第6話 感動の再会をしたんですけどどうしたらいいですかね?
「さっむ……いのに夏みたいに湿っぽい……」
カン、カンと石同士をぶつけ合う音と地面に溜まりまくった泥水の鳴らすぴちゃぴちゃという音が独房内に響く。
独房に放り込まれてから数日、俺は特に裁判にかけられることもなく、かといって誰とも会うことも無くひたすらに脱出するための穴を掘り続けていた。
幸いにも独房は地下に作られているらしく全体が大小様々な岩でおおわれており、その周りを土で覆い隠したようなものだったから音が外に漏れることはないが、それでも殆ど何も見えない独房で一人いつ来るとも知れない見張りに怯えながら脱出経路を掘っているのは気が狂いそうなほどの緊張感がある。
精神面はまぁともかく、衛生面も酷い。
光は一切ない癖に床に泥水が溜まるせいでいつでも冷たい。その上トイレも無いからいつでも最悪な臭いがする。水にはプカプカ虫の死骸やら何やら浮いてるし、到底人が数日と生きられる環境では無い。
外で今日もにぎやかになっているであろう街の喧騒は生憎と全く届かないのでだんだんと独り言で無音を誤魔化すのも癖になりつつある。何で俺こんなひどい目にあってんだマジで。
「もう、ちょっと……オラッ!」
気合の声と共に先ほどから執拗に打ち続けていた岩に思い切り石をぶつけるととうとう大きめのヒビが入った。これでようやく岩の層もある程度壊し抜けられる様になったな。後は固有スキル使って土を頑張ってバレないように一晩のうちに掘り返して逃げるだけだが……
「ハ……ア……。つ、疲れた……。今日はもう、やめとくか……。」
言うが早いか疲れ切った体から力が抜け、気付けば倒れ込む様に大の字に泥まみれの地面に寝転がっていた。
硬くて冷たい岩の感触と土混じりの泥水が背中に伝わってくる。本当に環境が最悪すぎる。捕らえた人間を生かしておく気ないだろこんなん。それ以前に俺まだ有罪判決もらってすらないぞ。
「そういえば昨日メシ運ばれてきてなくないか? いや、昨日どころか一昨日も飯無かったような……それとも時間感覚が無くなってきてるだけか? えっと、俺がここに連れてこられてからひぃふぅみぃの……」
グゥ、と鳴る腹をさすりさすり何日か指で数えたが結局わからないのでやめた。
まぁ少なくとも5日は経ってるよな……。
いつの間にかメシを運んできていたオッサンも来なくなってしまった。何が起きたのかはまだよく分かっていないが、少し前に凄まじい大雨が降ったのか独房内に雨水がシャワーみたいに降り注いできた時以来メシが来ない所を鑑みるに、飯を運ぶ交通が雨で遮断されたのかもしれない。
こんな所に人を閉じ込めておきながら無責任なヤツらめ、とちょっと憤りを感じないでもないが、まぁこれはこれで見張りが来なくて好都合だし、何より没収された手荷物からコッソリ持ち込んだ俺特製盗賊の七つ道具の一つ、万能食(泥まみれ)がまだ数食分残っているので餓死する事もそうないであろうから寧ろラッキーに思うべきなのかもしれない。
「いや、ラッキーではないな……少なくとも爆弾魔と出会ったのはマシで不幸だぁ……。」
