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吸血姫は死を嫌う  作者: 天木蘭
三章.崩落したもの

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14/24

3-2

 また、学校を休んでしまった。しまったとは思うが、やっぱり罪悪感はなかった。許してくれても、いいはずだ。兄を殺した犯人がわかって、それもよく知った人で、僕にも罪があることに気づいた。


 リレンも僕を気遣ってくれた。報酬の血液は、また今度でいいとの配慮だ。


 今日はおとなしく、家にいよう。兄が死んで休んだあとに訪れたのは叔父だったが、今日こそ訪問者もいないだろう。


 なにをして過ごそう。学校を休むと、なにもやることがない事実を実感する。

 金銭については、叔父が口座の番号とカードを残してくれたが、手をつける気にはならなかった。なるはずがない。


 家の中で、ただ過ごす。それだけで、いいか。


 仰向けになれば、シミ一つない天井がある。だが、それが澱んで見える。


 寝よう。全ての情報を遮断して、自分の世界に潜ろう。僕は罪の償い方を見つけないといけないのだから。


 掛け布団にのしかかられて、僕は目を閉じた。もう、このまま死んでしまってもいい。


 ピンポーン。と、眠りを妨げる音がした。誰も来ないと思ったのだが。


 いつもより重い体を起き上がらせて、玄関へと向かう。昨夜、全てが終わったこの場所で、今度はなにが始まるというのか。


  鍵を開けてノブを押すと、男の人が立っていた。可能性はあったというのに、予想をしていなかった人物だ。


「今、話せるか? 唐川さんは外で待機している」


 インターフォンを押したのは、東堂さんだったらしい。叔父が犯人だと判明し、警察に連絡したのだから、来たことは不思議でない。


「大丈夫です」

「顔色が悪い。無理は、しなくていいぞ」

「いえ、大丈夫です」


 東堂さんの情報は少ない。警察官だということと、おそらく、リレンのことを知っているということ以外には、なにも知らない。


「そうか。まず、個人的に訊いておくが、リレンには騙されなかったか?」

「え?」


 事件のことについてだと思っていたから、動揺した。それに、答えにも迷う。騙された自覚はないが、なにかで騙された可能性はあるのだ。


「いや、悪いな。変なことを訊いた。騙されていないならいい。それで、今は留置所にいるあの男だが、まだ真の動機を言わないんだ」


 リレンについての話をもう少ししたかったのだが、その話も聞き逃せない。

 

「動機って、借金の連帯保証人になった兄を殺すためだって」

「それは聞いた。だが、そのような事実はない。あの男が使っていた金は全て、収入源も同じくあいつだ。つまり、理由はわからないが、嘘を吐いているんだ」

「嘘を?」


 叔父は、自分で兄を殺したと言った。しかし、思い出してみると、本当にそれは叔父の意思だったのか?


 リレンが耳打ちをしたあと、叔父は血相を変えて自白した。あのとき、リレンはなにを言った?


「東堂さん、叔父に会うことって、できますか?」

「できる。俺も唐川さんも、警察が自殺だと判断したこの事件では、調べようもなくて困っているのが現状だ。君があの男から、動機を聞き出してくれるのなら助かるよ」


 それは、できれば協力したい。だが、それよりも先に、ある可能性を潰さなければ。


「兄の死体に、首以外で傷がありませんでしたか?」


 自分でも、これは突飛な考えだと思った。しかし、捨て切ることはできない。


「なかったはずだ。鑑識の報告でもな。なぜ、そんなことを訊くんだ?」

「いえ、なんでもないです」


 リレンが兄を襲ったなんて、あり得ないか。当たり前だ。それはあまりにも、脈絡もない話だ。


「不躾な願いになりますが、僕を留置所に、連れていってもらえませんか? すぐにでも面談をできるならば、ですけど」


 叔父がなぜ兄を殺したのか、本当の動機が別にあるのなら、僕はそれを知りたい。


「構わない。君さえ良ければ、今すぐにでも連れていける。自殺だと思われていた事件が殺人だとなって、署は沽券に関わると慌てふためいているからな」


 東堂さんが溜息を吐くと、初めて真面(まとも)に見た気がする顔はやつれていた。若さはあるのだが、疲れている。


「すみません。変なことを頼んで」

「気にしなくていい。一挙両得ってやつだ。どうする、今から行くか?」

「はい。学校も休んでしまったので、すぐに行けます」


 リレンに訊いても、叔父へ耳打ちした内容は、はぐらかされるだろう。僕に聞かれたくないから、耳打ちを選んだのだから。それなら、直接叔父から訊くしかない。話してくれるかは、わからないが。


