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苦虫
苦虫を食べたことがあるかい?
何、ない? ああ、苦虫を知らないのか。苦虫というのは、噛めば苦いだろうと想像される虫のことさ。
実際にはいないだろうって? ははは、見たことがないからそう言うんだな。でも、苦虫は、案外おいしいんだぜ。あの苦味が堪らないのさ。
ああ、そうだ、おれは食べたことがあるよ。そのへんをうろついているところを、こう、指先でつまむんだ。そうっとだぞ。力を入れたら潰れるからな。
ほら、つまめた。柔らかそうだろ? 溶けかけのチョコレートみたいだろ、甘くはないが。
見た目は確かにグロテスクだ。うぞうぞ動く多足類ほど気持ちの悪いものはない、けど苦虫は別だ。さあ、食べるぞ。おれの口にえいっと放り込むんだ。そして噛む。
もにゅもにゅ、ぷちっ、とろとろ、ごっくん。
ああ、うまい、筆舌に尽くし難い苦さだ。
……しまった、食べてしまったな。
苦虫に、食べたら苦い虫のことを説明するなんて、おれには難しいことだったみたいだ。悪いな。
うまかったよ、ごちそうさま。