表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血姫は死を嫌う  作者: 天木蘭
一章.吸血鬼の都市伝説
6/24

1-5

「コンビニの中が、いかに快適だったかわかりますね」

「私は少し温度に鈍いけど、暑いってことであってる?」


 コンビニを出てすぐ、もわっとした熱気が押し寄せてきた。僕はスマホの天気機能を使って、現在の気温を確かめてみる。


「はい。どうやら、現在の気温は27℃みたいです。昼は30℃越えですね」


 今日の昼、誰かが教室の窓を開けて、蜂が入って来たのを思い出す。先生が教室にあった虫取り網を使わなければ、騒ぎはなかなか落ち着かなかっただろう。


「それは高いわね。地球温暖化の影響かしら?」


 それほどの暑さでも、汗一つかいていないリレンの様子を見れば、温度に鈍いという彼女の言は正しいのだろう。


「要因はいろいろありそうですけどね。このあとは、どうしますか?」


 さっきスマホを見たとき、時計は七時頃を示していた。


「もう、調べられそうなところはないのよね?」


 一応、記憶を巡らせてみるが、思い当たる場所や人はいない。それに、この時間からでは人に会うのは難しい。


「そうですね」

「それなら、ここからは私が独自で調べてみるわ。死体は警察のところにあるの?」

「はい。司法解剖は承諾しました」


 そのときはまだ、兄が殺されたかもしれないという確信は全くなかったが、結果的には正解だったのかもしれない。


「そう。ところで、君のお兄さんが使ったロープは、元々あったもの?」

「いえ、そういえば不思議ですね。家にはなかったと思います」


 ロープを家に常備しているなんてことはない。使う予定もなかった。特に気にしていなかったが、気づいていても兄が買ったのだと疑わなかっただろう。


「わかったわ。それじゃあ、またなにか聞きたいことがあれば、君に会いに行くわ。今日のところは、家に送っていくわね。お兄さんが殺されたのなら、君も狙われているかもしれないから」

「はい。ありがとうございます」


 彼女が送ってくれるのなら、心強い。確かに一人で帰るのは危険かもしれない。警戒している以上、抵抗くらいはできると思うけど。それに、リレンに毎日送ってもらうわけにもいかない。なにか、対策は考えておこう。

 

「さてと、それじゃあ家まで送るわね」


 リレンが言うと同時に、生温い風が吹いた。肌を滑るその風は、人の手が撫でてくるかのようで、気持ち悪かった。


「あら、ちょっと寄るところができたみたい。でも、君を送るのが優先よね」


 風の知らせというやつだろうか。急に用事ができたらしい彼女の声は、名残惜しいように聞こえたが、焦りを孕んでいるようにも見えた。


 リレンは、店長さんと話しているときに、僕のことを焦斗くんと呼んでいた。今はまた、ただの君に戻っている。彼女との距離感は、まだ曖昧だ。会って数時間では、そんなものかもしれない。


 ただ、彼女は僕に対して嫌悪は抱いていないはずだし、僕を優先して動いている気がする。それは依頼主である以上の理由はないのだろう。だから、お返しというのも違うけど、彼女の用事に付き合ってもいいという気になった。


「差し支えがなければ、僕もついていきますよ」


 リレンは考え込んでいたが、コンビニの電子的なベル音が聞こえると、答えを出した。


「わかった。連れていくわ」


 コンビニから出てきた客は、僕たちを避けて車へと向かう。赤黒いぶどうのような色だ。車は煙を出しつつ、どこかへ行った。


「今なら誰も見ていないわね。自転車には鍵を掛けた?」

「まだ鍵は掛かってますけど」

「そう。なら、しばらく置いていても大丈夫ね。ちょっと近づいて」


 早口で話す彼女に、僕はおとなしく近づく。向かい合うような状態で、彼女の手が伸びる。そして、その手は僕の背中と膝の裏へと達した。


「目と口をしっかり閉じてね」


 返事をする間も無く、僕は浮遊感を覚えた。いつのまにか、体を抱えられている。これは、いわゆるお姫様抱っこというやつでは。


 なんとか、混乱する思考をそこまで漕ぎつけるも空しく、僕は凄まじい速度を体験することとなった。


 体感は車よりも速い。目を閉じると、心地よい闇が包んでくれた。ただ、車の揺れは眠くなるが、一方これは、そんな余裕を持たせてくれない。口を開ければ悲鳴が出そうで、リレンの言う通りにしているしかなかった。