今日何度目か分からないため息をつき、暗闇の中であの悪魔どもの顔を思い浮かべる。
想像の中ですらニヤニヤしやがって、テメーらのせいで俺は今こんな悲惨な目に合ってるっつうのに。ムカつくぜマジで。
「しっかしアイツら、何してんだろうなぁ今頃……」
別の所に連れていかれていたせいで今何をしているのかさっぱり分からないが、思えばギルド所属もしてないし変なヤツらだった。
片やガキの癖に才能もあるし何よりかなりの金持ち、もう片方は賢者兼有名魔道具作成師。
ほかの街と比べて周辺のモンスターがかなり強いため、この街は実力至上主義的側面が強い。その辺を踏まえると……
「アイツら、釈放されてねぇだろうな……。」
正直あの爆弾魔一行が冒険者ヅラして堂々と街中を闊歩されるのは傍迷惑だし俺だけ犯罪者扱いは本当に不服なので一生監禁されていてほしいが、まぁ無ぇだろうな……。
なんてことを考えながら目を閉じていると、独房の丁度真上から何やらカチリと設置する様な音と機械の鳴るような電子音が聞こえた。
常人なら外やこの独房からの音はまず聞こえないが、どうやらシーフのスキルのお陰でギリギリ小さく聞こえたらしい。キチンと柔らかい土の層を音が貫通してきた事を考えるとどうやら地面に何か埋め込んだみたいだが……
「……何だ? まさかタイムカプセルでも埋めに来たって訳じゃあるまいし……。」
果たして俺の脱出を防ぐための何らかの装置でも埋めに来たのか。……俺一人の為に? それこそ有り得ない話だ。だいたいそんな事する前にメシ持ってこいよ。まだ罪人でもない人間が死にかけてる所なんだぞ。
なんてことをのんびり考えているとドン、というかなり大きな地響きが頭上から鳴り響いた。……え? 何このとんでもない衝撃は。
「え……ちょ、ちょっと待て!? 独房取り壊しでもするつもりか!? 俺まだ中に居るんだぞ!?」
俺の心からの叫びを他所にさらに、ドン、ドン、と立て続けに二発地響きが鳴り響く。
何事か天井を見上げるがパラパラと細かい石と埃が落ちてきているだけで特にどうといった変化はない。
間違いなく、この衝撃は中にいる俺ごと天井を破壊しようとしている。重ねて最悪な事に中の俺の声は外にいるヤツに届かない。中に人がいると知ってこんな酷い事をするヤツは居ないだろうからきっと俺の存在を知らずにぶち壊そうとしてやがる!
「ま……じでヤバいッ!? 逃げないと!」
穴。そうだ穴だ。既に俺の壊していた地面には岩の部分が無い。今から崩落までの間に何とか土を掘り返して逃げないと──
と、逃げようとした俺の足の上にとうとう崩落し始めた天井が降り注いだ。幸いな事に足が潰れる程の重量の物じゃなかったが、見事に瓦礫の隙間に足首が埋まって抜けなくなった。
「う……うわああああああああッ!? 抜けない! 抜けないよコレ! 嘘だ嘘だ嘘だ!?」
俺の人生始まって以来の恐怖を感じた。
これは本当にマズい。何がマズいって、こんなにピンチなのに頭だけ妙に冷静になっちゃってるのがマズい。これ、死の直前に変に冷静になっちゃうヤツだ!
