異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました㉓
ディアンが微笑んだ。
「さて、ここから出る方法を考えないと。これが最も難しいんだけれど。」
「ディアンさんはいつからここにいるんですか? 」
「一年はいないと思うけれど、私もずいぶん眠っていたからね。」
蔓を伸ばしてディアンは木の枝に座った。蔓をルツコに向かって伸ばした。ルツコが手を伸ばすと、いくつもの蔓が腕のようにルツコを抱えた。
「見えるかい? 君が落とされた場所だよ。」
壁の一部が四角く鉄板のようなものが付いている。工場かなにかのようだ。
「珍しい生き物を見つけると収集家が落として来るんだ。」
「じゃあそこから逃げられるんですか? 」
「試してみたんだけどあの板は収集家の下僕しか開けられないんだ。下僕はあまり賢くないけれど決まったことは忠実にこなす。喋っているところを見たことないから、言葉で会話をするような知性もないようだ。だが力がかなりある。」
ルツコは考えた。
「上は無理ですか? 」
「高すぎて蔓が届かないんだ。」
ルツコは頭を抱えた。
「食事とか、水は? 」
ディアンは蔓を伸ばして木の実をもいだ。ルツコの手に渡す。
ディアンの方が長くいるのだから、ありとあらゆる方法を試しているのだろう。ルツコが試したいことなどとっくに全て試し尽している。ディアンが果物を頬張った。ルツコも齧った。味がない。リンゴのような見た目で汁気があるのに寒天のように味がない。
「ないよりマシだがあまり食べる気にはならないだろう。」
「グラムさんのお弁当が恋しいです……。」
そう呟いた瞬間、ルツコはベルトのカバンを外した。
「あ、あの、もしかしたらなんですけど。」
中に入っている火打石と油を出す。
「ここ、大事な生き物がいるんですよね? だから、もし、火事とかになったら……。」
ディアンの蔓が火打石をつまみ上げた。
「見た目に寄らず、過激なことを思いつくな。君は。」
ディアンが笑った。
その時、耳が痛いほど甲高い音がした。
「もしもしー? マウディカちゃんたちいるー? 」
甲高い音の後にコレクターの声がした。
「あら、もう仲良くなってくれた? よかったー。君らすっごい希少種なんだもん。仲良くしてくれないと困るよー。」
ディアンが裾でルツコを隠すように覆った。扉は開いていない。ルツコが振り返ると、収集家が木の上にいた。頬杖をついてこっちを見ている。よく見ると、背景が霞んで見える。
「そうだ、二人そろったから名前付けないとねー。」
勝手なことを言う。新しいペットを買って来たように上機嫌だ。
「あとあと、二人いるんだから逃げられるなんて思っちゃだめだよ? 古い子みたいになっちゃうからね。」
ぞっとしたルツコの口をディアンが袖で押さえる。
「ちゃんと言ってあげてね。」
両手の中指と人さし指をたてて、指を開いたり閉じたりする。ルツコは無意識にディアンの腕にすがるように手を伸ばしていた。確かめるように、あってほしいと思った。けれどそこには、細い蔓の感触しかない。
「そんなに睨まないでよ。お邪魔虫は退散しまーす。」
ゆらりと揺れて収集家の姿が消えた。
「ルツコ。」
ディアンに名前を呼ばれてルツコは顔を上げた。
「大丈夫だ。聞こえていない。」
火打石をルツコの手に握らせた。
「ディアンさん……それ、その……。」
ディアンが微笑む。
「あの、痛くないですか? 」
驚いたような顔をして、それから優しく笑った。
「君は、さっきまで泣いていたのにもう私の心配か。」
壁にすがっていたところを見られていたのだろう。今更恥ずかしいが、今はディアンの傷が気になる。
「大丈夫だよ。それこそずっと前だし、蔓があるから苦労もない。」
ディアンは蔓でそっとルツコの頭を撫でた。
「私はある一族に仕えていた。その一族の子が収集家に攫われた。私は彼を収集家の玩具にさせることだけは決してしたくなかった。」
ディアンの赤い目に、ハシェルの王妃の言葉を、ルツコは思い出した。
「そのためなら命だって惜しくはなかった。」
ルツコを蔓で包み込むと、そっと降ろした。ディアン自身も蔓をロープのようにしておりてくる。
「その子と約束したんだ。いつか自分が恋をして添い遂げたい人が現れた時、一緒に花を選ぶって。だから私は、あの子が大人になるまでにここから出なきゃならない。」
ふわりとディアンの首元に咲いた花が、香った気がした。甘く柔らかく、痺れるように甘い。
「私にその火打石を貸してくれるだけでいい。収集家は残った君はまだ小さいから傷つけようとはしないだろう。助けを呼んで戻ってくる。」
ディアンは嘘をついていない。彼は腕を失っても、恐れてはいない。
「だめ、です。」
ルツコは喉から声を絞り出した。
「私も、ここでぐずぐずしていられません。」
何より、ディアンを一人にしたくない。自分が何の役に立つかは分からないが、一人で守られているわけにはいかない。
ルツコが言うとディアンはふっと笑った。
「そうだね。とりあえず今日は寝ようか。」
「はいっ……はい? 」
「ここには湿った草花しかなくてね。枝をまず乾かさないといけない。今日は収集家も警戒しているだろうから大人しく休もう。」
ディアンが木々の間に入っていく。その中は蔓でハンモックのようなものが作ってあった。どう見ても一人用だが、ルツコを蔓で抱えてハンモックの上に置いた。
「私、地面で大丈夫です。」
起き上がろうとするとハンモックを揺すられた。
「子供なんだからちゃんと寝なさい。」
保育園で子供を寝かしつけるように蔓で頭を撫でる。その瞬間首筋にちくっとした痛みが走った。思わず手で押さえた。
「大丈夫かい? 」
声をかけたディアンの顔が、二重に見える。
「……あ、れ? 」
身体が急に重くなった。頭が重い。
「大丈夫。すぐに動けるようになる。」
ディアンがルツコの腰から火打石を取り上げた。
「火種をどうやって持ち込むかが難しかったんだ。」
微笑んだ顔はとても悲しそうだった。
するりと蔓が離れていく。ディアンの身体を、た蔓がどんどん覆っていき、最後にわずかに赤い目が二つ光っているのが見えた。それも包まれ見えなくなった。
幾重にも伸びた蔓に覆われたディアンは、神話に出て来る得体のしれない化け物のように見えた。巨大な植物の塊のようになったディアンの声がわずかにした。
「……まさか、外で花が生えていないような子供が生きているとは思わなかった。」
声がくぐもっていた。
「君はちゃんとお帰り。」
膝のように蔓を曲げると、高く飛んで消えて行った。
ルツコは寝返りを打てず目だけを動かした。やがてどこからともなく何かが燃える匂いがした。




