case4 俺達、来年結婚します!?前編
「きーてるか?親父ぃ?」
「もうその辺にしとけ、ボーズ」
ちょっとだけ大きな街の酒場
場末の酒場ってほどではないが、それでもガラの悪い飲んだくれはどこにでもいるものだ
冒険屋が多いこの街で、俺はいつもの様に飲んだくれている
「だからよォ・・・おかわり…」
友人?
そんなものは必要ないね
恋人?
そんな軟弱な事はまだ考えてねぇよ
だから1人で店に来ては、いつもの様に飲んでは親父に絡むんだ
「お前さんも冒険屋ならいい加減仲間を見つけて旅立てよ。勇者なんたらみてーによ」
「やなこった。仲間?いらないね!そんなもん、俺1人で充分なんだよ」
ゴクリと手に持った酒を喉の奥へと流し込む
店の入口付近では、新たな勇者にカンパーイとか複数人の冒険屋が盃を鳴らす
その中心には高価そうなブロードソードを装備して、鮮やかな紺色のライトアーマーを着込んだ1人の女性がにこにこして佇んでいる
「ぷはあ、いやー、俺らがまさか勇者のパーティに選ばれるとはな」
「ああ、しかもこんなに美しい勇者とは」
戦士と僧侶か
「ありがとう。皆、これから頑張っていきましょう!」
女勇者がそっと二人の手の甲に手を乗せる
2人は顔を赤くして、鼻を伸ばしている
「は、なんだありゃ」
「最近、ギルド寄ってねえのか?告知が出てただろ?勇者様だよ」
店の親父はグラスを拭きながら、飲んだくれにそう言った
それにしても、あの女勇者の胸は
「しかも美女で巨乳だ。あの鎧はかなり貼りこんだだろうな」
胸を強調するかのようなあの鎧
確かに高そうだわ
防御力どーなってんだ?俺なんて鎖帷子だけしかねえのに世の中ってのは不公平だな
しかし俺はあの胸には賛同しかねるな。許されんよ
なにせ、でかすぎる
パーティの戦士と僧侶も、チラチラと勇者の胸を見ては鼻を伸ばしている
ああ、やだやだアイツら分かってんのかね、あんなー
「ニセチチ」
おっと、思わず口に出ちまった
流石に酔いすぎたな
「親父、勘定だ」
「まいど。お前さんも本当いい加減に頑張れよ」
「ああ、分かってるっつーの」
俺は銀貨を一枚テーブルに置くと、勇者様のパーティを後目に店をふらふらと出た
月夜は明るくまんまるでーっとぉ
橋の真ん中で月を見上げながら黄昏る俺様カッケー。とか思っていると
橋の向こう側から先程の女勇者が1人、こちらに歩いてくる
俺に何か用か?いや、あれは橋を渡っているだけだな、うん
俺はそこまで自信過剰じゃねえしよ。興味なく月を見上げてると
「ねぇあなた、1人?」
話しかけられた。あれ?おかしいな?
「ん?あー。そうだけど」
ぶっきらぼうに言い放つ
すると女勇者は、凄まじい形相で俺を睨んで
まるでゴミか何かを見る様な目だな、ありがてぇな
「誰に聞いたのか知らないけど、根も葉もない噂だからね」
「急に何を言い出すんだ?なんの話だよ?」
「だから、その、私の…」
ああ?歯切れの悪いヤツだな
もしかしてさっきの聞こえてたのか?耳がいいなんてもんじゃねえな
「ニセチチってやつか?」
俺はにやりと笑って言ってやった
「そう、それよ!そんな事ないんだからね!」
そう言うと女勇者は胸を強調する
もしかしてコイツ、それだけを言うために追いかけてきたのか?
