第4話 賢者の作る魔道具がチート過ぎるんですがどうしたらいいですかね?
「うーん。臭う。ギルドの奴らが取り逃したお宝ちゃんの臭いがプンプンするぜ。」
——俺達一行は街から程近い、ついこの間ギルドの冒険者達がボスモンスターを倒したらしい洞窟型のダンジョンへと侵入していた。
俺達の様なギルドに所属していないヤツらは発見されたてホヤホヤのダンジョンは攻略出来ない。
いや、出来なくは無いがギルド所属のヤツに先に攻略をしているのがバレたらボコボコにされる。
だからこうしてヤツらが攻略した後のダンジョンに潜って取り逃したアイテムや宝を掠めとっていく様な事をしなくてはならない。本当にムカつくシステムだぜ全く。
「おい、そこ岩の形状がおかしくなってる。多分落とし穴があるから踏まないように気をつけろよ。」
と、俺が砕けた岩が集まっている床を指差して警告するとだんだん俺と喋るのに慣れてきてたルークがちょっと感心した様な顔をした。
「……あ、ホントだ。流石シーフだな。よく見てるモンだ。」
「ホントですよね……。正直僕ちょっと不安なぐらいでしたもん。でもこれなら安心ですね。」
「お前、俺を冒険者歴何年だと思ってんだ……。ずっと一人でシーフやってたもんだからこんぐらい簡単な罠ならすぐ見つけられるさ。」
不安だとか何とか聞き捨てならない台詞がエドの口から出た様な気がしたがそれは呑み込んでそっと落とし穴であろう部分に近づいて石を放り投げると、案の定ガラガラと先程まで床だった部分が崩れ、真っ暗な闇とその下にびっしり生えた尖った木の棒が見えた。落ちたら大怪我は免れなかっただろう。下手したらお陀仏だ。
意図的に冒険者を嵌める為の罠が用意されてるって事は多分ゴブリン種のモンスターがボスモンスターの居なくなった後に住み着いたんだろうか。正直面倒くさい。
なんて事を考えながらダンジョンの奥へ奥へと進んでいく。幸いにもモンスターと出会う事もなく何とか一息つけそうな一回り大きい横穴へと入り込む事が出来た。
「……っ、ハァ〜〜〜! やっと一息つけたって感じだな……。一体何でダンジョンってこんなに込み入った形状してンだろうなァ。疲れることこの上ないぜ。」
と、ルークが汗だくの顔をタオルで拭き取りながら言った。冒険に行く前から分かりきってはいたが体力の無いヤツめ。
それに同調する様にエドも何度も頷き、水筒に入っている水を一気に飲み込むと、大きくため息をついた。
「本当ですよねぇ。折角ダンジョン攻略に来たんだからゴブリンの一匹や二匹ぐらい出てきてくれてもいいのに。」
「おいおい、モンスターが出てこないなんて寧ろそうそうない幸運だぞ。ゴブリン相手でも死ぬ時は死ぬからな。会わないに越したことは無いだろ。」
「そりゃ頭の中では分かってるんですけどねぇ……。僕もルークもめくるめく大冒険を期待して冒険者やってる所ありますから。やっぱり冒険の華の戦闘がなかったらどうにも——」
——ヒタ、という水に濡れたみたいな足音が洞窟内に響いた。
「……ッ!」
咄嗟にエドを押し倒し、口を手で塞いだ。
足音が聞こえなかったのかエドはンーンー手の中で唸っていたがルークがジェスチャーで静かにしろと伝えると何やら察した様で静かになった。
足音の軽さを考えると——普通のゴブリンの様な気がする。が、一口にゴブリンと言っても亜種やら希少種やら何やらが普通にいるから油断も出来ない。
俺はエドの口を覆っていた手を離し、音を出さない様に立ち上がると、スキル【忍び足】を使用して洞窟の壁伝いにそっと足音のした方向へと近付いた。
「■■■■■■■■■■」
「■■■■■」
「■■■■■■■■」
何やら喋っている人型の影——やっぱりゴブリンだ。
数はざっと4体。少ない様で一人で相手するのは辛い数だ。
しかもよく見たら棍棒や盾で武装している。ゴブリンは通常金属加工の技術は持っていない、つまりアレは既製品だ。きっと冒険者を襲って手に入れた、人との戦闘に慣れた個体なんだろう。
今の俺にはルークとエドがいるけど……初心者っぽいしあんまり信用ならない。どの道今俺達がいるのは横穴だ。こっちに来るとも考えられないし、隠れてやり過ごすか。
なんてことを考えていると、後ろから「えっ」という結構デカめのエドの声が聞こえてきた。
俺に聞こえる声量って事は当然ゴブリン共にも聞こえる音量だって訳で。
唐突に聞こえてきた人間の声に今まさに横穴を通り過ぎようとしていたゴブリン達が一斉にこっちを振り向いた。
バカ、喋るなって言っただろうが! やっぱ初心者なんか連れてこなけりゃよかった——!
