クレイジー兄弟
「お前、何してんの」
扇風機の羽に指を突っ込もうとしている弟に、背後から声をかける。
「何って、」
俺とよく似た顔を振り返して、俺とは全然違う笑い方をした弟は、
「扇風機に指突っ込もうとしてる」
あっけらかんと言い放った。とん、俺はスポドリを机の上に置く。
「やめとけ。指飛ぶぞ」
「あ、そっか」
弟は頷くと、回り狂って風を吐き出す扇風機から手を引いた。
弟は自分の行動からどんな結果が出るのか分からないらしかった。物事に対して予想、想像をするのはいいが、そこから何が起こるのかは推測しない。
よく言えば実験魂のかたまり。
悪く言えば自己中心的。
弟は馬鹿だった。その好奇心が、まだ自分だけに向いているうちはマシかもしれないが。
「線路に立ってると、電車に轢かれるかもしれない。これは分かるな?」
「分かる。でも、どんな風なのかなって」
学校帰り、踏切音が鳴り響く線路の中心に突っ立っていた弟は、それが悪いこととは微塵も思っていない顔つきで俺の後ろを着いてくる。あのまま誰も通りかからなかったら、たぶん肉片が飛んでた。
「痛いだろ、きっと」
分からないけど。俺も電車に轢かれたことはないから、実際痛いのか、痛みを感じる前に死ぬのかが分からない。けど、だからってそれを試そうとは思わない。
弟に、そんな興味本位で死なれても困る。
「お前が痛いって思うことはするな。いいな? これは分かるな?」
振り向いて、数歩後ろを歩いてくる弟が分かった、と言った顔は、逆光のせいで見ることはできなかった。
このまま、キャベツと一緒に、刃が指を貫通したらどうなるんだろう、と考える。
キャベツは薄い黄緑色。僕の指は肌色で、中には真っ赤な液体が流れている。キャベツには流れてない。
このまま、指ごと、包丁を振り下ろしたら。
たぶん、痛い。
――痛いことは駄目だ。自分が。分かってる。
隣で味噌汁の鍋をかき混ぜている兄を見て、ちゃんと指を猫の手にしてキャベツを切っていく。ざく、ざく。
「そこの小皿取って」
兄が鍋を見たまま手をこちらに突き出してきた。この手も、僕と同じだ。
兄の顔を見る。すぐ傍にあった小皿を見る。僕の左手の包丁も見た。
どうなるんだろう。
小皿の代わりにこれ渡したら、どうなるんだろう。
うん、分かった、と音になったか怪しいくらいの声を唇から出して。
「お前の性格は相当クレイジーだ」
がしり、と。
少し兄の方に向いていた包丁を持つ左手首を掴まれた。
「そこの小皿取って」
何事もなかったように小皿を指差した兄は、にやりと笑っていた。僕とはまるで違う笑い方。
どっちが、と僕は思った。