鈍感(お題:身体感覚)
確実に火傷するな、と思った。
何せ私は、「ありがとうございます」と見送ったお客さんが、つい先ほど、調節バーを回し火を消したのを、見ていたので。テーブルど真ん中の肉焼き場は、まだ熱々のじんじんで、こびりついた焦げカスは高温で僅かにうねっている。私はそれに触れれば必ず指が痛くなることを知っていた。
何も知らない後輩がサッと手を伸ばすのを認め、私は軽く制した。
「火ぃ、さっき消したばっかやから」
それからお手拭きを二つ手に取る。「私持ってくわ。片付け頼んだ」
「お願いします」後輩は脇にどいた。
彼は、熱さに弱い、と思う。いや、世間からしたらどうなのかは分からないけれど、でも、私にしたら弱く見える。賄いに出されるスープに「あちっ」とよく言うし、食器を溜め置くお湯にも「イタッ」と手を振るし、辛いものを食べても旨味より痛みを感じているようだった。
私は両手を伸ばし、二枚折りにしたお手拭きで円形の鉄枠と鉄板を持ち上げた。
使う指は、両手指、全部。
冷たいお手拭きが一瞬で熱を帯び、指の腹をじんわり温める。じんわり、は、すぐにグッサリ刺してきた。あっ、痛い。思ったが、私は何事もないふうに厨房に向かった。後ろから、新たに入って来たお客さんの音がし、「すみません、すぐに片付けますので少々お待ちください」後輩の焦り声が返す。「いらっしゃいませー!」私は足を速めた。
アツイ、あつい、熱いなこれ。十本の指が訴えかけてきて、特に訴えの強いのは左手人差指と右手親指で、なのに腹の奥はどこか冷たく背筋までひんやりさせてくるものだから、ひょっとすると火傷には至らないかもしれないとほくそ笑んだ。こういう時いつも思っていることだった。
洗い場に着く。流しに慎重に下ろし、水道の栓を捻った。鉄板に降り注ぐ大量の水はじゅうじゅう音を立ててもうもう湯気を立ちこもらせ、熱を冷ましていく。十数秒待つのももどかしくて、鉄網を素手で引っ掴むと置き場所に移動させ、クレンザーを持つ。そこでようやく気づいた。
ぶるぶる指が震えている。両手指が痙攣していた。指の腹――特に、左手人差指と右手親指――は真っ赤になり、指紋が輪郭をぼやかしていた。
確実に水膨れになるな。それも、すぐ。と私はまた思った。
そうなる前にさっさと洗ってしまわねばならない。金たわしも手にする。指の皮膚が引きつった。ううーん、痛い。
水膨れ、邪魔に思って剥がしちゃうだろうな。そうしたら、痛いかな。……痛いだろうなあ。