異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました③
花を受け取った瞬間、頭上で本当に爆音がした。草原の上に何かが降り立った。焦げた匂いがして見ると、柏木と同じくらいの大きさのロボットと言っていいのか、人形と言っていいのか、中世の甲冑のようなものが立っていた。
「シラータの者がいると聞きました。何故報告しないのですか? 」
拡声器で喋っているような声がした。
グラムが一番前に出て言った。
「ヨシヤの奥さんです。彼女はここに来たばかりでとても具合が悪いのです。」
グラムは可愛らしい声で叫ぶように言った。
「もしかしたら、お腹にお子さんがいるかもしれません。」
マリもそれに並んで言った。
「おネちゃんおぐあいがわるいのー。いじめないでー。」
駆け寄ったマリを慌ててタッフィが抱き上げた。
すると甲冑の頭が炊飯器のふたのようにぱかっと開き、中からふわふわのネズミのような顔が出て来た。
「ヨシヤの奥さんですか? いつ結婚したのですか。」
ライダースーツのような黒い服を着た、白いふわふわの生き物が降りて来た。
「やけに早いゴリスだと思ったら、君か。」
顔見知りらしい。
「あら、本当に具合が悪そうですね。大丈夫ですか? じゃ略式で済ませておきますね。」
そう言って腕につけた時計のようなものを回すと、宙にオレンジ色の光のようなものが出て来た。
「ありがとう。役所にヨシヤが行くとまたひと騒動だし。」
安心したようにグラムが言った。
「後で正式に手続きしてくださいね。新婚旅行に行った後で大丈夫ですから。」
ネズミはそれに指先で何かを書きこみ、時計を押して消した。
「本当に良かったです。不法侵入者でしたら幽閉しなくてはいけませんから。」
にっこりと何でもないことのように言った。
「ではマーチャ、またうちの子と遊んでくださいね。」
ネズミのような生き物はすたたたっとロボットに上り、手を振って空を飛んで戻って行った。
へたりと、ルツコは柏木の身体に倒れこんだ。
「しばらく休むといい。」
グラムは涼しい木陰にある揺り椅子にルツコを座らせた。
「ヨシヤ、タッフィとご近所さんにこれを配達して。マリはここでルツコを見てて。」
マリはこくこくうなづいた。
「すみません。」
「君こそ、いきなりわけのわからない世界に来て、さんざんだろう。」
ぷぴーっとグラムの鼻なのか、口なのか、わからないが高い音が鳴った。
「さっきの質問は、次は僕じゃなくてピンヤーの誰かがする。」
グラムの表情がまた曇った。
「あまり握っているとすぐ枯れてしまうよ。」
柏木からもらった花を握ってルツコははっとした。
「これ、持って帰れないんですかね? 」
片手に収まりそうな小さな花だ。手で握っていれば持って帰れないだろうか。
「もうこの花には命が宿っていないからね。でも樹脂で固めたら腕輪や首飾りにできるから長持ちするよ。」
安心するとグラムは徐々に溶けているような楕円になるのか、最初よりも丸く見えた。
「準備してくる。マリはルツコを見ていて。」
グラムが家に入るとマリはじっとルツコを見ていた。もらったお菓子をもぐもぐ食べるが、味わうよりもルツコが気になるらしい。
「マリちゃん、ありがとう。少し寝てれば大丈夫だから。」
こくっとマリがうなづいた。
グラムは戻ってくると小さな鍋のようなものを持って来た。
「この型に入れて、少し置けば固まるから。」
白い花が鍋から出て来た透明な液体の中に沈んでいった。マリは目を丸くして見ていた。
「せんせ、じゅしってなに? 」
「樹脂は木の枝からとったねばねばする水みたいなものだよ。こうして固めれば、花は枯れずにそのまんま残るんだ。」
マリが口を開けて眺めていた。
「ともかく時間は稼げそうだ。君が何族なのか突き止めないと。もしかして、君の両親のどちらかが、アズガルダの者という可能性はない? 」
さっきまでの厳しさがグラムから消えていた。
「両親も、祖父母も、柏木君みたいな不思議な話は一つもないごく平凡な一家です。」
「じゃあ君のご先祖か。ヤエみたいに。」
ぷぴっとグラムの鼻が鳴った。
「不思議だね、君みたいに赤い色の目をした一族はこの辺じゃいないんだけど。」
「へ? 」
グラムははっとした。
「あぁそうか。君はまだ自分の姿を鏡では見ていないね。ちょっと待ってて。」
グラムはどこかに行った。
「……マリちゃん、私の目、何色? 」
