1-2
翌日、僕は学校へ行くことにした。
昨日は一日、兄の友人に連絡をしたり大学への連絡をしたりで終わってしまったが、それ自体は良かったと思う。
兄の友人たちは、皆一様に残念がっていた。そして、兄の動機に思い当たることはないという答えが返ってきた。
生の声ではなく、チャットに表示された文字ではあったが、些細な言葉の気遣いなどからも、相手の心情は読み取ることができた。そうした経験は、心を解してくれたような気がする。
僕が兄に対して持っていた印象は、兄の友人と違わず好青年。兄は髪が天然パーマで目は優しい。小さい子に好かれやすく、本人も子供好きだった。
帰りが遅くなったとき、理由を訊いてみたら「近くの公園で子供と戯れていたんだ」なんて返ってきたこともある。不審者と間違われなくて良かったねなんて、呆れた感じで僕は感想を述べていた。
ただ、そんな兄だから、誰かに嫌われるようなことはないはずだ。恨みを買うことなんてありえない。でも、自殺をするとは思えない。
兄の死は不自然なのだ。自殺だとしても、他殺だとしても、信じられない。
でも、死とはそういうものなのかもしれない。
見上げると空は曇り空で、陰鬱とした気分になる。時期的に梅雨が近いからだろうか。
そういえば、兄は梅雨時期になると髪の毛を気にしていた。天然パーマで癖毛のせいか、髪の毛がうねるのだ。その度に整え、空に向かって文句を言っていた。「雨の馬鹿野郎!」
歩いているだけでも兄を思い出してしまうのだから、僕はやはり兄を忘れることはできなさそうだ。
「焦斗、今日は来たんだね」
教室に入ると、ある男子にそう声を掛けられた。
彼は葉室悠だ。僕とは小学生からの幼馴染で、親友だ。恥ずかしげもなく、そう言えるくらいに信頼している。
今だって、僕は彼から貰ったブレスレットをつけている。アメジストと白い水晶のブレスレットで、紫紺の色は毒々しくも、頼もしく感じる。
僕の通う高校では、装飾品のうちブレスレットやミサンガ、華美じゃないネックレスまで許容されているけど、僕以外だと装飾品をつけている人はあまり見ない。
ちなみに、ブレスレットをくれた悠本人は、イエローメノウというパワーストーンのブレスレットをつけている。
「おはよう。うん。今日は来たよ」
「良かった。大丈夫なの?」
悠はそう言ったあとに僕の耳に口を近づけ、耳打ちをした。
「お兄さんのことは残念だったね」
「え?」
彼は悲しげな顔をしていた。
「なんで知ってるの?」
それは僕と叔父、そして兄の通っていた大学の関係者にしかわからないはずだ。
「先生が言ってたよ」
そういえば、高校に連絡を入れてくれたのは叔父だ。きっと、僕が休む理由として教えたのだろう。
……なんでもかんでも疑ってしまうのは、良いことだと思いたいが嫌にはなる。しかもそれが、仲の良い人ばかりに向けられるのだから。
「月並みな言葉しか言えないけど、頑張ろう。自殺したのには、きっとなにか理由があるんだよ」
「そのことなんだけど、僕は兄さんが自殺したとは思えない。きっと殺されたんだと思うんだ。だから、犯人を探したいと思ってる」
悠は僕の言葉に考え込むように、手を顎にあてた。目も瞑り、一瞬寝ているのではないかとさえ思う。
悠の顔は整っていて、本格的に女装すれば女子にも見える造形だ。背は低め、とはいっても僕と同じ程度の165から170センチ。髪はストレートで、長くはないけど短くもない。
悠が目を開く。
「そう考えるなら、なにか理由があるんだろ?」
「理由といっていいのかはわからないけど、兄さんは誰かに恨まれるような人柄じゃないし、自殺する動機に全く検討がつかないんだ」
そう。まだ他殺とするには全く根拠がない。それでも、少しでも確率がある今、その万が一を捨て去ることはできない。
「わかった。僕も手伝うよ。焦斗は都市伝説を信じる?」
「都市伝説? 人面犬とか口裂け女とかのこと?」
「まあ、そうだね。ただ、これから僕が言うのはもっと現実的なものなんだ」
