事では無かった。


「や、悪いな。なーんて、言葉が通じるワケ……。」


言葉が通じるワケもないが手を挙げて謝りながらモンスターを観察する。

かなり小柄なモンスターだ。普通なら相手にならないような小さな……


二足歩行、鱗ばった皮膚、口からチラチラ覗く鋭いギザギザの歯、胴体と比べて長めの尻尾、そして何より両肩に生えている小さな翼――


「ドラゴンじゃん!? コイツ、ドラゴンじゃねぇか!?」


「えっ!? ドラゴン!? どこですか僕のドラゴン!?」


俺の叫び声にエドが速攻で上空を向いてドラゴンを探し出した。


……ドラゴンがいるのは俺の足元だがな。

それに僕のドラゴンって何だ僕のドラゴンって……。


「なぁジャック。もしかしてこのちっこいのがドラゴンなんて言うつもりないだろうな。コイツどう見てもドラゴンって大きさじゃないぞ。」


と、後ろでルークが半ば呆れたように言った。まぁ確かにドラゴン種は幼生体でもヒトの体長を超える大きさがあると言われている。目の前のコイツは明らかに人間より小さい。見た目こそドラゴンっぽいがフェアリー種の成体だって言われても疑問には思わないほどの大きさだ。


「……確かに。リザード系の新種か? いや新種としても大ニュースではあるんだけど。翼生えた肩に乗るサイズのリザードって。」


と、言いながらそのリザード(仮)を俺が見つめていると再びソイツは「がおー」と可愛い声で鳴きながら両手を宙に挙げて威嚇をしている。何か頑張っている様子がまるでにゃーにゃー威嚇行動をするキャッコみたいで可愛い。残念ながら全く威嚇としての効果は無いけど。


「しかしこうして見ると結構可愛いじゃねぇかコイツ。ホレ、コッチ来いよ。」


と言いながら相変わらず気味の悪い笑みを浮かべるとルークがそのリザード(仮)に向かってしゃがみ込み、手招きをした。

リザード(仮)はそのつぶらな瞳をくるくるさせるとルークの方へトテトテと歩いていき、その大きな口を開け――


「あっつぅ!? 何でぇ!?」


――火を噴いた。俺に向かって。

何で? 普通そこはルークに向かって攻撃するよね? なんでわざわざコッチ振り向いて攻撃した!?


数日前に焼かれた部分と全く同じ部分を焼かれ地面に向かって荷物の重さに引かれ背中から倒れ伏せる。

――ブレス攻撃はドラゴン種しかしない。やっぱりコイツ、ドラゴンじゃねぇか!


「ブレス攻撃……! ルーク! やっぱりコイツ、ドラゴンですよ!」


と言いつつエドが剣と盾を抜いて俺をかばう様に前進すると、ドラゴンは急にエドの方を振り返り盾に向かって跳躍し頭から突進をくりだした。


「……っ!」


流石に小柄なだけあって体重も軽いのか、簡単にエドがドラゴンを盾で弾き飛ばした。

が、器用にも尻尾を使って弾き飛ばされた衝撃を殺し、反転する様に体勢を立て直すとエドに向かって再び高熱のブレスを先程よりかなり大量に吐きかけた。


「……うわ熱っつい!? ホーリーバリアっ!」


が、エドはブレスをものともせずパラディンの特殊技能を使ってブレスを完全に防いでいる。

普通のガード職じゃまず丸焦げになっているだろう。神の加護を得ているパラディンならではの防御方法だ。

ブレスが効かないと分かった瞬間にドラゴンも負けじとエドの剣に噛り付くと、振り落とさせようとかじりついたまま頭をブンブンと振り始めた。


「こ、の……!」


しかしその攻撃を読んでいたのかエドも剣を取られる前に頭を盾で殴りつけると同時に横っ腹に膝を叩き込む。


「がぉーー……。」


流石に結構な威力があったらしく小さな鳴き声を上げてドラゴンが道の端へと吹っ飛んでいった。

エド、正直舐めてたけどめっちゃ強いじゃん。


「いいぞーエドー頑張れ~!」


隣でルドリウムの国旗を振り振りしながらルークがエドを応援している。成程応援はナイスアイデアだ。手持無沙汰だし俺も応援やろっと。


「頑張れ~!! ファイト、エド!」


と、ルークに続き応援を始めた俺の方をエドが振り向き、そして悲鳴にも似た声で叫んだ。


「寝っ転がって見てないで手伝ってくださいよ!!」


「え? いいのか?」


「やっぱいいです! そこで見てて下さい!」


言いながらルークが懐から爆弾を幾つか取り出したのを見てエドがさっきよりもさらに悲痛な声で叫んだ。


確かにこの場面で範囲制圧力と威力のあるルークの爆弾を使われたら一溜りもないだろう。——エドが。


因みに一方の俺はと言うと俺は背負った荷物が重すぎて甲羅を逆さまにしたカーメの如く起き上がれないでいた。寝返りもうてなければそもそも手が地面につかないからどうしようもない。


今戦えるのはお前だけだ。頑張ってくれ、エド!


俺は涙目でドラゴンと対峙するエドに向かってサムズアップを送った。

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