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異世界新婚旅行  作者: 柳沢 哲
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異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました②

 そこは見知った花のかしわぎではなく、天窓から光が差し込む円形の部屋だった。壁には抽象画のような絵が描かれ、床には石が敷き詰められていた。

「ここ、夢? 」

「夢じゃない。アズガルダって世界だ。」

 恐竜が言った。

「俺の母さんのご先祖様がアズガルダから来た人だったんだ。そんで十八年前に父さんが来て、それから俺と妹が生まれた。」

 恐竜、の姿をした柏木が狭い入口から出るので、ルツコも連れ立った。

 建物の外には青空が広がっていた。そして市塲が広がっていた。暑いくらいの外気の中で見たことのない果物や動物、香辛料が売られている。そこにいる人たちも、人の姿に見えるが、人間ではないようだった。

 顔をすっぽりフードで覆った人。3mはありそうな長身の人。逆に小学一年生かと思うほど小さな人。

「じゃあヨシヤ。私ここ掃除するから、あんたはデートでも挨拶周りでもなんでもしてきて。」

 女性は入口のそばにあった箒を持って中に戻って行った。

 この世界でも柏木の姿は珍しいのか、ちらりと見たがすぐ戻る人もいれば、こっちを見たまま動かない人、ありがたいのか手を合わせる人もいる。

「なんか、私、最近SF映画でこういうの見たことある。」

「ああ、よかったよな、あのシリーズの最新作。俺の父さんも好きだ。」

 そう言うヨシヤこそ、ジュラシックな映画に出てきそうな姿だ。

 市場から何か小さなものがこっちにかけて来た。と思ったら飛び込んできた。

「おニちゃん。どしたの? 」

 ふわふわのしっぽとふわふわの耳で毛玉のように見えるが、よく見ると女の子だ。柏木の妹のマリが柏木の首にくるくる巻き付いている。時々花屋で見かける彼女は幼稚園に通うくらいの幼い女の子だが、尻尾や耳ははえていなかった。

「マリを迎えに来たんだよ。」

 父親によく似た明るい色の目と髪、そして同じ色の尻尾をパタパタ動かす。

「う? おやつまだだよ? 」

 兄の頭にしがみ付き、上から覗き込む。

「兄ちゃんはやく着すぎた。」

「あわわ。お二ちゃん、あわてんぼう。」

 ケラケラ笑って牙の覗く兄の口を小さな手でぺちぺちたたく。

「ヨシヤ。どうしてこんな人が集まる時に来たんだい? 」

 マリの後ろから丸い人影ができた。それは人に見えたが、カエルだった。どう見ても、丸い、普通のアマガエルよりもものすごく可愛い、丸いカエルだ。身体はくるりと裾のながい布のような服で包み、背中の籠からは包みや野菜が見える。目が大きく、肌は濡れていない。