悠は軽く咳をして、一呼吸置いてから話し始めた。
「都市伝説は二つあってね。一つは事件だ。最近、僕らが住んでいるこの失月市で、通り魔的な犯行が起きているんだ。
その犯行というのが不思議なもので、被害者はいずれも夜に気絶しているところを見つけられる。そして、被害者の首筋には噛んだような痕があるんだ」
悠はものを噛む仕草をした。歯型が残っているということだろうか。そう思ったのだが、どうやら違うらしい。
「その痕というのが奇妙でね、まるで吸血鬼の牙のように、間を空けて二つの鋭い穴があいているんだ。
そのせいで、吸血鬼が夜な夜な歩き回って、血を吸っているなんて都市伝説ができている。
これが事実かはわからないけど、通り魔は実際にいるらしいんだ。幹人さんがその被害に遭った可能性はある。そのあと自殺に見せたのなら、それは謎だけどね」
確かによくわからない。それに、そうなると犯人は、兄の家を知っていた人ということになる。通り魔をした後に、家で自殺に見せかけるのだから。だが、僕の家を知っている、そんな人は限られてくる。ただ、兄の体にその牙のような痕があったかはわからない。
「それで、伝えたいのはどちらかといえばもう一つの都市伝説で、失月市には自殺者が本当に自殺なのかを調べる人がいるらしい。
どうやら探偵紛いのことをしている人で、その一環としてそういうこともしているらしいよ。
発信源はわからないけど、確か自殺サイトを検索しようとした生徒の誰かが見つけたって噂。本当かの確信はないけど、探す価値はあるかも」
悠は一息に話して疲れたのか、小さく息をついた。馬鹿らしいと思ってした、ため息とも見て取れる。
でも、僕には縋るものがないのだ。たとえ都市伝説だとしても、探してみよう。
「そろそろホームルームが始まるよ。席についた方がいい」
「そうだね」
チャイムが鳴った。ホームルームで担任がなにか言っていたけど、僕の耳にはなにも入ってこなかった。
* * *
僕は学校の帰りを平穏無事に自転車で帰宅していた。学校ではいつも通り授業を受けた。あまり身が入っていた気はしない。覚えているのは、暑いからと誰かが教室の窓を開けたら、蜂が入って来て騒ぎになったくらいだ。確かに暑かったし、蜂も大変なことだけど、平和だな、と思った。
それと、部活を退部した。僕はバスケ部に入部していたのだが、今は部活に打ち込めるような環境じゃない。
仲間がいれば立ち直るのが早いという説もあるかもしれないが、僕は多分、一人でいる方が性に合う。
さっきも帰宅部の悠が、一緒に帰ろうと誘ってきたけど、今日は考えたいことがあるのでやめておいた。
悠が言っていた都市伝説。自殺を判断する人がいる。この人には会うべきだと思う。
兄が自殺なのかそうではないのか、はやくわかる。僕の判断理由は、どうしても曖昧なのだ。
ただ、兄が他殺だとしたら、超えなければならない様々な障壁がある。
第一に容疑者だ。兄を殺したいと思うような人は、僕の知る限りいない。そうすると、やはり悠が言っていたように、不自然ではあるけど通り魔が兄を殺し、自殺に見せかけたということになる。
第二に、あの時、家の鍵は掛かっていた。僕は合鍵を使って扉を開けたのを覚えている。いや、この問題は簡単に解決するか。
家の鍵を持っていたのは、兄と僕の二人。つまり、犯人は兄の鍵を持っていった? これは、あとで確認しておこう。でも、そうなると兄は客を家の中に招き入れたことになる。あるいは、兄がどこかで鍵を盗まれ、合鍵を作られたか。可能性としては捨てきれない。
家に招くとしても、合鍵を作るとしても、そうなると犯人は、兄が警戒心を抱かなかった人物か? だとしたら、大分絞られてくる。
ただ、それは信じたくない。僕のよく知る人物が犯人だなんて、そんなことがあってはいけない。
そうだ、やはり犯人は通り魔なのだろう。そうに違いない。
……駄目だな。冷静じゃない。僕は自転車を止めた。目の前を車が通っていく。そのままいけば轢かれていた。
