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SSSSs  作者: 年越し蕎麦
・無分類
42/47

それゆけ! ノットちゃん

「おい」


 ノットちゃんはお頭のそのたった一言で、眠りから覚めました。とても眠たかったのですが、眉間の皺をほぐしほぐし、ノットちゃんは布団から身を起こして、言いました。

「はよございます」

 ノットちゃんは礼儀正しいのです。だから傍でノットちゃんを睨み殺さんばかりの視線を送ってくるお頭にも、朝の挨拶をしました。しかしお頭はとても怖い顔でノットちゃんに向けて何かを見せました。どうやら写真のようです。

「こいつを探れ」

 短く言われました。ノットちゃんは写真を受け取り、頭をぼりりとかきました。お頭とノットちゃんはもう長い付き合いですから、お頭の一言で十のことが分かるのです。だから、

「……了解」

 ノットちゃんはノーと言えないのです。




「あ、おはようございますノットさん!」

 屋敷の門前を箒ではきはき、レトリバーがノットちゃんに駆け寄りました。抱きつこうとしてくる彼の頭を手で制し、ノットちゃんは「はよう、レトリバー」嫌そうに言います。そんな態度は毎度のこと、レトリバーはにこにこ明るく聞いてきます。

「朝早くからご苦労さまです! 仕事ですか? 大変ですねぇ」

「お前がやるか?」

「ははっ、嫌だ!」

 レトリバーは即答しました。そしてノットちゃんが手に持つ写真を認めて、「誰が一番大変って、その人ですよねぇ」と写っている人物に憐れむような視線を送ります。ノットちゃんは溜め息を吐いて、レトリバーにもう一度聞きました。

「お前がやるか? このたぶん善良な市民を探るだけでいいんだよ」

「行ってらっしゃーい!」

 レトリバーは満面の笑みでノットちゃんから離れて、手を振り振りしました。



 ノットちゃんはいわゆるヤクザという職に就いています。レトリバーももちろん、ノットちゃんの同僚です。『助太刀組』──すけだちぐみ、と読みます──が、彼らの組の名前です。お頭はお頭です。それ以外の何者でもありません。

 助太刀組の仕事は、街の平和を守ることです。誰がなんと言おうと、平和を守るためあらゆる手段でお仕事をしています。何のためかって? それはお頭のエンジェルちゃんをあらゆるものから守るためです。エンジェルちゃんが誰かって? それはお頭にしか語ることは許されません。


 さて、ノットちゃんは目当ての場所に着きました。大学の門前です。もちろん目的は写真に写る人物を探るためです。ノットちゃんは写真の人物をじぃっと見つめました。盗撮されたものでしょう。その人物の視線は明らかにカメラ目線ではないです。

「あっ」

 ノットちゃんは不意に写真から顔を上げて振り返ります。見つけました。まさに写真の人物です。朝の光を浴びて、眠そうに歩いてきます。きっと今から授業なのでしょう。しかしそんなことは知ったこっちゃないのです。

「やあ、おはよう」

 ノットちゃんは、にこり、と笑いかけました。いきなり知らない、如何にも胡散臭そうな人間に話しかけられた青年は、眠そうな目をきょとりとさせました。

「はあ、ども」

 そのまま軽く会釈して、歩き去ろうとする青年。ノットちゃんは回り込み、目の前に立ちはだかります。

「朝からごめんねぇ。ちょっときみに用があってさあ」

 青年は訝しげに見てきます。

「あ、自己紹介しないとね。私はノット。助太刀組の者なんですけども」

 瞬間、青年は三歩後退りました。「す、助太刀組」そう呟く顔は若干青くなっています。そりゃそうでしょう。街で有名なヤクザに話しかけられたら、誰だって逃げたくなります。

