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異世界新婚旅行  作者: 柳沢 哲
7/26

異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑦


 山の中に小さな牧場があり、牛のように見えるがもこもこと毛に覆われてぬいぐるみのように丸みのある身体をした四足歩行の生き物がいた。

 ヨシヤはその荷車に布をかけて押し込まれていた。皆恐れ多いのか荷車に乗りたがらなかったが、ノイヤッキはヨシヤと壁に挟まれるように座った。

「ドラゴン様、撫でていいですか? 」

 おずおずと言うがヨシヤは答えない。

「いいですよって。」

 ルツコが代わりに言うとノイヤッキは笑った。

「ありがとうございます。」

 すべすべとした身体をノイヤッキは珍しそうに目を輝かせて撫でた。

「ノイ様は大物になりますな。」

 荷車を引くのは二頭のサイのようなカバのような生き物だった。鼻の上に角があるが、尻尾も短く、身体はずんぐりと丸い。

 街は人でにぎわっていた。時々違う種族もいるが、当たり前のように買い物をしている。

「穏やかないい街になったね。」

「これもグラムの旦那たちのおかげですぁ。あの革命戦争の日に偶然立ち寄ってくれなかったら、こんなに早く復興できやせんでした。」

 また気になるエピソードが出て来た。

「グラムの旦那とタッフィさんは英雄だ。街の子供たちは皆あんたらの英雄譚を紙芝居で見て育ってるんですよ。ここを出た吟遊詩人たちも語ってますよ。」

「ど、どんな話か聞いていいですか? 」

 ヨシヤも気になるのか、目を開けた。

「昔、この街には悪い領主がいたんです。ほとんどの人が高い税金ばかり払って食べ物も買えなくて、お祖母ちゃんは花街で貧しい女子供を集めて、力を合わせて生きてたって。」

 ノイヤッキは今度は角を撫でていた。

「そんな時、街の良い金持ちと男たちが悪い領主をやっつけようとしたんだけど、領主はずる賢くて貧民街や花街に火をつけようとしたんです。そこに現われたのが流れ者の狙撃手、タッフィ。一発の弾丸で七人の領主の手下を仕留めるほどの腕前だったって。」

「砂漠の傭兵、凄腕狙撃手のタッフィはワシらが子供の頃港の吟遊詩人から聞いてましてね、まさかそんなお人が街に流れ込んでいたなんて思いもしやせんでした。」

 お菓子を作っていたタッフィ、グラムとの別れで泣いていたタッフィ、子供を抱っこしていたタッフィ、からは想像できないエピソードだ。

「タッフィさん、そんなすごい人だったんですか? 」

 グラムに確認すると、グラムはうなづいた。

「タッフィの住んでいた街は資源がないし土地も痩せていたから傭兵になる者が多かったんだ。タッフィは長いことあちこちの戦場で働いていたんだ。僕と会った時も、戦争が終わったばかりで傭兵として仕事を探していたって。」