 生温い風も冷たく感じるほどの速度、リレンの世界はこうなのだと実感した。女性にお姫様抱っこをされるというのは恥ずかしい。しかし、これは例外だ。彼女はやはり、人ではない。身体能力ではリレンに敵う人などいないだろうと、ただそう認識する他なかった。


  「もう大丈夫よ」


 リレンの言葉の意味を図りかねたが、よく考えればわかった。体が止まっている。目的地に到着したのだろう。つまり、目を開いても問題がない。


 彼女は、まるで僕を壊れ物であるかのように、優しく地面に降ろした。


「ここって」


 閉じていた目と口をようやく開いた。目には見覚えがある建物が映り、口はそれを示唆する言葉を発した。


「知っているの?」

「学校の登下校のとき、ここを通りますから。でも、ただの介護施設ですよね」


 ほぼ毎日、視界の端に出てくるところだ。今まで、さして気にしたことがない。日常の一風景として切り取られていた場所だ。


「そうね。ただの介護施設。見ている限りではその通りよ」


 “見ている限り”という、含みのある言葉が気になった。


 介護施設を見てみる。まだ就寝時刻ではないらしく、ところどころから光が外に漏れている。施設員もまだいるのだろう。


「正面突破は避けたいところね。手早くいきましょう」


 彼女は先導し、僕を促した。入口までくると、彼女は直角に曲がり始めた。


 この介護施設は、建物の周りを一回りできるくらいには、塀との間にスペースがあるようだ。砂を踏むザリザリという音に申し訳なさを感じながら、泥棒の才能がありそうなリレンを追う。


「ここね」


 ふと、彼女が足を止める。建物に向かい合うと、色の識別をできないカーテンが、部屋の中を隠している。


 光が漏れていないことから、空き部屋か、中の人は寝ているのだと思われた。寝ているのならば、その人は要介護者だろう。


「結局、手荒になるわね」


 仕方ないといったようにそう言うと、リレンは拳を握る。まさかと思えば、そのまさかだった。彼女の白い拳は、ガラス製の窓を破った。硬めのガラスらしく、パリンといった繊細な音はしなかった。


 その後、ガチャという音がする。彼女の腕が動いていることから、ロックを開けたのだと予測される。


 リレンは満足したように腕を引き抜いた。ズタズタに裂けた黒い布に続いて、血に濡れた蛇のように白い手が現れた。

 

