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異世界新婚旅行  作者: 柳沢 哲
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異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました④


 グラムは草原から離れてやや開けた地面に棒と布を畳んだものと炭のようなものを持って来て、地面に何かを書き始めた。記号のようにも文字のようにも見える。

「時間と種族、そして数。これを間違えると発動しないけど条件が合うとその瞬間に発動する。ヨシヤが書いている途中で君と触れ会った時、間違って発動しちゃったんだな。」

 グラムはマリに何かを握らせた。

「僕が手を振ったらそれを下に落として踏むんだよ。」

 たったと走ってグラムは離れ、手を振った。マリは何かを落とした。キラキラと光り落ちたそれをマリの足で踏んだ瞬間、放電して二人は消えた。

 突然いなくなった二人はいつ帰ってくるのだろう。不安が込み上げる。

「すぐ帰ってくるよ。」

 グラムが言い終わらないうちに、再び放電が起きた。

 今度はドラゴンが二頭いた。

「ルツコちゃん! 」

 柏木の母の声でドラゴンが喋った。

「やだ、眼鏡ないけど大丈夫? 」

 ノシノシとドラゴンが近づいた。よく見るとこっちのドラゴンは角がやや長く、目が細い。

「大丈夫で……あれ? なんで大丈夫なんだろう。」

今更だが驚いた。しかしそれよりもドラゴンが心配げにこっちを見るインパクトで薄れる。

「柏木君のお母さん、ですよね? 」

「ああ、本当、こんな姿見せちゃってもう~ヨシヤ! あんた嫁入り前の女の子の服脱がしたりしてどうするのよ! 」

 そうだった。消えてしまった服がどこに行ったか考える間もなかったが、もしかしてずっと店の前に置きっぱなしだったのだろうか。パンツもか。

「ルツコちゃん、服はちゃんとうちで預かってるから。それに、時間もあれから進んでないから。こっちの世界とあっちの世界、行き来するときはほとんど時間をかけずに戻るの。あ~でも何カ月もここにいたらルツコちゃん成長期だからやっぱり一週間くらいでなんとかしないと。」

 柏木母が慌てていると、その影からひょっこりと見覚えのある顔が出た。

「可愛い女の子だ。ヨシヤが嫁にしたがるわけだ。」

 柏木父が朗らかに言った。金髪に蒼い目のイケメン外人に耳と尻尾が映えているというのはどこか滑稽だ。彼が着ているのはさっきグラムが持って来た布で、彼のための服だったと気づいた。

「何言ってるの! 二人ともまだ子供でしょう! 」

 ドラゴンに頭突きされて、柏木父が吹っ飛んだ。

「アズガルダの物差しで日本のこと考えるのやめてって何度も言ったでしょ! 」

「分かった、ヤエ、俺が悪かった。少しずれると角が致命傷になるからやめてくれ。」

 RPGなら戦闘シーンの音楽が流れるような光景だった。ドラゴン対、装備布の服で素手、山賊に身ぐるみ剥されて装備を整えない状態でフィールドに迷い込んだような絶望的な光景だった。

「ヤエ、ルツコの種族が分からないと彼女をシラータに帰してあげれない。術式は? 」

「それが、この子白墨そばに置いていて私が見た時にはもう白墨が落ちててめちゃめちゃに。」

 柏木父の怪我の有無はどうでもよいのか、グラムは柏木母に言った。

「ルツコちゃんは確かお母さんが九州の人だったっけ? 」

「はい。」

「お祖父さんたちも確か戦後に東北から引っ越してきた人だったはずだから、ドラゴンの血は混ざってないと思うんです。」

 グラムの眉間に皺が寄る。考え込むときの癖だとルツコもさすがに気づいた。

「コロッサス、覚えてない? 勇者さんと冒険した時にルツコちゃんみたいな人たちに会ったことない? 」

柏木母の口から気になる名称が出てきたが、今は呑気にその名称について聞いている場合ではないことはルツコにも分かっていた。

「いやー、俺基本的に物覚え悪いし頭もあんまりよくないから。」

 柏木父が男子高校生のようにあっけらかんと言った。

「本当ね、よくお花間違えて包んでたものね。」

「君が召還術式成功させて幽鬼たちを消滅させたって聞いたときには僕は本当に奇跡が起きたって思って涙が止まらなかった。」

 グラムの口からも気になるエピソードが出たがそこを掘り下げている場合ではないこともルツコは分かっていた。

「そもそもグラムが知らないんじゃよっぽどだ。このへんじゃ誰も知らないんじゃないのか? 」

「僕だって砂漠から向こうは行けないから東と北の方の種族はさっぱりさ。」

「じゃあ情報規制対象種族とか。」

 柏木父が言った瞬間、また吹き飛んだ。今度は尻尾で弾き飛ばされていた。

「あなたって、どうしてそう考えずに口から出しちゃうの! 」

 30mは跳んだだろうか、放物線を描いて町の方に消えて行った。

「じょ、情報規制……? 」

 さすがに口を挟んでいいだろうか、ルツコがおずおず言うとグラムは目を細めた。

「シラータに送られた種族だよ。」

「でも、柏木君も……。」

「ヤエやヨシヤの血は一つのドラゴンだ。けれど、種族まるごとシラータ送りにされた場合は違う。戻ってきた者は二度と外に出られない。」

 グラムの声が最初の口調に戻った。

「ダメ! 」

 ヤエが振り返った。

「そんなのダメよ! ヨシヤ、あんた長様のところにルツコちゃん連れて行きなさい。ドラゴン族の中には長く生きている人が多いから誰か知ってるはず。旅に出る人もいるし。先生、この子たちを見てやってくれませんか? お願いします。」