「クソ、何やってんだテメーーーーッ! 末代まで呪ってやるからな!! ちくしょう、覚悟しとけよコラアアアアアアッ!」
ありったけの力を込めて天井にいる何某かに向かって叫ぶがその声をかき消す程の大音量でさらに爆発が起きた。
とうとう堪えきれなくなってきたのか、独房全体がミシミシという軋む音と何かが砕ける音で満たされている。
「く、クソ、こんのバカ野郎共がッ! てめぇら、絶対許さねえからなァーーーーッ!」
──とうとう天井がガラガラと崩れだし、大小様々な瓦礫が見事に俺の上に降り注いだ。
「おー、流石俺。キレイに救出出来たなぁ。」
その男は、随分と明るい口調で言った。
牢屋は寒いのに額をつぅ、と一筋の血混じりの汗が流れ落ちた。
俺がチマチマ掘ってた穴なんか比較にならないくらいの大穴から真っ暗だった牢屋に光が差し込む。
どうして……
「どうして……お前がいるんだ!?」
逆光の中俺の努力を全部無駄にした男は瓦礫の下敷きになって動けない俺を見下げると、ニィ、と口の端を歪めた。
「大丈夫か? ……助けに来たぜ。さぁ、手を出せよ。」
男──爆弾魔が大穴の空いた天井からこちらへ向けて手を伸ばしていた。
「お前のせいで折れてて腕伸ばせないんだよ!」
「はっぐ……むぐむぐ……うめっ、うめっ……。」
救出から数時間後、俺は何処かもよく分からない豪邸にてやたら豪勢な飯をかっくらっていた。
俺をここに連れてきた張本人──エドはというとそんな俺の事を見つめてはしきりに嬉しそうにニコニコした表情を浮かべている。
「イセービとダイオーカのスープでございます。どうぞ、お坊ちゃんもご賞味下さいまし。」
俺が食事の数々を平らげるや否や厨房から出てくるシェフの面々によってさらに多くの食事が食卓に並べられていく。どの料理も本当に繊細な味付けをされており、頭がクラクラする様な感覚さえ覚えた。
──やべ、涙が出てきた。いくら万能食があるとはいえ泥だらけだったし美味いとはお世辞にも言えなかったからなぁ……。
「な……なぁエド。これ、好きなだけ食っていいのか!?」
と、幸せ過ぎて不安になった俺が聞くとエドはさながら天使のような笑顔でゆっくり頷いた。
「えぇ。好きなだけ、今まで我慢した分まで食べて下さい。」
「むぐ……うめ、うめ……。」
エドの答えも聞かず、口が火傷するのも構わずさらに目の前の皿の中にある物を全部掻き込んだ。温かい飯だ……たまらん……。
「なぁエド……こういう絶食してた人ってすぐに大量の飯食っちゃダメなんじゃなかったか?」
と、見た目と言動の割に思ったよりもテーブルマナー良く飯を食べていたルークが呟いた。
「なんだテメー、そんな事言って俺の飯の時間を邪魔するつもりか? 大体テメーのせいで俺は捕まって絶食させられてたんだっつーの。」
と言いつつ俺が睨みを効かせるとルークはサッと目を逸らし、ハンカチで額の汗を拭った。
「い、いや、それは悪いと思ってるって……。だから助けに行っただろ。」
「助けたっつうか被害を拡大させたっつうか……。まぁいいや。で、なんであんな事したんだ? と、いうよりなんで俺達こんなにのうのうと飯食ってられるんだ?」
あぁそれは、と言いながらエドが水を一口に飲み干すと、顎に手を添え、ニッコリとこれまでの笑顔とはまた違った金持ちスマイルを浮かべた。
「まぁどうとでもなりますよ。それくらいなら。」
「うっわ……予想はしてたけどお前ら貴族共が普段どんな生活してるかよく分かるわ……。」
どーせ金で解決でもしたんだろう。最悪だな本当に。
「まぁいいじゃないですか。街付近に蔓延る上級モンスターをまとめて駆除したと考えれば。幸い怪我人は貴方だけですし回復薬使えばスグ回復したじゃないですか。冒険者なんだから。」
「成程な……確かに回復薬があれば今食いすぎで腹壊しても何とかなる、か。」
何とかなるじゃねーよ。
結構高いんだぞ、回復薬って。それをホイホイ腹壊した位で使うだなんてよくやるよホント。
「それにまぁ、あぁやって独房の上を爆破したのにもちゃんとした理由はあるんですよ。」
「理由……?」
「えぇ。3日ほど前に大雨があったでしょう? あの独房、山間にあったせいで土砂崩れで入口が塞がっちゃったんですねぇ。食事とかも全く届かなかったでしょう? だから大急ぎで救助出来るようにルークに作ってもらったんですよ。爆弾。」
言いながらエドがルークに目配せすると、ルークは得意げにポシェットから白くて丸い小型の何かを取り出すとコロコロと机の上に転がした。
「うん。俺特製、新作のクラスター君だ。」
「人がいるっつーのに爆弾を使うなバカ!」
後爆弾に名前付けんな。それと食卓で爆弾を出すな。誤爆したら終わりじゃねーか。
「でもまぁ大丈夫でしょう。冒険者ですし。」
生まれてこの方冒険者である事をここまで後悔した事は本当に一度もない。
いくらすぐに治るからといって腕折れた程の事故を大丈夫ですませるって冒険者の命軽すぎない?
