第8話 ドラゴン攻略の準備をしたいんですがどうすればいいですかね?
「ふふんふんふふん~」
ババアの依頼の出発予定日の前日、金属の擦れ合う音と共にルークによって鉄球に様々な文字が刻み込まれていく。結構な夜更けだっていうのに金属音が気になって俺は全く眠れないでいた。エドは隣でぐっすりだが。
俺は全く魔術が扱えないので興味はないがこれが世界最高峰と言われる魔道具作製師の仕事ぶりらしい。流石に随分と勤勉だな。
ババアからやり手と言われて以来、ずっとルークはなにやら上機嫌に鼻歌を歌いながら魔道具を次々に作成していた。ルナが怖くてずっと隠れていたクセに褒められるや否や一睡もせずあの高品質の魔道具をこんだけ作りまくれるとは……どうやら褒められて伸びるタイプらしい。普段使っている剣や鎧の魔道具だってかなりの高評価を得ているだろうに爆弾タイプの魔道具を褒められたのがよっぽど嬉しかったんだろう。
っていうか爆弾なんて機械式で作ればいいじゃん。魔道具として作る意味ある? と前に聞いた時は得意げに個人で量産が簡単なのと世界で見ても魔術を爆発という形で扱えるのは俺だけであり、また魔術を使用して作成しているので信頼性が高いとか云々語っていた。どうやら爆弾作成はアイデンティティの一つらしいがアイデンティティにするにしてはあんまりな能力だ。
ただ、作っている魔道具がどう見ても全部爆弾なのだけは勘弁してほしい。普段の売り物みたいにちゃんとした装備とか作ってよ。俺の装備未だに適当に作った薄いアーマーと安物の短剣なんだけど。
短剣なんて料理に使ったり穴掘りに使ったりしているせいでもうボロボロだ。いや普通の人間ならそんなんに使ったりしないんだろうけどなかなかどうしてこれが結構便利なんだよな。
……エドの剣、かなり上等な物だし切れ味良さそうだな。今度魚捌く時にコッソリ借りてみるか。
なんて事をつらつらと考えている内にいつの間にやら2時になったらしい。俺達の泊まっている宿屋は消灯時間が確か11時だったから……かなり近所迷惑な話だ。
「おーいルーク。なんか随分上機嫌に仕事出来てる様で何よりだがそろそろ寝るぞ。これ以上の夜更かしは身体に障るし何より隣の部屋の奴から苦情が来る。」
「んぁ……んーー。まぁそれもそうか。まぁ寝る前に新作のアイデアだけ書き留めさせてくれ。忘れん内に。」
と、返事をしながらルークが数回眠たそうに欠伸をしながら伸びをすると、懐から取り出した手帳に何やら凄い勢いでアイデアをメモしだした。
「おいおい、凄い量だな。どんだけ実現してないアイデアが眠ってんだよ。どれどれ、見せてみろよ。」
と、ルークが書き込んでいるノートを覗き見るとやけに汚い癖のある文字がノート中にビッシリと書き込まれていた。あんまりに文字の密度が高すぎて気持ち悪い位だ。
「うーわ。ノートの使い方汚ぇな……。」
「わざと汚くしてるんだよ。このノート、魔道具生成の基礎的なコードを書き込んでるから俺以外の人が何書いてるか読めちゃうとこのノートを拾った時にアイデアがパクられちゃうだろ? まぁ俺のは見られた所で真似出来るヤツは居ないだろうけど、一応な。」
成程どうやらそういう事らしい。
流石に一流の人間は発想が俺とは違った。
……というよりルークの爆弾の生産方法が悪い奴らの手に渡って悪用されたらと考えたら空恐ろしい物がある。おお怖。
「成程な。……ってかドラゴン退治にわざわざ新作使わなくても、ほらこの前お前が使ってたクラスター君だっけか? あれ使っちゃダメなのか? アレとかかなり威力高そうだが。」
ちなみにクラスター君とはこの間俺が閉じ込められていた独房の天井を吹っ飛ばした爆弾だ。
どうやら大きい爆弾の中に小型の爆弾が複数個詰まっているモノらしい。少なくとも俺は聞いたことのない代物だった。なかなかどうして高威力な爆弾だったしアレなら討伐とまではいかなくても撃退ぐらいなら出来そうだ。
「あークラスター君は面制圧中心の広範囲殺傷能力に長けた爆弾だから今回みたいなドラゴン単体撃退みたいな使い方はしにくいんだなコレが。地形も破壊しちゃうしな。交易のルート破壊するわけにもいかないだろ?」
「おい待てなんで俺の救出に面制圧中心の広範囲殺傷能力に長けた爆弾を使った?」
「……。だから今回はこんな物を用意しておきました。」
うわ、ノーコメントだよこの人。
実験じゃん。完全に人体実験に使われてるじゃん俺。