「はいはい、分かった分かった。俺は胸の大きさで人を好きにならないからな。かんけーねえよ、ハハッ」
「凄まじく私を見下す目ね、汚い目。アンタ分かってないでしょ」
「いいよ、別に言いふらしたりしねーから早く帰れよニセチチ」
「なにを根拠にそんなー」
「王都のモンブラウン商会、スライム式の新型ー」
俺がそこまで言うと
女勇者は目を見開き、驚いた顔をしてため息をついてから
「いくら欲しいの?」
女勇者はそう言った
かかった
ニヤリと俺は笑い
「金貨100枚でいいぜ?」
「くっ!そんなお金ある訳が」
「王都で勇者認定されたんだろ?なら支度金で金貨500枚を貰っただろうが」
女勇者はさっと顔を青ざめてから
胸の谷間に手を突っ込み、金の入った袋を俺に投げつけた
ほんのり暖かいんじゃねえこれ
「もう二度と会いたくないわ」
「まいどあり」
ずっしりとした皮袋の感触を確かめながら
やー儲かったなあ。なかなかな臨時収入だよ、これで半年は暮らせる
と思っていたら
「ぺっ!!」
唾を俺の顔に吐き掛けやがった
あらまあ、お上品な事で
「じゃあな、貧乳勇者さん」
や、俺は別に貶したい訳じゃない。あのニセチチが気に入らなかっただけなのだ
そして女勇者は俺に唾を吐きかけ、帰って行った
「あーやだやだ、俺は純真な女の子がいいんだよなぁ」
だってそうだろ?あんなビッチのパーティになんて居たくないし
俺はまた、ふらふらとした足取りで宿屋に向かう
いや、これでまたしばらく働かなくてすみそうだとほくそ笑みながら
宿屋に着くと、少し飲みすぎたせいでやたら眠くなってきたー
ガタリ・・・
暗闇に物音が響く
なってねぇな、音くらい消せよ
「ふん、死ね」
しかも喋るとか暗殺に向いてないんじゃねえの?
俺はがばりと一気に起き上がり枕と布団を侵入者に投げつける
「あ!くそ!」
2人組の男だ
布団に阻まれもがいている2人の横をするりと抜けて廊下にでる
するとそこには
「貧乳勇者じゃねぇか」
「アイツら使えないわね!!死ねぇ!」
剣を振り上げ斬り掛かってきやがった!!
殺す気かよ!
俺はそれもするりとかわして逃げる
すれ違う瞬間に、女勇者の胸に向かって魔法を唱える
「リトルファイア!」
本来はただの着火用の魔法だが、俺の魔法は特別でな…命を狙った分くらいはお返しさせてもらう
小さな炎の塊が女勇者の胸に直撃してわずかに弾ける
ダメージはないが目くらましにもなったはずだ
その結果を見ないまま俺は宿から出て走り、そのまま橋の下に隠れるように身を潜めた
幾分もしないうちに男たちがドタドタとやってくる
「くそっ!どこ行きやがった!」
あー、この声は酒場に居た戦士か
てことはもう1人はあの僧侶だな
「逃がしちゃったの!?何してるのよ、使えないわね!」
「いや、すまねぇ」
「まったく、しっかりしてよね。これから勇者の私とー」
「お、おい!そ、その胸!!」
「え?」
「きゃあああ!!」
声しか聞こえないが、何が起こったのかは分かる
スライム式豊胸ブラF型
こいつはその手触りや揺れ方がいかにも本物としか思えない
だが、ある一定の温度に弱い
例えばさっきの火の魔法とかな。俺様特性の魔法だ
弾けた火花はスライム式豊胸ブラにまとわりつく
そしてその温度に晒されると、燃えはしないが、蒸発して消えてしまう
おそらく女勇者の胸は今ー
「つ、つるぺただ!!」
「て、てめぇ騙したのか!!」
そうでしょうそうでしょう、男ってそんなもんですよねー
「だ、騙してなんかいないわ!」
「くそ、ニセチチかよ!!騙しやがって」
「もうパーティは解散だな」
あはははは!って早っ!なんで解散までしちゃってんの!
「ちょ、ちょっと待ってよ2人とも!!」
男たちはもう立ち去るようだ
「じゃあな、頑張って他の冒険屋を探すんだな!」
オー、2人共ですか。やはりあの乳に釣られたんだなぁ
「なんなのよ!!うう・・・だから男って嫌いなのよ!!」
じゃあ何で男の仲間を選んだんだアンタ
今橋の上では泣きじゃくる女勇者のすすりなく声がきこえてくる
さすがに、ちょっとやりすぎたかなと思うなこれ
うわあ!川に向かって、石を投げる度に死ねっ死ねって言ってるよ!
