表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
吸血姫は死を嫌う  作者: 天木蘭
四章.罪と真実の帰結

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/24

4-1

複数回更新によって、本日中に作品は完結します。

 翌朝になり、僕はリレンの家付近に待機し、メアが外出するのを見届けた。作戦が実行に移る。勝臣さんが事前に入手していた合鍵で、彼とともにリレンの家に侵入し、眠る彼女を誘拐。


 勝臣さんは、この家の元の持ち主から鍵を得たらしい。それが事実かはどうでも良かったから、追及はしなかった。ただ、彼はそれを手に入れられたからこそ、この計画を編み出したらしい。


 リレンの眠りは深いらしく、二人で持ち上げても、起きる気配がなかった。その後、家の外に停めた自動車にリレンを積み込む。人通りのないシャッター通りでは、人目を気にする必要もないのだが、念のため周りを警戒くらいはしておいた。

 そして、無事に積み込みが完了すると、勝臣さんの運転する車で、ひと気のない場所へ移動。


 場所は決まっていた。心霊スポットにもなっている教会だ。ここなら、人がくる心配はない。その上、ステンドグラスなどは割れているから、太陽光が入る。

 この作戦の肝は、リレンを太陽光で弱体化させる店にあるから、これは重要だった。そこに人目もないとくれば、最適な場所だろう。


 やがて、難なく廃れた教会に到着すると、まだ起きぬリレンを聖堂へ運び出す。吸血鬼は立ったまま、羽の折れたマリア像に、鎖で縛り付けられた。勝臣さんは、リレンに対して油断などしていない様子だ。


 マリア像の頑丈さは、既に試したようだ。いくつか、真新しい人口的な傷が入っている。一体、なにで攻撃したのかは判別できない。なんにせよ、念入りなことだ。


 ここから、リレンを殺す。リレンだって、死にたがっていたのだから、殺されるのなら本望だろう。


 殺害方法は、血液を抜くことによる失血死。勝臣さんは、そこまで考えていたらしく、大量の注射器を用意していた。あとは彼に任せ、僕は避難する。


 元は人々が座るはずだったのであろう、椅子の後ろに身を隠し、この後を見届けるだけだ。協力はここまででいいと言われたのだが、本当に、不死だという吸血鬼を殺せるのか、その不安が体を留まらせた。


 しかし、勝臣さんはどうやら、他人にいて欲しくはないようなので、わざわざ帰るふりをしたあとに、こっそりとその場に隠れた。たとえ振り返られても、暗いし屈めば、背もたれで見えず気づかれはしないだろう。


「起きろよ、吸血鬼」


 静かになった途端、これまでとは対極に、暴力的な口調で、勝臣さんがリレンの頭を掴んで揺する。


 彼の本性が現れたのだろうか。これを見られたくなくて、厄介払いしてきたのかもしれない。だが、彼がどんな人柄であろうと、どうでもいい。僕はリレンさえ死ねば、それで。


 呻き声をあげて、リレンが目覚める。赤い双眸は、化け物の目としか言えない。鎖で体を拘束されているのに気づいたあと、彼女は勝臣さんを睥睨(へいげい)した。


「よう、起きたか。今から、お前を殺すぞ」

「あら、お久しぶりね。獲物を逃がしてから、こんなところまで、ずっと追ってきたの? しつこい男は嫌われるって言うけど」


 リレンは挑発的な口調だ。どうやら、二人は知り合いらしい。会話の様子からして、並々ならぬ因縁がありそうだ。


「あのとき、俺は顔まで見られたんだ。お前らが黙っていたのはよかったが、不安で堪らなかったよ。念のため整形もして、ようやくここまで来たんだ。今日こそお前を殺して、前に逃したあの女の子も殺す」