と焦りながらエドの方を振り返った俺の視界にけたたましい怒声と共に突っ込んでくる白い物体が入ってきた。
「何だ!? まさか、新手のモンスターが隠れてやがったか!?」
シーフの俺が感知出来ない位に気配がまるでしなかった。完全に懐まで潜り込まれてしまっている。ヤバい、避けれねぇ……っ!
と、一瞬死を覚悟した俺の横をソレはドタドタとそのまま走り抜けて行った。
「うっしゃらァァーーーッ! 死ねッ!」
怒声をあげているソレはモンスターではなく——ルークだった。何でだよ。
賢者のクセに、何処から取り出したのやら妙に長い剣を持って勇猛果敢にもゴブリンの一匹に飛び込んで行った。本当になにやってんのこの人!?
「戻って! 危ないですってば!」
エドの悲鳴にも似た声が後ろから聞こえてきた。さっきの驚いた声もルークの行動にビックリして出たんだろう。俺でも隣で大人しくしてた賢者が狂ったように剣持って走り出したら声出るわ。
ゴブリンもまさかの襲撃者に驚いて戸惑っている様で、お互いに何やらアイコンタクトを取ろうとしていて対応が追いついていない。けど……
「走るの、おっっっそ!」
……滅茶苦茶にスピードが遅い。
走るスピードも勿論遅いけど、筋力が無い上に狭い洞窟内であんな長い剣を振るうもんだから全然剣にスピードも重さも乗っていないし、何で近接戦闘出来ると思ったの?
「うるせェーーーッ! 走るの遅くても勝てんだよッ!」
と俺に向かって謎にキレながらルークは地面を蹴り、跳躍した。きっと全体重を乗せた一撃をヤツらにお見舞いしてやるつもりなんだろう。異様にジャンプ力低いけど。足怪我でもしてんのか? ってレベルに。
「■■■■■■■!」
「…………ッ!」
金属同士が弾け合う音の後に案の定いとも簡単に剣の軌道を読まれて盾で弾き返された。
何とか剣から手が離れるのは防いだみたいだが、かなりの重量の剣らしく弾かれた剣に振り回されてフラフラと二三歩その場でステップした後無様にも地面に倒れ込んでいた。
「よ、弱っ……」
「ぐえ゛っ! やべ、思ったより強いなコイツら……。」
思わぬ反撃にルークは何を思ったのか頭を掻きながら立ち上がろうともせずに棍棒を持ったゴブリンを見上げた。
「な、何のんべんだらりとしてんだお前っ!? 死ぬぞ!? 」
言いながら援護しようとゴブリンの群れへと駆け込もうとした俺をルークは手を使って制した。
「ハハハハハッ! やっぱこれだ! 命懸けってのは、こういう事なンだよなァ! おい、後二歩ほど下がっといた方がいいと思うぞ。」
「何笑ってんのホントおまえ!?」
何だコイツ、言ってる事もやってる事も滅茶苦茶すぎない?
