case3 異世界探偵アカネちゃん
予期せぬ長文に……
「はいはい、これはもうアカネお手上げだよ」
被っているベレー帽で顔を隠しながら投げやりに言う
これが彼女の決め台詞
「また練習なのー?」
ふよふよと柔らかい水色の塊が喋る
ミニスライムだ
「そうだよぉ、いつ何時依頼が舞い込むかわかんないんだから」
狭い事務所にテーブルと椅子が一つ、ソファセットが一つ
それがこの異世界探偵事務所だ
探偵の名前はアカネ
噂によれば別世界から来たらしい
助手はミニスライムのみーくん
珍種らしく、なかなかの魔力を持っているとの噂だ
そんな彼女の営む探偵事務所はこの世界唯一の探偵事務所である
そもそも探偵などと言う概念を持ち込んだのがアカネであるから唯一も何もないのだが
「独占企業だね!」
彼女のふんぞり返った小さな体から発せられる声は自信に満ち溢れていた
「でもさーもう一か月もお客さん来てないよー?」
ふよふよと可愛いみーくんはそう言った
「んーでも私の予感だとさ、もうすぐお客さんが来るんだよ」
「えーそうなのー?」
「そうだよ」
にっこりと彼女はみーくんに微笑んだ
ガチャリ
そして事務所のドアが外側から開けられた
彼女の予感通りである
ミニスライムのみーくんはプルプルと震えた
現れたのは初老の男性、清潔感あるキッチリとした服に身を包み、多めの白い眉は目をほんの少しだけしか見せないが、綺麗な目をしている事はわかる
「すみません、こちらに探偵と言う、アカネさんがおられると聞いてきたのですが?」
アカネは微笑んで
「いらっしゃい、待ってたよー。私が探偵アカネ、よろしくね」
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シャンルル地方の領主
グランフォード家は長く子宝に恵まれなかった
1000年以上の歴史を誇る名家にとってこれは由々しき問題だった
子宝が恵まれるよう、ありとあらゆる方法を試して
なんとか生まれたのが女の子であった
その娘が1人だけ生まれて、あとはからきしだった
数多くの妾も居たがそれもダメで…
今で言う不妊の原因はこの場合は男性、つまり領主にあったのであるが、男性優位の世界であるこの地にあってさらに領主とくれば
その考えは全くといって良いほど無かった
ただただ、妾を何人も抱えた領主は女好きという噂だけが流れた
だから娘が生まれたのも天罰だと言われる有様である
当の領主はそんな風評よりも、問題は跡継ぎである
これはでは養子を貰うしかないのだが、それでは血筋が絶えてしまう
仕方なく婿を貰う事に決めた
娘リリエッタが僅か生後1ヶ月の事である
それからも領主は子作りに励むも、やはり子供は授かれないままに15年の月日が流れた
元々リリエッタを授かったのも50歳と奇跡に近いのだが、領主は諦めなかった
しかしながら流石に、である
もう子供は授かれない
ならば、良い婿を探さねばと奔走していたある雨の日の事
最愛の娘、リリエッタが神隠しにあってしまったー
「なるほど、で、その娘さんを探して欲しいと?」
「はい。お嬢様を、どうかお願いします」
「それでどうして私のことを知ってたのかな?」
特に宣伝活動などをしていないアカネ
尋ねてくるのは大抵が口コミだ。だから今回の情報源はどこかを聞いておかねばならない
「はい、初めは冒険者に頼んでいたのですがそれを聞きつけた勇者様より、こういうことならばアカネ様を訪ねるようにと言われまして…」
「なるほど、勇者ねー。分かったよ、じゃあ引き受けようか」
「おお!ありがとうございます」
「ねーねー。タイヨーに紹介されたってー」
「そうだねみーくん。ま、これ解決したらアイツに貸しひとつだね」
勇者の名前は太陽と言うのかと、執事は初めて聞いた。勇者の名前など秘匿されているからだ
それよりも
「おお…これはめずらしい、スライムですか?」
「そう、助手のみーくんだ。魔物だからって差別しちゃだめだよ?」
「いいえいいえ、とんでもない!とても愛らしいではないですか」
執事のメェさんはそう言って長い眉毛の間からキラキラした目でみーくんを見つめた
あげないからね?
