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新人侍女

新人侍女は隣国の王子様の婚約者!?

作者: しーにゃ

ふと思いついて書いた話です。


拙い文章で読みにくかったらすみません


連載で「しろねこ姫の不思議な力」という作品も書いているので、良ければそちらも読んで頂けると嬉しいです





※ティアリアが失踪したのを五歳から七歳に変更しました


※連載版『新人侍女は隣国の王子様の婚約者!? 〜記憶を失くした公爵令嬢と王子様の物語〜』投稿開始しました。

作者バナーか上のシリーズ名から飛べます。

不定期更新にはなりますが読んでくださると嬉しいです。


「アリアナ、終わった?」

「ええ、バッチリよ」

「じゃ、行こう!」


 駆け出そうとする同僚を押さえ、あくまでも優雅に見えるように歩みを進める。それを呆れたような目で見られた。


「もう、アリアナは真面目なんだから」

「そんな事を言ったって、侍女長様に散々言われたじゃない。王宮では常に優雅で居る事が最低限ですと」


 えー、と膨れる同僚を連れて、わたしは仕事が終わった事を報告しに上司の元に向かった。







 わたしはアリアナ·ミラージュ、十七歳。ミラージュ伯爵家の次女という事になっている。というのも、わたしが七歳の時に三つ上のお姉様に拾われて来たらしいからだ。わたしにはその時の記憶はない。それどころか、それまでの記憶がすっかりないのだ。覚えている最初の記憶は、花が咲き誇る家の庭園で、笑顔のお姉様に言われた時の事。


『アリアナはかわいらしいお花みたいね』


 わたし達が暮らすイルク王国で一般的な茶髪、茶目のお姉様と違い、わたしは緩やかに巻かれた水色の髪とぱっちりとした蒼い目をしている。その目立つわたしの外見を、笑顔で褒めてくれたのが嬉しかったからか、強く印象に残っている。


 そして成長したわたしは、王宮で侍女として働きたいと考えるようになった。お父様やお姉様には貴族が通う学園に入る事を薦められたが断った。


 本当は行ってみたかった。だけど、一度お姉様と一緒に学園に行った時、わたしはたくさんの人に嫌がらせされた。髪の色と目の色が違うだけで、悪口やいたずらなんて当たり前だった。それが例え初対面の子供であっても。


 それ以降わたしは勉強して学園に入らなくても大丈夫な、侍女としてやっていけるくらいの学力は身につけた。


 十五歳で王宮で働き始めた。それからはずっと真面目に仕事をこなしていて、いつの間にか重要な仕事、例えば王子殿下の部屋の掃除手伝いなどを任されるようにまでなった。








 今日も侍女長に仕事終わりの報告をすると、侍女に与えられた待機室で同僚──キャメルが噂話を始めた。


「ねえアリアナ、もうじき隣国の王子殿下がいらっしゃるって聞いた?」

「えっ、何それ初めて聞いたわ」

「視察かなんかで来るらしいのよ。それでね、ここからが本番なんだけど……」


 一度声を潜めたキャメルは、まるで秘密を共有するように告げた。


「……王子殿下、凄いイケメンらしいのよ!」

「………え?」

「さらさらのプラチナブロンドに吸い込まれそうな紫の瞳で、背が高いらしいの!」

「……本当に?」

「もちろんよ!」

「楽しみだわ!」


 キャメルの様子からとても重要な事だと思って拍子抜けした。が、やっぱり興味はある。


「殿下と同じくらいかしら?」


 我が国の王子殿下は輝くような金髪に深い蒼の瞳を持つ、キリリと引き締まった顔立ちのイケメンである。その美貌と地位で数多の令嬢達に狙われているが、浮いた話など一つも聞いた事が無い。だが時折見せる切なげな表情に、殿下の側近達の間では、王子は叶わぬ恋をしているのだ、という噂が立っているとか。まあ一度も会った事の無いわたしには関係ない話だ。


「うん、同じか、もしかしたらそれよりイケメンかも」

「ええっ、あの方よりイケメンなんているの!?」

「だよね、私も信じられないの!」


 きゃあと声を上げて頬に手を当てるキャメル。わたしもまだ見ぬ王子殿下に思いを馳せた。













 そして隣国アストレンの王子殿下がやって来る日、わたしはいつになく緊張していた。もちろん噂の事もあるが、それ以上に王子殿下の世話役を仰せつかったからだ。勤めてまだ二年の新人であるわたしが選ばれるのは流石に荷が重いと侍女長に言ったが、貴女なら出来るとむしろ背中を押されてしまった。


