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異世界新婚旅行  作者: 柳沢 哲
20/26

異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑳

山の中をしばらく行くと道が拓けた。人のいる集落が見えたが静かだった。市場になるとさすがに声が多く聞こえる。木々に隠れるようにしてあったので、上から見えなかった。

 ルツコはフードを被っていたがやけに視線を感じた。それは主にグラムに注がれていた。人間か、人間に近い種族ばかりだ。グラムのほうが珍しかった。皆灰色や深緑のような、汚れの目立たない服を着ている。旅装束の者もいた。オタに比べると厚着だ。肌を露出している者はいない。指をさす子供を母親がひっぱっていく。グラムはスタスタと慣れたことのように歩く。壺や果物、干し肉、剣や斧、武器も並んでいる。どれもお祭りのテントのように急ごしらえで作ってある。

「後一個だよー! 残り一個! さぁさぁ早い物勝ちだよ! 」

 一番大きな声で叫ぶ商人がいた。茶色の長い髪にくりっとした気の強そうな眼、どこまでも通る声で叫んでいた。その声も女性的な柔らかい聞きやすい声で、鼻筋の通った可愛らしい顔だが、茶色の上着と歩きやすそうな作業着のような地味な姿だった。

「一個ください。」

 グラムは赤い糸で組まれた組紐を手に取った。

「グラム! あんたグラムじゃないか! 」

 近いとびりびりと震えた。

「うっそ、久しぶり。一人かい? 」

「いや、彼女と一緒だよ。」

 商人と目が合うとルツコはぺこりとお辞儀をした。

「ルツコ、僕の友達の奥さん。」

「え? グラムの友達っていうと……多すぎてわかんないよ。よし、家帰ろう。今夜はご馳走だ。」

 高い愛らしい声の商人はひょいっと大きな荷物の入った籠を抱えた。市場を抜けて山の畦道を行く。

「私はルーシー。グラムの友達だ。」

「ルツコです。よろしくお願いします。」

 ルーシーの歳は二十歳くらいだろうか。若々しくエネルギッシュなオーラを感じる。

「ずいぶんほそっこい子だね。ここまで連れて来るの大変だっただろ。」

「友達のドラゴン族に連れてきてもらったんだ。」

 そう言うとルーシーは大きな声で笑った。

「流石だねグラム。ドラゴンを車代わりに使うのなんてあんたくらいなもんだよ。」

「僕だって普段は徒歩か足を借りるよ。」

人気のない道を行き道が無くなってきたころ、開けた場所に干された洗濯物が見えてきた。

「アド、ただいま。」

 女性が声をかけると、シーツの向こうで人影が動いた。

「お帰りなさい、ルーシー。」

 子供を背負った黒髪の儚げな人がいた。まつ毛の長い綺麗な顔立ちで、男とも女ともつかない。頭から、ヤギのような角が生えていた。エプロンに長いスカートのような、袴のようなものを履いている。色が白を通り越して青白く、グラムとルツコを見て驚いた。

「グ、グラム? 」

 グラムは家と得意げなルーシーを見て微笑んだ。

「久しぶりだね、アド。」

 グラムはかみしめるように言った。

「本当に、久しぶりです。」

 微笑んでからはっとルツコを見た。

「アド、この人はえーと、グラムの友達の奥さんなんだって。」

 ルツコは深々とお辞儀をした。

「初めまして、ルツコと言います。」

「は、初めまして。アドです。」

 角がシーツに刺さりそうなほど深々とお辞儀を返した。

 ルーシーが家の中に案内した。木製の家の中には木製の家具があり、温かみのある佇まいをしている。暗いブラウンの髪をした赤ん坊は背中から降ろされゆりかごに寝かされると、少しぐずったが、グラムが近づくとじっと見ていた。