マリはコップから口を離して言った。
「すっごくきれいなまっか。かーでぃなるみたい。」
「カーディナル……? 」
「ばら。おカさんがいってた。あかいばらのおなまえ。」
グラムが戻ってきて手鏡を見せた。そこには自分ではない色合いの顔があった。
「君みたいな白が混じったような薄い赤毛の種族もこの辺にはいないね。元々の色じゃないなら、君の身体が変異している。」
自分の顔が信じられない。
「もしかして、ここって私みたいな体系の人って珍しいんですか? 」
「君くらいの背丈は珍しいね。もう少し離れたらマアナム……君たちの言う人間がいる町があるけど。ヨーディ族も赤毛はいるけど君は赤というより、薄紅だし。君は小さすぎるし。ん、でもどこかで聞いたことあるような気がするんだけど。」
ぷぴぴっとグラムの音がした。
最初は眉間に皺が寄っていたが今ではつるんとした顔になったグラムを見て、本来は優しい性格なのだろうと思った。普通のカエルに比べると身体が球体、というかお饅頭みたいなのでそれも可愛い。
「グラムさんは、学校の先生なんですか? 」
「ヤエが先生なんて呼んでくれたからこの子たちが真似してるだけだよ。僕は少し好奇心が旺盛な商人だよ。」
マリが飲み終わったコップを持ってどこかに行った。
「知ることは力になるんだ。誰かを守れるし、戦う武器にもなる。」
目を細めてまたぱちっと目を開いた。
「それを僕はヨシヤには何度もこの口が尖るまで教えて来たのに身につきゃしない。ピンヤーにそのうち捕まるよ。」
眉間に皺が寄った。
「ピンヤーって、この世界の警察、みたいなものですか? えっと、私たちの世界で、法律を守らない人を捕まえて牢屋に入れる組織なんですけど。」
「ヤエから聞いたけど、そうらしいね。でもピンヤーはどこの種族にも属していないから、厳密に言うと違うけど、まぁ似たようなものだね。彼らはシラータ、君たちの世界からくる者を管理する。そしてさっきの、ゴリスを遣わせる。ゴリスは警吏の役割をしていて、シラータから来た者を確保する。状況によっては反撃も。」
マリは尻尾をくるっと丸めた。
「そのお話、怖い? 」
「ちょっとだけ。怖いというより、むずかしいかな。」
マリの尻尾がぶるっと震えた。
「君はピンヤーに閉じ込められる。ヨシヤは故意だと証明されれば、ドラゴン族の法で裁かれる。ピンヤーよりもこっちのほうが厳しいよ。」
ルツコはぎゅっとシーツを握った。
「邪竜って、なにをしたんですか? 」
グラムは目を閉じた。
「かなりの種族の街や村を焼いたそうだよ。ここの集落みたいなところは、朝焼いて昼前には焼け落ちてしまうくらいの炎だった。ドラゴン族も何人か死んでいる。だから、邪竜としてシラータに送られた。シラータに送ってしまえば、マアナム族のように力をなくしてしまうからね。ヤエは、テロリストのようなものだと言っていたよ。そして自分たちはその子供だと。」
マリが小首をかしげた。
「てろりすとって、なに? よくないの? 」
「僕もよく知らないけど、そうらしいね。」
「おジちゃんもおバちゃんも、てろりすとじゃないよ? おはなやさんだよ。」
マリがしょんぼりするので、グラムは優しくその頭をなでた。
「知ってるよ。ヤエがとてもきれいな花を咲かせることを、僕もドラゴンのおじさんたちも知ってるよ。今の話は、ちょっとマリには難しかったね。お茶のお代わりを淹れよう。」
立ち上がったグラムは、タッフィと柏木が帰ってくるのを見つけた。二人は出かける前以上にものを持っていた。
「明海に。」
「わ、私? 」
グラムがぷぷぴっと鳴いた。
「奥さんを呼ぶのは名前だよ。ヨシヤ。」
「……はい。」
タッフィが荷物を運び入れるのを手伝い、マリもそれについた。
「ルツコの種族が分からないと術式が書けないな。タッフィはルツコみたいな種族を知らない? 」
彼も首を横に振る。
「仕方ない、ヨシヤ、一度戻って確認しておいで。」
「いや、先生、俺書き間違えたかと思って消して書きなおしている途中にこっちに来たから……。」
グラムの舌が伸びて柏木の頬を叩いた。ぺしんっと音がした。小さな背丈は舌でカバーするらしい。
「ヤエを呼んできなさい。」
「……マジで? 」
「マジだよ。こってり叱られてきなさい。」
大きな動物が肩を落とす姿はあまり見かけることがないが、気落ちしたドラゴンも怒られた犬や猫のようにしょんぼりと肩を落とすことが分かった。