「ただ、少し待っていてください」

「ああ、準備が必要だろ? 用意ができたら来てくれ。そこに車は停めてある」


 東堂さんは右手を拳にすると、親指で方向を示した。様になってる。


「ありがとうございます」


 僕は踵を返して、走り二階へ戻っていった。 私服に着替えて、お守りは忘れないようにする。ついでの荷物も持って外へ戻り、車に乗り込んだ。


 リレンに抱えられるよりも、車内の居心地はよかった。


 唐川さんは運転席に、東堂さんは助手席に、それぞれ座っているが、会話はない。

 思うところはあるのだろうが、僕のいないところで話す心積もりなのか。


 僕はというと、怪しい男に渡された資料を読んでいた。これが、ついでの荷物だ。時間つぶしにしたかった。


 東堂さんの気になる発言。リレンがなにを騙すのか、彼に訊いても良かったのだが、それはやめることにした。

 周りに流されることなく、僕は僕自身で決断をする。そのために、情報を集めるのだ。


 古めの擦り切れたものから、新しい記事、ノートなど、資料は多くあった。


 留置所は留置所で存在していると思っていたのだが、話に聞く限り、叔父は現在、警察署内の留置所に拘留されているらしい。それなら、自転車で行ってもよかったなと思った。


 ふと湧いた会話もそれきり途切れ、その間に資料をずっと読んでいると、あることがわかった。


 メアと思しき少女が住んでいた町には、失血死体の出る事件が起きていた。さらに、あの男性が考察などをまとめたノートには、メアの家が燃えたあと、その事件がぱったりと途絶えていることも記されていた。


 しかし今、この失月市でも似た事件が起きている。前の町よりも頻度は少ない。そのためなのか、取り上げられるのも、新聞の片隅だったり、ネットニュースの一部だったり、あまり目立たなくなっていたらしい。


 悠の言っていた吸血鬼の都市伝説とは、この事件が広がっていった結果なのだろう。


「着きましたよ」


 東堂さんは、唐川さんの前では僕に敬語を使う。僕と二人きりのときの東堂さんは、警察としての話をするときも、個人的に接しているつもりなのだと思う。


 車から降りると、正面から見た警察署は仰々しく見えた。


「行こうか」


 東堂さんとも警察署の雰囲気とも逆に、気安い応対の唐川さんに促されて、僕は二人についていった。



 * * *


 

「ここだ」


 前触れもなく、すれ違う警官の人々に緊張しながらの歩みが止まった。

 扉の前。この中に、叔父がいるのか。彼をここへ送り込んだのは僕だ。この中に入るのは、僕だけらしい。


 扉を開ける。重々しい見た目に反して、あっさりと開いてしまった。中にあったのは、ドラマでよく見る光景だ。会話ができるよう穴が空いた部分のある窓を隔てて、向こう側に叔父がいる。


「焦斗、おはよう」


 昨日まで欠かさなかった挨拶が聞こえた。訳もわからず、泣きたくなってきたが堪える。


「おはよう、叔父さん」


 窓の前にポツンといる椅子に腰を下ろして、世間話もなにもなしに、僕は本題を切り出した。


「叔父さん、どうして兄さんを殺したの? 警察の人が、お金のことは嘘だって」


 いくらか老けたように見える叔父は、両腕をだらしなく伸ばして、上を向いた。息をゆっくりと吐くと、言葉を返す。


「俺が訊きたいくらいだ。少し顔を近づけてくれ」


 叔父に言われて、迷いなく顔をできる限り近づける。叔父は小声で訊ねてきた。


「俺は、お前を信じてもいいのか?」


 なにを信じるというのか、僕は怪訝な顔を浮かべて見せたが、叔父は首を左右に動かす。よくわからない。しかし、僕は叔父に大事なことなら、嘘をつかない。つかないつもりだ。