「あー、大丈夫。答え方によっちゃ何もならないからさ。きみ、名前は?」

 有無を言わせない笑顔で、距離を詰めることもなく、ノットちゃんは聞きました。青年はちょっと迷った顔をして、

「と、……トマト」

 と吃りました。

 ノットちゃんは鼻を鳴らします。

「それ本名なの? だとしたら親は相当ネーミングセンス狂ってるね」

「そ、そんなわけないでしょう! 誰がヤクザに名前教えると思ってんですか! あなただって他人のこと言えない名前してる!」

「あん?」

「すんません」

 お頭とずっと一緒にいたノットちゃんの睨みはとても冷たいものです。ノットちゃんは頭をぼりりとかいて、まあいいわ、とボヤきました。

「トマトはさ、エンジェルと仲良いの?」

「はい?」

 もう訳の分からなさに泣きそうな青年は、それでもまだ危害を加えてこなさそうなヤクザを見つめ返します。

 ノットちゃんは、ぴらり、と青年の写っている写真を見せました。自分のことをトマトと申し出た青年は、写真を怖々見つめて、ひぇと小さく悲鳴を上げます。

「い、いつ撮ったんすか、これ」

「で? エンジェルとどういう関係?」

「え、エンジェル?」

「写ってんだろ? まるで天から愛されているかの如く可憐さと清らかさを持ったエンジェルがよぉ」

 ノットちゃんは心の中で、お頭曰く、と付け足しました。

 確かに写真には、青年──トマトくんの他に幾人か写っています。だってこの盗撮が行われた場所は大学内ですからね。

 トマトくんは眉間に皺を寄せました。

「……もしかしてこの奥の方に写ってる女の子ですか? それともこっちの座ってる女の子?」

「右端にいんだろ? エンジェル」

「…………」トマトくんは黙り込みました。

 ノットちゃんはその心中を察します。写真には右端に確かに女の子が写っています。流れる茶髪。レースのついた白いワンピース。ヒールが少しある赤い靴。はい、それだけしか分かりません。後ろ姿です。そして、どう足掻いてもこのトマトくんとエンジェルの立ち位置は逆方向、赤の他人同士に見えます。

「……何を質問されてんでしたっけ?」

 トマトくんが聞きました。

 ノットちゃんは答えます。

「エンジェルと仲良いの?」


「仲良いわけないでしょうが!! 何でそう思った!? 知りませんよこんな後ろ姿だけでンなこと聞かれてもッ」


 トマトくんの絶叫。ノットちゃんは耳を抑えました。ヤクザに対して大声を出せるのは案外いいことです。ボソボソ喋られるとイライラしてしまいますからね。

「その言葉に嘘はないな?」

「いや、この子の名前も言われてないんで分かんないすけど、友達じゃないことは確実ですよ」

 ノットちゃんはトマトくんの目を見つめました。トマトくんはびくりと怯えますが、それでも真っ直ぐ見つめ返してきました。

「恋人でもないな? もしそうなら、お前は日本海溝に沈むことになる」

「ないです!!!」

「エンジェルのことを好いてもいないな? もしそうでも、沈むぞ」

「ないです!!!」

「エンジェルに好かれてるってことも」

「ないです!!! だから知りませんもんその子!!」

 ノットちゃんは目を逸らしました。トマトくんが言っていることは嘘じゃないからです。ノットちゃんには分かるのです。

「そうか。今はそうでも今後エンジェルと関わることになったらまた私が来ると思え。悪かったな」

「は……?」

 ノットちゃんはトマトくんを後にしました。後ろから、緊張が抜けたような、不審そうな、馬鹿っぽさが滲み出ているような呟きがしましたが、ノットちゃんはもう振り返りませんでした。




「あ、お帰りなさいノットさん! 早かったですね」

お頭の部屋に行く途中、レトリバーが駆け寄ってきました。そのまま抱きついてきそうな勢いを手で制して、ノットちゃんは「ただいま」と疲れた顔で言いました。

「まー、やっぱりですよねぇ」

「だろうなあ。ただの一般人だったよ。馬鹿そうだったけど」

「お頭に何て報告するんです?」

「ありのまま。『エンジェルとは無関係だった』」

「そう言うしかないですよね!」

「……お前代わりに言ってくんない?」

「絶対嫌だ!」

 ノットちゃんはチッと舌打ちしました。一番最初にノーと言えなかったのは自分ですからね。いつかはノーと言えるように、頑張って、ノットちゃん。

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