それではと、執事のメェさんは帰っていった
前払い金ということだろう金貨5枚を置いて行く
今日は豪勢な食事がとれそうだ
翌日、一人と一匹は領主の館に赴いた
そこでメェさんに案内され、リリエッタが消えた場所や、普段遊んでいる場所
勉強している場所などを案内してもらう
一通り見終えたあとに領主に面通しとなった
「はじめまして!私はアカネ、探偵です」
「胡散臭いな…」
「あっ!聞こえたんだからね!胡散臭くなんてないよ!」
「領主様、こちらはかの勇者様のご紹介でありますから・・・」
「おおそうだったな、すまない。娘を探してくれると言う者は後を絶たなくてな」
「ああ、その度に報奨金でも毟り取られたかな?」
領主はギョッとする
「なっ…その事は誰にも話していないはずだ」
領主はちらりとメェを見ると、メェはあわてて首を振る
「メェさんからは聞いてないよ、簡単な推理だ。このお屋敷には金目の物があまりない、いや、あった後がある。絵が掛けてあっただろう壁。暖炉にあったろう金や銀の蜀台の跡…掃除が行き届いてないのはメイドが足りないからだ。暇をだしちゃったかな?」
「なんと…その通りだ…」
「あとまぁ、領主様の噂も聞いているよ。なんでも何年か前まで妾がたくさん居たんだってね?全員を養うだけのお金を用意できなくなったって線も考えてたんだけど、私をみて胡散臭いと言ったことで違うと思ったよ。まあそもそも妾さんたちには十分なお金を持たせてちゃんと街に帰しているようだしね」
「そんな事まで…」
「人の口に戸はたてらんないよ。昨日一日あったからね、ちょっと調べさせてもらったの」
「領主様、これならば…」
「ああ、今度こそ見つかるやも知れぬな」
「ま、大船に乗ったつもりで安心して任せてくれるといいよ!なんせ探偵は私一人の専売特許だからね!」
「よくわからぬが、よろしく頼んだ…あの子は私にとって宝だからな」
領主はそう言うと、重い足取りで執務室へと帰っていった
「それでアカネちゃん、これからどうするのー?」
「なんだいみーくん、まだわからないのかい?もう娘は見つかっているよ」
「なんですと!?」
「声が大きいよ、メェさん。見つかっているのと、ここに連れてくるのはちょっと違うから。じゃ、さっそくだけど謎解き解決編だ!」
アカネとメェは裏庭に向かう
「さっきメェさんが案内してくれた時に気がついたんだけど、ここで魔法が使われた痕跡がある」
「どこ・・・ですかな?」
「みーくん」
ミニスライムのみーくんはアカネに呼びかけられると、ポンとむしめがねに変化する
そのむしめがねで、庭先を見ると
「ほら、ここ、これ魔法の痕跡なんだ。で、その魔法の痕跡…これは糸に見えるね?そこの小屋に続いてる」
「その小屋は庭師が住んでおります。まだ居たと思うのですが」
「そうかい、んじゃ、行ってみようか」
二人はそのまま庭師の住む小屋へと向かう。
ノックをすると中から一人の男が出てきた。庭師のゴンと
後ろに一人の少年。名をカルロスと言った
「おっと、カルロス君…いや、リリエッタちゃんだね?」
メェはアカネが一瞬何を言っているのか分からなかった
無理もない、カルロスは間違いなく男の子なのだから
「ねぇゴンさん、最近カルロス君変わったことがないかい?」
「ああ?最近か、あんまり喋らないな…それと」
「それと?」
「飯をやたら丁寧に食うようになったな。あと体調が悪いようで、手伝いもしねえ。まぁコイツはお嬢様と仲がよかったからな、気落ちしてるんだろう」
「ね?」
「ね?って言われても・・・・」
「ああもう、わかんないかなぁ…このカルロス君の中身がリリエッタちゃんなんだよ。入れ替わりの魔法を使ったのさ」
