インフルさんと私
私の恋人はインフルエンザである。
人ではないから、恋インフルエンザと言った方が正しいのだろうが、いちいち恋インフルエンザと言うのは非常に面倒なので恋人としておく。
私がインフルさん(愛称でインフルさんと呼んでいる。呼び始めは恥ずかしかった)に対する恋心を自覚したのは、小学校五年生の時である。多感な年頃で精神的にも参っていた時に、インフルさんは私に七日間も心身ともに休める期間をくれたのだ。その間ずっと私の傍にいてくれて、無愛想な顔の、その優しさに体温は上がるばかりだったのを覚えている。
次に出会えたのが高校二年生の時で、子供の頃のたった七日間をずうっと大事にしてきた私は勢い余って、彼にネギを渡しながら言ってしまったのである。
「私の首に一生ネギを巻き続けてくれませんか」
と。
今にして思えば、完全なるプロポーズ。マセすぎである、私。
その時のインフルさんの返事は素っ気ないものだった。インフルさんがいなくなった八日目、私は涙がちょちょ切れんばかりに溢れ、枕はもはや濡れ煎餅となっていたのをよく覚えている。
そして三度目、大学一年生で一人暮らしにようやく慣れてきた頃。
インフルさんはやって来て、私の額に梅干を貼ってくれながら、
「ネギはもう古いから……これからはこれだよ」
子供の頃の時みたいに、無愛想な顔で、けれどしっかり優しさを含んだ声音でそう言ったのである。
「俺はお前の首にネギを巻くことはできないし、お前のその苦しみも取り除いてやることができない。それでも――」
私は泣きそうになってしまって、インフルさんの手をぎゅっと握り込んだ。
「――それでも、いいなら。お前の体温を、一生平熱以上にすることを、誓うよ」
この時の私の体温の熱さと言ったら! 熱量を爆発に変えられるのなら、ちょっとしたビックバンは確実に起こっていたはずである。
私は震える体を起こしてインフルさんに抱きつき、今度こそ、勢いだけじゃない愛の告白をした。
「なら私は、一生タミフルを飲み続けることを誓うわ!」
あれから数年経った今。私は今日も無愛想で優しいインフルさんに恋をしている。
その証拠に、ほら。
私、人間で初めて恒温動物から変温動物へと進化を遂げたんですよ。
※タミフル…インフルエンザB型に罹った時に多く処方される薬