「その手、大丈夫なんですか?」


 情けない声が出た。死には慣れても、血だとか、死体だとか、そういうものには慣れていないのだ。


「私、修復機能があるの。少ししたらこの傷も消えるわ。不老不死の不死である部分は、これのおかげね」

「なんでもありですね」


 不老の上に、身体能力の異常な高さ、更には不死を決定づける修復能力。日の出ているうちには動けない夜行性という特色を除けば、人間とは比べものにもならない。


「それよりも、急がないと」


 確かに、幸いにしてガラスの音が小さかったとはいえ、人が来るかもしれない。僕はそう思ったのだが、彼女の焦りは違ったようだ。


 素早く窓を開け、彼女は窓の中に飛び込んだ。僕の身長の半分くらいの大きさだ。


「やっぱり、間に合わなかったわね」


 部屋へ入る前に、リレンの呟き声が聞こえた。喪失感を抱かせる、落ちた声。とても、不吉な言葉だ。


 中に入ると、微かに異臭がした。酷いわけではないため、気のせいかと思ったが、違うようだ。


 リレンはベッドの傍に立っていた。掛け布団が隆起している。視線を上に滑らせると、顔があった。眠るようで、穏やかな、そして、寝息がない。


 それを見た瞬間、兄の死体を見つけたときを思い出した。雰囲気だ。雰囲気が同じだ。表情は表と裏のように違っているが、空気感が変わらない。


「リレンさん、この人は……」

「ええ、死んでいるわね」


 口振りこそ冷たいが、声は明らかに萎んでいた。


「警察を呼びますか?」


 手元にスマホはある。警察に連絡することも可能だ。


「待って」


 しかし、僕のスマホが画面を光らせるよりも早く、彼女の声は僕を制止した。


「なぜですか?」

「私が、彼女の死因を見つけるわ」


 リレンの言葉には、決意が込められていた。僕が犯人を殺すことにした決意に似た、強さがあった。


「それに、今すぐ警察を呼べば、私たちは不法侵入罪で逮捕よ」

「それは、確かにそうですけど」


 だが、これは警察の管轄だ。一般人がやることではない。リレンは人ではないし、探偵ではあるが、こういう問題を先に解決するのは、フィクションでもない限り許されない。


「私ね、死が許せないの」

「どういうことですか?」


 死は、ただの現象だ。許すも許せないもないはずだが。


「私は、ある事情でとても死にたい時期があったの。それも、とても長い間のことよ。けど、さっきまででわかったでしょ? 私は不老不死の吸血鬼。いくら死のうとしても、死ぬことはできないの。

 絶望したわ。絶望して死にたかったのに、死ねなくてさらに絶望なんて笑えない。でも、人の世界に紛れ生きているうちに、命の尊さを知ったのよ」


 命の尊さ。それは、人間であれば生まれたときから知っていること。彼女は、それを途中で知ったのか。


「世の中には、生きたくても生きられない人がいる。そうしたらね、もったいないと思ったの。

 私は死ねないことに絶望していた。死のうとして、生きていた。けど、死ぬことしかできない人は、道がその一つしかないのよ。死にたくないのに死ぬ。その事実は覆らない。理不尽よね。

 それで、私は人間社会に埋没することにした。死しか残されていない人に、私ができることをすることにしたの。それは会話だったり、プレゼントだったり、いろいろね。生きたい人を助ける。ただ、それだけをしてきた」


 それが、彼女の過去だったのか。自殺判断をできるのは、おそらく彼女が無数の自殺方法を試してきたからなのだろう。そして、探偵なんていうのをやっているのは、少しでも多くの人を救うため。


「でも、死はそれを裏切る。死は、人を引きずりこむのよ。

 ある人が死ねば、その人を取り巻く人の中にも死者が出る。自殺する人が出れば、その人の親族に死ぬ人がでる。人を殺せば、殺人者は死刑によって死ぬ。死は死を呼び起こす。ずっと連鎖するの。

 だから、私は死を許さない。絶対に許せない。殺人者も、自殺者も、変わらない。誰かを殺しているのだから」


 最後の声は、ひどく冷たいものだった。人でない彼女の体温が、そのまま声に乗ったようで、怖くも感じた。

 

「でも、自殺者は悪くないですよね。その人を取り巻く人が悪いわけで、自殺した人自身は悪くない」

「そうね。間接的に殺した周りの人が悪いわ。……でも、この話はまた今度ね。今は、この人の死を判断しないと」


 確かにその通りだ。もし人が来ても困る。リレンと話す機会は、きっと、まだある。


「じゃあ、調べるわね」


 彼女は、腰を曲げてベッドに向けて体を傾けた。一体なにをするのかと思ったら、老婆の柳のような腕を手に持ち、噛み付いた。


「リレンさん! なにやってるんですか!」


 僕が声をあげると、彼女は老婆の腕をゆっくり置いて、僕の方へ顔を向ける。前歯が、赤くなっていた。


「血液採取よ。それよりも、静かにね」


 しなやかな人差し指は口の前に行く。月明かりもあいまって、どこか神秘的な様相を醸している。しかし、そんなことでは惑わされない。


「なぜ、血を吸ったんですか?」

「死体の様子を確認するためよ。おかげでいろいろとわかったわ」


 吸血鬼は血を吸うだけで、死体のことがわかるのか。本当にそうならば、吸血行為も僕の中では多少、正当化できる。倫理観が、全てを許せはしないが。


「どんなことがわかったんですか?」


 彼女はつらつらと述べていく。


「まず、触ったときに死後硬直が起きていたから、まだ死後数時間ってとこかしら。腐敗も始まっていないから、裏付けているわね。それで、血を採取した理由だけど、あれを見て」