「元気そうだね。この子の名前は? 」

「アリーシャ。兄さんが勝手につけちゃったけど、なんかしっくりきちゃって変えてないんだ。」

「相変わらずだね。彼はまた冒険? 」

 グラムが指を伸ばすとぎゅっと握った。

「そう、本当に相変わらずだよ。私みたいに結婚もせずふらふら。」

 おずおずとアドがカップを並べてお茶を注いだ。

「あの、どうぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

 ルツコがぺこりと頭をさげた。

「なんか、えーと、ふたりとも似てない? 」

 ルーシーはルツコとアドルフを指さした。

「え? 」

「あ、見た目じゃなくて、中身。」

 ルツコが角がないか確認するように頭を抑えるとルーシーは言った。

「似てるかもね。二人ともシラータから来たんだから。」

 グラムが指を離すと再びアリーシャはぐずり始めたので指を離せないでいた。

「は? この子シラータから来たの? なんで、誰がそんなことしたの。」

 ルーシーが怒鳴ると、アリーシャは泣き出した。アドルフが慌てて抱き上げた。

「ヨシヤがつづりを間違えて連れてきてしまったんだ。」

「コロの息子のドラゴンだよね? 」

「そうなんだ。コロッサスの息子のドラゴン。今回は彼とルツコの新婚旅行ということで僕はその案内人。」

 はぁっとルーシーはため息を吐いた。

「コロッサスの中の究極的に引き継いでほしくないところを色濃く……。」

 ルツコは気になっていたことを尋ねた。

「あ、あの……アドさん、はどの国の人なんですか? ドイツとか、ですか? 」

 ルツコが尋ねるとアドはアリーシャをあやしながら、困ったような顔をした。

「……もう覚えていないので……。」

「……え? 」

 ルーシーが椅子を出し、アドにも座らせる。四人は席につき、アドは困った顔をしていた。

「召還された者は徐々に元の世界の記憶が薄れていくんだ。あんた知らないの? 」

 ルツコがうなづくとルーシーはグラムを見た。

「記憶が薄れるのは条件がある。長く滞在すること、そして同じ世界を共有したものがいないこと。ルツコの場合はヨシヤたちがいるから、記憶が薄れることはないよ。」

「まだ、でしょ。幽閉されたらあっという間。アドだって旅の間に段々忘れてたし、幽閉されてから自分の名前もおぼろげになっていったって。」

 ルーシーが言うと、アドは顔を上げた。

「でも、ルーシーと会ってからのことはちゃんと覚えている。グラムのことも。皆のことも。」

 子供のようにたどたどしく話すアドにルーシーが微笑んだ。

「幽閉されてたんですか? 」

 ルツコが言うとルーシーの眉間に皺がぎゅっと寄った。

「あのムカツクピンヤーども。世界を救った英雄の一人なのに。アドがいなかったらコロだってちゃんと召還術式成功できなかったし、兄貴も死んでたし。」

「ルーシー、よくしてもらったよ。私の傷が治るまでみんな一生懸命看病してくれたし、少しずつ動けるようにピンヤーの庭も自由に行けたし。」

 アドはたどたどしく言った。

「それにカゴの作り方や服の繕い方も教わったし。私は、ルーシーに会えなかったのは寂しかったけど、幽閉されている間に自分のことやアズガルダのことしっかり考えて勉強して、自分でここに残りたいって選ばせてくれたピンヤーを悪く思えないよ。」

 アドが机を叩いたルーシーの手に自分の手を重ねる。

「それにね、ピンヤーに、ここにいていいんだって信頼してもらえたから、嬉しかったんだ。強制送還されたら、もう二度とルーシーに会えなかったし、アリーシャにも会えなかった。」

 儚げな声に、明るさがこもる。ふと見ると、グラムの目から涙がつっと流れた。

「ちょっグラム、あんたなんで泣いてんの。」

「よかった、なぁって。アドが幽閉されて、僕はどうにもできなくて。でも、ルーシーはずっと待ってたんだね。」

 ルーシーはグラムの丸い頭に手を置いた。

「どうにもって、聞いたよちゃんと。あんたピンヤーに何度も報告書出したって。」

アドもグラムの丸い頭に手を置いた。

「そうだよ、グラム。あなたの報告書を受け取ったピンヤーは、私をシラータに帰すことも提案してくれた。でも私はシラータじゃなくてアズガルダに残ることを選んだ。幽閉が早く解けたのも、保護観察人としてルーシーがいてくれたこともあるけど、あなたが私をアズガルダの民に害ではないと報告してくれたからだよ。」

 ぱちくりとグラムは目を開けた。

「グラム、お願いだからそんなこと言わないでよ。あのむちゃくちゃな旅の仲間がバラバラにならずに最後まで目的を達成できたのは、あんたがいたからこそ。商人グラム、胸を張って。」

 ルーシーはぎゅっと眉間に皺を寄せた。

「兄貴がつっぱしって、コロが馬鹿やって、ファルがふざけて、私が殴って、グラムが締める。最悪でつらい旅もみんなでやってきたでしょ。誰一人として欠けちゃだめだった。グラム、そうでしょう? 」