「大丈夫よ、アリアナなら出来る!ね、近くで見れるんだから、後で私にもどんな方だったか教えてっ」

「……もう、キャメルったら。分かったわ、わたし頑張るね」


 キャメルにも励まされ、わたしは言われた部屋に向かった。大丈夫、いつも通りよ。落ち着いて、わたしなら出来る。


 目的地に着くと、早速準備を始める。長旅で疲れているだろう王子殿下のために軽くアロマを焚き、部屋の温度を調節する。シーツの乱れをチェックし、椅子を整え、机には絹のテーブルクロスを皺のつかないように敷いた。


 部屋の隅々まで整えると、自分の格好にも目を向ける。着ている侍女の制服に皺がないか確認し、頭に巻き付けた白い布を整える。わたしの髪は目立つから、いつものように上手く結って全て布で覆い隠せるようにして、要人の到着を待った。







 少しすると人の気配がして、わたしはさっと外に出て頭を下げる。やって来た人達はわたしの前を通り過ぎて部屋に入った。それを確認して顔を上げると、わたしの前には侍女長がいた。


「…………では、こちらの部屋をお使いください。何かご要件がおありでしたら、この者に何なりとお申し付けください」


 侍女長がさっと避けてわたしを手で示す。それに合わせ、失礼の無いようにお辞儀をした。


「承知した」


 低過ぎず、かと言って高過ぎないくらいの声の高さが耳に心地良い。何というか、落ち着くような、安らぐような声。その声を聞いた途端、知らず知らずのうちに全身に入っていた無駄な力が抜けていくのを感じた。


「それでは私共はこれで失礼致します」


 侍女長がお辞儀したのに合わせ、もう一度頭を下げる。顔を上げた時には、アストレン王家の紋章が大きく刺繍された室内用らしいマントを小さくはためかせて、プラチナブロンドの男性が窓の外を眺めていた。


 わたし達が部屋を出ようとすると、王子殿下はそのままの体勢でああ、と付け加えた。


「茶をくれるか」

「かしこまりました」


 その後に王子殿下が何か呟いていたが、わたしには聞き取れなかった。


 部屋を出ると侍女長に釘を刺された。


「真面目な貴女なら大丈夫だとは思いますが、くれぐれも失礼の無いように」

「はい、侍女長」


 わたしの返事を聞くと、侍女長は一つ頷いて去って行った。そしてわたしはすぐさま隣の部屋に入ると、用意していたお湯を茶葉をセットしておいたティーポットに注いだ。それをカップや砂糖、ミルクなどと共にお盆にのせ、王子殿下の居る部屋のドアを軽くノックした。


「失礼致します、お茶をお持ちしました」

「ああ」


 そっとドアを開けて中へ入る。王子殿下はまださっきまでの姿勢で外を眺めていた。何か気になる物でもあったのかな、そんな事を考えながらも丁寧にカップにお茶を注ぎ、机に音を立てないように置いた。


 しかし王子殿下は微動だにしない。彼がやっと振り返ったのは、わたしがお茶が冷めてしまったのでは無いかと心配し始める頃だった。キャメルの言っていた通り、綺麗な紫の瞳をした王子殿下は顔立ちがとても整っていて見目麗しい。しかしお盆を前に抱えたわたしには目もくれず、ただ考え事をしながら歩き出す王子殿下の姿に、一瞬だけ動きが止まってしまった。


 気を取り直してお盆を置くと、自然な動きで彼の後ろに回り、静かに椅子を引く。王子殿下が一言言えばすぐにお茶を入れ直せるように机の横に待機した。


 流れるような美しい所作でお茶を口に含んだ王子殿下。わたしの心配とは裏腹に、彼はふうと息を吐いただけで何も言わなかった。







 暫くして、王子殿下がこちらを向いた。一体今までどれほど忙しかったのだろうと思うほど、彼は疲れた表情を浮かべていた。瞳にもあまり輝きが無く、わたしの方を見ているものの焦点が合っていないように感じた。