 リレンの指差す先は、部屋の中央だった。そこには、確かになにかがある。判別にやや掛かったが、バーベキューをする用具が小さくなったようなものだった。


「これってなんですか?」

「練炭よ。聞いたことない? 練炭自殺って」

「あります」


 僕は推理小説やミステリ系の漫画をいくつか読んだことがある。長く連載が続いている漫画で、確か扱われていた。


「あれがあるから、練炭自殺について疑ってみたわ。けど、血中酸素濃度は通常。酸素が不足した様子はなかった。それに、練炭自殺をするときの心得というか、すべきことだけど、空間の封鎖がされてないわ。

 窓や扉は閉まっているけど、ガムテープなどで目張りされてはいないから、確実ではない。つまり、この人の死因は自殺じゃないみたいね」


 リレンの自殺に対する知識が発揮される。僕より自殺について相当詳しい彼女に、自殺判断を依頼したのは正解だったと、そう思わせてくれる。


「それに、換気扇」


 リレンが投げやりに指を差した先では、換気扇が音を立てて回っていた。決定的だ。


「ただね、不自然な点が一つ」

「え? それってなんですか?」


 リレンは掛け布団を捲り、老婆の体を上から下まで眺める。僕にも不自然な点がわかった気がした。


 老婆の体は痩せ細り、見た目は秋の枯れ木に近く、簡単に折れてしまいそうだった。着ている服は寝巻きで、水色のパジャマだ。


 彼女は死んでいる。微かな異臭は、死臭ということだろう。気持ち悪い。吐き気がする。だが、なんとか我慢できるくらいだ。


 しかし、彼女に死の様子は見られなかった。目と口は閉じたまま、手足は伸びて仰向け、寝ていると言われても頷ける。


「本当に死んでいるんですか?」


 思わず、そう尋ねてしまう。心のどこかで、目の前にあるのは、まだ人であって、モノではないのだと思いたいのかもしれない。


「そこなの。この死体は綺麗過ぎるのよ」


 やはり、そこなのか。僕には見ている限り、老婆がただ寝ているようにしか見えない。それは寝巻きに血がついていないことや、傷跡も見えない点がそうしている。


「じゃあ、毒ですか?」


 部屋の中央に練炭はあるが、練炭自殺の可能性はさっき否定された。そうなると、毒としか考えられない。


「いいえ。さっき吸った血液からは、危険な薬物や毒物の味はしなかった。つまり、薬殺や毒殺でもないの。なのに、この女性には外傷が全くない」


 どういうことだ? それなら、死ぬはずがないじゃないか。病死だとしたら、もちろん場所は病院なはずだ。


「老衰死の可能性はあるわね」

「老衰死っていうのは、なんなんですか?」


 老衰という言葉は知っている。老いて、身体能力が衰えていくことだ。ただ、そこに死が付くとよくわからない。


「老衰死というのは、言ってしまえば寿命ね。老化して衰えることで、人は体内で水分の処理ができなくなる。そうなることで、食事の量が減っていく。このとき無理に食べさせたり飲ませたりすると、むしろ悪影響なの。

 最終的には脱水症状が起きて、人は死ぬわ。水分を摂取しないのだから、そうなるわよね。これが老衰死、事故でも病気でもない、本当に生きられた期間、生理的寿命よ」


   人が殺されもせず、事故にも会わず、重大な病気にも罹らず、生理的寿命を全うするのは、難しいことなのだと確信を持って言える。僕の両親や、兄のことを思えば、奇跡とさえ言ってもいい。