 グラムがふふっと笑った。

「ファルに会ったよ。相変わらずだった。」

「あいつに? 結局ハシェルに戻ったって聞いたけど、あそこ、あんたにもつらい場所じゃなかったかい? 」

 ルーシーが言うと、グラムは首を横に振った。

「そんなことなかった。ハシェルの王も王妃も、王子たちも、良い人たちだった。残った皆も元気で、姪も可愛がってもらってた。ファルは相変わらずだったけど、落ち着いたら行ってみてほしい。」

 ルーシーは微笑み返した。

「ファルがいるんだから、大丈夫か。あいつ、迷惑なところもあるけど、のんびりするのが好きだからディンバァ達にはちょうどいいかもね。」

 グラムは少し垂れた顔をして笑った。

「ハシェルの王族の人たちには、迷惑だっただろうけど、結果的に仲良くなれたからね。」

 そう言うとすぐいつもの表情になった。

「イェーリャン隊長から聞いたけど、収集家が出たって本当かい? 」

 ルーシーの表情が険しくなり、アドがびくっと震えた。

「本当。あいつ、ドラゴン族から子供を攫おうとした。最悪の下衆野郎。」

 ルーシーが吐き捨てるように言った。彼女の怒りを察してか、アリーシャがぐずった。揺さぶるが中々泣き止まない。ふと、グラムが自分のほっぺたを伸ばした。そんなに伸びるのかと思うほど、ぷよんっと伸びた。手を離すと、わらび餅のように戻った。アリーシャは一瞬泣き止んだが、すぐ泣き出した。

「アリーシャと散歩に行ってくる。ついでに罠を見て来るよ。何かかかってるかも。」

「大丈夫? 私が後で行くけど。」

「大丈夫。今日はまだ散歩に出てないから、外に行きたいんだよ。」

 微笑んでアドがアリーシャを背負って行った。

「……あの、収集家って? 」

「希少種を集めている連中だよ。ピンヤーみたいな道具を使って珍しい生き物を集めてるんだ。ルツコは、何族か分からないんだよね。あんたみたいなの私も知らないし……でもシラータから来たってことは、気を付けた方が良いかもね。」

 ルーシーに言われ、ルツコは戸惑った。

「私、あのでも、王妃様には戦場で見たことがあるとおっしゃっていたので……。」

 グラムが目を細めた。

「僕もそれが気になっているんだけど、戦場はルーシーの十八番だよね。どう? 」

「いや、ルツコが戦場? こんな細い手と足で? 忍び者にも見えないし、あんた魔法とか使えるの? 」

 ぶんぶんっと首を横に振る。

「ルーシーもだめなら、やはりドラゴン族に聞いた方がいいね。」

「それもいつまでかかるか分からないけど。このゴタゴタが収まらない限りすんなり長には会えないよ。ここにはいろんなところから商人が来るし、傭兵も立ち寄るからふもとの寄り合い所に私も行ってみるよ。そっちの方が早い。」

 グラムはふむっと考えてから、思い出したように言った。

「そうだ。ルツコ、これを君に渡そうと思っていたんだ。」

 グラムがカバンの中から取り出したのはヨシヤがルツコに贈った花を閉じ込めた樹脂だった。

「ルーシーの組紐は丈夫だからちょうどよかった。ルーシー、穴あけあるかい? 」

「ちょっと待って。」

 ルーシーが部屋の奥にあったミシンのような工作用の器具で花に傷がつかないように穴を空けた。

「白い花の求婚なんて、コロの息子にしては情熱的。」

「意味を知っていたかどうかはわからないけれどね。まだ子供だ。」

 グラムはカバンを肩にかけた。

「ルーシー、僕は少し市場の様子を見て来るよ。ルツコの種族についてなにかわかるかも。」

「わ、私も行きたいです。」

 自分のことなのに頼りきってはいられない。何か役に立ちたい。ルツコが言うと、グラムはうなづいた。

「じゃあ私は夕飯の準備する。暗くなる前に帰ってきてね。」

 家を出る前にルーシーはグラムに何かを渡した。ハシェルで王子たちが持っていたものと同じだった。

「念のために何かあったら使って。飛んで行く。」

「そんなに治安が悪いのかい? 」

「念のためだってば。ここでなにかしでかす馬鹿はいないだろうから、収集家ももうここにはいないだろうけど。」

 グラムはカバンの一番上にしまった。二人で再び獣道を行くと、ルツコは頭の中がごちゃごちゃしていて、よくまとまらなかった。

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