「僕は、叔父さんに後ろめたいことはないよ。だから、叔父さんにも全てを話して欲しい」

「……そうか」


 言うなり叔父は、両腕を組んで顔を俯かせた。なにをするのかと思えば、手を縦横に振る。あまり耳打ちばかりすれば、怪しまれると思ったのだろうか。


 僕も顔を俯けてみる。叔父は、驚くようなことを言ってのけた。


「俺はあの女に弱味を握られて、犯人だと言った。あの耳打ちされたときのことだ。もし、お前が俺のことを信用してくれるなら、本当の犯人を見つけてくれ。そうでもしないと、俺はここから出られない」


 叔父は顔をあげると、笑った。ここでは初めて見る笑顔だ。


「焦斗、信じているからな。SNSで俺を見るといい」


 その言葉を最後に、叔父は立ち上がり去っていく。止めることはできなかった。まだ、衝撃を吸収し切れていない。


 叔父が犯人ではなかった? リレンは、犯人を間違えたのか?

 リレンの推理は絶対。しかし、叔父の全てを疑うこともできない。どちらが、正しいんだ?

 

「なにか訊けました?」


 扉を開けて廊下へ出るなり、唐川さんに訊かれる。叔父がわざわざ小声で話したのは、他人に聞かれたくないからのはずだ。それなら、さっきのやり取りを僕が言うべきではない。


「残念ながら、なにも。すみません。連れてきてもらったのに」

「いえいえ、気にしないでください。では、家までお送りしますよ。東堂くんは、なにかある?」


 東堂さんは首を振った。唐川さんの前では、とことん寡黙な人でいるつもりらしい。


「そうか。焦斗くん、またついてきてくれ」


 叔父に言われたことを考えながら歩く。もし、犯人でないとしたら、リレンに推理をもう一度してもらわなければいけない。僕の推理力では、やはりリレンに劣るからだ。


 しかし、今回の推理はリレンが間違えたのか、それとも意図的にこのような推理をしたのか、そこで(つまず)く。叔父はリレンに弱味を握られて、犯人だと自白したと言っていた。これを信じるのなら、叔父は脅されたも同然だ。


 そして、リレンの推理がどこか的外れな推測が混じり、その結果導かれたのがこの答えなのだとしたら、叔父のこともなにかの間違いだと考えられる。


 事件自体は至極シンプルなはずだ。僕が帰ってくるまでに、兄が殺されていた。首に縄を掛けられ、吊り下げられ、メッセージは改竄(かいざん)されていた。家の鍵が開いていたか、閉まっていたか、それは自信がない。それよりも死体が衝撃的で、その近辺の記憶が曖昧だからだ。


 この事件の犯人を探すのに、本当にリレンの力は必要だろうか。必ずしもそうではないと思う。しかし、リレンの力は魅力的だ。未知の情報網と、優れた身体能力。


 それに、よく考えれば、リレンに協力してもらうべきなのだ。


 リレンに再度、犯人を探してもらう。そして次に割り出した犯人で、リレンの意図をはかる。まずは、叔父が絶対に犯人ではないという確証が持てるなにかが必要だ。


 アリバイが作れそうなもの。なにかないだろうか。そこで、さっきのやり取りが思い起こされる。叔父は、信じているという言葉とともに、SNSを見るように促していた。


 すぐに見ると、唐川さんらに怪しまれるかもしれない。見るとすれば、家の中でになるか。


「どうかしました?」


 歩速が遅くなっていたらしく、唐川さんが尋ねてきた。顔には笑みを浮かべながらも、目が笑っていない表情だ。


「少し疲れただけです」


 絶対に、悟られるわけにはいかない。


 何事もなく家まで送り届けられると、早速、SNSを開いた。


 アイコンがいくつも並ぶ。悠のはイエローメノウだ。僕も、これといってアイコンにしたいものが見つからず、悠にもらったアメジストのブレスレットをアイコンにしている。


 現実でも毎日手首につけているが、最近の自分が置かれている状況を鑑みれば、その効果が失われているのではないかと思いたくなる。全て、お守りの効果が切れたからと、そんな超自然的な理由だったら、幾らか救われた気がする。