「どうせ君また召還式間違えたんだろ。」

 目を細めて言うとぐうの音も出ない顔を柏木がした。

「その娘は? 」

 ヨシヤは言いづらそうに言った。

「なんか、書き間違えたらしくて、連れてきてしまいました。」

 カエルのような人はぱちっと大きく目を開いた。早歩きで柏木に近づくと短い手を伸ばした。

「マリおいで。君の兄さんは行かなきゃいけない場所がある。」

 マリは何かを察したのか、首の後ろにさっと隠れた。

「マリ、先生のところに行け。」

「やっ。」

 マリはぎゅっと首元を抱きしめた。

「お二ちゃんといっしょいる。」

 カエルはじっとルツコを見上げた。

「なんてことしてくれたんだ。」

 可愛い声なのだが、厳しい口調だった。

「ともかくおいで。ここには石はない。ヨシヤ、背中を貸してあげなさい。」

 柏木が背中を降ろした。

「明海、背中に乗ってくれ。」

「ええっいや、悪いよ。」

「お前、裸足だ。」

 柏木言われて、ルツコは自分の足を見た。泥だらけになっている。

「怪我するだろ。乗ってくれ。」

「……失礼します。」

 おずおずとルツコが乗ると、見ていた人からどよめきがした。

 恥ずかしい。マリはケラケラ笑っているが、これはいわゆるおんぶなのだと思うと、心臓が爆発しそうだ。パンツをはいていないので余計爆発しそうだ。

「おネちゃん、しってる。じょ……れ? さん? 」

「常連さんな。」

「じょうれんさん? 」

「マリ、3連単みたいな言い方になってるぞ。」

 市場の端から木々の多い道に入り、途中珍し気に見る人もいたが、やがて注目を浴びることもなく、大きな湖が見えて来た。

どの家も全体的に丸く、漆喰で塗り固めたような色をしている。童話に出てくるような可愛い形の住居や小屋のようなものがずらずら並び、そこにいる人たちも丸い、カエルのような人たちだった。背丈は様々だが、オタマジャクシはいない。

「おかえりグラム。」

「やぁ、マーチャ。今日は兄さんと一緒だね。」

「後ろの人は? 」

 気になって話しかけたカエルたちは皆子供のような可愛らしい声をしていた。

「ヨシヤの奥さんだよ。」

突然の言葉に、ルツコは声が出なかった。

「友達の僕に一番に会せてくれたんだ。召還酔いで具合が悪いからひとまず家に案内するよ。」

 マリがぐるりとのけぞってルツコを見る。訂正するべきなのだが、柏木が何も言わない。

「小さいね。どの種族だい? 」

「後でなれそめを話しておくれよ。」

 カエルたちは目をぱちくりさせて、見送った。

案内れた湖から一番遠い家は、一番大きかった。他の家と比べると三倍はある。少し小高い丘の上で湖と集落が見渡せた。

「ただいま、タッフィ。」

 家の扉が開いて出て来たのはイグアナのような人だった。二足歩行だがその顔は間違いなくグリーンイグアナ。彼は目をぱちくりさせたが、足元に来たマリを見ると、抱き上げた。肌も緑で手も鱗が生えている。

「マリ、タッフィと一緒におやつの用意をして。」

 マリは素直におりると、荷物を降ろすのを手伝った。

「タッフィさん、カッカのたねかってきた。」

 マリが自分の肩に下げていたカバンから包みをだしてみせた。

「ぷわぷわのつくって。」

 身振り手振りで何かを訴えるマリにうなづいて、イグアナは家に入って行った。

「二人はこっちに。」

 家の裏の日陰になった場所に案内した。そこから煙突と窓があった。家の影には木で作ったテーブルと椅子がある。キャンプ場で見たことがあるような、木の温かみを感じるデザインだ。

 三人は向かい合って座った。

「僕はグラム、君は? 」

「私は、明海ルツコです。」

「アケミ、ルツコ、どっちが名前? 」

「ルツコ、です。」

 グラムは目を細めた。

「君は、何族だい? 」

 ルツコはヨシヤを見た。ドラゴン、なのだろうか。羽の生えた恐竜、ドラゴンなのだろう。

「えと、私は人間です。」

 じろりとグラムがヨシヤを見る。

「君、マアナムって書いたのかい? 」

 柏木が首を横に振った。グラムは何かとても頭が痛いのか、顔をしかめた。

「術式に種族を書かずにどうやって連れて来たんだい。」

「じゅ、術式ですか? 」

 グラムはため息を吐いた。

「ここ、アズガルダは君が知っている地球と違う世界なんだ。ヨシヤを見て分かる通り、地球からこっちに召還されると身体を分解して再構築する。とても痛かっただろ。」

ルツコはうなづいた。

「君たちの世界からこっちの世界に生き物を運ぶときには条件があってね、種族と人数、時間を召還術式に表し、空間を開ける石を使う。もしくはこっちから召還するときは、爪や血、髪の毛が必要になる。ヨシヤは君の正確な種族を何故か書き間違えて君と自分をこっちに連れてきてしまった。でも君をあちらに帰すのには、君の種族が必要だ。」