 あの女の子というのは、メアのことだろうか。つまり、本当の悪人は彼だったわけか。しかし、それを知っても意思は変わらない。

 彼が吸血鬼も恐れるほどの悪魔だとしても、リレンが殺されれば、僕にとって全ては解決する。そのためなら、魂だって売ろう。


「あなたが、そこにいるのはわかっているのよ」


 油断していた。勝臣さんにばかり、気を取られていたからかもしれない。リレンと一瞬、目が合ってしまった。


「なにを言っているんだ? 俺がここにいるのは、見ればわかるだろ」


 幸い、勝臣さんは、その意味を理解できなかったらしい。協力者と言えど、今気づかれてしまえば、自分まで殺されかねない。聞いてはいけない話を聞いている自覚はある。


 リレンは、いつから僕がいることに気づいたのだろうと疑問も浮かんだが、敏感な嗅覚や聴覚で気づいたのだろう。


「そうね。そういえば、あなたと正面向いて話すのは初めてね。あの日、彼女の家に火を点けているのを見たのが最後だもの。

 ねえ、興味があるから教えて欲しいのだけど、あなたは、どうして人を殺すの? あと、死体から血液を抜いたのはなぜ?」


 なんということだろう。吸血事件まで、勝臣さんがやっていたのか。なにからなにまで、自作自演だ。このあとの展開は、計画通りにいって欲しいと思うが、騙されていたというのは悔しい。ただ、見返そうと思っても、僕の力は彼に届かないだろう。


「もう死ぬというのに、そんなことが知りたいのか? 変わってるな。殺したいから殺すんだよ。そんなの当然だろ?

 ……まあ、冥土の土産ってやつだ。油断がないから余裕がある。そういうことだしな。よし、話してやるよ。


 俺はな、元々は新聞社で働いていた。だが、上司は些細なミスで責めてくる。そのくせ、自分は誤字ばかり。こんなのおかしいだろ。能力が低い人間に、高い人間が使われるなんて。しかも、自分のミスは無かったことにして、なすりつけまでやってたぜ?


 だから、殺した。苛立ったから殺した。単純な動機だよ。

 だけどな、その瞬間、俺はかつてないほどの昂揚を感じたんだ。人の命を摘み取る行為。これが俺の求めていたものなんだと、そう思わずにはいられなかった。


 まじめにやってたらな、他人を支配するのにも、立場を上げるための時間がかかるんだ。人間じゃないお前にはわからないだろうがな。


 だが、殺人なら、相手の命を支配できるんだ。これは、お前にもわかるだろ? まさか、一人も人を殺したことがないなんてこと、ないよな? だって、人間様じゃなくて、吸血鬼の化け物なんだからよ。


 ほら、わかるだろ? 殺すも殺さないも自分次第。動物は他の生き物を支配したがるもんだ。俺だって、そうだったってことだ。それでよ、支配という点においては、殺人が最も素晴らしく明確な、立場の顕現手段だったんだよ! 俺は、それに気づいたんだ。気づけたんだ!」


 勝臣さんの言葉を聞いてわかった。彼は普通じゃない。狂っている。


 人を殺すか殺さないか。その選択を迫られたとき、人は理性が働く。法律や周囲からの視線を気にして、手を止めてしまう。だから、殺人や計画殺人というのは、余程の理由があって行われるのだろう。


