異世界に行ったら初恋の人と夫婦になりました⑱
北に行くと寒いと思っていたが意外にも温かく日差しは暑かった。グラムはその日鞍は使わず、ヨシヤの首に金属でできた丸い装飾の付いたハーネスのようなものを付けさせた。
「ルツコ、鞍がないからしっかり掴まってね。」
「はい。少し出すが、慣れました。」
不思議なことに、この世界に来てから一晩眠ると疲労も残らない。運動部に入っていないので、初心者の乗馬は筋肉痛になると聞いたが、そんなこともなかった。人間とは違うのだろうか。この世界で自分の祖先は一体何をしてしまったのだろう。考えているとヨシヤが言った。
「先生、なんかおかしい。」
しかしヨシヤはその中に異変を感じたようだ。
「うん、誰もいない。」
グラムの声にも緊張を感じる。
「いつもなら誰か飛んでるんだけど、変だね。」
遠くに白く光るものが見えてきた。やがてそれは巨大な壁だと分かった。白く輝く壁に、アイビーが茂っている。その奥に尖塔のようなものが見えた。
アインザーグは中世の港町のような活気のある雰囲気だった。ハシェルの街は土をくりぬいた街と緑の森、温かみのある街だった。しかしここは、そのどれよりも堅牢で頑なな雰囲気があった。静まり返り無人のように冷たい空気が漂っている。
ヨシヤが門の淵に近づくと、彼よりも二倍身体の大きなドラゴンが見えた。続いて周りにも三頭ほどこっちを窺うように見ている。首に銀色に光る首輪や、宝石がはめられた腕輪のようなものを付けていた。
「ヤエの子か。」
低く唸るような声で大きなドラゴンが言った。
「お久しぶりです。」
ひょこっとのぞいたグラムと、その後ろのルツコを見るとずいっと前に出た。
「背中にものを乗せるなと言っただろうが! 」
突然の咆哮に驚いたルツコの手を取り、グラムが降りるように促した。鞍を使わなかった意味がルツコにもよくわかった。
「申し訳ありません、ドラゴン族様の背中をお借りました。」
グラムではなく、さっきからルツコを睨んでいる気がする。蒼い目がギラギラ光っていた。
「そのマアナムはなんだ。」
「俺の妻です。」
ヨシヤが言った瞬間、時が止った。ルツコは横顔に見惚れてしまっていたが、そんな場合ではない。しかしドラゴンたちもマネキンチャレンジ中だ。やがて後ろのドラゴンたちは互いの顔を見あい、聞き間違いではないのかと確認しあっている。
「妻……だ、と? 」
「妻です。お……私の妻です。」
次の瞬間、ヨシヤの額にドラゴンの頭突きが入った。
「貴様はっ貴様はドラゴン族の誇りを捨ててマアナムなんぞと夫婦になるとは何事か! ヤエはどうした! 」
「彼女も承認しています。」
グラムは頭突きでクラクラと目を回しているヨシヤに代わって言った。
「許さん! ヤエが許しても私は許さん! こいつを連れていけ! 」
後ろのドラゴンたちも動揺していた。
飛び出そうとしたルツコを止めるように、グラムは手を取った。
「こいつらを牢に入れろ! 」
脳震盪を起こしているヨシヤを運ぶドラゴン。首と尻尾を持って飛び立った。グラムはルツコの手を握ったまま、言った。
「ルツコ、大丈夫。僕のそばから離れないで。座って。」
バサバサと羽音がし、顔を上げると大きな鳥が何羽もいた。鷲のような顔をし、人の身体をした鳥たちは剣や弓で武装していた。睨むドラゴンに一羽が恭しく頭を下げると、ドラゴンは飛び立った。
鳥たちは二人から荷物と上着を没収した。
「悪い時に来ましたね、ディンバァ、マアナム。」
低い老婆のような声で鳥は言った。
「事情を知っていれば僕たちは避けたのだけど、何かありましたか? 」
グラムの問いに鳥は答えなかった。
門から降ろされ、二人の足に枷がついた。大きな壁ばかりが見える城は、遠巻きに自分たちを見るドラゴンの姿があった。
箱のような荷車に乗せられ、窓もなく狭い室内は息苦しかった。ヨシヤの無事ばかりが気にかかる。
「大丈夫だよ、ここではあの子はまだまだ子供だ。長はヤエ殿を可愛がっていらっしゃる。」
グラムが言うと、鳥は目を細めた。
「ヨシヤ様の奥方はずいぶん華奢な方のようですね。」
「愛に大きさは関係ありませんよ、フランタル兵士長。」
グラムの言葉にちらりと鳥はグラムを見た。
しばらくして止り、鳥だけ出て行った。グラムと二人きりになると、グラムは背伸びをした。
「思ったより悪いことにはならなかった。」
この状況より悪いこととは、という言葉が口から出そうになったがルツコは抑えた。聞くのは怖かった。
「さっきの人はねフランタル兵士長。ドラゴン族は大きいから小さな種族を警戒してオール族の門番や兵士を雇っているんだ。」
「知り合いですか? 」
「昔ヤエと一緒にここに連れてこられたことがあったからね。」
グラムは壁を手で撫でた。
「グラムさんが? 」
「コロッサスは頭が悪いからドラゴン族と交渉なんてできないし。ここに来てわけもわからず連行されるヤエが可哀想で。」
自分の時と事情が似ている。
「すみません。」
ルツコが謝ると、グラムは目をぱちくりさせた。
「ヤエも同じことを言ったよ。その時も僕は言ったけど、ここに来ると決めたのは僕だから君が謝ることはないんだよ。」
「そう、かもしれませんが……グラムさんに申し訳なくて。」
今までも世話になりっぱなしだったが、牢獄に入れられるような事態になってしまった。
「君の祖先は、どうしてシラータに送られたんだろうね。」
グラムはぷすーっと鼻から息を出した。
「情報規制対象の種族はアズガルダで危険とされた種族。この基準はね、他の種族と共生できるかってこと。他の種族を絶滅させるようなものでない限り、そんなことにはならないんだ。」
グラムは丸い目でルツコを見た。
「シラータからアズガルダに戻ってきた者はそれまで奪われていた力を取り戻すんだ。マリはシラータとは比べ物にならないにくらい足が速くて力もあるってヤエが言っていた。ルツコは今までの自分と違うところを感じない? 」
「私、目が悪かったんですけど、眼鏡がなくても見えます。すごく飛びぬけてよくなったところはなくて、色が変わったくらい……。後は、寝るとすぐ疲れが取れるくらいです。」
突然足元が揺れた。エレベーターに乗って上がっているようにぐらつき、止った。すると、壁が外れて格子が見えた。