「……このオレンジの香りは、君が焚いたのか?」


 先程までと同じ口調での問いに、不備があった訳では無さそうだと思いつつも答える。


「はい、わたしが準備致しましたが……気に障りましたでしょうか」

「いや、問い詰める訳では無い。むしろ心地良く過ごせる事、感謝する。……ちなみに、何故オレンジの香りを選んだ?」


 確かにアロマを焚くのはあまり一般的ではない上、ローズやラベンダーなどのフローラルな香りが基本だ。しかしそれは使うのがもっぱら女性であるからだろう。きっと男性である王子殿下には合わないと直感で思ったのだ。


「こちらにいらっしゃるまでの長旅でお疲れかと思いまして、爽やかな物をお選び致しました」


 その上、フローラルな香りは、疲れている時は特に好みが分かれやすい。甘い香りが好みの者もいれば、逆にそれが気持ち悪くなると言う人もいる。ちなみにわたしは強いバラの香りが駄目である。


 結果として、一番無難だったのがオレンジだった、それだけだ。


 わたしの答えを聞いた王子殿下は少し目を瞠った。


「そうか……優秀な人だ、侍女にしておくなんて勿体無い」


 わたしの仕事に対するこの上ない褒め言葉。侍女長にもここまで言われた事は無かった。それを初対面の王子殿下、それもかなりのイケメンに言われて嬉しくない訳が無い。思わず笑みが零れて、王子殿下に見られている事に気が付き慌てて頭を下げた。


「大変光栄に存じます」


 心を落ち着けて、やっと顔を上げたわたしは固まってしまった。それまで疲れたように座っていた王子殿下が、至近距離に立ってじっとわたしを見下ろしていたのだ。今までとは打って変わったような強い瞳で見つめられて、思わず息を呑む。


「…………リア……?」


 かすれた声で呟き、王子殿下がわたしの顔に手を伸ばそうとした。反射的に一歩退くと王子殿下が一歩前に出て来る。それを繰り返すうち、わたしは壁際まで追い詰められてしまった。


「あ……あの……?」

「……やっと見つけた……オレの大事な人……ティアリア………」


 熱の篭った瞳に吸い込まれそうになる。ま、待って、その色気全開の顔をこんなに近くで見るなんて、心が追いつかない。でも、今の王子殿下の発言は間違ってる。今できる精一杯の冷静な声で間違いを指摘した。


「……王子殿下、わたしはアリアナと申します。人違いではありませんか?」

「………そんなはずは……」


 戸惑ったように揺れる瞳に気を取られていると、耳元でバンと音がした。ビクついた拍子に頭に巻いていた布がはらりと落ちる。顕になったわたしの目立つ髪を見て、息を呑む音がした。


 かつて学園でされた嫌がらせや悪口を思い出し、無意識のうちに俯いていたわたしの耳に、甘い声が響いた。


「…いいや、この水色の髪、それに…」


 顎に手を当てられ、クイッと持ち上げられる。王子殿下は真っ直ぐわたしを見ていた。顔に熱が集まって来る。


「…綺麗な蒼い瞳。間違いなくティアリアだ」


 そして、わたしが何か言うよりも早く行動した。気がついた時には、わたしは王子殿下の胸に抱きすくめられていた。誰かに抱きしめられるなんて初めてで、王子殿下のトクトクと脈打つ鼓動と温もりが心にじんわりと沁みていった。








 かなりの時間そのままの状態でいたらしい。気がつくと空に赤色が混じってきていた。ずっとうわ言のようにリア、リアと呟いていた王子殿下は最後にギュッと強く抱きしめると、名残惜しそうに手を離した。


 一度深呼吸して心を落ち着けると、恐る恐る頭にあった疑問を聞いてみた。


「あ、あの、王子殿下…」

「レオナルドだ」

「…レオナルド様、その……ティアリアという方は、どなたなのですか?」


 わたしとは名前が違うし、少ない知り合いにもそんな名前の人は聞いた事が無い。しかし言った途端レオナルド様が怒ったような顔つきになった。


「君の事だよ、ティアリア·レーア·ラファンスト公爵令嬢。我が国の宰相の娘でオレの婚約者。髪の毛はラファンスト公爵家の特徴である水色で、母親譲りの蒼い瞳を持っている。七歳の時に突然行方不明になって、今までずっと探してた」


