無意識的・意識的(お題:癖)
「エッ、泣いとるの?」
えっ? 私は驚く友人の前で困惑した。「なんで?」楽しそうに話していた彼女が急に確認してきた内容が、どうしてか分からなかった。「だって……」彼女が自分の手を顔へと持っていく。
「鼻覆って、すんすん言わせとったから」
なるほど。私は、それが誤解を生む癖であることを自覚した。小学四年生くらいのことである。
さかのぼること幼稚園時代。当時、私たち女児の間で流行っていたことがあった。簡潔に述べると、人の鼻をつまむ、というだけの遊びだ。本当につまむだけ(ほら、小さい子って無意味なことに楽しみを見出す天才であるし……)のそれで、もちろん私も友だちの鼻をつまみ倒したしつまみ倒された。その時に誰に指摘されたわけでもなく、ふと気づいたことがある。あれ、私の鼻、ほかの子より硬くはないか? 仲の良かったKちゃんの鼻をつまむ。自分の鼻もつまんだ。……ほら! 硬い! 正直、本当に硬かったのかは今思うと曖昧だが、当時の私はひっそりそうやって衝撃を受けたのだ。それからどうやったらほかの子のように柔らかな鼻になるのだろうと考えた。考え抜くより先に、体というものは勝手に動いていて、私は知らずの間に鼻をつまむようになっていた。いや、最初の頃は硬い鼻を柔らかくしようと意識的につまんでいたのかも。ううん、どっちだろう。とにかく、そう、癖になっていったのである。
冒頭に戻ろう。
それで、鼻をつまんでいる時になぜ泣いているように見えたか。つまむって、利き手の親指と人差し指で顔から出っ張った鼻を挟むようなことを想像するだろう。ふふん、ふふふふん、残念! それだったら「泣いとるの?」ではなく「くさいの?」と訊かれるのが正解だろう。泣いているように見られるには、ほかの働きが作用して、だ。たとえば、……私が鼻炎持ちだった、とか。
鼻炎持ちだった。年がら年中ぐずぐずさせていた。ぐずぐずさせすぎて鼻炎が治まっても定期的に鼻をすするくらいだ。これも癖だ。更に、もう一つ。私、汗をかく時、真っ先に鼻の頭に汗をかくのである。これも鼻をつまむようになってからか、その前からかは覚えていないが、とにかく鼻の発汗作用が著しい。よって、そう、よって――なぜ鼻をつまんでいる時に時折「泣いとるの?」とぎょっとされるのか――私は最終的に、鼻をつまむ時に、ちゃんと自分の鼻が硬くはないか、鼻水や汗は出ていないかすんすん言わせながら、鼻から下を片手、または両手で覆って確認するようになったのだ。
「エッ、泣いとるの?」
「えっ、ううん。あー、これは癖で……」
と一々説明するのは面倒なので、適当に返事するようになっていくくらいには(「泣いとらんよー」「鼻がむずむずしちゃって」「鼻水出そうやったの!」「泣くといえばオススメの映画があって……」)、ずっと続いている癖だった。それで泣いとったことなんて、一度もないよ。それは鼻をつまんでいるんだ。まあ、でも、顔から突き出てる鼻って、ちょっと気になるやんか……。と、私は思う。
気になるついでに、幼稚園児の頃からつまみ倒してきた私の鼻が、以前より柔らかくなったかについて、一言でまとめよう。うふふ。
知ーらね。
NASAかどこかの機関が私の成長過程における鼻の調査でもしていれば、ビフォーアフターできただろうに、唯一調べられる当人であったにも関わらず、私は私の鼻が柔らかくなったかなんて知らねえのである。ま、そんなもんである。大したことない。
けれど、これからも鼻をつまんでいくだろう。きっとだ。だって、それは、私の癖なんだもの。さーて。
鼻つまもっと。