 しかし、彼は違う。そんな大層な理由を持っていない。いや、もしかしたら、欲望を満たしたいという、くだらない動機だからこそ、容易く殺人を行えてしまうのかもしれない。


「血を抜く理由も、似たようなものだ。命だけじゃ、徐々に満足できなくなってきた。だから、体の一部、なおかつ、邪魔にならないものを奪うことにしたんだよ」

「それが血液だったわけね」


 これで、彼が注射器を大量に持っていた理由にも得心がいった。口振りから判断するに、彼は連続殺人犯。それも、多くの人を殺してきた通り魔のようなものだろう。


 こう見てくると、リレンの味方をした方がいいのではないかと思えてくる。しかし、今は自己の利益を優先するために、見逃すのは仕方ない。


「話は終わりだ。まだ日が暮れるまでに時間があるとはいえ、俺は慎重なんだ。今までの話は、冥土の土産に、俺が殺してきた奴らに話せばいい。これから、お前を殺す」


 勝臣さんが殺すという単語を使った瞬間に、リレンの様子が変わった。


「アハハハハハ!」


 無邪気な少女のような笑い声でありながら、邪気も感じ取れる高笑いだった。


「やってみなさいよ、下衆が! 殺せるものなら、殺してみなさい!」


 鎖がリレンの動きに合わせて、ジャラジャラと人間味のない音を立てる。

 リレンの言葉には、多くのものが感じ取れた。彼女の言葉には、祈りとも、嘆願とも、挑発とも受け取れる響きがあった。


 ああ、彼女は本当に、死にたいという思いを抱き続けているのだ。


「キンキン喚くな。言われなくとも、そうするつもりだと言ってるだろ」


 勝臣さんは、懐に手を入れたように見えた。そして、取り出したのは、黒い物体。甲虫のような光沢があるそれは、どう見ても拳銃だった。

 そんなものまで用意していたのか。慎重というのは、自称ではなさそうだ。もし、僕がこの場にいることも気づかれていれば、彼に撃ち殺されていたかもしれない。


「あらあら、物騒ね」

「近づけば血を吸われるだろ? 飛び道具は、そのためのものだ。太陽光で弱らせているとはいえ、手加減はしない」


 バン! バン! 何度か、強烈な破裂音がした。鋭い塊がリレンを貫いていく。黒い布で傷は見えないが、重力に従って滴る血液が、雪のように白い手足や首を赤く染めていた。


 死にはしなくとも 、痛みは存分にあるらしく、リレンは押し殺すような呻き声を漏らしている。


「はあ、はあ。……いだい゛じゃな゛い」


 喉が潰れたのか、濁ったような、掠れた声だった。しかし、彼女にはまだ、笑みを浮かべる余裕はあるらしい。不敵な笑みは、明らかに勝臣さんを煽っている。

 勝臣さんは、クックッと、堪えられない笑いを零していた。


「よしよし、もっと弱らせてから、お前の血を抜いてやるよ。確か、吸血鬼の血を使えば、吸血鬼になれるんだったか?

 俺の本当の狙いはさ、そこなんだよ。不老不死になって、永遠に人を殺し続ける。快楽が永遠に続くなんて、素晴らしいことだ。そうだろ!」


 リレンは答えなかった。ぜえぜえと、苦しそうな呼吸音が聞こえるだけだ。


 勝臣さんは、何度も、何度も、弾の充填を繰り返しながら、リレンを撃ち続ける。初めのうちは反応を見せていた彼女も、次第に頭が項垂れていった。


 眩く太陽光を返していた鎖も、今や真っ赤に染め上がり、鎖が流血しているかのようだった。リレンの足元には、血だまりもできている。体内にこれだけの血があるということ、それが驚きだ。


 そんな惨状を前に、勝臣さんは、狂気的な笑い声をこれでもかというほど上げている。


 この背徳行為を見ているのは、自分と、赤黒く陰惨な姿へ変貌した、聖母マリアの像だけだった。


 キリストは十字架に掛けられたというが、勝臣さんがリレンを殺す場所に、ここを選んだのは、吸血鬼といえば十字架が弱点、という迷信に頼ったからなのかもしれない。


 しかし、リレンは十字架ではなく、聖母に掛けられている。確か、鉄の処女と呼ばれている拷問器具があった。聖母マリアを象ったといわれる人形。その中に入れられ、扉を閉められると、無数の鉄釘が罪人の身を刺す。