 そこまで一気に言うと、レオナルド様は不敵な笑みを浮かべた。


「まさか、知らないとは言わせないぞ」


 ……どうしよう、そんな事を言われても何一つ実感がわかない。確かに見た目の特徴はぴったり一致しているが、それだけだ。でも、それを言ってさらに怒らせてしまったらどうしよう……


 でも、知らないのに知っているふりをするのは無理だ。わたしはおずおずと口を開いた。


「あの……実は、わたしには七歳以前の記憶が無いのです。そのため、今レオナルド様が仰った事に心当たりはありません」

「は……?記憶が、無い……じゃ、じゃあ、オレの事も……」

「はい、初めてお会いしました」

「なっ………そんな……」


 それまでずっとわたしを見つめていたレオナルド様は相当な衝撃を受けたようで、フラフラと下がると力が抜けたように椅子に座り込んでしまった。


「も、申し訳ございません。レオナルド様の仰る事を信じていない訳では無いのです。ただ、予想外な事だったので理解が全くと言って良いほど追いついていないのです」


 レオナルド様の落ち込みように慌てたわたしはとりあえず頭を下げた。その視線がほとんど机に突っ伏す勢いで項垂れているレオナルド様の手首の内側に留まる。そこに描かれていた模様に、心当たりがあった。


 確認しようと腕をまくって見る。レオナルド様の手首にあるものと、全く同じ模様がわたしの腕に描かれていた。


「えっ、同じ模様が……?」

「……ん?」


 少し顔を上げたレオナルド様の行動で、わたしは声に出してしまった事に気がついて口元に手をやった。しかしレオナルド様は咎める事なく説明してくれた。


「ああ、これは婚約者同士に同じ模様が付けられるんだ。婚約を破棄するか、無事に結婚するか、あるいは片方が死んだ時には綺麗に消えるが、婚約者である限り何をしても消えない」


 それを聞いて納得した。昔、学園で嫌がらせされた時に、この模様を不思議がった人達に強く擦られた事があった。皮膚が擦りむけるほど強く擦られたにも関わらず、傷が癒えると共にこの模様も復活したのだ。


 そして、これがあるという事は、間違いなくわたしはレオナルド様の婚約者であるアストレン王国の宰相の娘、ティアリアなのだろう。


「わたしが、レオナルド様の婚約者……」

「ああ、そうだ。君がいなくなってから十年も探してたんだ、もう離しはしないから覚悟してろよ?」


 いつの間にか立ち直っていたレオナルド様に手を引かれる。愛しいものを見るような瞳で、甘い声で囁かれて、こんなイケメンにとんでもなく愛されているのが分かって顔が真っ赤になる。それでも、震える声で何とか返事をした。


「色々至らないとは思いますが……どうぞ、宜しくお願い致します」


 レオナルド様はそれを聞いて安心したように微笑んだ。















 その日の夜、仕事を終えて待機室に向かうと、待ち構えていたようにキャメルに問い詰められた。


「ねえ、どんな方だった?」

「キャメルの言っていた通りの、すごいイケメンだったわ」

「どんな感じに?」

「ええと、プラチナブロンドが良く似合ってて、白いマントを羽織っていて正に王子様っていう感じかな。あと、何か落ち着く声だった」


 レオナルド様の事を思い出していると、不意にあの愛しげな表情が浮かんできて頬が火照る。幸いにもキャメルはぼうっと上を向いていてそんなわたしには気がついていないようだった。


「良いなー、私も会いたかった……」

「まだ帰らないでしょう?来たばかりだし」

「それでも会いたかったよ。ああ、アリアナが羨ましいなぁ」


 わたしは苦笑いするしかない。それに、会っただけでこうなるのなら、実は婚約者でしたなんて言った時にはどうなる事やら。


 その後はたわいのない話で盛り上がった。
















 その後、何とわたしを探すためだけにイルク王国に来たというレオナルド様は、国王陛下に挨拶だけしてすぐさま帰る準備を始めた。小さな応接間で告げられた陛下と殿下は驚きつつも、レオナルド様の探し人が見つかって良かったと安心したようだった。