「だったら、この人は老衰死ですか?」

「それをこれから調べてみるわ。今のところは、そうとしか考えられないけれど」

「僕も手伝います」


 足手まといかもしれないが、少しでも力になりたい。兄が殺されたという事実を示してくれたのは、彼女だから。


 リレンは小さく頷くと、部屋の中を往き来し始めた。僕も歩いて調べてみる。なるべく彼女の邪魔にならないよう、異なる場所から見てみることにした。


 この部屋は僕や兄の部屋より少し大きいくらいで、鍵のような形をしている。


 正方形の下に棒がくっ付き、棒の途中にはバスルームやトイレがあるようで、様相は修学旅行で泊まったホテルの部屋と相違ない。


 正方形の上部分には窓があり、大きさはそこそこだ。今は一部が割れて穴が開いている。それ以外に傷は見当たらない。全開にすれば、僕やリレンが潜れる程度。閉められていたカーテンは、クリーム色だったらしい。


 そして窓との間に少しの隙間を開け、死体の横たわったベッド。これがあるのは、部屋の中から見ると窓の右側で、リレンが割ったのは窓の左側。外から見れば右側を割ったことになる。


 窓とベッドは平行線を作るように並んでいる。そしてその間のスペースには、なにもないかと思ったが、ゴミ箱があった。

 中を覗くと、棒状スナック菓子の袋が捨ててある。死体となった老婆が食べたのだろうか。


 また、ゴミ箱の横には松葉杖が二本ある。凶器になりうるが、殴れば絶対に傷がつくはずだ。


 窓とベッドの間から、反対側に移ってみる。引き出し付きの棚がある。木製で、僕の身長の半分程度の高さだ。ベッドの枕側に接するようにして置いてある。


 一応、引き出しを開けてみると、写真や眼鏡、ゴミ箱に入っていたスナック菓子や、化粧具が入っているのみだった。

 写真には老婆と思われる人物の他に、夫婦、そして中学生くらいの子どもが写っている。


 この人には家族がいるのだ。だが、死んでしまった。自然に死ぬのなら、家族でこの人が初めの方に死ぬのは摂理だ。だが、それでも子どもや孫を最後まで見ることができなかったことに、後悔はしなかっただろうか。心残りはなかったのか、それだけが心配だ。


 気を取り直して、視線を巡らす。他に室内にあるのは、テレビ、カレンダー、ミシン。


 この人は裁縫が趣味だったのかもしれない。長テーブルの上に電動のミシンがあり、テーブルの前には丸椅子がある。編みかけの靴下が……あった。


「この人にはちゃんと家族がいて、きっと仲も良くて、いい生活をしていたんですよね」

「ええ、そうみたいね」


 どこかホッとして、安心した声を出した僕とは対照的に、リレンの声はどこか冷たい。皮肉が混じったわけでもなんでもないのに、そう感じた。


 僕はそんな声を振り払うように、部屋の再度見渡す。棒の形をした部分に入り、バスルームの扉を開く。なにもなかった。唯一、生活感がない。ただ、車椅子があった。いつもここに置いているのだろうか。


 バスルームから出て、扉を確認する。中にロックがあるため、外からも中からも開けられるようだ。


 一通り見終わり、リビングに戻る。リレンは長テーブル前の丸椅子に座っていた。両手を組み、顔は外に向けている。


 僕は最後に、最も異質である部屋の中央を見る。練炭だ。なぜ、練炭があるのか。これが不思議だ。


 考えてみるが、思いつかない。リレンの様子を窺ってみると、彼女に動く気配はなかった。


「リレンさん、なにかわかりましたか?」

「ええ、大体わかったわ」


 その声は少しばかりの自信と、怒りとが混じっていた。なにもわからなかった僕に怒っているのかもしれない。


「先に、この部屋でなにが起きたのか、推理したことを話すわね」


 そして彼女は、半月の月明かりしか光のない部屋の中、満月のような丸椅子に座りながら、話し始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