「なん…ですとおおおおおおお!?」
「カルロス君はたぶん、庭師の仕事を手伝っている時にみつけちゃったんだね、入れ替わりの魔法を」
「どこにそんなものが?!」
「見ればわかるじゃないか、この裏庭の池・・・それと、そこの岩と木だね。池の中にマジックアイテムを沈めていると現している」
メェにはまったく分からない
だが、ゴンはそういえばカルロスはよく本を読んでいたと言っていた
メェもそれには心当たりがあるらしく、このお屋敷には図書館があり本が好きだったカルロスを領主は気に入り自由に使える許可を出していたと
「ま、それでこのカルロス少年は魔法や魔術に詳しくなり見つけたわけだ。本来だったら使わないはずのマジックアイテムをね!でも彼は見てしまった、お嬢様が攫われる瞬間を。だから彼はー」
そこまで話すと、今まで無言だったカルロスが話し始めた
「そうです…彼は、カルロスは…私をどうにかして助けようと…魔法を…気がついたら私はカルロスの中に居ました。それで気づいたのです、彼が、私の代わりに攫われたのだと」
「と言うわけさ」
メェさんは目を指で押さえながら深く、深く深呼吸してから
「分かるわけありませんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「ああもう、うるさいね」
「そ、それではお嬢様の体に入っているカルロスはどこに?!」
それじゃあ、解決編だ
それだけ言うと、アカネはむしめがねをかざして、カルロスとリリエッタに繋がった魔法の痕跡
その赤い糸をたどり始めた
街から少し離れた場所にその村はあった。廃村だ。
かつては人が住んでいたが、グランフォードの街へ移り住み、廃村になった村
そこの村の中心にあった古い教会まで歩いていくと
アカネは立ち止まる
ボロボロになっている教会を見上げると
「ここにお嬢様…カルロスが?」
「そうだね、魔力の残滓がこの中に続いている」
それを聞いたメェは居てもたって居られずに走り出す
「あっ!あぶないよメェさん!」
「おじょルロスさまあああああああああああああああああ!」
変な具合に混じった名前を叫びながら、メェは扉を開けた
ちからいっぱい扉を開けるとそこには全裸になったおじょルロスさまが、床に寝かされていて
床にはなにやら魔方陣が描いてある
そして、それを取り囲む覆面の男が5人
「何者だ?」
その頭目と思しき男が喋った
「お、お。カルロスを返しなさい!」
お?戻ったけど見た目お嬢様だからお嬢様でいいんじゃね?と、アカネは思った
「なんだ、この少女の事か?それは出来ぬ…もう儀式は終わった…」
「どういうことですかな!?」
メェはどこからか取り出したナイフを構える
「なぁに、この娘の血縁…領主へ復讐をな…」
そう言った途端に
魔方陣から黒い煙が立ち昇る
覆面たちの後ろにあった灯る蜀台の火がふっと消えた瞬間
男たちはまるで煙のように消えた
そして、黒い煙が実体化する
二本の角に、背にはこうもりの羽
浮いているそれは
「あ・・・悪魔・・・・」
メェは怯えて一歩後ずさるが、目の前にお嬢様の体があるのだ、取り返さないといけないと駆けていくが
バチチッ
見えない壁に弾かれる
「この娘は私の物だ…かの男達の贄…願いは聞き届けた」
強大な魔力が風となり、一気に爆発する
ドゴオ!
風は教会を吹き飛ばし
「悪魔とは失礼だな・・・」
「そうだよメェさん…それは…」
「我は魔神…魔神フォレス…」
「な…魔神…」
魔神とは、勇者が探しているのではなかったか?魔神を倒す使命を持って諸国を旅している
そして魔神を倒せるのは勇者達だけだと聞いた、これがあの魔神か?
