表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界新婚旅行  作者: 柳沢 哲
23/26

異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました㉓

 ディアンが微笑んだ。

「さて、ここから出る方法を考えないと。これが最も難しいんだけれど。」

「ディアンさんはいつからここにいるんですか? 」

「一年はいないと思うけれど、私もずいぶん眠っていたからね。」

 蔓を伸ばしてディアンは木の枝に座った。蔓をルツコに向かって伸ばした。ルツコが手を伸ばすと、いくつもの蔓が腕のようにルツコを抱えた。

「見えるかい? 君が落とされた場所だよ。」

 壁の一部が四角く鉄板のようなものが付いている。工場かなにかのようだ。

「珍しい生き物を見つけると収集家が落として来るんだ。」

「じゃあそこから逃げられるんですか? 」

「試してみたんだけどあの板は収集家の下僕しか開けられないんだ。下僕はあまり賢くないけれど決まったことは忠実にこなす。喋っているところを見たことないから、言葉で会話をするような知性もないようだ。だが力がかなりある。」

 ルツコは考えた。

「上は無理ですか? 」

「高すぎて蔓が届かないんだ。」

 ルツコは頭を抱えた。

「食事とか、水は? 」

 ディアンは蔓を伸ばして木の実をもいだ。ルツコの手に渡す。

 ディアンの方が長くいるのだから、ありとあらゆる方法を試しているのだろう。ルツコが試したいことなどとっくに全て試し尽している。ディアンが果物を頬張った。ルツコも齧った。味がない。リンゴのような見た目で汁気があるのに寒天のように味がない。

「ないよりマシだがあまり食べる気にはならないだろう。」

「グラムさんのお弁当が恋しいです……。」

 そう呟いた瞬間、ルツコはベルトのカバンを外した。

「あ、あの、もしかしたらなんですけど。」

 中に入っている火打石と油を出す。

「ここ、大事な生き物がいるんですよね? だから、もし、火事とかになったら……。」

 ディアンの蔓が火打石をつまみ上げた。

「見た目に寄らず、過激なことを思いつくな。君は。」

 ディアンが笑った。

 その時、耳が痛いほど甲高い音がした。

「もしもしー? マウディカちゃんたちいるー? 」

 甲高い音の後にコレクターの声がした。

「あら、もう仲良くなってくれた? よかったー。君らすっごい希少種なんだもん。仲良くしてくれないと困るよー。」

 ディアンが裾でルツコを隠すように覆った。扉は開いていない。ルツコが振り返ると、収集家が木の上にいた。頬杖をついてこっちを見ている。よく見ると、背景が霞んで見える。

「そうだ、二人そろったから名前付けないとねー。」

 勝手なことを言う。新しいペットを買って来たように上機嫌だ。

「あとあと、二人いるんだから逃げられるなんて思っちゃだめだよ? 古い子みたいになっちゃうからね。」

ぞっとしたルツコの口をディアンが袖で押さえる。

「ちゃんと言ってあげてね。」

 両手の中指と人さし指をたてて、指を開いたり閉じたりする。ルツコは無意識にディアンの腕にすがるように手を伸ばしていた。確かめるように、あってほしいと思った。けれどそこには、細い蔓の感触しかない。

「そんなに睨まないでよ。お邪魔虫は退散しまーす。」

 ゆらりと揺れて収集家の姿が消えた。

「ルツコ。」

ディアンに名前を呼ばれてルツコは顔を上げた。

「大丈夫だ。聞こえていない。」

 火打石をルツコの手に握らせた。

「ディアンさん……それ、その……。」

 ディアンが微笑む。

「あの、痛くないですか? 」

 驚いたような顔をして、それから優しく笑った。

「君は、さっきまで泣いていたのにもう私の心配か。」

 壁にすがっていたところを見られていたのだろう。今更恥ずかしいが、今はディアンの傷が気になる。

「大丈夫だよ。それこそずっと前だし、蔓があるから苦労もない。」

 ディアンは蔓でそっとルツコの頭を撫でた。

「私はある一族に仕えていた。その一族の子が収集家に攫われた。私は彼を収集家の玩具にさせることだけは決してしたくなかった。」

 ディアンの赤い目に、ハシェルの王妃の言葉を、ルツコは思い出した。

「そのためなら命だって惜しくはなかった。」

 ルツコを蔓で包み込むと、そっと降ろした。ディアン自身も蔓をロープのようにしておりてくる。

「その子と約束したんだ。いつか自分が恋をして添い遂げたい人が現れた時、一緒に花を選ぶって。だから私は、あの子が大人になるまでにここから出なきゃならない。」

 ふわりとディアンの首元に咲いた花が、香った気がした。甘く柔らかく、痺れるように甘い。

「私にその火打石を貸してくれるだけでいい。収集家は残った君はまだ小さいから傷つけようとはしないだろう。助けを呼んで戻ってくる。」

 ディアンは嘘をついていない。彼は腕を失っても、恐れてはいない。

「だめ、です。」

 ルツコは喉から声を絞り出した。

「私も、ここでぐずぐずしていられません。」

 何より、ディアンを一人にしたくない。自分が何の役に立つかは分からないが、一人で守られているわけにはいかない。

 ルツコが言うとディアンはふっと笑った。

「そうだね。とりあえず今日は寝ようか。」

「はいっ……はい? 」

「ここには湿った草花しかなくてね。枝をまず乾かさないといけない。今日は収集家も警戒しているだろうから大人しく休もう。」

 ディアンが木々の間に入っていく。その中は蔓でハンモックのようなものが作ってあった。どう見ても一人用だが、ルツコを蔓で抱えてハンモックの上に置いた。

「私、地面で大丈夫です。」

 起き上がろうとするとハンモックを揺すられた。

「子供なんだからちゃんと寝なさい。」

 保育園で子供を寝かしつけるように蔓で頭を撫でる。その瞬間首筋にちくっとした痛みが走った。思わず手で押さえた。

「大丈夫かい? 」

 声をかけたディアンの顔が、二重に見える。

「……あ、れ? 」

 身体が急に重くなった。頭が重い。

「大丈夫。すぐに動けるようになる。」

 ディアンがルツコの腰から火打石を取り上げた。

「火種をどうやって持ち込むかが難しかったんだ。」

 微笑んだ顔はとても悲しそうだった。

 するりと蔓が離れていく。ディアンの身体を、た蔓がどんどん覆っていき、最後にわずかに赤い目が二つ光っているのが見えた。それも包まれ見えなくなった。

幾重にも伸びた蔓に覆われたディアンは、神話に出て来る得体のしれない化け物のように見えた。巨大な植物の塊のようになったディアンの声がわずかにした。

「……まさか、外で花が生えていないような子供が生きているとは思わなかった。」

 声がくぐもっていた。

「君はちゃんとお帰り。」

 膝のように蔓を曲げると、高く飛んで消えて行った。

ルツコは寝返りを打てず目だけを動かした。やがてどこからともなく何かが燃える匂いがした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