落ち着け。まずは、自殺か他殺かの判断をしてもらうことにしよう。
手元には携帯がある。都市伝説が現実のものか調べよう。あわよくば、帰らずにそのまま向かえるかもしれない。
一応、叔父にSNSでメッセージを送ってから僕はネットで調べてみた。
検索ワードに、自殺、判断、そして僕が住んでいる失月市を入れる。
表示された検索結果の一番上にそれはあった。
自殺判断。聞いたことがない熟語が名前のサイト。開くと、予想よりもレイアウトが明るいサイトだった。
背景はクリーム色で、文字は黒。字体も大きめで、単純に見やすい。
所在地を見てみると、失月市のマップが表示された。白いマップの中で赤く塗られている部分。ここが目的地だ。
僕が今いる場所からは、自転車で20分程度のところにある。僕の家までは、あと10分くらい。ただ、方向が違う。自殺判断者がいる場所は東であるのに対して、僕の家は北だ。
一度家に帰ってもいい気がしたが、帰ったところで格好は変わらない。それなら、自殺判断をしてくれるというところへ向かおう。僕は自転車のペダルを踏み出した。
走行途中で叔父から了承の旨のメッセージも来た。信号待ちの間に開いて、確認だけしておく。
しばらく行くと、商店街についた。不安に感じて現在地を見直しても、場所はやはりここの中だ。
失月市は都会とは言えないまでも、そこそこ都会に近いとは思う。それでも、人口は減少している。商店街はシャッターの降ろされた店が目立つ。
自転車を停めて鍵を掛け、少し歩く。視界に入るシャッターの降りた店が二つ。その間に突き進む。
光が入らず暗いため、怪しい取引でも行われてそうな場所だ。人目に入らない路地裏のような。
画面に表示された目的地と現在地を対応させると、どうやら近いらしい。見回すと、建物に接した階段があり、これだろうかと考えて登る。登り切ると黒い扉が待ち構えていた。表札もなければ、貼り紙もない。だが、画面が指しているのは確かにここだ。他に入り口も見当たらないし。
黒い扉は怪しい様相を醸し出しているが、それでも気が抜けた。てっきり、漫画などでよく見る探偵事務所のようになっていると思っていたからだ。
ここは堂々としておらず、むしろひっそりと息を潜めるような意思が感じ取れる。
本当にここで合っているのか? ここまで来て不安になる。なにか、騙されているんじゃないだろうか。
場所は確かに合っているのだが、そもそも存在が詐欺などではないかと疑うのを忘れていた。
しかし、毒を食らわば皿まで。せっかくここまで来たのだから、最後まで行こう。
意を決してインターフォンを押した。外部から見れば、ここはシャッター店舗の二階だ。そんなに広くなさそうだし、住んでいるのはお店の人ではないのだろうか。
そう考えると納得できる。元々は下で探偵や自殺判断をしていたけど、人が来なくて縮小したとか。都合のいい解釈か。
ロックの外れる音がして扉が開いた。ノブを凝視していると、内側のノブを掴んでいた手があまりにも白くてギョッとする。
扉が開き切ると、僕より5センチ高いかどうかの少女が現れた。雰囲気は大人びいていて年上に感じる。まるで、陶器のようだと思った。
黒髪は肩にかかる程の長さで、服は袖がない黒いワンピース。彼女の肌の白さと黒のワンピースの対比は、両方の色をより際立たせて見せていた。
「どちら様でしょうか?」
彼女が微笑みながら問う。彼女の笑みは、さながら月のようで、暗い路地に指す一筋の光に見えた。こんな辺鄙なところだというのに、彼女からは一切の害意を感じられないからだろう。
「あ、あの、ここで自殺判断をするという話を見たんですが」
「誰かを亡くしたのね。わかったわ。中に入って」
彼女に促され中に入る。扉が閉まると、中の暗さに驚いた。路地裏という環境のせいもあってか、夜闇とまではいかなくてもそこそこ暗い。
足元には、二種類のサイズの靴がある。片方は彼女のだろう。もう片方は、誰のかはわからないが、女性ものの靴だ。