と、困惑する俺を目の前に突然ゴブリンの一匹が悲鳴をあげた。慌ててそちらを振り返ると何やらヤツの持っている盾から真っ赤な光が発せられていた。
わぁー。綺麗な光だなー。何でこんな光がコイツらの盾から発生してんだろう。何か嫌な予感しかしないけど——
次の瞬間、ジュッと何かが焼ける音がした。
いや、何かじゃねぇ。俺の顔面だ。
「あっっっっつ!?!? 何!? なんなの!?」
「■■■■■ーーーーッ!?」
顔面の焼けた俺の悲鳴と同時に燃え盛る炎に巻き込まれたらしいゴブリン達の悲鳴が重なって四匹+一人の地獄の様な合唱が洞窟内に響き渡る。痛みを紛らわさせようとして地面をゴロゴロと転がると、同じく地面を転がる全身焼け焦げたゴブリンと目が合った。
そうか、お前も酷い目に遭わされたんだな——
なんて事を思いながらゆっくりと瞼を閉じる。
ゴブリンはともかくとして何で俺はこんな所で顔面を焦がされなきゃあならんのだ。もうやだ、冒険者やめたい。切実に。
「おーい。終わったぞ。ジャック。」
というルークの声に現実逃避からゆっくりと目を開けるとエドがおっかなびっくりといった様子で俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、あれ。ゴブリンはどうなった? 」
「あぁ、さっきの炎に巻かれて皆死にました。」
と、エドが指さした方向を見ると黒く焦げた洞窟の床に四匹分、人型の焼けた跡だけが残っていた。どんな火力だよ。怖いわマジで。
そして辺りにはただ肉の焼ける臭いと静寂、そして俺の顔面を迸る凄まじい痛みだけが残った。
「ねぇ……今、俺の顔、どうなっちゃってる……?」
「だ、大丈夫ですよ……多分。 お顔、凄いことになってますけど……このぐらいなら教会で治療受ければなんとか……。」
とおずおずとエドが言った。凄いことって何!? 俺の顔面、凄いことになっちゃってるの!?
とりあえず痛む顔面を冷水に浸したタオルで冷やしながら立ち上がるとちょっとバツの悪そうな顔をしたルークが薬草を渡してきた。
「で、一体何したんだよお前……? 何で俺とゴブリンは燃えたんだ? 」
この威力、多分魔法だろうけどルークが詠唱を行った様な形跡は見えない。直前まで俺に悪態ついてたし。
それに高速詠唱のスキルも持っていなかったハズだ。
とするとアレは……
「魔道具……なのか? 」
という俺の問いにルークはニヤァと口の端を歪めた。
どっかで見た事ある顔だと思ったらエドのドヤ顔に似ていた。クソムカつくぜ。
「うん。 そうだよ。皆ニッコリ安心安全、強力無比にして唯一無二のRook印の魔道具だ。」
「Rook印って……まさかお前が製作者だったのか!? あの魔道具ブランドが!? 」
Rook製の魔道具と言えば、魔道具系の武器や防具でも最高峰と言われる、世界的に超有名なある種のブランド品だ。
一般的に魔道具はあまり使われないと言われているが、Rookの魔道具と言えば話は異なってくる。
剣として作成された魔道具は当てれば例え切れずとも相手を燃やし、凍りつかせ、感電させる。鎧として作成された魔道具は基本的な防具としての機能を保持させつつより軽く、より攻撃的に立ち回れる様になる。
文字列が戦いの中で削れて消えてもある程度機能する様に丁寧に考え抜かれて作られている、そんな冒険者なら是非一度は手にしてみたい世界最強にして最優の魔道具である。
と、専ら噂の超高級魔道具ブランド、それがRookだ。
確かにあのレベルの製品を作れるとなるとコイツが賢者として教会から認定されてもおかしくはない。金持ち冒険者達がこぞって高い金を出して買っていく訳だ。
あんな繊細かつ高精度な文字を刻み込まれた魔道具の数々がコイツ……ゴブリンの群れに叫びながら突っ込んでいく様な、そして俺の顔面を火炙りにする様な馬鹿に作られてるとは。アレをありがたがって使っているヤツらは知らんだろうな。
俺の中でRookの製品に対する信用が一気に急落した。株式なら市場存続の危機だぜ。これ。