 柏木母が深々と頭を下げた。

「いつもいつもご迷惑をおかけして申し訳ありません。でも、先生以外に頼れる人がいないんです。」

 ドラゴンがカエルに頭を下げているなんて、どこの世界を探してもこんなことが書かれたおとぎ話はないだろう。

「ヤエ、いくらなんでもそれはないだろう。そもそもルツコこそここに来たばかりで知らない種族の僕といるよりも、君やコロッサスの方がいいと思う。」

 困惑して眉間に皺を寄せたままグラムは柏木母の頭を撫でた。

「先生は旅に慣れていらっしゃいますし、初めてドラゴンの実家に帰らされた私の心を支えてくれました。夫はご存知の通り頭の中まで筋肉が詰まっていますし、息子も気が利きません。もしもゴリスの人たちが事情聴取卯に来た時に、上手く誤魔化すこともできないでしょう。」

 ひどい言い方だが、柏木母にならい、柏木も頭を下げた。

「先生、母さんの言う通り、俺がしでかしたことだけど俺にはうまく片付けられない。俺はどうなってもいいけど、明海を無事家に帰したいんだ。」

 グラムの眉間の皺がぎゅうっと寄った。かと思うと緩んだ。

「タッフィ、留守を頼むけど、いいかい? 」

 顔を上げると、タッフィの目からはらはらと涙が落ちていた。無表情だが、明らかに悲しんでいる。今生の別れのように、そっとグラムを抱きしめた。身長差が大人と子供のようにあるが、背の高いタッフィが声も出さずに泣き続けていた。

 ふと見ると、丘の下からぞろぞろと丸い影と供に柏木父が戻ってきた。

「何かあった? お父さん。」

 マリよりもまだ小さな背丈の、グラムと同じ顔形をした子供を連れた、グラムと同じ顔、同じ背丈の、おそらく女性と思われる人が言った。

「コロッサスがうちの方まで飛んで来たよ。」

「今日は親子みんなで来たのかい? 」

 皆同じ顔に見えるので性差も親兄弟も他人とも違いが分からないが、柏木母とも親し気に挨拶をする。

「皆、僕はこの二人の新婚旅行のガイドをしてくるよ。タッフィには留守番をお願いする。」

 すると、皆泣いているタッフィに歩み寄った。

「あら、じゃあ今晩はうちに来て一緒にご飯を食べましょう。」

「うちにもおいでよ。砂漠の話を聞かせてほしいな。」

 グラムの兄弟や子供、孫たちに囲まれて、タッフィの涙はやっと止った。

「ルツコちゃん、服を着替えましょう。」

 そう言ってグラムの家のとなりにある、巨大な家に入っていく。

 普通の大きさのタンスがあり、その中に入った服は胸のサイズが残酷なほど合わなかった。

「ヤエ、お父さんから服を預かってきたよ。タッフィの服だけど。」

「ありがとうマチルダさん。」

 グラムそっくりの顔だが、ひらひらとした裾のある服を着た人が入ってきた。

「何から何まで、ありがとうございます。」

 目をぱちくりさせてマチルダは言った。

「尻尾のない人って久しぶりに見た。」

 暗い色の布の服は少し厚手だが涼しかった。袖が短いがガウチョのようなズボンも動きやすい。サンダルに足の甲を調節をする機能がついていたので歩きやすくなり、全速力で走っても脱げない。

「早い方が良いね。今日はマアナム族の所まで行く。」

 地図をヨシヤに見せてグラムは大きなリュックサックを背負った。

「ありがとうグラム。息子を頼のむ。」

 背中と肩にグラムの孫を乗せた柏木父が頭を下げて言うと、グラムの口角がにたりと上がって笑った。

「ブフッ……ウーディカに、それもあのコロッサスがブッ……頭下げてっフホホッ。」

 グラムが笑う。グラムの親類も珍しいものを見る顔をした。

「グラム、笑っちゃだめッボフッ。」

「そうだよ、兄さンッホフフッ。」

 子供たちはきょとんとしているが、グラムと歳が近いものたちは笑っている。笑わないようにしようとしているがどうしても笑ってしまう。

「んんんっまぁ、ついて行くだけだし、そんなに気にしないでくれたまえ。今は魔王も邪竜も幽鬼もいない、平和だもの。僕も、珍しくドラゴンの国に行けるのは、少し、楽しみだ。」

 笑いをこらえているのか、目線を落として言った。

「じゃあヨシヤ、恐れ多くもドラゴンのお背中に、ただのディンバァが乗りますよっと。」

 何がそこまで面白かったのか、皆笑ってはいけないけれど笑いたくて仕方がないという雰囲気で見送っていた。タッフィだけはまだ悲しそうに見つめるので、グラムが小さな手で彼と握手をしていた。

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