とりあえず靴を脱ぎ進んでいくと、リビングと思われる場所についた。なぜかカーテンが閉まっている。さらに、そのカーテンは黒く分厚いカーテンで、光をほとんど漏らさない。暗さの原因はこれのようだ。
「リレン! お客さんだから起きて」
さっきの少女の声が聞こえる。誰かを起こしているようだ。
僕はどうすればいいのか困り、結局その場に立っていることにした。
リビングと思われるこの部屋は、全体的に暗い。カーテンは黒いし、家具も黒系統の色が多い。
まだ夕日が昇っていない夕方でさえこの暗さだ。夜は電気を点けるのかわからないが、なんだか独りになったようで不安になる。
「もう。やっと起きたね」
「夜?」
「まだ。お客さんだって」
「気分じゃないわ」
「そんなこと言わないで、ほら」
少女の声と女性の声が聞こえる。どうやら、少女が起こしに行った人が起きたようだ。ということは、自殺判断をするのはその女性なのか。
そうだよな。僕とそう変わらないであろう歳の彼女がやるとは思えない。
「しょうがないわね」
心底面倒くさいといった雰囲気を醸す声が聞こえたあと、足音が二つ近づいてきた。
「なっ!」
そして、隣の部屋からリビングへ入ってきた二人の方を見て、僕は思わず声を上げた。
僕を出迎えた少女より背が高い女性が、先にリビングへ入ってきた。起こされた人なのだろう。それはわかるが、その女性の格好が……とても刺激の強い格好だった。
その女性は魔女が着ていそうな、足元までかかるローブのようなものを着ている。ただ、その生地が恐ろしいほど薄い。
暗さに慣れた目では、彼女の下着まで見えてしまう。しかも、彼女はスタイルがいい。体から抜きん出ている大きい胸が、やたらと目に入る。透けた布越しよ肌も、少女ほどではないが白く、血が通っていないみたいだ。
「待たせたわね」
彼女の声には全く動じた気配がなく、意識している僕がおかしいのかと錯覚してしまう。
「その、あの、服を着てくれませんか?」
「着ているけど?」
「いえ、そうじゃなくて。その、着ているものが薄すぎます」
「気にしないでいいわ」
「気にしますから」
こんな風に動揺するのも、ひどく懐かしく思えてくるけど、それどころじゃない。この人には普通の服を着てほしい。 じゃないと、視線をどこに向かせるかばかり気になって、話に集中できない。
「リレン、ちゃんと着てきてよ。男の子なんだから、気を遣ってあげて」
「やれやれ、思春期の男子というのは面倒くさいものね」
リレンと呼ばれた女性は、渋々と戻っていった。僕は目を逸らすことに全精力を注いでいた。
「ごめんね。リレンたら、無頓着で」
「あ、いえ、はい」
実を言えば、そう言う彼女の格好だって、危ない気がする。下着が見えるなんてことはないものの、彼女の白い肌は綺麗で、彼女自身がその魅力に気づいていないのか無防備だ。
「そうだ。私の自己紹介をしとくね。私の名前は、三枝メア。メアは偽名だけどね。リレンが、名前は多くの情報を与えるからって」
多分、仕事上のことだろう。ここでは探偵紛いのことや自殺判断をしていると悠が言っていた。犯人から恨まれることだってある。なにが起こるかわからないのだ。
「僕は市崎焦斗です。偽名の必要はないと思うので、本名です」
「よろしくね。焦斗くん」
「よろしくお願いします」
彼女は微笑む。柔らかい笑みだ。力強くはないが、人の味方になれるような。
「これでいいかしら?」
メアの背後から、ぶっきらぼうな声が聞こえた。リレンと呼ばれた女性が立っている。
彼女はさっきと同じローブのような格好だったが、生地は変わったらしく下着や肌は見えなくなった。
「さっきのは寝間着で、こっちは私服なのだけど」
「それなら大丈夫です」
「そう、良かった。じゃあ、そこに座って?」
彼女に促されて、すぐ近くにあったソファに座る。二人まで掛けられそうなソファで、やはり黒い。
僕が座ると、彼女は向かいにある椅子に座った。背もたれと肘掛けがある、黒い椅子だ。