 マリア像に縛り付けられ、無数の銃弾を受けた状態は、擬似的な鉄の処女とでも呼べそうだ。


 …….もう、無理だ。死体を見たことがあるとはいえ、まだ死体でさえないリレンを、これ以上は見ていられない。彼の行動は、あまりにも残虐過ぎる。殺人どころか、拷問だ。喉に熱のあるものがせり上がってきて、気管がひりつく。


「もうそろそろ、いいだろう」


 誰にともなく、彼はそう呟いた。ポツポツと、雫の垂れる音が聞こえるが、もちろん雨など降っていない。勝臣さんの言葉に返る音は、その雫の音のみだった。


 カタカタと、プラスチック同士がぶつかる音が聞こえた。おそらく、事前に用意していた注射器だろう。彼は正常じゃない。わかっていたはずなのに、自分と対比してみて、より一層それが際立つようだ。

 あの血塗れの肉体を見て、冷静に次の行動に移れるのだから、彼は異常だ。住む世界の違う人間。人間なのかさえも怪しい。吸血鬼がいるのなら、悪魔だっているのかもしれない。


 少しして、鎖が音を立てた。勝臣さんが触れたのだと思ったが、どうやら違うらしい。


「ま、まだ動けるのか?」


 血を抜いたのか、まだ抜いていないのかは判断できないが、リレンが動き出したようだ。


 音は、徐々に大きくなっていく。ジャラジャラと、鎖の擦り合う音が鳴るのに混じって、パラパラと、固形物が崩れていくような音もある。


「なんだ? おい、なんか言えよ。まだ撃たれ足りないのか?」


 バンッ、バンッ! パリン! ……銃声が響き、ガラスの割れる音がした。

 しかし、それよりも一際大きく、鎖の揺れる音は響く。じゃれつく犬のように、猛り狂う獣のように。


「くそっ! なんで効かないんだ!」


 勝臣さんの声には、焦りと怒りが同居していた。立場はまだ上にいるはずなのに、彼には足場が崩れる音でも聞こえているのだろうか。


 ピキ。ひびが入るような、些細な音だ。耳を澄ましていなければ、届かないほどの。

 これは、なんの音だろうか。鎖の音に紛れて、その音は少しずつ大きくなっているような気がした。


「おい。嘘だろ……?」


 勝臣さんの声が聞こえる。信じられないものでも見たような声。もう、彼の態度は変わっていた。


 ピキピキッ。ガキン! ……ゴトン。ジャラジャラララ。始まりは、卵の殻を割るときに、似ていた。ただ、その殻は金属質で比べ物にならないほど硬く、容易に破ることができないはずだった。


「化け物め!」


 空耳かもしれない。その声は、直後に響いた男の悲鳴で掻き消された。


 長椅子の上から、隠していた顔を僅かに出してみる。千切れた鎖は、死してなお鈍重な質感を残していた。あれを断ち切ったというのか。信じられない。


 リレンは、勝臣さんに覆いかぶさっていた。仰向けになった勝臣さんに対して、両手を脇の下辺りに、両足は膝に力を込め、勝臣さんの両足を潰すような形だ。吸血鬼は四肢を用いて、獲物を床に縫い付けていた。

 そして、顔をゆっくりと獲物の首筋に持っていく。


 太陽を背にして、炎に焼かれるような赤い輝きを纏うリレンは、誰の目から見ても恐ろしいに違いない。


 見ていることしかできない。リレンは、どこまで血を吸うのか。殺してしまうのだろうか。そうなると困る。リレンには、死んでもらわなければいけないのだから。


 周りに武器は見当たらない。しかし、リレンは止めなければ。

 床に同化しかけた足の膝を曲げ、立ち上がろうとしたところで、この場にいないはずの声が響いた。


「リレン、やめて!」


 聞いたことのある女子の声。そして、彼女に連れ添うようにしてもう一人。僕がずっと守りたかった親友が、そこにいた。なぜ、どうやってここに来たんだ? 理解できない状況に頭がついていかず、動き始めた僕の意思は、再び息を潜めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