「まぁそれと、そもそもあの監禁自体違法でしたからね。どうもギルドの方が凄く貴方を捕まえたがってましたけど、何かしたんですか?」
「あぁーギルドか……。やらかした思い出しかないし当たり前だな……。」
思い返すと盗みやらダンジョン破壊やら何やらやることやってんなー俺。そりゃあんな監禁もしたくなるってもんか。
「既に脱出の目処がたってた所とか、どうやったのか知らんが万能食持ち込めてた辺りアンタ相当手馴れてるよな。」
と、ルークがこちらを見た。単に興味があるといった表情で別に敵対しようとしている風な雰囲気でも無い。
「あぁ、そりゃまぁ仮にもシーフだからな。シーフでも無いヤツらに俺のコッソリやった行動はバレないだろうて。」
「いや、それにしても……いや、別にいいんだけどな。アンタがギルド追放されてる身なのは端から分かってた事だし。こうしてよく見ると顔も悪人面してるわ。」
てめーの方が絶対悪人面だわ。ギザ歯の癖に。
「ま、俺のここ数日の行動は大体分かっただろ? 俺の行動はともかくとして……どこだここ?」
言いながら場所を特定しようと窓からキョロキョロと辺りを見回すが、どうも街から離れた所にある森の中らしく、人の活動している様な形跡が全く見られない。
さっきから召使いっぽい人が何人かいる辺りで何となく予想はついていたが、装飾や家具の豪華さを考えるとエドの家っぽい。
「あぁ、ここは僕の別荘です。」
残念、家じゃなくて別荘でした。
まさかこのレベルですら家じゃないとは。俺なんてそもそも家無いんだぞ。……いや、無くはなかったんだけど、仮モンだったからついこの間追い出された。
「別荘……って随分豪勢だな。普通の貴族でもこんなに大きな別荘持ってる奴なんて居ねーだろ。」
「ま、そりゃな。エドはそこいらの貴族とは訳が違うし。」
と、ルークがエドに代わって答えた。
「訳が違うって……どういうことだ?」
「あぁ、それは僕がルドリウム国王子だからですね。」
俺の質問にエドはしれっと自慢でも無さそうに言った。
ルドリウムと言えば今俺が拠点としている街──ロバルトを含む小国だ。
周辺に生息するモンスターが非常に強いロバルトを守る為に作られた程度の国だから大国と比べると本当に大した事ない小国だが──国は国。
なんだこの王子。今まで身分隠してやがったな。
ってかなんで冒険者なんかやってんだ。
まぁ、何にせよ──
「今まですいっませんでしたぁぁぁぁぁぁーーーーっ!」
今までただのガキだと思っていたけどまさかそんなに権力にベッタリのクソガキだったとは。
俺コイツに今まで何言ったっけ? また逮捕されたりしねぇよな?
さしもの俺も巨大な権力の前にはあまりにも無力だった。いくら王子に狼藉を働いたからといって指詰めたりするのは流石に嫌すぎる。
そんな恐怖心に駆られて必死に床に額を擦りつけている俺の肩に手を置くと、エドは相変わらずのニッコリとした表情でこう言った。
「えぇ。全然それぐらい大丈夫ですよ。……僕達と今後もパーティーを組んでくれるならね。」
……どうやら悪魔共から逃げられそうにないな。
悪魔は逃がしてくれないから悪魔だっていうのを改めて思い知らされた。
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