しゃあねえな
「あーどうしたお嬢さん。なんかあったのかね」
橋の下から鼻をつまんで声を変えて話しかける
「だ、誰!?」
「あー、ワシは橋の精霊じゃ。そんなに泣いて何かあったのかね?」
「は、橋の精霊ね・・・実は私、勇者認定されて仲間を募集したんだけど」
うわっ!信じたの!?橋の精霊信じちゃったの!?
「お、おう」
「誰も仲間になってくれなかった。そりゃそうよね、勇者認定されたら魔王討伐に行かなきゃいけない。そんな危険な冒険に付き合ってくれる冒険屋は少ないわ」
まあ、確かにな・・・正義の志で勇者の仲間になりたいやつなんて、今はもう殆ど居ない
「だから、色々手を尽くしてみたんだけどやっぱりダメだったの。そんな時、ある闇商人から絶対仲間ができるってアイテムを売りつけられたのよ」
「ほほう、そんな便利なアイテムが?」
ま、まさか
「スライム式豊胸ブラF型・・・実際、アイテムの効力は絶大だったわ。すぐに仲間が出来たもの」
「よ、よかったではないか」
「ええ、そこまではね。金貨200枚の価値は確かにあった」
えええ!?200枚払ったの!!あんなもんに!?金貨2枚で売ってるじゃん!!
「でももうダメね、無くなった途端、仲間も居なくなっちゃったわ」
俺のせいだな・・・だが反省はしとらん!
だって命狙われたからな!
「だからね」
「うむ」
「アンタが責任とんなさい!!」
え?
振り向くとそこには女勇者がいた
俺の手を掴み
「逃がさないわよ!!」
そう言って俺の腕に、腕輪をはめる
ああっ!くそっ!これアレじゃねえか!マジか!取れねぇ!!
「ふふふ、取れないわよそれ。奴隷の腕輪よ。私のこの主人の腕輪と対になったそれは私から離れれなくなる制約があるわ」
くっそ取れねぇ!!
「まさかてめー、これもさっき言ってた」
「ええ、闇商人から買ったわ。金貨100枚でね!これは使わずにおきたかった。呪いのアイテムだから、でもアンタには心置き無く使えるわ!」
金貨100枚も払ったんかい!!
つーかこいつ金銭感覚ねえだろ!無茶苦茶だろうが!
「騙されるにも程があんだろ・・・」
「何よ?」
「はぁ、コイツは奴隷の腕輪なんかじゃねぇんだよ。確かに、捉え方によっちゃそう呼ぶ奴もいる」
「え?違うの?」
キラキラと輝くその腕輪は
「婚姻の腕輪だ。しかもご丁寧に神言の誓いまで施されたやつだよ!!」
つーかどうすんだよこれ
「え?なにそれ」
え?じゃねぇよ、え?って言いたいのは俺の方だよ!
「腕輪したまま1年が経過すると本当に好き合っちまう呪いがついてて、しかも外すためには中央教会に行って金貨10000枚を納めないと外してもらえねーんだよ!」
「な、なによそれ!?ふざけないでよ!は、外しなさいよ!!」
女勇者は一生懸命に腕輪を取ろうとするが取れるはずも無く
「い、いや、イヤあああああああ!こんなクソ男好きになるなんてイヤあ!しかも婚姻とかふざけないでぇ!」
「それはコッチのセリフだ!!しかも相手が死んだら一生取れないんだぞこの腕輪!!」
そう、相手を殺せば、腕を切ればーと考える奴がいる
だからそれの対策も万全にしてあったりする
「どうすれば良いのよ・・・」
そう、選択肢はない
「1年以内に金貨10000枚を稼ぐ。それしかねぇ」
俺の真剣な物言いに、女勇者はたじろぐ
クソが、俺のダラダラライフを返せ!
「そ、そんなの無理よ!」
「無理でも、やらなきゃ俺達本当に結婚するハメになっちまうぞ」
そう、俺は、俺達は今日から1年以内に金貨10000枚を稼がなくてはならなくなった
この貧乳女勇者と共に…
一年以上前に書いてたやつです