「それで、優秀なアストレン王国の王子殿下の心を掴んでいたのは、どんな方なんです?」


 殿下がその端正な顔に好奇心を隠しきれないように尋ねる。レオナルド様は一度目を瞬かせると、少し笑った。


「そんなに気になりますか?」

「ええ、一人の方を想い続ける所が私とそっくりですので」


 おや、これは……側近達の噂、本当だったのね?それにしても殿下の想い人ってどんな方なんだろう、すごく気になるなあ。


 部屋の隅で気配を消しつつ会話を聞いていたわたしは、レオナルド様に呼ばれた事で我に返った。


「…リア、こっちにおいで」


 うう、この前はレオナルド様の勢いに押されてしまったのと、わたしの昔の事を聞いて衝撃を受けたので何とも思っていなかったけれど、陛下と殿下の前で愛称で呼ばれるのはちょっと……いえ、かなり恥ずかしいわ。


 わたしはドキドキする胸を押さえ、ゆっくりと前に出ると丁寧にお辞儀をした。レオナルド様が立ち上がってわたしの腰に手を回す。そしてどこまでも優しい声でわたしを紹介したのだ。


「…顔を上げて。この者が長年探していた私の婚約者、ティアリアです」


 言われた通り顔を上げると、案の定怪訝そうな顔をした陛下と殿下が目に入った。


「しかし、その娘は一介の侍女じゃないか。とてもそなたが話していたような娘には見えないが……?」


 陛下がそんなはずないだろうと暗に言う。しかしレオナルド様は間違いないと言い切り、ごめんねと言うとわたしの頭の布に手をかけた。


「えっ?………ちょっ!?」

「これが、その証拠です」

「「……なっ!?」」


 いきなり布を取り去られて慌てるわたし。そして、そんなわたしを見て驚く陛下と殿下。レオナルド様だけはこの状況を楽しんでいるように見えた。


 わたしは涙目になってレオナルド様を少し睨んだ。この髪、あまり見せたくないのよ。


「……取るなら取ると、先に言ってくださいませ」

「ごめんよリア」

「そんな…ここにいるだなんて……」


 陛下は頭に手をやると、沈痛な面持ちになった。


「気づけずにすまなかった。何度も特徴は聞いていたと言うのに……」

「いえ、あ、あの……?」


 陛下に謝られてわたしは軽く混乱状態にあった。そんないっぱいいっぱいのわたしはさらに手を引かれて訳が分からなくなっていた。


「そうか、あの時の子は君だったんだな。ずっとお礼がしたいと思っていた。………道を教えてくれて、ハンカチまで貸してくれて、ありがとう」

「え……えっ?」


 確かに一度だけ王都に来た時にそんな事があった気もするけれど……少なくとも今混乱している状況では細かい事が全く思い出せない。


 混乱のし過ぎで動けなくなってしまったわたしは、手を引かれて殿下の方を向いたまま固まった。白く滑らかな殿下の頬にほんのり赤みがさしていく。そしてその顔が一瞬悲しげにゆがんだ。


「リア」


 レオナルド様に空いている手を引かれると、殿下はそっと手を離してくれた。







 その後わたしが落ち着きを取り戻している間に陛下とレオナルド様が話し合っていた。結果わたしは表向きには引き抜きにあったという事になったらしい。社交界ではよくあることで、お父様にもそのように伝えられた。


 お姉様にだけは、少しだけ本当の事を言った。


「実は、わたしの家族が見つかったみたいなの」

「まあ、本当?良かったわ」


 嬉しそうに、しかし寂しそうに笑ったお姉様に思わず抱きついた。この家で、穏やかに暮らせてこれたのはきっとお姉様のおかげ。学園に行った時もわたしを庇ってくれた。


「どこへ行っても、お姉様はお姉様ですわ」

「…ありがとう、アリアナ」


 暫くはそのまま抱き合っていた。














 それからはあっという間に時が過ぎ、わたしは本当の家族と対面していた。お母様だけは深い青の髪で、お父様やお兄様は皆わたしと同じ水色の髪をしていた。本当に、わたしの家族……目立たないでいられる。記憶が無いから初めて会った人達だけど、わたしは安心して涙が溢れた。


「ティ、ティアっ、ああ、無事で良かった……」


 わたしを見た途端、お父様はその場に力なくへたりこんだ。お母様も口元に手を当てて涙を流している。お兄様はわたしを見るなり飛んできて痛いくらいに抱きしめてきた。


「ティア……心配したんだぞ、もう危険な事はしないと約束したじゃないか」

「ティアは覚えてないよ、そう言われただろ?」

「でも……」


 心配の色を浮かべるお兄様の頬を、一筋の涙が伝った。お兄様の瞳の色と同じ、蒼い涙。前にも一度、蒼い涙を見たような………?


