表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界新婚旅行  作者: 柳沢 哲
19/26

異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑲

 天井が高く薄暗い。灯りが窓からさすが、何もかも大きすぎて見通せなかった。格子の外には太く間隔の広い格子があり、ヨシヤが見えた。小屋の外はドラゴン用の檻らしい。

「良かった。」

 ほっとしたのもつかの間、二つの檻の間に何かが来る気配がした。

「本当に捕まってる。」

「大丈夫か? すごい頭突きくらってたもんな。」

 二頭のヨシヤと同じくらいの大きさのドラゴンがやってきた。ミントグリーン色のドラゴンたちはヨシヤを覗き込んだ。

「来るなよ。処罰されるだろ。」

「大丈夫だって。ほら、頭冷やせ。」

 鱗の茶色いドラゴンと赤いドラゴンがヨシヤに何かを渡していた。氷のようにも見えたが、頭に乗せると湯気がでる。

「馬鹿だな、なんでマアナムと結婚しようとするんだよ。寿命短いじゃん。」

「そもそも小さすぎるじゃん。」

 からかうとヨシヤが唸った。

「……小さくないんだよ。シラータじゃ、普通の子だ。」

 ヨシヤが頭を押さえて唸った。それは男子校での会話のようだった。

「俺だって、そんなつもりなかったんだよ。ただのクラスメートだったんだよ。それをいきなりわけわかんない世界に連れてこられて、普通の女の子が幽閉されたら可哀想だろ。」

 はっきりヨシヤが言った。

 ルツコはショックだった。可哀想だから、自分のせいで迷惑をかけたから、そんなふうに思ってそばにいてくれた。当たり前だ。彼とルツコはただ同じ学校に通う、同い年の、クラスメートだった。時々店に顔を出すなじみの客。それ以上でも以下でもない。