 柏木の顔が、爬虫類の顔なので表情がわかりにくいはずなのに、廊下に立たされているような顔に見えた。

「ヨシヤの母、ヤエの祖先はこの世界のドラゴンだった。それも、五百年前には邪竜と呼ばれて恐れられていた。といっても長寿の種族や大人のドラゴン族しかその力を覚えているものはいないけれどね。」

「邪竜……ですか? 」

「そう。黒い髪や黒い目、目元の星、邪竜の名残だ。」

 ということは日本人には何人その該当者がいるのだろうか。これから先泣きボクロのある人を見れば邪竜の末裔だと認識してしまうかもしれない。

 思わずルツコは柏木を見たが、彼のくりっとした目と見つめ合うときゅんっとしてしまった。

「ルツコ、君はヨシヤが好きだね。」

「へぁ!?そ、そそそんなっち、違いますっ!」

 異世界でカエルに自分の心を暴露される、何故こんなことになっているのか。自分の夢であってほしい。

「じゃあ他に結婚を考えている人がいる? 」

「けっ結婚っ!? あ、あの、私まだ、十五なんですけど……? 」

「こっちじゃ充分結婚できる。とりあえず君たちは夫婦ということに。」

 カエルがはっきり言った。

「グラム先生、ちょっと待ってくれ。」

「待たない。僕が待てても、ゴリスは待たない。ここはピンヤーのひざ元だ。とっくに彼女が来たことは分かっているはずだよ。」

 グラムの口調は怒っているようだった。

「前から思ったんだ。君が召還術式を間違えるたびに、誰か連れてきてしまうんじゃないかって。君の父さんがヤエを連れてきてしまった時、彼女が忍耐強く優しい女性じゃなかったらとんでもない悲劇が起きていたよ。」

 がちゃっと窓が開いた。

「おやつのじかんですよー。」

 マリが呑気に言った。あの窓は台所に続いていたらしい。あまいメープルシロップのようないい匂いが漂った。

 立ち上がるとグラムは言った。

「シラータの者を無断で連れて来る時は家族のみ。ピンヤーの法だ。ここで君たちは夫婦だ。さもなくばルツコは幽閉される。」

ゆったりとした動きなのに反論できない厳しさを持っていた。

「ヨシヤも、君だけじゃない。ヤエもここに来たら処罰される。」

「ちょ、ちょっと待ってください。私はともかく、柏木君はひどすぎます。間違って私を連れて来ただけなのに。」

 ルツコが言うとグラムは目を細めた。

「間違って連れてきた? 本当に? 」

「本当です。」

「シラータの技術を使ってピンヤーに反逆するためじゃなくて? そうじゃない証拠は? 君を証明するものは何もない。」

 優しさの欠片もない突き放すような、畳兼ねる言い方にルツコは黙った。

「おやつですよー。せんせはここ、おニちゃんはここ、おネちゃんはここで。」

 マリがしっぽをぶんぶん振りながら皿を並べる。イグアナが切り分けたシフォンケーキのようなものに、コショウのように砕いた何かを乗せる。

「ともかくお茶にしよう。」

グラムは危なっかしく紅茶を淹れるマリを手伝った。

「おネちゃん、ここだよ。」

 マリがぽんぽんイスを叩く。けれどルツコはそこに座りたくない。納得できない。お茶をする気にはなれない。

すると、ヨシヤが背中を押した。

「柏木君? 」

 膝をおって低く座り、その場に咲いていた雑草から白い花を一本咥えて柏木が差し出した。

「明海、俺と結婚してくれ。」

 真っ青な空の下、真っ白な花の咲く草原、透明できらきらと光る湖の見える小高い丘、甘いお茶の香りがただよう中のプロポーズ。

「え? いや、だって、おかしいよ。……おかしく、ない? 」

 いつもの見慣れた柏木ではない。けれどその眼で見つめられると、ドキドキして胸が破裂しそうだ。

「お前を守りたいんだ。」

今日一日で心臓が何回爆発しただろう。ルツコは気を失いそうだった。

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