 妖しく光るアメジストを一瞥して、液晶画面をスクロールさせる。上から下へと、画面は多くのアイコンを映していく。


 叔父のアカウントを見つけ、スクロールを止める。アイコンをタッチして、彼のタイムラインを見る。チャットの履歴には、変わったことが残っていないはずだ。それなら、叔父の見せたいものはここにあるはず。


 叔父のアカウントを知っていれば、誰でも見られるように公開されている部分。叔父によって投稿された写真や文を見る。そこで、一番最初に目に入った投稿に、目が釘付けになる。


 最新の投稿だ。僕が、叔父が帰るのは何日か掛かるだろうと考えた理由を写した画像。


 それは、位置情報も共に表示されており、その上、正確な時間までもが表示されている。それを見れば、投稿された時間は 、兄の死体を発見した日の夕方ごろだとわかった。


 だからこそ、僕は帰ってくるのに何日か掛かると思ったのだ。叔父の交通手段は、車、タクシー、電車、バスのいずれかだが、このときは電車旅だった。


 位置情報は、携帯がある位置を表示する。それなら、これが叔父の作ったアリバイトリックだとすれば、既にこの市に帰着していても、携帯だけは遠く離れた別の場所にあったことになる。


 僕はSNSを閉じて、サイトを開く。叔父が滞在していたと思われる町の列車が、どれくらいの時間でこちらに着くのか調べるためだ。


 すると、乗り継ぎや交通手段の変更を要し、七時間ほど掛かることがわかった。つまり、叔父がこの町から失月市に帰り、兄を殺してまた同じ町に戻ると掛かる時間は、往復で約十四時間。


 兄が死んだのは、大体昼頃から、僕が帰宅した午後四時ごろ。その七時間後では、叔父が写真を投稿した時間にはそぐわない。これが真実なら、叔父は物理的に殺人の実行が不可能だったということを証明できる。


 あとは、叔父のスマホがその町にあったことは確実なのだから、彼がその町にいたという目撃者がいれば完璧だ。


 ひとまず、ここまでの話をリレンにしなくてはならない。叔父が犯人でないのなら、誰が犯人なのか明らかにする必要がある。


 ただ、犯人を殺そうなどという考えは、もう捨てた。犯人には罪を背負ってもらう。償わなくてもいい。ただ、記憶に残っていればいいのだ。


 刑罰の結果、死刑になったのなら、それはそれで受け入れる。裁く権利は僕にあるが、叔父が犯人だと告げられたときに崩れた殺意は、もう回復しそうにないからだ。


 罪を生み出した人間を殺す。あたかも正義のように思っていたが、やはり、僕はそんなことでは救われないのだ。


 大切なのは、罪人が罪科を贖うことに生を注ぐことで、そのためならば、僕は罪を少しばかり肩代わりしてもいい。罪を持ちながらも、罪を償わない者こそが悪だ。兄を殺した人間がそんな人でなければ、赦すことはしないが、気持ちにゆとりはできそうな気がする。


 夜まで余った時間をどうしようか。迷ったが、案外早く結論がでた。寝る。この一言に尽きる。リレンが活動できるのは夜だし、本来なら僕も学校に行っているこの時間では、メアが家にいるはずもない。


 リレンが飛び降りに挑戦した日のように、深夜まで起きることも、もしかしたらあり得る。今のうちに睡眠時間を蓄えておいた方がいいはずだ。


 そう考えて僕は、ベッドの中に身を沈めた。精神的に疲れていたのか、意識の混濁は思っていたより早くきた。


 深い深い海底に潜っていくように、僕は朧げに見える黒々とした亀裂に呑み込まれていった。

 

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