第5話 俺達、逮捕されたんですがどうしたらいいですかね?
「——て……。……て下さい。」
ゆっさゆっさと身体を揺り動かされる。
なんだよ、もう。うるさいな。俺はもうちょい寝たいんだ。寝かしておいてくれよ。
……頭痛いな。何で頭痛いんだっけ?
ぐわんぐわん揺れる頭を振って、何があったのか思い出そうとして——やめた。
何か嫌な予感がする。思い出さない方がいい気がする。これは全部夢だ。きっと起きたら頭の痛みも全部無くなってるハズだから……。
俺を揺り動かす手から逃れようと寝返りをうつと、ズキズキ痛む頭だけじゃなくて顔面にまで熱い痛みが走った。
何だこれ? 何で俺こんな満身創痍なんだ——
——何とかこれまでの経緯を思い出そうとした俺の脳裏に大量のミノタウロスに追いかけられる映像と、それを全部一瞬にして呑み込むダンジョンの大崩落、そしてそれを見て狂ったように大爆笑する男の光景が浮かび上がった。
「うわぁぁぁああああああっ!? 何だッ!?」
「うわッ!? ちょっ、ビックリさせないで下さいよ。……おはようございます。いえ、こんばんはの方が正しいかもしれないですけど。」
飛び起きた俺の顔を心配そうな顔をしたエドが覗き込む。
空を見上げるといつの間にか真っ暗になっており、俺の目の前には焚き火とテントといった簡易的なキャンプが作られていた。
辺りは一面鬱蒼と生い茂る木々に覆われている。
確か俺は洞窟型のダンジョンにいたハズじゃなかったか?
「あ、れ——何で外にいるんだ? ダンジョンはどうなったんだっけ? 」
何か凄くショッキングな光景を見たような……と、いうよりルークはどこに行ったんだ?
なんていう疑問が次々と思い浮かんで頭がこんがらがる。未だに頭がズキズキと痛んでいて、全部思い出すにはまだちょっと時間がかかりそうだった。
「……悪ぃ。やらかしてしまったかもしれない。」
暗闇からヌッと真っ白い顔をした引きつった笑みを浮かべた男が顔を出した。
……ルークか。正直滅茶苦茶ビックリした。最早モンスターじゃない、物語に出る様な幽霊なんて信じる様な年齢でも無いがそれにしてもびっくりするのはびっくりする。
「やらかしたって……何が起きたんだ? イテテ……。」
痛む頭を押さえ、立ち上がる。相変わらず視界はフラフラだが、足や手の骨が折れているといったことは無さそうなのが幸いだな。
何をしていたのやらとルークの後ろを覗き込むと、地滑りでも起こしたみたいな土石の山が積み上がっている。もしかして地滑りに巻き込まれたのか? いや、それにしても局地的すぎるし転がっている岩の破片が細かすぎる。と、いうより本当にここは何処だ?
聞きたい事は幾らでもあったが、俺が口を開く前にエドがやれやれといった様子でため息をつき、何やら話し始めた。
「やらかしたっていうか……はぁ、やらかし過ぎですよルーク。」
エドがルークをじとっとした目で見つめながら再度ため息をついた。ちょっとむくれている。
そんなエドを見て、ルークの元々白かった顔がさらに白く、青ざめた感じになっていく。何をやらかしたんだコイツは本当に。
「で……ここはどこなんだ? 頭を打ったせいか知らんが何か記憶が曖昧で思い出せないんだが……。多分ここ、ダンジョン前の森だよな。ダンジョンは何処だ? モンスター共はどうした?」
と、いう俺の質問にルークは半笑いのままオイルの切れたロボットみたいにギクシャクした動きで後ろの瓦礫の山を指さした。
「……ん? どういう事だ? 」
何か聞きながら嫌な予感がプンプンしてきた。
聞くな。こんな地盤もしっかりしてる場所で地滑り何か起きるハズない。絶対にこの先の言葉は聞かない方がいい——!
