(お題:他人を書く)
「笑顔がかわいい」
「それで?」
「本人にとったら腐るほど言われてきた使い古され迷惑な言葉かもしれないけれど、名前もかわいい」
「それだけ?」
「ばっかお前、名前がかわいい人間なんてこの世にごまんといるだろうけど彼女の場合は違うんだ、聞けよ、苗字もかわいいんだ」
「ふうん」
「柔らかいんだよな、音が。漢字もだけど。ふわふわしてる感じ。漢字だけに。俺みたいな古風な名前してる奴からすると、めちゃくちゃに素敵に思えるよ」
「ふうん」
「芋羊羹とパフェだな」
「あたし杏仁豆腐」
「お前のことはどうでもいいよ、荒削りされた鰹節みたいな声しやがって。いいか、彼女は声も素敵なんだ。とても落ち着く声をしていると思わないか? カフェオレみたいだ。抹茶か、ココアでもいい。とにかくホッとするんだな。そしてハッとする。彼女、意見がハッキリしてるんだ。きっと大人しいだけじゃない」
「チーズフォンデュね」
「チョコレートフォンデュだよ! 髪の毛見たら分かるだろ、さらっさらの黒髪! 知ってるだろ?」
「知らない。あなたさっきから外見ばかりね。中身は?」
「優しい」
「うん」
「明るい」
「うん」
「絵がうまい」
「うん?」
「俺には到底できない物事の見方を持ってる」
「それはあらゆる他人にも言えることだわ」
「じゃあ何を言ったらいいんだ、俺と彼女は他人だぞ。身内にしか分からないこと言ったら怖いだろーが」
「あなたそれでいいの?」
「ああもちろん。ただ俺は、真正面から彼女の笑顔を見たことがある。それだけで充分だと思わないか? かわいい笑顔だった。カフェオレみたいな声をして、チョコレートフォンデュみたいな髪が後ろに流れてて、クッキーみたいなはきっとした笑顔で俺と少し言葉を交わした。そんなのは、彼女をもとから知らないあらゆる他人からしたら、とても大きなことだ。そうだろ?」
「あなたって、割れてない生卵と同じ」
「うるさい、お前なんか不躾なフォークだ」
「あたしお腹が空いたわ」
「ふん。パスタでも食ってろよ。ずるずる食ってろ」
「そうするわ」
ずるずる、ずるるっ。ずる。ずるり。
ごくん。