「ででん。閃光君だ。」
ルークが懐からいつもの爆弾よりさらに一回り小さい、形の異なる爆弾を取り出した。
側面に大きく墨で「閃光君(仮称)」と書かれている。
「名前から閃光を放つ爆弾ってのは分かるが……。ドラゴンに効くのか? コレ。」
ドラゴンはブレスを吐く種のモノが大半で、ヤツらは自分の吐くブレスに目が眩んで落下しないように光彩が特殊な形状をしているヤツらが多い。そんなヤツらに閃光が効くとも思えないが。
俺の疑問にルークはニヤリと笑みを浮かべるとチッチッと舌打ちしながら指を振った。
「ドラゴンに光属性の攻撃が効きにくいってのは前から知ってたからな。でも閃光君はそこがメインじゃない。これな、起爆するとすごい音が出るんだ。」
と、言いながらルークがアイデアを書き終えたらしいノートを閉じた。
「音ぉ~? 本当に効くのかよそんなもんがドラゴンに。」
「そうは言うけど音って結構すごいんだぞ。試してみるか? 」
言いながら閃光君のピンを抜こうとしたルークを素早い動きで蹴り飛ばし、速攻で奪い取った。我ながら凄い反応速度だ。
「なにやってんのお前!? バカなのか!?」
見事に吹っ飛ばされたルークは机の角に頭をぶつけるとぐえとか何とか口から漏らし、そのまま白目を剥いて気を失った。
何してんだコイツ。本当に気でも狂ったか?
いや、狂ってんもんなコイツ……。教会行ったら脳ミソ治してくんねえかな。
ため息をつきながら気絶したルークの方を見ると、ここ数日で作った様々な爆弾がコロコロと幾つか懐から転がり出てきた。
煙幕君やねばねば君やら比較的安全そうな物から毒ガス君やら果てには頭蓋骨のマークだけしか書かれていないものまで十数個転がり出る。
……頭蓋骨のマークだけってなに?
「……まぁ、ここ数日頑張ってたもんな。今日くらいはゆっくり寝かせてやるか。」
と、俺が毛布をかけてやろうとルークに近づき上着を脱がしてやるとさらに十数個程の爆弾がコロコロと出てきた。
何個爆弾持ってんだよお前!
翌朝——朝食を作っている俺に起きてきたエドがふんわりと笑みを浮かべた。
「おはようございますジャックさん……。あ、何かいい匂いがしますね。朝食、ジャックさんが作ったんですか? 」
「あぁおはよう。今朝宿屋のバアさんからどデカいマッグロ貰ってな。朝からちょっと重たいかもしれんが刺身とご飯にでもしようかと思って。」
マッグロ——その名の示す通り、真っ黒な身と脂を持つのが特徴の魚だ。よく脂が乗っており、凄く美味い。けど凄く捌きづらい。
未だにガーガーいびきをたてながら寝ているルークを後目に食卓に刺身とご飯を並べていく。どうもこの世には魚の刺身をオカズにご飯を食べられない人種の人間がいるらしいが、言語道断不可能奇妙の得手不得手だ。エドがどうかは知らないがそんなヤツもし俺のパーティーにいたら刺身にして食卓に並べてやる。
「わぁ、美味しそうですね。ウチの料理人といい勝負なのでは? 」
幸いにもエドは何でも食べられる人種だったらしい。俺は抜こうとしていた刺身用の剣をこっそりと床に戻した。
「おいおい、魚一匹捌いただけだぞ。こんぐらいのことなら誰だって出来るし、ちゃんとした料理を作るとなると流石に料理人には適わんな。」
——それに今回は調理器具にも恵まれたしな。
俺が朝食を並べ終えると、エドが唐突にキョロキョロしだした。どうやら何か探しているらしい。
「ん? どうした? 何か探してるのか?」
「えぇ。ここにあった僕の剣、知りません?」
「あぁ、これの事か? 悪い、ちょっと借りてたぞ。」
と、言いながら床からエドの剣——ついさっきまで魚を捌いていた——を拾って手渡した。ちゃんと洗ってあるから多分バレないと思うんだけど。
「あぁ、盗られたとかじゃなきゃ全然良いんですけど。何に使ってたんです?」
「あぁ。ちょっとな。切れ味がどんなもんか試してみたくて。かなり切れ味良かったぞその剣。ちょっと長すぎるのが玉に瑕だが。」
俺の誤魔化しに違和感を感じたのかエドがちょっと眉を顰めた。
「一体何やったんです……って臭っ! あーもう魚臭い! もしかしてマッグロ捌いてました!? 僕の剣で!?」
残念。どうやら魚臭さだけは誤魔化しきれなかったらしい。
まぁ剣も役に立てて満足ってもんだろう。剣ってのは切らなきゃ意味無いからな。うんうん。
「アンタらが姉さんに紹介されたっていう冒険者か? よろしくな。」