と、いう俺の本能のお告げも無視して俺の鼓膜はその振動を聞き取り、脳ミソは意味のある言葉として理解してしまった。
「——これ、ダンジョン。」
「……は?」
いや、待て。そんなハズは無い。俺達が目指していたダンジョンは洞窟型の物で、間違ってもこんな瓦礫の山じゃないハズだ。
……なんて現実逃避しようとしたけどルークの言葉にちょっと思い出してしまった。
そう、確かゴブリンを焼却した後、俺たちの暴れる音を聞きつけて次々とモンスター達が集まってきて
「だから、これがダンジョン。」
その中にミノタウロスの群れもいて、リーダー格っぽいヤツをルークが爆破焼却したら
「嘘だろ……?」
子分らしき十数体のミノタウロスの群れに囲まれる事になって
「嘘じゃない。戦ってたらテンション上がっちゃってやってしまった。」
——そして、ルークがダンジョンを爆破した。
「な——何やってんだこのバカーーーーーッ!!」
人生生まれて以来の怒声が出てしまった。新記録おめでとうございます。
……皆、今までありがとう。
どうやら俺はこの先牢獄の中で過ごす事になるらしい。
俺の悲痛な叫びは森の中にこだまして、誰にも届くこと無く消えた。
冒険者によって発見されたダンジョンは基本、発見した冒険者の所属するギルドの管理する物として扱われる。仮にギルドに所属していない冒険者が発見したとしても、何処かのギルド側から認知されるまでは正式にダンジョンとして登録はされない。
所属する冒険者では手に負えない様な危険なモンスター共が潜んでいる場合のみ、他のギルドから優秀な冒険者が派遣されてくる様なレアケースがあるとは言え基本的にダンジョンはその発見者の所属するギルドの物、という冒険者の法がある。
だから、ダンジョンはギルドの皆のものだ。
当然俺のようなギルド所属じゃないヤツの入っていい場所じゃないし、それを傷付けるような真似をするなんて以ての外だ。そんな事をしたヤツはギルド所属であったとしても相応の罰が課せられる。
幸いにもダンジョンを濫りに破壊してはならないなんて法が国から出ているから独立市場の様にギルドの冒険者達の私刑——大抵死ぬより恐ろしい——に晒される事は無いだろうけど、それでも罪は罪。……つまり何かしら罰を受けさせられる。
「嫌だーーーッ! 牢屋は嫌なんだーーーッ!!」
「うるせェ! 静かにしてろ!」
縄で繋がれた俺の両手をやたらゴツい男——この前の公園で会ったオッサンに叩かれた。
妙に余裕のあったエドと爆破の威力に愕然とするギルド冒険者の顔を見て得意気にしていたルークはいつの間にやら何処かへ連れていかれてしまっている。
……つまり、助けは来ない。
オッサンの靴を舐めて許してもらおうとしたが、靴を舐めようと舌を出したら「汚い」と切り捨てられた。
汚くないよ! 少なくともアンタの泥まみれの靴よか綺麗だよ!
なんて憤慨もどこ吹く風とばかりに暗い暗い牢屋の中へと蹴り入れられると目の前で扉が閉められた。
蹴られて痛むケツを庇いながら必死に格子にしがみつくけど、冒険者でもそう簡単に破壊出来ないようにかなり頑丈に作られた格子からはひんやりとした冷たさが手に滲みるばかりで何の解決策も見えてこない。
「相変わらず酷い臭いだなここは……。なぁアンタ、ダンジョンを崩壊させるなんてバカな真似よくやったな。どうやってやったんだ? あんな大惨事。」
「んなモン俺が聞きてぇよ! 俺がそんな事出来るかっつゥーの! ルークに聞けルークに!」
「ルークっつうと……あのガキンチョなわきゃあねぇしアレか。あの顔が怖いノッポか。」
アンタも充分顔怖いけどな。
なんて言うとまたぶん殴られそうだったから唾液とともに喉に流し込んだ。
「あ、あの……俺、どうなるんスかね? ハハ……。」
と、俺が手をスリスリしながら下手に出て聞くと、オッサンは左手で御立派な白髭を弄りながら宙を睨みつけた。
「さァな。ただ、ダンジョンを濫りに破壊したヤツは大体……5年か。そうだ、思い出した。5年程ココで仕事をしてもらう事になる、ってのが定例だな。程度にもよるがまぁダンジョン全壊なんて前代未聞だしフルで刑期喰らうんじゃないか?」
「ご、5年……。俺、何もしてないんですけど。ただあのバカのルークが勝手に俺の知らない所でやっただけで。」
5年……5年だって? 前に俺が捕まった時は確か半年で脱出したから……それの10倍?