「旦那を人質に取ろうとした奴の眉間を何百軒も離れた店の軒先から一発で仕留めた時には、わしら全員子供みたいに叫んじまった。」

 ヨシヤとノイヤッキも口を開けて聞き入っている。男の子はこういう英雄譚には弱い。

「あの人の腕前なら、ゴリスも雇いたがるんじゃないですかね。ハシェルだってまだまだ戦をしてるでしょう。」

「タッフィは少し背が高すぎるから無理だね。それに銃よりも泡だて器持つ方が好きだから。」

 タッフィは今幸せなのかもしれない。戦争のない場所で泡だて器を持っている生活のほうがしたかったのかもしれない。本人にまた会えたら直接聞いてみたい。

 やがて荷車が大きな屋敷についた。レンガ造りの立派な家には車庫のような場所があり、中に荷車を入れた。

「ガンナー! どこだガンナー! 」

「へい、ここですアニキ。」

 男の怒鳴り声がした。すると、恰幅の良い男が口に葉巻のようなものを咥えて、白いふわふわの毛の長い猫のように見えるが、尻尾が二つある生き物を抱えてきた。

 指には大きな宝石のついた指輪、着ている服も皺も染みもない高価そうなものだ。

「息子は見つかったのか! まさかお前だけで帰って来たんじゃないだろうな! 」

 絵にかいたような悪役のボスみたいだとルツコが見ていると、荷車から降りたグラムを見て、葉巻を落とすほど口を大きく開いた。

「グラムの旦那!? 」

 謎の生き物を抱えたまま走ってきた。

「あ、グラムの旦那、ほ、本物だ! 」

「すごいねペッシーノ。君ディンバァの違いが分かるのかい。」

「旦那のことを忘れることはできませんよ。」

 グラムの頭や顔を身体を揺らして見ている。

「メリン、リリーチャを抱いてろ。お、お久しぶりですグラムの旦那~。」

 痩せた男に自分が抱えていた動物を抱かせて、グラムの肩を掴む。

「あ~本物だ……この、ほのかに温かくてもちもちした感触、グラムの旦那だ……。」

男とノイヤッキの目が合った。

「ノイーチャ! もう、パパは心配したんだぞ! 」

 ノイヤッキがさっとヨシヤの影に隠れようとした。

「ノイーチャみたいな可愛い子はあっという間に奴隷商人にさらわれて花街で高値で取引されてどこぞの金持ちに囲われるってパパ何度も言ったでしょうが! こっち来なさい! 」

 ルツコも初めて見た時は可愛い女の子だと思ったので、この男の言うことは一理あるが、さっきからキャラがぶれぶれなので混乱する。

「ペッシーノ、シャンデラが具合悪いって聞いたんだけど。」

 グラムが言うと、はっと男の顔に影がさした。

「旦那……実は、そうなんです。段々くしゃみや鼻水がひどくて……。」

「会える? 」

「もちろんです。ところでこの……。」

 男はここでやっと、ルツコとヨシヤに気付いたのか、固まった。

「……ノイーチャ、こっち来なさい。パパのところに来なさい。ガブッとされる前に来なさい。」

 小声で何か言い始めた。  

「父さん、このドラゴン様は優しいから撫でても怒らないんだ。」

「ド? ドラ……やめなさい! ドラゴン様に無礼ですよ! いいからノイーチャ来なさい! ドラゴン様の逆鱗に触れる前に! 」

 グラムの舌が男の顔を叩いた。

「大丈夫。彼は優しいドラゴン族の子だよ。落ち着いて、シャンデラに会せて。」

「は、はい……。」

 息子が心配なのか何度もこっちを振り返る。

「すみません。父が騒がしくて。」

 ノイヤッキが深々と頭を下げた。毛むくじゃらの生き物はメリンの腕からびょんっと跳ねてノイヤッキの肩にのすっと乗った。

「リゼッタ、ドラゴン様だよ。」

 大きな丸い目をぱちくりさせて、くあっとあくびをした。

「可愛い、猫みたい。」

「ルツコ様、ケットは初めて見ましたか? 」

「尻尾が二つあるのはね。」

 ノイヤッキが尻尾を撫でると二つに分かれた尻尾がそれぞれふるふる震えた。

「リゼッタ、怖がりなのにドラゴン様は好きみたいです。」

 部屋の奥からお茶を持った女性がやってきた。ふわふわの巻き毛に大きな愛らしい目をしていて、一目でノイヤッキの血縁者だとわかった。彼女はヨシヤを見て固まったが、すぐに気を取り直して言った。

「ノイ、手伝って。お客様にお茶を。メリン、そこから椅子と机を出して。」

 簡易式の机にカップと椅子を並べて女性はルツコとヨシヤに向き直った。

「初めまして、ノイヤッキの母リゼッタと申します。」

 すらりとした足はスカートの上からでも細さが分かる。腰もベルトのせいできゅっとしまり、ブラウスのような身体にぴったりとした服で肩の薄さや二の腕の細さを際立たせていた。

「は、初めまして。私はルツコです……リゼッタ、さん。」

 ノイヤッキの上での中でリゼッタがにゃーっと鳴いた。

「私がこの子を産むときに家を離れていたことがあったんですが、夫が寂しさのあまり同じ名前を。」

 こんなにきれいな奥さんなら気持ちはわかる。

「息子と夫と、母がご迷惑をおかけして申し訳ありません。旅行の途中に。」

「いいえ、私もグラムさんにはお世話になっているので。」

 リゼッタがすすっとルツコに寄ってきた。

「今回の旅、タッフィさんはお留守番って本当なんですか? 」

「は、い。」

 リゼッタははぁっとため息を吐いた。

「残念です。お会いしたかった。」

 呟いてから、ちらりとヨシヤを見た。

「このドラゴン様は、グラムさんとどんなご関係で? 」

「……え? 」

 どうと言えばいいのか。ヨシヤとルツコは見つめ合った。

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