 目を閉じると、まぶたの裏に水色の髪を持った男の子が二人見下ろしてくる光景が映った。泣きじゃくる小さい方の男の子の頬には、一つだけ蒼いものが混じっていて、わたしは……


 頬に手を伸ばして蒼い涙をそっと拭い、微笑んだ。


「『泣かないで、アレクお兄様』」


 そう、唯一思い出した記憶通りに告げれば、アレクお兄様は目を見開いた。


「ティア……覚えて………?」

「ううん、思い出しただけ。この綺麗な蒼い涙と、アレクお兄様、それにウィルお兄様が心配そうに見ていた事を」

「アレク!」


 正直に述べると、お父様がいきなり大声を上げた。ビクついて思わずアレクお兄様にしがみつく。今までへたりこんでいたのが嘘のようにしっかりした足取りでこちらへ来ると、じっとアレクお兄様を見た。


「お前、それをそんな事に使うなんて……」


 少し低くなったお父様の声に緊張する。


「………良くやった!さあ、ティア、こっちにおいで」


 しかし次の瞬間には満面の笑みを浮かべ、両手を広げてわたしの方を見た。その優しい声と表情に、わたしは……


 反射的に一歩退いた。二人のお兄様の事は思い出したが、それ以外はさっぱりだ。だからお父様だとは思っているが、感覚的にはまだ他人の方が大きい。アレクお兄様は逃げる前に捕まったし、レオナルド様の時は逃げたけれど捕まった。


「どうした、恥ずかしがらないで良いんだぞ」

「父上、ティアが嫌がってます」

「何でだ!何でアレクは良くて俺は駄目なんだ!」


 衝撃を受けたような表情になるお父様。しかし諦めた訳では無いようで、今度はわたしを迎えに来た。一歩ずつ近づいてくるお父様から一歩ずつ退いて逃げる。その時扉が開いて誰かが入ってきた。


「ただいま帰りました……って父上、何してるんですか」

「ウィルお兄様!」


 入ってきたのは水色の髪に紺色の瞳をした男の人。さっきの記憶の面影が残るその人──ウィルお兄様に、わたしは駆け寄って訴えた。


「お父様が、追いかけてきて怖い……」

「はあ、父上は相変わらずだな。父上、そんな事をしていると、帰ってきたティアに嫌われ……………ん?」


 ウィルお兄様はそこでまじまじとわたしを見た。頭のてっぺんから足の先まで見下ろし、突然腕をまくり上げられる。驚く私をよそにそこにある模様をじっくり眺めた後、真っ直ぐわたしの瞳を見つめてきた。


「ウィルお兄様?」

「………本物の………ティア……?」


 ティアリアは、家族や婚約者にとても愛されていたのね。ウィルお兄様に頭を撫で回されながらその温かさを感じていた。
















 それから二年が経ち、幸せそうに微笑むレオナルド様の腕の中には小さな生命がすやすやと眠っていた。待ち望んでいたわたし達の息子、フィリアスの寝顔を見てレオナルド様が優しく言う。


「リア、フィルは君に似てとってもかわいいな」

「いいえ、きっとレオニーそっくりの美男子になりますわ」


 そう、この二年の間に失っていた記憶をある程度取り戻したわたしは昔のようにレオナルド様をレオニーと呼んでいる。どうもレオナルド様とわたしは、お兄様二人も含めて幼馴染だったらしい。


 四歳でレオナルド様の婚約者になったわたしは、七歳のある時にそれを妬んだ令嬢達に川に突き落とされてしまった。その時のトラウマで突き落とした令嬢の纏っていた強いバラの香りを受け付けなくなり、川や池を見ると足が竦んでしまう。


 その犯人達は全員が修道院送りにされ、家は尽く取り潰された。それを指示したのは王太子となったレオナルド様。


 去年行われた結婚式の時には「離れ離れだった十年分を取り返すから」と耳元で宣言され、その言葉通りわたしはとても幸せなのだ。


「ねえレオニー、大好きよ」

「……っああ、オレもリアの事を愛している」


 フィリアスを見ていた甘い瞳がわたしの方を向く。優しくキスされてわたし達は笑い合った。

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