ひぃふぅみぃと数えている指がぐにゃあと曲がる様な感覚を覚えた。あの地獄の労働を、前の10倍だって?
冒険者は神の加護を受けているお陰で身体が丈夫なので強烈な肉体労働をさせられる。
力が強くて即死じゃない限り回復魔法でスグに病気や傷は治る。そんな冒険者は優秀な労働力であるが故に滅茶苦茶に働かされる。……本当に滅茶苦茶に。
「……ま、そうだよな。いくらギルドの冒険者じゃないと言っても普通の冒険者ならまずそんな事はしねぇ。……まぁでも連帯責任だからな。普段の行いが悪かったって事で諦めろ。ガハハハハ……じゃ、お疲れ。」
言いながらオッサンは一瞬で真顔に戻り、足早に帰る準備を進めた。
どうやら冷たい空気に底冷えしたらしく寒そうに袖の千切れた上着を摩っていた。俺の方がよっぽど寒いんだが。
「お疲れって何だお疲れってぇぇぇ〜〜っ!大体連帯責任ってパーティメンバーに課せられるヤツだろ! 俺はギルドに正式に登録したパーティじゃないからヤツらの連帯責任を取らされる義理は無いだろ!! そもそも何で判決も何も出てないのに独房なんだよ! 不当だ! 俺は今、不当に拘束されてる!」
咄嗟の閃きにしては天才的なアイデアが思い浮かんだ。そうじゃん。俺、アイツらと全然パーティなんかじゃないし。知らないし。他人だし——
なんて事を言いながら扉に縋り着いた俺の手をオッサンは無表情で払い落とした。
そのままずずいっとこちらの眼前まで顔を近付け、そして低い酒で焼けた声で凄んだ。
「不当って言われてもなぁ。俺は一端の冒険者だから不当だの何だのは知らん。そんなんは法廷で幾らでも言ってくれ。じゃ。」
思わずズッコケそうになった俺を後目に手をフリフリさせるとそのままオッサンは乱暴に扉を閉めて行ってしまった。いやそりゃそうだろうけど。ちょっとぐらい聞いてくれてもいいじゃん。人情っつうモンは無いのか? あのヒゲ筋肉ダルマに。
「……誰かー。」
力のない声で助けを求めるが、ただただ風の通り過ぎる音だけが返ってきた。
……2、3時間程経っただろうか? 暗すぎて時間の感覚も分からない。ここで時間の経過を知らせてくれるのは滴る水の音だけだった。
そうこうしている間に目も慣れてだんだんと暗い独房も辺りを見渡せる様になってきた。複数の部屋が立ち並ぶ様な構造になっているのに、周りに誰もいない。
いや、こんな環境の独房にぶち込まれるような事をするヤツらにロクな奴はいないだろうから周りに人がいないのはむしろ歓迎なんだが。
独房の中は——壁をチロチロと滴る水以外何も無かった。
何コレ、もしかして飲み水のつもりなのか? それともトイレなのか? ……どっちにしろコレのせいでめちゃくちゃ湿っぽいし寒いし最悪だ。というより気が狂うだろこんなん。
「……いやいやいや、5年もいてられるかこんな所。さっさと逃げるに限るな。」
部屋の隅に溜まった水を啜っている何匹かの虫を踏み潰し、水の滴っていた部分の床の石を何回か殴ると若干水のせいで弱っていたのかそれとも老朽化のせいなのか簡単にペキリと石の表面が剥がれ落ちた。
剥がれ落ちた部分を握り、地面に2、3回叩きつけると中々丁度いいナイフ状の塊が出来た。まぁ武器としてはお察しレベルの切れ味だろうけど、スコップ程度の使い方はできそうかもな。
「うーん、これなら何とか逃げられる……か? 」
何にせよ地面は全部石造りになってるから一度石に覆われてる部分を剥がさないとな。出来れば本格的に裁判が始まって顔が割れる前に石を剥がして地面を掘って逃げたい。
何で前も監禁されたのか思い出せないけど確か前回もこんな感じで逃げ出したような気がする。こんなことやってっからいつまで経ってもギルドに登録出来ないんだよな、俺。
「ホンット、何やってんだろうな、俺……。」
と、いうより張本人どもはなにやってんだ?
何ていう俺の呟きは岩壁に跳ね返って何処かへ消えた。
あけましておめでとうございます。本年も本作品をよろしくお願いします。
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