そして、ここで初めて彼女の顔を見た。さっきはあまりにも強調された胸のせいで、彼女自体を直視できなかったためだ。
彼女は髪が長い。背中まではいかなそうだけど、それほど長い。その髪色は漆黒だ。何物にも染まらなそうな強い色。前髪が何筋か目にかかっている。
そして、なにより特徴的なのは目だ。彼女の瞳はおよそ人間のものとは思えない、レッドスピネルのような真紅の色だ。
レッドスピネルは、僕の手首にあるアメジストや悠のつけているイエローメノウと同じパワーストーン。ルビーのように赤く、一時、ルビーと間違われてもいた。でも、ルビーより明るい赤をしている。
彼女の瞳は赤く、紅く、見ていると吸い込まれそうだ。
全体的に、彼女の雰囲気は妖艶だ。スタイルのよさ、髪色とその艶やかさ、そして紅い瞳。
一瞬、悪魔を思い浮かべる。恐ろしいイメージの悪魔ではなく、人の世に存在しないような美女が悪魔だとすれば、彼女はそれだ。
「私は三枝リレン。リレンは日本名にすれば推理の理に蓮華の蓮ね。それで、メアに聞いたけど、君が来た理由は自殺判断で合っている?」
口調の節々からは適当さが感じられるが、声は甘く鼓膜を震わせる。僕は悪魔に魂を売りに来たのでは、と不安になる。
「はい、合っています」
「そう。じゃあ、苦情を受けても困るから、依頼料を言うわね」
すっかり失念していた。そうだ、まさか無料でやってもらえるなんて、そんな虫のいい話があるわけない。さっき悪魔を連想したからか、依頼料が魂なのではないかと考えてしまう。
「依頼料はなんなんですか?」
彼女は柔らかそうな唇をゆったりと動かして、静かにこう言った。
「君の血液」
水を打ったような声は、波紋のように広がり耳朶を震わす。彼女の表情は満面の笑みで、冗談だと受けることができなかった。
「け、血液ですか?」
悠から聞いた、吸血鬼の都市伝説を思い出す。
「信じられるかはわからないけど、私は吸血鬼なの」
「え……?」
吸血鬼。人の血を吸って生きる空想上の生物だ。だけど、あくまでも空想上の生物であって、現実にいるわけがない。
「私は吸血鬼で、不老不死。でも、血は必要なの。それで、依頼があるたびに血をもらっているわ。もちろん、致死量を貰うわけじゃないから安心して」
「安心してと言われても……」
血液というのは予想外だ。確かに、お金よりは払いやすい。血液は回復するものだし、被害が大きくはない。
「あの、証明はできますか?」
「証明なら、私が不死身っていうのが証明になるけど、今この場で刺してみる?」
「さ、刺すって」
「冗談よ。それに、吸血鬼だろうと吸血鬼じゃなかろうと関係ないんじゃない? 君が対価として払うのが血液だというのは変わらない。献血だとでも思えばいいのよ」
確かに、献血とやることは変わらない。ただ、利用の仕方が変わるだけで。それなら、気にすることはないのか?
彼女が吸血鬼だとしても、嘘だとしても、自殺判断さえしてもらえればいい。深く関わらなければ問題はないかもしれない。
叔父との約束はちょっとばかし破ってしまうけど、これは必要なことだ。
ただ、一つ気になることがある。
「リレンさんが吸血鬼だとしての話ですが、吸血鬼の仕業だと噂の、最近起きている通り魔事件と関係はありますか?」
「知らないわね。私は初耳よ。メアはどう?」
「私は聞いた。でも、リレンは関係ないと思うよ」
「確かに。私も覚えはないわね」
メアが嘘をついているようには見えない。リレンの場合、嘘かどうかの判別ができない。僕には、なにも読み取れるものがなかった。
「わかりました。では、依頼をします」
「そうしてくれると、私も助かるわ。さてと、それじゃ、話を聞きましょうか」
彼女は両手を組んだ。闇の中を過る滑らかな白い指に、目を取られてしまう。
彼女は吸血鬼だと、自然と信じてしまいそうだった。というよりは、信じたくなった。この容姿は、人のものとは思えないから。