「姉さん? ルナ……に依頼された訳じゃないしもしかしてババアのことか? お前ババアの事姉さんって呼んでんの!?」
数時間後――俺たちはピラー高原のふもとで馬車を操る商人二人と合流していた。
どうも結構大切な荷物を運んでいる様で商人達は顔すら見せない様に仮面をつけたりしている。
……まぁピラー高原迂回していけばドラゴンなんて関係ないのにわざわざ高度差の激しいピラー高原通っていく辺り運んでるのはロクなもんじゃないだろう。正式なギルドの冒険者に運び屋を依頼しないのも多分同じ理由だ。市場の闇に突っ込みたくはないからわざわざ指摘したり追及したりはしないけど。
「いえいえ姉さんをそんな風に呼ぶのは我々としても恐ろしいですから。確かに姉さんはもうかなりの高齢ですけ……ヒッ!? な、何でアンタがここに……!?」
何やらババアの陰口をたたこうとしていたらしい商人の一人が先程まで口に湛えていた笑みを崩して突然辺りをキョロキョロ見回しながらガタガタ震えだした。俺達の後ろを指さしながら真っ青な顔で何やら言っている。
「……? 何かいるのか? 」
……が、俺達が後ろを向いても何も居ない。
ルークやエドから見ても何も見えない様で二人とも怪訝な顔をしている。
「ち、ちがうんです姉さん! 私はそんな風に言うつもりじゃ、や、やめ……うわああああああっ!?」
と続け様に商人は何も無い場所に必死で謝ると真っ青な顔で唐突に何かから逃げる様に絶叫と共に何処かへ走り去っていった。
何? ババアこんなところまで来てる訳無いしアイツは一体何を見てんの? 幻覚!? ババアの幻覚なのか!?
いや、呪いの類かもしれない。あのババア俺が初めて知り合った時から本当に姿が変わってないから魔女である可能性も否定はしきれない。
一緒にいたもう一人の商人もまたか、とだけつぶやいて頬を掻いている。またっつう事は他の人間も同じ事やってるらしい。やっぱり呪いの類をかけられてそうだ。存外にルークと相性良いかもな。二人とも顔怖いし。
「まぁああいうのはいつものことなんで気にしないでくれ……。後で俺が回収しておくから。で、先に名前を聞いておいていいか? 本人かどうか確認する意味合いもある。」
「いつもの事なんですかアレ……。僕はエドです。エド・アルダマ。それとこちらがジャックさんとルーク・ランページです。」
と、エドが冒険者カードを握って差し出した手を握手と勘違いしたのか両手でガッシリ掴むと商人はキラリと光る金歯を覗かせて笑った。
「おお。姉さんから聞いてはいたが本当に子供が来るとはな。まぁ姉さんが選んだヤツらなら俺も安心して荷物を預けられるってもんだ。よし、じゃあ任せたぞ。しっかり中身に気を使って運んでくれ。」
と、言いながらいい笑顔で商人は荷物を纏めると帰る準備を始めた。
……帰る準備!? なんで!?
「ちょ、ちょっと待て!? アンタ着いてこないのか!?」
という俺の問いに商人はさも当たり前だろといった顔をした。
「そりゃ俺もドラゴンの住み着いてる場所にズンドコ乗り込んで行きたくはないからな。こんなのは冒険者のアンタらの仕事だろ?」
「い、いや待て待て待て。俺達馬車の操縦なんて出来るやつ居ないぞ。アンタが馬車を操縦してくれるんじゃないのかよ!?」
俺が商人の肩をガタガタ揺さぶると商人はちょっと面倒な顔でこちらを見つめ返した。
「馬車ってそりゃ、馬は市場の購入物だから俺が回収して帰るに決まってんだろ。バックパックはまぁ馬と比べりゃ安いから貸してやるけど、アンタら冒険者で力も強いんだから背中に背負って運んでくれよ。馬車で運ぶにしてはそんなに重くないぞ。その荷物。」
いやいやいや。だって普通の人間なら馬車で運ぶ様な荷物よ? いくら冒険者だからって重いものは重いと感じるワケで。
と困惑する俺を無視してどんどんと商人は馬から積荷をどんどんと下ろし、そして俺のポケットに引渡し証明書と書かれた魔術的加護のある紙をねじ込むと馬車に乗りこんだ。
「じゃあな。姉さんによろしく言っておいてくれや。」
と言うと俺達の制止の声も聞かず片手をフリフリ馬に乗ってもう一人の商人を探してどこかへ行ってしまった。
後には重そうな荷物を大量に搭載したバックパックが一つ。
「……なぁ。これ、誰が運ぶ? 」
おずおずと俺が尋ねると、ルークとエドは全く同じタイミングで俺の方をじっと見つめた。
俺かよ! 俺にコレ運べってんだな!いいよやってやるよ薄情者どもめ!




