表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SSSSs  作者: 年越し蕎麦
・無分類
13/47

酔い覚まし

「酒飲むとさあ、耳の奥から海の音がするんだよな」

 9パーセントのチューハイ片手に赤い顔して笑う彼女は、口調がハッキリしていても酔っているのだろうと思われた。

「海の音なあ」

 同じく9パーセントのチューハイを煽りながら、僕も酔った声音で相槌を打つ。彼女はシラフでも不思議なことを言うものだから、特におかしな会話をしているつもりはなかった。

「なんかさあ、耳の奥から、ごぉーって、波の音が」

「それはあれ、血管が広がる感覚じゃない? だってきみすぐ赤くなるし」

「それはそうかもしれんけど、ちゃうんやってえ。波の音だよ、波の音」

「ええー?」

 おかしいのはここからだった。

 どうにも海の音を信じない僕に、「いいから聞いてみろって」ぐい、と長い髪を耳にかけた横顔を近づけてくる。いや僕にはきみの耳奥の音は聞こえんだろ、内心冷静に突っ込むも、頭がふわふわしていた僕は彼女の右耳に左耳をくっつけた。ぺたり。

 ごごぉー……ざざーん、ざん……。

 海の音だ。

「うそ、マジで?」

 酔った頭でもこれはおかしいことに気づく。信じられない思いで彼女の頭を更に引き寄せ、頬を押しつけ合い、構わず耳たぶを更にくっつけた。

 ごーぉ……ざん……。

「海の音だ」

「だから言ったやん」

 喋ると頬肉を噛みそうになる。しばらくそのまま、そうか、彼女の耳は酒を飲むと海の音がするんだと興味深く頷く。引き寄せていた頭を解放し、お互いなんでもなかったように缶を傾けた。

「いや、なんでやねん」

 たぶん普段ならいつもの彼女の不思議を放っておいていただろう。けれども酒の力は普段隠しているものを顕にしてしまう。この時、僕は、いつも不思議だなあと思って、深くは突っ込まない深淵を、覗きたいと強く感じてしまったのだ。

「なんでや、ちょっとおかしい」

「何がー?」

「海の音。もっかい聞かせて」

 おういいよ、得意げに差し出された耳を再びくっつける。彼女の右耳から僕の左耳へと、遠くから、徐々に近く、海がある空間の音が伝わってきた。

「ごめん、見させて」

「耳掃除したっけ……引いても知らんぞ」

 拒否しない彼女の小さな耳を指先で摘む。うぶ毛が生えたそこを目を眇めて覗き見た。

 暗い穴だ。特に変わりのない。

 じゃあやっぱりあれは血管の収縮するか何かの音だったんかも。「いや、全然なんもない、綺麗だよ」拍子抜けして身を離そうとした時。

 ざっぱん!

 僕の顔を飛沫が襲った。

「は……」

 唖然として濡れた顔を触る。ぽたり。髪から雫が滴っていた。ぺろり。唇を舐めてみる。あ、これ酒だ。

 酒の海だ。

 彼女の耳から酒の海が出てきたんだ。

「ええー……」

 混沌を通り越して妙に冴えてきた僕は、彼女の耳から零れ落ちている僅かな液体を見てぴんときた。

 彼女は今、僕をけらけら笑いながら酒を飲んでいる。顔色は、赤いが、心なしかさっきよりマシだ。

 つまり、これ、酔いを覚ましているのだ。

 なーんだ、そういうことか。

 僕は一人納得して、顔を拭うと、新たに酒を開けた。深淵は、時たま飛び出してきていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