異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑨
ふと物音がして奥の扉が開いた。見ると、ひょこっと金色の髪をゆらした小さな頭が見えた。
「ノイ君? 」
枕を抱えた寝巻姿のノイヤッキがいて、その背後にグラムがいた。
「どうしたんだ? なにかあったのか? 」
「二人の話を聞きたいんだって。いいかな。」
グラムとおそろいの寝巻、というかルツコもおそろいだ。
「ヨシヤ様のさっきのあれるぎいの話、もっと聞きたいです。」
「アレルギーな。俺がしっかり判断できるわけじゃないけど、時々いるんだよ。俺の家花屋だから。」
口を開けて感心するノイヤッキをルツコは隣に寄せた。グラムはすっと目を閉じていた。
「ドラゴン様も、花とか売るんですか? 」
「俺の家祖父ちゃんの代から花屋だ。」
ノイヤッキは口を開けてはぁっと言った。
「俺ドラゴン様って皆かすみ食ってると思った。」
太陽光でも大丈夫だと言うと混乱するだろうからヨシヤはあえて黙っていた。
「アレルギーっていうのは、目に見えない小さなものがあって、それが身体に入ると鼻水出たり涙がでたりかゆくなったりするんだ。原因は花とか木の花粉、動物の毛やほこりとか、食べ物でもおきることがあるんだ。」
「治らないんですか? 」
んーっと唸り、ヨシヤは首をひねった。
「難しいな。抑えたりする薬はあるけど、治るってきいたことない。」
「じゃあ、あの木を切らないと……。」
ノイヤッキがため息を吐いた。
「あの木、領主のおっちゃんがくれたから、切りたくないんだ。父さんも本当はそう思ってる。領主のおっちゃん、祖母ちゃんの友達だもん。」
落ち込むノイヤッキの頭をルツコは撫でた。
「じゃあディンバァの所に蜜を定期的に買いにくればいいじゃないか? 遠いけどこれない距離はないし。」
ノイヤッキが顔を上げた。
「行っていいのかな? ピンヤーに怒られたりしないかな? 」
「しないって。俺の妹がいるから、仲良くしてくれよ。」
ノイヤッキが嬉しそうにうなづいた。
「先生も戻ったら蜜の作り方教えてくれるよな? 」
ヨシヤが同意を求めると、すでにグラムは寝息をたてていた。ぐいっとヨシヤが鼻先でグラムを押した。
「う……んう? 」
「先生、蜜。」
「蜜? 蜜は、三番目の戸棚にあるんだよ……。」
最後はすぴーひょろろという寝息がした。
だいぶ疲れているようだ、はっとルツコが顔を上げると、扉の隙間から視線を感じた。長い巻き毛と顔が半分見える。ホラーだ。
「……母さん。」
ノイヤッキもびくっと震えた。
「ノイ、こんなところにいたの。」
すすすっと足音を立てずに寝間着姿のリゼッタがやってきた。
「あなたの寝床はここじゃないでしょう。」
「……はい。」
「すみません、グラムさんも起きて。ご夫婦のお邪魔になりますよ。」
リゼッタがそっとグラムを押すともぞっとグラムは動いた。
「んー、タッフィ……入る? 」
グラムがシーツを捲った。
「先生、ここは家じゃない。」
ぐいっとヨシヤが押したが、グラムはそのまま眠った。
「先生このまま寝るだろうな。タッフィさんもそうだけど、ディンバァは冷えると動けなくなるから夜になって気温が下がるとみんなで寄り添って眠るらしい。」
リゼッタは胸に手をそっと置いて呟いた。
「貴い……。」
ノイヤッキは母の奇行をどう受け止めていいのか分からない顔をしている。
「母さん、もう寝よう。」
ノイヤッキが空気を読んで母を連れて帰って行った。
翌朝、家を出るときに街の人々が集まっていたので大男たちが交通整理をしていた。皆ヨシヤを一目見ようと集まっているらしく、手を合わせて拝んでいる。
「ペッシーノ、君ルツコみたいな種族を見たことない? 」
グラムが言うとペッシーノは少し考えて言った。
「あぁ、俺が子供の頃にこの娘さんと同じ色の髪と目をした人たちを見たことありますよ。」
「種族は? 」
「種族までは存じません。マアナム族だと思ってましたから。皆髪の毛を隠すようにローブを被ってましてね、ありゃどこかから逃げてきたような雰囲気でしたよ。花の香りのするべっぴんさんぞろいでした。うちのかみさんほどじゃありませんが。」
さりげなくのろけてペッシーノは言った。
「すぐ船に乗っていっちまいました。確か北へ行く船でした。」
むぅっとグラムは唸った。
「ありがとう。相変わらずペッシーノの記憶力すごいね。」
ペッシーノの顔が少し曇った。
「グラムの旦那、もしかして北に行くんですか? 」
「ドラゴン族に挨拶に行かないといけないから。何かあったかい? 」
ペッシーノは言いづらそうに口を開いた。
「港でいやな話を聞きました。北東のドラゴン族様インダット国でマアナム族がひと悶着起こしたらしいって。旦那はディンバァ族だ。しかし娘さんは、マアナム族に見える。もしそうでないなら、そうならいい。だけどそうなら、近づかない方が良い。」
グラムは不安げに組んだペッシーノの手に自分の手を重ねた。
「ありがとうペッシーノ。でも彼女は実はマアナムじゃないんだ。」
そっと言うとペッシーノは驚いた顔をした。
「しかし、こんなに何もついていないのに、ディカなんですか? 」
「それはヨシヤしか知らない。何があっても、彼は妻を守るさ。火かき棒を握ってリゼッタたちを守ろうとした君みたいにね。」
ぽんぽんとペッシーノの肩を叩いてグラムは振り返った。
「ルツコ、大丈夫。行こう。」
この不思議な世界ではどうも現実味が薄れてしまい、皆真剣に自分のことを心配してくれているという意識が薄れてしまう。
ルツコは深々とお辞儀をした。
ルツコとグラムがヨシヤの背中に乗ると、ペッシーノはどこかに旗を振った。すると、時を告げる鐘がけたたましくなった。
「グラムの旦那、また来てください。」
「ありがとう。必ず来るよ。」
ヨシヤが飛び立つと歓声があがった。子供たちだけでなく、大人も口を大きく開けて見上げる。
「領主さんに言って君が飛ぶけど大騒ぎしないようにっておふれをだしてくれたらしいよ。」
「充分騒ぎになってる気がする。」
子供たちが手を振っているので、ルツコもそっと手を振り返す。驚いた子供たちがいっそう嬉しそうに手を振る。こんな風に受け入れてもらえる世界なら、どうして不安になるだろう。なにより今自分を守ってくれているのは、初恋の人なのだ。不謹慎だと思いながら、浮かれずにはいられなかった。