 ただ自分だけがあんなに楽しくて嬉しかったのかと思うと、ほんとうにただの片想いだったと思い知ると、胸が痛かった。

「あなたたち、そこは立ち入り禁止でしてよ。」

 高い声と同時に銀色のドラゴンが現れた。こそこそとドラゴン二頭が檻の前から引いた。

「あら、久しぶりにお会いしたと思ったら。」

 冷たい目でヨシヤを見下ろす。

 ドラゴンの耳には金色の輪がつている。それがキラキラと光った。銀色のドラゴンのしっぽはやけに長い。後ろには二頭、アイボリーホワイトの鱗をもつドラゴンがいた。

「マアナムを娶ったんですって? 恥を知りなさい、あなたもドラゴン族なら自分の血の尊さを知るべきです。」

 むくりと立ち上がったヨシヤは、ドラゴンを見下ろした。

 後ろの二頭はびくりと下がったが、ぴんっと背筋を伸ばした銀色のドラゴンはひるまなかった。

「俺が誰を妻にしようがあんたには関係ないだろ。」

「……邪竜の末裔のくせに。頭が高いわよ。ひざまずきなさい。」

 銀色のドラゴンのしっぽが動いてヨシヤの足を叩いた。突くというのに近かった気がする。ヨシヤが倒れて、二頭のドラゴンたちが檻越しに駆け寄る。

「大丈夫か? ヨシヤ。」

「フリント、クラール。あなたたちも、邪竜の末裔とつるむなとお父様に言われたでしょう。何故ここにいるのです。」

 銀色のドラゴンはルツコを見た。

「忌々しいマアナム、こんなすぐ死ぬ生き物を妻にするなんてどうかしてるわ。」

 吐き捨てるように言った銀色のドラゴンに、ルツコは自分でも信じられないほど大きな声で叫んでいた。

「あなたこそ、どうかしてます! 」

 ドラゴンたちがびっくりしてルツコを見た。

「どうして、檻に入っている人に攻撃できるんですか。さっき頭を殴られたんです。怪我してるんです、なんで気づかないんですか。」

 こんなに大声で誰かに怒りをぶつけるのはルツコ自身初めてだった。

「あなたこそ、恥ずかしくないんですか? 」

 息切れするほどの大声に、自分でも眩暈がした。グラムはルツコが倒れないように、そっと背中を抑えた。

 ふりかえった銀色のドラゴンのしっぽが上がった。

「汚らしい、卑しいマアナムのくせによく鳴くこと。」

 尻尾が浮いた瞬間、ドラゴンとルツコたちの間に何かが入った。白い小さな鳥だった。はっとドラゴンたちが見ると、純白のドラゴンがいる。

「やべ、イェーリャン隊長だ。」

 真っ白な真珠のようなうろこをしたドラゴンはそこにいる誰よりも大きく、爪は鋭かった。装飾は首に真っ青な大きな石だけだが、全身が輝いて見えた。

「クオンタムの子、去れ。」

低い声で言うと、ドラゴンたちは去った。

 大きなドラゴンは誰もいなくなったのを見て、ヨシヤを見た。

「ヤエの子、何故マアナムを連れて来た。今ここで何が起きているのか知らぬのか。」

「知るかよ、来たばっかりだ。」

 痛みで苛立ったヨシヤが怒鳴る。

「ディンバァ、あなたは何故ここに来たのですか。」

鳥がグラムに尋ねた。

「ヨシヤの妻のことでご相談がありまして。」

 ドラゴンは目を大きく開き、それからルツコを見た。

「マアナムを妻に、ですか。」

すっと鳥はドラゴンの肩に止った。

「実は彼女はマアナムではありません。私たちにも、彼女自身にも自分がなにかわからないのです。」

グラムが言うと白いドラゴンは目を見開いた。

「どういう意味ですか? 妻以外をシラータに連れて来たのですか? 」

鳥が言うと、ドラゴンはため息を吐いた。

「おめえさんなんってことをしちまったんだ。」

 先ほどまでの壮麗さはどこへやら、少し訛りのある言葉遣いだった。

「イェーリャン様、お国言葉が。」

「かまうか、他の奴はいねぇ。ヨーチャ、こんなちっこい娘っこ幽閉さす気か? おめえさんもただじゃすまねぇぞ。テオーチャなんかみろ、火山みてぇに噴火しちまってんぞ。」

 小鳥が止めようとするが、ドラゴンは止らない。

「何かわかんねぇって、グラーチャ、どっからどう見てもマアナムじゃねぇか。」

ドラゴンがグラムに尋ねた。

「それがマアナムじゃないんです。イェーリャン隊長、彼女のような種族を見たことありませんか? 」

「おらも長く生きてっけど、こんな薄紅の毛した娘っこ見たことねぇぞ。見れば見るほどちっこいなぁ。おっかなかっただろ、可哀想になぁ。早く家に帰してやんねぇと。」

 気の毒そうに言うと、ふむっと鼻息をだした。

「グラーチャ、おめえさんルーシー覚えてっか? 」

「はい。忘れたことはありません。」

 うんっとうなづきイェーリャンは言った。

「ルーシーはな、今ふもととこっちで商売してる。山ん中に住んでるから、釈放されたらおめえさんたちはそこに行け。おらはヨーチャを連れて体裁とってくるから、なんとか長にこの娘っこの種族がわかんねぇか聞いてみる。」

 そして首をぐっと下げて言った。

「気を付けろ。収集家が出た。」

 グラムの目が今までにないくらい大きく見開いた。

「収集家が? どこに? 」

「あいつは街から商人のふりして入ってきてな、赤ん坊攫おうとした。長は、それこそ地震が起きそうなほど怒った、そんで今、マアナムもディカも中には入れねえって。ルーシーもその方がいいっつってな、それが七日前だ。」

 イェーリャンはルツコを見た。

「その娘っこ希少種かもしんね。なら、収集家に気を付けろ。まだこの辺いるかもしんねぇからな。」

 ヨシヤに向き直るとイェーリャンは言った。

「いいかヨシヤ。おめえさんは親父に似て短気だ。おめえさんのおっかさんはそりゃ辛抱強かった。だから長もおかっさんを気に入ってんだ。いいか、赤ん坊みてぇに喚いてもなんにもなんね。」

 ヨシヤがルツコを見る。不安げに、悔し気に唇を噛んだ顔を見てルツコは言った。

「ごめんなさい。私の、せいで……。」

 呑気にしていた自分が恥ずかしかった。彼はきっと、自分が思っているよりもいつも先のことを思って気に病んでいたのだろう。

「なるべく、他のみなさんに迷惑かけないようにするから。」

 ヨシヤがかみしめるように言った。

「お前はなにも悪くない。俺が、間違って連れてきたんだ。こんな世界で、いきなり俺みたいな化け物に妻だとか言われて。」

「そんなこと……っ! 」

 イェーリャンが檻を開けて、グラムとルツコの入った籠を抱えた。

 そんなことない。嬉しかった。初めて会った時から好きだった。

 自分の気持ちなのに喉が詰まって声がでなかった。代わりに涙が落ちた。

 門の外に出ると荷物も返された。グラムはルツコを連れて山の中を降りて行った。無言で唇を噛んだまま、肝心な時には何も言えない自分の口が恨めしかった。

「ルツコ。」

 グラムの声にはっとした。

「ご、ごめんなさい。」

 目を拭いて笑おうとしたが、顔が引きつった。

「ルツコ、君はヨシヤが好きなんだね。」

 グラムがハンカチを差し出して言った。

「……っはい。」

 今度は素直に言える。はっきりと自分の気持ちが出た。

「じゃあ彼を信じて。ヨシヤは誰かを置き去りにしない子だ。」

 うなづいてグラムのハンカチを取った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