辺りを見回してメェは戦慄する
先ほどの爆発により、巨大なクレーターが出来ていたからだ
大して力を行使したそぶりも見られなかった先ほどの爆発、おそらくはあふれ出たただの魔力
それだけでこれだけの大穴をあけたのだから、その力は本物だろう
襲いくる狂気に足が震える
手に持つ小さなナイフでは太刀打ちできないだろう
アカネもまだ小さな女の子だ……これではもう打つ手がない…
消えた男達の願いはわからないが、きっと領主に、街に害成す物にちがいないとメェは思った
アカネがメェの前に出る
「もー、だからメェさん危ないって言ったのに」
ちょっとだけぷんぷんだよ
アカネはそう言うと
「その子を見つけて連れ帰るのが私の仕事なんだ、返してくんない?」
アカネは飄々とした口調でそう言った
「無礼な…砕け、散るが良い」
魔神フォレスはそう言うと、ヴンと言う音とともに巨大な魔力球を作り出す
終わった…メェは死を覚悟した。それほどに恐怖に犯されている
「返さない気?たかが魔神ごときがアカネちゃんにたて突くとどうなるかわかっていってんの?」
「そーだそーだ!」
いつの間にかむしめがねの変化から戻ったみーくんがアカネの肩に乗っていた
「死ぬがよイ」
音もなく魔力球が凄まじい勢いで地面を削りながらバキバキと音を立ててアカネに迫る
だがアカネは慌てたそぶりもなく、右手を前にだして
大きな魔力球に触れた瞬間に
バチンッ
消し去った
「おいたしたねぇ…フォレス君だっけ?ちょっと君、反省してきなよ」
アカネはそれだけ言うと
一瞬で魔神フォレスの元に移動する
速いッ
魔神が反応するよりも早くアカネは浮遊して
魔神にアイアンクローをした
「あだだだだだだだだ!?!?」
「素直に言う事聞かない子はこうだよ!こう!うりうりうり!」
ぎりぎりぎりぎり!
「ばーかばーか!アカネちゃんのアイアンクローは痛いんだぞ!」
「きさまっ!きさまぁああああだだだだだだ!!!」
「ちょっと反省してきなさい。みーくん」
ミニスライムのみーくんはアカネの声に反応して
その本来の姿を取り戻す
頭上に魔力の輪
背には12枚の黒い羽
そして金色の瞳のー
「あ・・・あなた様は!あなた様はぁああああああああああ!!!!」
それが魔神フォレスの最後の言葉だった
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「と言うわけでね、これがカルロス君。まぁ見た目はリリエッタだけど…元に戻りたい?」
「「戻れるのですか?」」
入れ替わりの魔法が入ったマジックアイテムは一度の使用で壊れてしまっていた
だからもう戻れないと、カルロスとリリエッタは覚悟していた
「もどれるよー。ほいっ!」
アカネが手を振ると、赤い糸はぶちりと切れる
互いの魂が元の肉体へと還っていく
「あ・・・」
言葉が出ない
だけど、その瞬間にカルロスとリリエッタの入れ替えは終わりを告げたのだった
互いを見つめあい、抱きしめあう
それを領主と、メェが見つめる
「領主さん、こりゃあ、お婿さん決まっちゃったねー?」
「そう・・・だな」
ぽかんとしてるなんてよほどショックだったのかな?
まぁこれで依頼完了だよ!
「な、なあアカネよ、これはどうにかならんのか?!」
コレってきっと、リリエッタとカルロスだよねえ?
あーあ、あっついキスしてるじゃん。らぶらぶだよ
焼けちまえ!間違えた
妬けちまうよ!うん!
「うーん」
アカネはかぶっているベレー帽で顔を隠すと
「はいはい、これはもうアカネお手上げだよ」
そう投げやりに決めゼリフを言ったのだった
「アカネちゃんアカネちゃん!」
「なんだいみーくん」
「あの二人らぶらぶだね!!」
「そうだね……爆ぜろ!」
「あ…アカネちゃん?」
如何だったでしょうか?
異世界探偵アカネちゃんでしたー